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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

4月24日・少女漫画雑誌「マーガレット」が創刊された。

昭和38(1963)年の4月24日に少年マガジンを出版していた講談社の「少女フレンド」、少年サンデーの小学館の「少女コミック」と並ぶ少女漫画雑誌「マーガレット」が集英社から発売されました(集英社の「りぼん」は小中学生が対象)。ただし、少年漫画雑誌のような週刊ではなく毎月5日と20日の月2冊=ほぼ隔週の発売でした。
野僧は母親の妹=叔母が岡崎市内に就職したため小学校1年まで社宅の我が家に下宿していて、大のマンガ好きだった叔母が毎回欠かさず買ってくる「マーガレット」を愛読しました。当時、マーガレットには少女漫画のスポーツ根性物語「アタック・ナンバーワン」が連載されていて母親の実家に帰省した時に叔父が買いためていた少年マガジンで読む「巨人の星」や「あしたのジョー」と合わせてスポーツ根性物語の金字塔をアニメよりも前に原作で読んでいました。ただし、「巨人の星」と「あしたのジョー」は梶原一騎先生原作ですが「アタック・ナンバーワン」は原作・作画共に浦野千賀子先生です。
この他にもマーガレットには題名と作者は失念しましたが「アタック・ナンバーワン」と同時進行で水泳(実写ドラマ「金メダルへのターン」とはストーリーが違った)のスポ根作品も連載されていて昭和48(1973)年から昭和50(1975)年にはテニス漫画の「エースをねらえ!」、昭和53(1978)年から昭和55(1980)年までの「第2部=新・エースをねらえ!」もマーガレットでした。
一般的に野僧と同世代の人たちは「アタック・ナンバーワン」を「巨人の星」「あしたのジョー」と同様にアニメで見ているので主人公の鮎原こずえを清く正しく美しくスポーツマン・シップにのっとり、「血の汗流せ、涙を拭くな」の体育会系女子だと思っていますが、原作では転地療養のため東京から富士見学園中等部に転校してきて早々に不良グループとの喧嘩に勝って親分に祭り上げられると体育館の横の空き地でゴーゴーの曲を流して踊りに興じ、それを注意したバレー部に不良グループで勝負を挑んで顧問の教員に才能を見出されたのです。この他にも東京での男性体験を自慢げに語る場面もありました。
そうして野僧は少女漫画でも抵抗なく読むようになったため中学・高校に入ると少年漫画と少女漫画では描いている恋愛の展開が全く違うことに気づき、女子の心理を研究するためには女性の作者の少女漫画を読むべきだと考えて下校時の列車の待ち時間に書店で立ち読みして面白かった単行本を買うようになりました。すると心理を研究するまでもなく2年では「(生徒会の)副会長が少女漫画を立ち読みしていた」、3年になると「会長が少女漫画を買っていた」と女子の間で評判になって少女漫画談議に花が咲くようになってしまいました。その頃、「マーガレット」では前述の「新・エースをねらえ!」、「少女フレンド」は「はいからさんが通る」や「生徒諸君」を連載していて、「新・エースをねらえ!」では宗方仁コーチが死んだ後を引き継いだ桂大悟コーチが永平寺で修行した僧侶で主人公の岡ひろみに坐禅や作務をやらせたため解説を求められました。一方、「はいからさんが通る」では主人公の花村紅緒の婚約者が伊集院忍陸軍少尉だったので軍隊の階級から役職、組織制度や軍服の種類を詳細に説明することになりました。
  1. 2024/04/24(水) 15:34:52|
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続・振り向けばイエスタディ802

