古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

ますます理解不能なPAC3の函館配備

北朝鮮が2回続けて上空を弾道弾を通過させたことで函館市民から不安の声が上がり、それを受けて航空自衛隊は函館駐屯地にPAC3を配備することにしたそうです。昭和51年にミグ25が函館空港に強行着陸した時も、当時のソ連にとっては最高の軍事機密であったため(性能の悪さが?)攻撃を加えて機体を破壊するのではないかとの噂が流れ、その時は要望はなかったものの陸上自衛隊が独自に対応し、地対空誘導弾・ホークや地対空機関砲L90を配備しましたが、当時は津軽海峡の防備を目的とする航空自衛隊第6高射群は存在していなかったので当然の処置でした。
ところが今回は八雲分屯基地に配備している第6高射群第23高射隊か第24高射隊のどちらかを函館駐屯地に展開すると言うのですから呆れて開いた口が塞がりません。八雲分屯基地から函館市内までは約70キロなのでPAC3の射程距離内である以前にミサイルとしては足下のような位置関係です。
おまけに八雲分屯基地には掩体陣地としての土手が設置されており、整備小隊や管理小隊が使用する各種整備機材と収納施設があるので、ミサイルや誘導装置に不具合が発生しても直ちに対応できます。しかし、展開地では同行する隊員は限定され、携帯する機材、部品も必要最小限にせざるを得ないので、特殊な不具合が発生した場合には整備員の移動、部品の運搬、さらに別の機材との交換などが必要となり、即応体制が維持できなくなる可能性も考えられます。
さらに高射部隊が展開した場合は機材にバラキューダと言うレーダー波と赤外線を植物と同じ量だけ反射する偽装網をかけるだけで半地下式陣地の構築や周囲を土嚢で覆うなどの防護処置は取りません。つまり潜入に成功した工作員などが駐屯地の外からライフルで狙って撃てば実弾を爆発させることも可能なのです(100メートルの距離からライフルで銃撃した場合、乾いた砂を詰めた土嚢は1メートル以上の厚さがなければ貫通します)。
高射幹部の発想では日頃の業務に緊張感が欠落しているため機会を見つけて訓練し、少しでも練度を向上しようとするのですが、逆に訓練だけが業務であるため実戦と演習の違いが理解できておらず、このような実戦にまで訓練の感覚を持ち込んでしまっているのでしょう。
野僧が第6高射群で勤務している時、「ミサイルの実弾を移動させる場合には隊員に小銃と実弾を携帯させ、破壊活動を受けた際には防護措置を取らせる」と言う規則の改定が行われました。この時、野僧は「平時の自衛隊には刑法が定める相互が均衡する範囲以上の武器の使用権限はなく、小銃を使用して防護するような破壊活動は現実的にあり得ない」と断固反対し、隊長だけでなく群本部の幕僚たちの心証を著しく害したのですが(群司令は浜松時代の基地業務群司令、副司令はSOCの教官だったので「相変わらずだな」ですみましたが)、結局、規則に関する合議は隊長までなのでそのまま成立しました。この群司令の発想も有事と平時の差異が欠落しており、今回とは逆で訓練に実戦を持ち込んでいたようです。
函館市民の不安の声が寄せられたならば「近傍の八雲町(森町を挟んだ隣り)にPAC3は配備されており、射程距離内ですから大丈夫です。ただし命中率は除きます」と説明すればすむ話で、むしろ「間もなく北朝鮮は破壊されてなくなりますから、そのための作戦にご理解・ご支持をお願いします」と依頼するべきでしょう。
ところで防衛省は最近、「PAC3の射程距離は数十キロ」といい加減な情報を流していますが現役時代に筆写した詳細な性能諸元(当時は秘文書でした)を公表すると秘密漏洩で怒られますかね?
