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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

第13回月刊「宗教」講座・靖国(神社)について

今回は靖国(神社)について語らせていただきます。
何故なら1869(明治2)年11月5日は靖国(神社)の前身である招魂社を創建し、大鳥居の前に巨大な銅像がある村田蔵六・大村益次郎の命日だからです。
戦後も我が国の戦没者の慰霊施設と言えば「靖国(神社)」になりますが、現在では所属、姓名などが判明して戦死、戦病死が確認できた方は厚生労働省の事務処理で靖国(神社)へ通知され英霊=軍神として祀られる一方、遺骨などが収集されただけの身元不明の方は環境省管轄の千鳥ヶ淵の戦没者墓苑に納められます。つまり同じ戦没者でありながら身元が判るか否かで、英霊と無名戦士の遺骨に分かれてしまうのです。
その英霊を祀ることになっている靖国(神社)ですが、実は神道を統括する神社本庁に属さず、神社とすることを否定する宗教関係者も少なくありません。
現在では靖国(神社)を作ったのが毛利藩士の村田蔵六、初代宮司が萩の椿八幡宮から招かれた青山清であったため、それが山口県の神職たちが画策したことのように思われていて、8月15日が近づき靖国問題が騒がしくなってくると山口県の神職の所には他県の友人の神職から、「いい加減に何とかしろよォ」との苦情の電話が掛かってくるそうです。
そう言えば殉職した自衛官の夫を護国神社に祀られたことに抗議して訴訟を起こしたクリスチャンの妻は山口市内在住でした。
逆に靖国は占領軍司令部の命令により朝鮮半島元山沖で掃海作業に当たっていた下関掃海部の掃海艇が昭和25年10月7日に触雷し、中谷坂太郎隊員が戦死した時、遺族が提出した合祀の請願を拒絶し、戦後、70年に当たっても「自衛官が戦死することになっても合祀しない」と公言しました。したがって野僧も神社とは認めず、あえて靖国と呼ぶこととしています。
靖国の始まりは慶応4年4月に東征大総督であった有栖川宮熾仁親王から戊辰戦争の招魂祭を行うように命を受け、6月に江戸城西丸の大広間上段に神座を設けて報国隊士・大久保初太郎が祭主を務めて招魂祭を行い、明治2年になって大村益次郎が九段坂に招魂社を仮設したのです。
やがてその地で靖国神社と呼ばれるようになると、慶応元年8月6日に長州の下関・桜山で蛤御門の責めを負って自刃した福原越後の招魂祭を行い、その後も蛤御門の変や長州征伐の犠牲者を弔うための招魂祭の祭主を務めていた萩の椿八幡宮宮司・青山是清(後に清と改名)を宮司に迎えました。このため靖国は安政の大獄の犠牲になった吉田松陰や橋本左内を含む戊辰戦争に於ける薩長土肥側の戦没者を軍神として祀りながら、同じ戊辰戦争の幕軍側戦没者は未だに「賊徒」として差別し、第2次長州征討の岩国口、大島口、石州口や馬関の戦いで戦死した各藩兵や鳥羽伏見の戦いでの会津、桑名などの幕軍兵と新撰組、上野の彰義隊、さらに長岡の河井継之助、会津の白虎隊、五稜郭で死んだ土方歳三などは賊徒として差別されたままになっています。
しかし、日本国内で行われた戦いの戦没者を敵味方として差別し続けているような施設に果たして国家の慰霊を担う資格があるのでしょうか?東北人の野僧としては疑問以前に深い憤りを禁じ得ません。
靖国が批判される理由としては、先ずA級戦犯の合祀問題がありますが、これは戦前の厚生省が戦没者名簿を靖国に通知していたことを戦後も踏襲し、A級戦犯も捕虜虐待などの罪で刑死したB・C級戦犯と同じく戦没者に加えられたことを事務的に処理した結果であって、徴兵によって戦争に駆り出され国家に殺された者と国の名を以って戦争を引き起こして多くの国民を殺した者を同列に拜礼の対象とすることの可否について真剣な考察があったとは決して言えません。
国家を滅ぼし、戦死、戦災死を合わせれば300万人を超える国民を殺し(朝鮮人は24万人、台湾人は21万人)、塗炭の苦しみを与えた大罪人を合祀しながら、郷土を思い、主君に忠節を尽し、大義に殉じた多くの武士たちを賊軍に貶めたままなのはどう言う理屈でしょう。