パパパーン、「何だ」「5.56ミリNATO弾ですね」その時、海水浴場から尾浦の集落に向かう海岸線の道路の先から短連射の銃声が聞こえてきた。本部中隊長は上陸すると尾浦の集落に情報小隊の斥候を出したので敵と遭遇したのかも知れない。しかし、陸上自衛隊の斥候は銃声で存在を暴露することになる発砲は極力避けるのが基本だ。発砲するのは至近距離で敵と遭遇した場合だが斥候のプロの情報小隊員にはあり得ない。
「韓国軍が持っているらしいHK416も5.56ミリNATO弾ですからどちらが発砲したのか判りません」「そうだな・・・どちらにても警戒を厳にしろ」「わかりました」警備隊長の指示を受けて本部中隊長は手に持っている小型無線で砂浜でゴムボートを待っている隊員たちに伝えた。とは言え砂浜の隊員たちにも銃声は聞こえたので分隊長の指揮で膝射ちの姿勢になって銃口を周囲に向けていた。
「ホンチュー01、こちらレコン02、送れ」「こちらホンチュー01、送れ」そこに斥候から本部中隊長に無線連絡が入った。銃声が聞こえてからやや間が空いているのは敵からの攻撃を受ける危険性が継続していたのかも知れない。
「こちらレコン02、道路脇の階段を登って志々岐神社を確認したところ境内からゴムボートを狙っている敵2名を発見しました。すでに射程内に入っているようなので独断で発砲して射殺しました」「だから短連射だったんだな」「はい、2名を同時に射殺しました。その後、境内を捜索して他に敵がいないことが確認できたので報告しました」「わかった。ご苦労」これで状況は判った。海上自衛隊特別警備隊の斥候によると対馬を占領している韓国軍守備隊では正規軍の海軍特殊戦旅団は言うまでもなく難敵だが、案内人として動員された移住者は敵対意識が希薄なのに対して対馬奪還に興奮して志願してきた義勇兵は士気が高く遭遇すれば間違いなく戦闘になると説明を受けている。狙撃するだけの技量を有するのはおそらく義勇兵だろう。
「レコン01、こちらホンチュー01、貴官たちの任務を斥候から偵察に変更する。したがって敵に遭遇すれば即座に発砲せよ」「それは威力偵察ではなくて会敵戦闘ですね」「その通り」本部中隊長の指示に斥候長はプロらしい確認をしてきた。
威力偵察は強行偵察とも言うが敵の存在や規模、行動を確認するためにあえて存在を暴露して攻撃させ、挑発的に武器を使用して反撃を誘う手法を指す。当然、敵を壊滅させることが目的ではないので武器の使用は限定される。
「ゴムボート第1陣、着岸しました。人員器材異常なし。直ちにしんしゅう丸に引き返して第2陣を運びます」「了解」本部中隊長が情報小隊先任陸曹の斥候長に指示を与え終わると無線機の通話を途切れさせる暇(いとま)もなく海岸から報告が入った。斥候が先制的に銃撃を加えなければ数隻のゴムボートは命中弾を受けて沖で沈没していたはずだ。乗員たちは完全武装の上に防弾チョッキと救命胴衣を重ね着しているので半長靴では泳ぎが妨げられ、浮力も十分には確保できなかった。かなりの者が溺れたはずだ。
「やばいなァ、大半の奴が木に引っ掛かっかるぞ。椎茸畑があるって言っても森の中じゃあないか」最後に飛び出した降下長はパラシュートが開いて落下速度が落ちると先に下りた隊員たちが山岳地帯に流されていくのを見て独り言を呟いた。
今日はこの空域には珍しく無風に近い降下日和だが地図上の確認では一面に椎茸畑が広がっているはずの上島は全面が森林に覆われていて着地する前にバラシュートや紐(コード)が枝に引っ掛かるのは間違いない。引っ掛かり方と位置によっては高い枝から落ちるような形になり、負傷を免れられないはずだ。
「あッ、銃閃光だ。やはり攻撃してくる義勇兵が配置されているんだな」さらに高度が下がってくると市街地の建物の屋上でオレンジ色の閃光が点滅したのが見えてきた。空挺隊員にとっても最も恐ろしい銃撃が加えられたのだ。
「蒼より青き大空」を降下中は身を隠す場所や手段がなく着地時の衝撃を軽減するため防弾チョッキを着用することもできない。つまり降下してくる標的にならざるを得ないのだ。1983年10月25日のグレナダ侵攻でアメリカ軍は空挺部隊を本格投入したが、地上からの銃撃によって想定外の犠牲を払うことになった。