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  1. 2017/09/22(金) 09:47:05|
  2. 時事阿呆談
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振り向けばイエスタディ954

夕食時、ジェームズが同席した。2人が親密になっていることはホテルの従業員も認識しているが、警戒対象である外国人ことに変わりはない。満席の時間帯を狙ってきていても従業員が各テーブルを回りながら常に会話に聞き耳を立てているのは明らかだ。
「旅行客を魅了するような場所を発掘できましたか」「立ち入り禁止の場所が多くて新発見は難しいですな」このような日常的に過ぎる会話では情報交換が難しい。それでも互いに有益な情報をまぶしながら会話を続けた。
「そう言えば貴方の他にも金髪の人たちが取材をしていましたよ」「ほう、どこの社の人たちかな」自分の話が虚構であることを倉田は目で知らせる。するとやはり背後の従業員が早足で店外に出て行った。おそらくカウンターの共産党政治局員に通報したのだろう。
「私の方は市街地とヒマラヤの組み合わせを狙っているのですが、やはり立ち入り禁止が多くてインパクトがある風景に出会えません」「これで本当に観光客を誘致する気なのかな」2人の会話が進む前に次の従業員が回ってきている。これでは警戒に念が入り過ぎており、かえって漏洩して困るようなことが計画されているのではないかと疑わせそうだ。
「それにしても海抜が高い関係で過熱が不十分になるから、あまり美味い料理はありませんね」海抜が高くなると沸点が下がるので野菜は芯が残り、肉は生臭さが抜けない。富士山頂と同程度の海抜にあるラサ市での日中の沸点は90度を切るはずだ。
「貴方の母国の刺身や生野菜の料理でも広めたらどうですか」「川魚では刺身は作れませんよ」2人の会話が談笑になると従業員も他のテーブルへ巡回する。やはり多くの外国人客の中でも警戒対象としての重要度を高くされているようだ。
「それではお先に」倉田は従業員が離れた隙にテーブルの下で紙片を渡して立ち上がった。それはトイレットペーパーに片仮名のみの日本文で手書きした今日の調査概要だ。片仮名にしたのは漢字や英語では中国人に読解され、平仮名は日本語としての認知度が高いからだ。何よりもジェームズが日本語に熟達していることはアメリカで聞いている。後はジェームズが読んだ後、トイレで流せば証拠は残らないと言う寸法だ。

翌日は中国人の女性通訳だけだった。つまりラサ市内であれば立ち入り禁止地区だけ判っていれば十分と言うことだ。若い女性をつけたのはハニー・トラップの可能性もある。倉田はアメリカ国内で中国や朝鮮系の移民が繰り広げている政治工作の実態を熟知しているのでアジア系の女性は避け、中国や韓国、日本とも接点が薄いアフリカ系の女性をつれ合いにしている。その意味では久しぶりにアジア人の女性を抱けるハニー・トラップには少し期待してしまいそうだ。
オート・リクシャーを拾ってチベットの伝統的な建物が残る市街地の外れを走り回るが、かえって撮影禁止の場所が多く、寒い中をバイクでツーリングしているような雰囲気になってくる。すると前方に長い列を作って托鉢してくる僧侶たちが見えてきた。
「ほう、この寒いのに随分と薄着なんだね」運転手が速度を落としたので間近に見ることができた僧侶たちは法衣の下から素肌の腕が見えており、裾からは毛脛が出ている。それにしてもラサ市内は赤道に近いため2月でも日中は10度近くまで気温が上がるが、日没後は零下10度近くまで下がるのだ。
「あれが彼らの信仰の形ですから当たり前でしょう。嫌なら止めて近代的な生活を送れば良いのです」女性ガイドの見解も極めて冷淡だ。これでは聞いている方の寒さが増して凍えてしまいそうだ。
「本当に寒くないか確かめてみたいな」「それは困ります」「だって貴女は通訳するためについてきているんだろう。仕事をしなさい」倉田は口では責めながら財布から取り出した紙幣を押しつけた。これは逆ハニー・トラップと言うものだ。その金額は女性の欲望をかなえるには十分な額だったらしく、チベット語でオート・リクシャーを止めさせて僧侶に声をかけた。
「お坊さま、このアメリカ人が僧衣で寒くないかと質問している。答えなさい」チベット語では僧侶については敬称になってしまうので仕方ないのだが、その他は完全に命令口調だ。その時、倉田は僧侶と話しているガイドの背後でカメラバッグのポケットから「BBC」と書いたプレートを出して見せた。すると周囲の僧侶たちの目の色が変わった。
  1. 2017/09/22(金) 09:45:10|
  2. 夜の連続小説8
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「敬老の日」は野良猫も該当するのか?