  1. 2024/04/24(水) 15:33:18|
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4月24日・国鉄の順法闘争に首都圏国電暴動事件が生起した。

昭和48(1973)年の明日4月24日に国鉄労働組合=国労と国鉄動力車労働組合=動労(機関士の労働組合)が執拗に繰り広げる順法闘争に怒髪天を突いた利用者たちが首都圏の駅を占拠して施設や列車などを破壊した首都圏国電暴動事件が生起しました。
順法闘争と言うのは前年の春闘で線路が錆びるほど長期間にわたって列車の運行を停止させたストライキで国民の批判を浴びた国労と動労が昭和48(1978)年の春闘で採用したスト戦術で、これまでのストライキのように列車の運行を停止するのではなく運転安全規範などの法令を例えば運転士が線路上に鳥や小動物を見つければ「障害物を発見した」と事故防止の名目で緊急停止させ、カーブでは安全基準以上に大幅に減速する。保線員も必要性が不明な点検・修理を繰り返すなど殊更に厳格に順守することによって列車の運行に遅滞や混乱を発生させる姑息なものでした。しかし、通常のストであれば不可抗力に通勤不能になるため企業も社員に有給休暇などの処置を講じますが順法闘争では列車は運行しているため出勤停止にできず、それでいて社員は出勤・帰宅ともに遅延することになり通常のスト以上の不満と鬱憤を溜め込むことになりました。
そんな怒りに最初に火が点いたのは3月13日朝の高崎線の上尾駅などの数駅で順法闘争を原因とする運行ダイヤの乱れに怒った通勤客が暴れて駅の施設や列車を破壊したのです。この事件を受けて動労側も順法闘争を中止しましたが、労使交渉が一向に進展しないと4月に入って再開したため首都圏の列車の運行は大混乱しました。
さらに4月24日になると4月27日からの私鉄やバスを含めた交通ゼネストの先導を気取って順法闘争を強化したため出勤時間にも列車は大混乱していて通勤客たちが駅員に詰め寄る光景が各駅で頻発しました。それは終日続いて帰宅時間になると大宮駅では高崎線や東北線が60分から90分遅延して駅のホームや改札口、構内には列車を待つ帰宅客が溢れ、やがて一部の帰宅客が駅長室に乱入・占拠したのです。
この時は埼玉県警に警備出動を要請するのと並行して東武野田線やバスで帰宅の足を提供して鎮めましたが、赤羽駅でも高崎線と東北線が到着しないことに怒った帰宅客たちが騒ぎ始めて、定刻であれば午後7時35分に上野駅を出発する急行・津軽1号を「宇都宮駅まで各駅停車の普通列車扱いにする」と言う構内案内が午後8時過ぎになって流れた上、到着すると超満員で待ちかねていた帰宅客たちが乗車する余地はありませんでした。
これを切っ掛けに暴徒化した帰宅客たちが列車を手で押して揺らしながらガラスを割って運行不能になり、駅は京浜東北線への乗り替えを案内しましたが肝心の京浜東北線も信号機故障で運行停止になっていました。この暴動は上り列車の乗客の口コミで山の手線に波及して上野駅でも発車しない列車に痺れを切らした乗客が投石を始め、新宿駅では2万人及ぶ暴徒が駅を占拠して列車や施設を破壊しただけでなく放火に及び、それは渋谷駅、秋葉原駅、有楽町駅など38駅に広がり、警視庁機動隊でも鎮圧できずに翌日の午前7時まで騒乱は続きました。都内の病院では負傷者を乗せた救急車が長蛇の列を作りましたが、それでも国労と動労は首都圏以外では順法闘争を継続しました。
  1. 2024/04/23(火) 15:19:22|
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続・振り向けばイエスタディ801

「ジャンプ・スタンバイ」Cー130輸送機の機内では気圧差で空気が噴き出していく開放した側面ドアの前で空中輸送員=ロードマスターが降下長=アメリカ軍ではジャンプ・マスターにヘッドセットで受けたパイロットの指示を伝えた。
航空自衛隊は空挺部隊を搭乗させたCー130を飛行させるに当たり入間基地のECー1電子戦機を派遣して事前に韓国空軍の警戒レーダーに目潰しを加えようとしたが、統合幕僚監部はこの空域を熟知している海上自衛隊岩国航空基地のEPー3電子戦データ収集機に命じた。さらに潜入したまま監視を続けている海上自衛隊特別警備隊の斥候から「韓国海軍特殊戦旅団は対馬駐屯地から出ていない」と言う報告を受けて艦対地ミサイルを撃ち込んだ上、陸上自衛隊目達原駐屯地のAHー64対戦車ヘリコプターで残敵掃討して万全を期した。そのため対馬を南北に縦断して降下させることができる。
「降下よーい(用意)」「降下よーい」「降下よーい」・・・続いて降下長は10分前にハンモック式の座席から立ち上がって整列させていた隊員たちに降下準備を指示すると先ほどは装具を点検して「異常なし」と申し送ってきたのとは逆流で開傘フックを掛けたワイヤーを糸電話にしたように申し送っていった。
「降下5秒前」ロードマスターはドアの壁に両手を掛けて降下を準備している1番員と開傘フックの紐を掴んでいる降下長に掌の前に広げた指5本を示し、1本ずつ折って秒読みしていく。それに合わせて1番員は「コースよし、コースよし、よーい、よーい、よーい」と唱和しながら「降下」と叫んで飛び出した。後は1秒間隔で1人ずつ「降下」と言う叫び声を残して飛び出していく。アメリカ軍はこの時、「ジェロニモ」とアパッチ族の英雄(酋長ではない)の名前を絶叫するらしい。
降下していく隊員たちは「1こーか(降下)、2こーか、3こーか」と数えながら4秒後の開傘を待つが、パラシュートが開かずに細長く引きながら落下していくことを「狼煙(のろし)を上げる」と呼んでいる。アメリカ軍の空挺部隊には目の前を落下していく師団長の狼煙=パラシュートを咄嗟に鷲掴みにして命を救った兵隊の伝説(=実話らしい)があるが、体重に武器と装具を加えればかなりの重量になるので奇跡に近い。
「何とか北の端(はずれ)に着地できそうだな。低速飛行お見事でした」全員の降下を見届けた降下長は自分の開傘フックの紐をロードマスターに頼むと軽口を叩いた後、「降下」と叫んで飛び出していった。同時にCー130は対馬と釜山の中間に引かれている日韓のADIZを破らないように急旋回した。それを聞いていたロードマスターはドアを閉めるのは後回しにして機体の突起物にしがみついていた。
「着岸、上陸」同じ頃、下島の尾浦海水浴場では陸上自衛隊の新鋭輸送船=上陸強襲艦・しんしゅう丸から水陸両用強襲輸送車・AAV7が海岸に着上陸していた。ただし、AAV7の保有数は10両に満たないので後続部隊はゴムボートになる。
アメリカ軍のような上陸強襲艦があればホバークラフトの上陸強襲艇を使えるのだが予算が追い付かない。しんしゅう丸は帝国陸軍の船舶科の暁部隊が建造・運用していた特殊船=元祖上陸強襲艦・神州丸の名称を踏襲している。陸軍は大正から昭和初期の軍縮ムードの予算の奪い合いの中で軍用艦を建造することが海軍を利すると懸念して民間の船舶会社に管理と運行を委託したから商船のような名前を付けたのだった。
「長崎では水機連隊と一緒に上陸訓練に励みましたから成果が出ていますね」「本来は島で迎え討つ守備隊だから戦術が違うんだがな」「得意の山岳戦闘ですか」尾浦海水浴場に上陸して後続のゴムボートの到着を待ちながら対馬警備隊長は本部中長と雑談を交わした。ただし、山岳戦闘と言っても対馬は台地状の島なので標高差はあまりない。
日韓の武力衝突が激化すると北端の航空自衛隊海栗島分屯基地が襲撃を受けて対馬市長が全島民の避難を決断した。すると西部方面隊は「350名の隊員を島民不在の対馬の領土を守るための人柱にはできない」と対馬警備隊を第1・第2水上機動連隊が所在する相浦駐屯地に撤退させた。以来、対馬警備隊は「対馬奪還」を合言葉にして水上機動連隊と共に上陸強襲訓練に明け暮れてきた。その成果は五島列島の中通島への上陸で一部発揮されたが「今回こそが本番」と言う心意気で全隊員が臨んでいる。