今年は9月19日が本音では巨額の財政赤字の原因として迷惑がられている高齢者の過去の功績に感謝と敬意を表する祝日=「敬老の日」ですが、これは野良猫も該当するのでしょうか。
野僧が小庵を結ぶ前から棲みついている野良猫(同じ柄の別猫の可能性もある)の婆さんはどこで餌をもらっているのか姿を見せなくなることが多いのですが、今回は2週間近くも間を空けた9月19日に現れました。それもいつもは縁側で「ニャ」「ニャ」と短く鳴いて(おそらく息が続かないので長音にはできない)餌を要求するのに、今回は鳴きもせず「ほら、早く餌を出せ」と言わんばかりに座っていたのです。
ウチの飼い猫の若緒(にゃお)は何故かこの婆さんが苦手で、以前は脅されて家の中に案内していました。それも先ず若緒が餌を置いてある方丈に入ってきて、その後から婆さんが続いてきたので野僧が睨みつけると退散したものの後で苛められていたようです(外から悲鳴が聞こえてきた)。しかし、幾ら追い払っても「ここは私の家だ。お前たちこそ居候だ」と言う態度を変えないので、要求すれば外で餌をやり、一歩でも足を踏み入れれば水鉄砲かBB弾を浴びせるようにしたことろ立ち入らずに外で待っているようになっています。航空自衛隊の警備職射撃検定特級の野僧はBB弾でも百発百中なので、10センチほど開けてあるガラス戸の外に出てホッとしている背中に数発命中させられては流石に懲りたのでしょう。
山口県は高齢化率が全国第4位だけに人間も爺さん、婆さんばかりですが(「敬老の日」の行事は祝われる人・祝う人が年齢に関係なく固定されていて亡くなった人数分だけ変動する)、動物までこれでは思いやられます。
そんな山口県では高齢の犬や猫の介護する暇な人がいるそうで、廃業した旅館を使って預かった犬や猫に個室を与え、交代制の職員が24時間態勢で餌を与え、下の世話をしながら最期を看取り、死後は樹木葬まで用意されているそうです。この暇な人の活動を地元の新聞が美談として大々的に紹介していたので野僧は断固抗議をしました。
「家畜は家畜としての生き場所があり、死に方がある。犬はつながれているまま朝餌をやりにいったら冷たくなっているのが作法だ。猫は姿を消すか、いつもの寝床で人知れず息を引き取ればそれで良い。人の手を煩わせて死ぬのは分不相応であり、それを美談として紹介すれば普通の死なせ方をしている家が罪の意識を感じることになる。世論を喚起するつもりならもっと影響力を自覚し、現実を見極めてからにしろ!」。
こう言う愚かな活動が野良猫にまで浸透しているので婆さんも図に乗っているのかも知れませんから、小庵では「敬老の日」を山寺らしく「野良猫を蹴ろうの日」にしてやるのも一手でしょう。
野良婆さん・17・6・22野良婆さん(推定年齢15歳以上)
  1. 2017/09/21(木) 09:29:35|
  2. 常々臭ッ(つねづねくさッ)
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振り向けばイエスタディ953

翌朝、倉田がフロントに向かうとガイドのチベット人と英語とチベット語の通訳が待っていた。昨日の話し合いでは案内人としてガイドを紹介することだけで通訳までは聞いていない。
「2人とは聞いていないぞ。料金はどうするんだ」倉田の抗議に昨日とは違うフロントは同じ若い男を振り返って指示を仰いだ。
「どうやら2人分の料金を払うのが惜しいと値切っているようです」この理解はいかにも中国人らしい。すると共産党の政治局員らしい若い男は「1人分で良いと言え」と答え、馬鹿にしたような薄笑いを浮かべた。
「英語を話せるガイドを用意していなかった当ホテルの責任ですから料金は1人分で結構です」そう言われて2人の顔を見るとガイドは一見してチベット人だが通訳の方は明らかに漢民族だ。つまり外国人が直接チベット人と会話しないための監視役のようだ。実は倉田もチベットでは最も一般的なウー・ツァン方言も初級程度なら話せるのだがそれは隠しておかなければならない。
倉田が大通りに出てオート・リクシャー(陸車?後部に3人分の座席を付けた3輪オートバイのタクシーのインドでの呼称)を拾おうとすると通訳は玄関前に入ってきたタクシーを勝手に止めた。ラマ市内で流しのタクシーは珍しいのでホテルが手配していたらしい。ここでもチベット語ができることを明かす訳にはいかず素直に倉田が乗り込むとガイドは黙って助手席に乗った。通訳は運転手に「ヒマーラヤ(現地での発音)の写真を撮れる場所へ」とガイドを無視して指示した。
「先ずは名前から聞いておこう」タクシーが走りだすと倉田は左隣に座った通訳に質問した。
「私はサンポです。彼に直接話すことはないので良いでしょう」通訳の名前まで秘匿しようとする。どうやら「名前が判らなければ呼びかけられない」と念を入れたらしい。確かにサンポは「善良」を意味するチベット人の名前だが宗教色がなく、何よりも発音に北京語の臭いがした。
タクシーをネパールへのスカイラインに向かわせると間もなく街を抜けて前方にはヒマラヤの山々が見えてくる。山岳写真家と言う役柄としてはその麓まで行くべきなのだが今回の目的が違う。あまり料金がかさむ前に止めさせて怪訝そうな顔をしている通訳に理由を説明した。
「私は何度もネパール側からヒマラヤを撮っている。だから今回はチベットの風景の背後にヒマラヤの峰が入るような場所に案内してくれ」倉田の要望に通訳は「ガオディアン・シュオウ=早点説(それを早く言え)」と舌打ちしたがこれは北京語だ。やはり冬季には派遣されている共産党員も縮小されるためレベルが低下するらしい。

「チベットの寺院と僧侶を入れたい。やはりチベットと言えば佛教の聖地だからな」ラマ市内の住宅や市場などで撮影した後、倉田は通訳に次の場所を指示を出した。
「チベットは中国共産党によって法王の封建的圧政から解放された中華人民共和国の領土です。佛教などは人民を意のままに操るための麻薬に過ぎません」興奮させるとガイドの英語が怪しくなる。それにしてもここまで簡単に馬脚を現してくれると、かえって別の謀略を心配しなければならなくなる。それでも予防線を張るために形式的な言い訳をした。
「そうかァ。アメリカで読んだガイドの解説とは違うようだね。それが君たちチベット人の意識なのか」突然、チベット人と言われて通訳は一瞬答えに詰まった。倉田はその機を逃さず追い討ちをかける。
「その圧政を強いていた法王と言うのが1989年にノーベル賞を受賞したダライ・ラマ14世なんだな」すると「ダライ・ラマ」と言う名前にガイドが反応した。ガイドは目を潤ませてチベット語で何かを言いかけたが通訳は目を引きつらせてそれを遮断した。
「当地で法王の名前を出すことは止めなさい。我々は友好的に貴方たち外国人の観光を演出しているのだ。貴方たちにはその厚意に感謝してこちらの命令に従う義務がある」他の国であれば国際常識で反論するのだがここは中国だ。国際常識とは世界の中心である中国が作るものなのだ。これ以上は危険水域、と言うよりもチベットだけに冬山登山なので倉田も安全圏に引き返した。
「そうですか。それは失礼しました。私はアメリカで読んだ本の記述内容との違いを確かめたかっただけです。貴方たちの配慮には感謝していますよ」結局、今回は通訳の正体が判ったところまでにしたが、謝罪のために多額の別料金を渡す羽目になったのは言うまでもない。
  1. 2017/09/21(木) 09:27:05|
  2. 夜の連続小説8
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これが成熟したオーストラリアの政治風土と言うものか。