  1. 2024/04/23(火) 15:18:08|
  2. 夜の連続小説9
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4月23日・大型航空母艦の建造が中止されて「提督たちの反乱」が起きた。

第2次世界大戦後の1947年にアメリカは陸軍航空軍を分離独立させて空軍を新設したのと同時に陸海軍省に空軍省を統合した国防総省(現在も国防総省内には陸海空軍省が存在する=海兵隊は海軍省が統括している)や国家安全保障会議、中央情報局(CIA)を創設しました。ところが新たな国防態勢の中で海軍の空母機動艦隊と空軍の核兵器を搭載した戦略爆撃機のどちらを国家戦略の主体にするのかを巡って激しい論戦になり、1949年4月18日に起工していた大型航空母艦・ユナイテッド・ステーツの建造が明日4月23日に中止になったため「提督たちの反乱」と呼ばれる内部抗争に発展したのです。
ヨーロッパの主要国では第1次世界大戦において初陣を飾った航空戦力が航空機の発達によって急激に拡大することを見越して独立した空軍を創設したのに対して第1次世界大戦は対岸の火事に過ぎなかったアメリカではUボートに撃沈されたイギリスの豪華客船・ルシタニアでアメリカ人乗客128人が死亡したことを理由に参戦したこと自体をウィルスソン政権の策謀とする声が起こっていて空軍の新設などは論外でした。そんなアメリカ陸軍航空軍はようやく参戦した第2次世界大戦と対日戦争において国際戦争法に空戦条約がないことを利用して空軍独立を実現しようとナチス・ドイツや日本の都市部への無差別爆撃や原爆投下を実施したのです。一方、海軍にとっては分離独立した空軍と言っても陸軍の分派に過ぎず、戦果においても航空母艦機動部隊の確立・発展によって航空打撃力を発揮しているので空軍の必要性などは認めていませんでした。実際、太平洋戦線においては戦略爆撃機・Bー29が導入されるまで陸軍航空軍は日本本土に手が届かず、それも海軍がマリアナ諸島を攻略してようやく日本本土の都市空襲が可能になったのでした。
つまり空軍の戦略爆撃機では航続距離と言う制約があって全世界への支配権は確立できず、当時の新鋭爆撃機・B―36もレシプロのプロペラ機だったためジェット戦闘機には歯が立たないことは明らかで海軍の主張に理がありました(朝鮮戦争ではBー29爆撃機がソビエト連邦製のミグ15ジェット戦闘機に落としまくられた)。これに対して空軍・陸軍連合軍は国防長官を抱き込む政治的策略を巡らすとかつて海軍が空軍の戦略爆撃機の弱点をマスコミに暴露したのに倣って空母戦力拡張計画の問題点を広報しました。そんな中、国防長官が航空母艦・ユナイテッド・ステーツの建造を中止させたのです。
その後、海軍の将官=提督たちが次々に個人資格で国家戦略を巡る見解を発表し(今回も空軍の戦略爆撃機の弱点が中心)、さらに空軍と軍需産業、国防長官を含む国防総省高官との癒着を暴露して辞任すると議会が介入して統合運用に関する勧告が多数与えられて寄せ集めだった国防総省の機能の強化が図られました。折から勃発した朝鮮戦争では地上戦が主体だったため新型戦略爆撃機と空母機動艦隊の出番はありませんでした。
ユナイテッド・ステーツは完成していればガスタービン・エンジンとは言え基準排水トン数65000トン(75700トン)、全長331メートル(342メートル)、最大幅60.1メートル(77.7メートル)、搭載機数は推定で90から100機(84機)の()内の原子力空母・エンター・プライズと遜色がない巨艦でした。
  1. 2024/04/22(月) 15:31:51|
  2. 日記(暦)
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