オーストラリアのターンブル首相がビール片手に孫娘を抱いてスポーツ観戦している写真をフェイスブックに掲載したそうです。すると毎度のことながら「酒を片手に子供を抱くとは恥知らずだ」などの非難の声が殺到したのですが、それを傍観していた野党の指導者が「お祖父ちゃんでいさせてあげて」と擁護したと言います。
日本でも政権を奪取するまでの民主党は特に土井たか子の社会党が常用していた自民党の議員個人に対する人格攻撃を控え、政策論争によって雌雄を決しようとする姿勢を示していたことで国民の支持を得たのですが、いざ政権を任されると所詮は言うだけなのが発覚して野党に逆戻り、後は社会党と大差がないオール・オア・ナッシング=始めから反対ありきの不毛な国会論争と執拗な粗探しによる人格攻撃に終始するようになっています。ただし、かつての自民党の政治屋は田中角栄に代表される「金と政治」と言うイメージを自ら証明するような受託収賄などの不祥事を続発させていましたが、最近では民主党・民進党の方も不倫疑惑などの三面記事ネタを頻繁に提供しているので人格攻撃の矛先も鈍りがちです。それでも2重国籍疑惑の渦中にあった刈り上げ女は平気で自衛隊小父さんたちのアイドル=トモミン(稲田朋美前防衛大臣)を苛めていましたが本気で怒っていましたよ。
その一方で野僧は妙な縁で与野党の政治屋たちと面識があるのですが、当地が選挙区の現首相夫婦は本当に好感が持てる人物であり、自民党の副総裁は話していて誠実で優秀なことを実感したので選挙では珍しく自民党に投票してしまいました。逆に愛知選出の首相経験者は本当に小物で湾岸戦争の時にこいつが首相だったことは日本にとって不運・不幸だったと思っています。福岡では自民党防衛族の親玉と飲みましたがこいつも馬鹿でした。どうしても首相にするのならまだ変人の方が良かったのでしょう。沖縄時代には先日亡くなった社会党の有力議員と飲みましたが自民党の議員とは異質でそれ以上の腹黒さを感じました。
それにしてもこの話題が子供のいない安倍首相ではない別の首相で流れていれば国民はどのように反応し、野党はどのような態度を取ったのでしょうか。非難する側の言うことは「酔って孫を落とせば危険だ=保護責任者としての意識に欠けている」「未成年者の飲酒を助長することになりかねない」などと大体決まっていますが、それに「飲んでいるのがビールなのはけしからん!日本の首相なら日本酒を飲むべきだ」とでも言う脇に反れた意見が紛れ込むと「ビールがアサヒではないのはやはり朝日新聞が嫌いだからだ」「沖縄の県民感情を理解するためオリオンビールをお勧めする」「本当は高級な洋酒を飲んでいるのだが、庶民性をアピールするためにビールにしているんだろう」などと反れた議論に遠心力が加わって消えていくのが毎度のパターンです。ところが笑い話になりかけた頃に野党の女性議員が国会の場で取り上げてヒステリックな金切り声を上げ、厚生労働委員会なら「酔って幼い子供を抱いても良いのですか」と質問しながら「今は酒が残っていませんか」と追及して首相にアルコホール検査を要求しそうです。文部科学委員会であれば「お孫さんが飲ませてくれとねだったら飲ませますか」と飲酒に関する教育のあり方にまで話を広げてしまうのでしょう。何せ待機児童問題で自分の不倫を棚に上げて「日本死ね」のメールを取り上げた民生党の幹事長候補、自分の数千万円を超える高収入を棚に上げて「(メールを書いたのは)私だ」と言う看板を掲げる抗議デモに参加した共産党のアイドルが脚光を浴びる程度の政治風土ですから。
その点、オーストラリアでは首相が地元のラジオで「ありのまま自分らしくいようじゃないか」と述べたことで批判は鎮静化したそうですから流石です。
  1. 2017/09/20(水) 10:18:20|
  2. 時事阿呆談
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