それにしても許せないのは平成21(2009)年に亡くなった南部利昭宮司で、盛岡藩主・南部家の45代当主でありながら、日露戦争で戦死した祖父・利祥の慰霊に励んだだけで戊辰戦争の佐竹攻めなどで戦死した藩士の復権は放置したままだったそうです。
そもそも南部家は奥州藤原氏滅亡後に鎌倉から派遣された源氏の進駐軍であり、戦国時代末期には秀吉の派遣軍の力を借りて自分に従わない九戸政実の城を包囲し、「今、降伏すれば家臣・領民は許す」とだまして捕縛し、一族郎党、家臣領民、男女養老の別なく皆殺しにした後、本人も斬殺しました(今でもこの惨劇が起きた9月4日には九戸城跡に武者の亡霊の行列が現れ、女子供の泣き声が響くそうです)。
また、江戸時代には天明の大飢饉によって米が値上がりしたことを知り、領民から翌年の種もみまで取り上げて飢饉からの回復を絶望的なものにし、さらに先に高い官位についた津軽藩主・寧親公を逆恨みして悶死し、その恨み言を遺志と受け取った藩士・下斗米秀之進に暗殺を計画させるなど(相馬大作事件)、領民のことなどは全く考えていない暗君、暴君揃いの家系ですから当たり前かも知れません。
庄内の酒井家など心ある旧奥羽越列藩同盟の旧藩当主は戦後になって寄せられるようになった靖国からの宮司就任の要請を断っているそうですから、旧藩主を取り込むことで賊軍扱いの問題を回避することが狙いではないかと疑ってしまいます。
また、最近は本人や遺族の遺志を無視して合祀された問題での裁判も相次いでいますが、これも同様にお役所仕事の結果であり、裁判所は法的手続きの正当性からの判断しかしませんから、本来は精神=情の問題であるべき宗教問題の是非・可否を判断するのには相応しくありません。
ここで宗教的な問題を指摘すれば、仮に靖国は神社であるとすれば、英霊として神域に封じ込められた魂魄は結界から出入りすることはできません。
つまり遺された奥さんや子供たちが亡くなって、愛する夫や恋しい父と再会したいと願っても、鳥居で遮られてしまい果たせないのです。
野僧は多くの戦没者の遺族や元軍人の方からお話を伺ってきましたが、「戦死した夫は靖国で軍神なる」ともてはやされるのに任せていたが、本当は「自分の傍で見守っていて欲しい」と願っていたと言うのが遺族たちの真情、「戦死してまで軍人だけで集められてたまるか。俺は家の墓で先祖と一緒に家族を守ると決めていた」と言うのが死線を潜ってきた元軍人たちの本心だったようです。
もう1つ、戦没者が死ぬまでに念佛を唱えていれば阿弥陀如来と観世音・大勢至菩薩の迎接を受けて西方浄土に往生しており、戦死の通知を受けた役所が事務処理をして、靖国に通報した頃には魂魄は西方十万億土の蓮の上です。
果たして靖国の神職に十万億土から呼び返すだけの力があるのでしょうか。
この2つの歌を比べてみれば、どちらが遺族の心情に近いか判ると思います。

ベトナム戦争の反戦歌・愛する人に歌わせないで(森田公一・詞曲)

もう泣かないで坊や あなたは強い子でしょう
もう泣かないで坊や ママは傍にいるの
あなたのパパは強かった とても優しかった
だけど今は遠い 遠いところにいるの

ほら見てごらん坊や きれいなお星さまを
ほら見てごらん坊や いつもあなたを見てるの
ママはいいの一人でも あなたが傍にいれば
だってあなたはパパの パパの子供だから

あなたのパパは坊や 私たちのことを
あなたのパパは坊や とても心配してたの
戦いに征くその日まで きっと無事で帰ると
かたい約束をして 出掛けていったのに

あなたのパパは坊や あんなに云ったけど
あなたのパパは坊や ここに帰らないの
あなたが大きくなったら 愛する人に二度と
歌わせないで頂戴 ママの子守唄を

軍国歌謡・軍国子守唄(詞・山口義孝 曲・佐和輝禧)

坊や泣かずに ねんねしな 父さん強い 兵隊さん
その子がなんで 泣きましょう 
泣きはしません 遠い満州の お月様

ねんねおしおし ねんねすりゃ 父さん匪賊 退治して
凱旋なさる おみやげは 
きっと坊やの 可愛い坊やの 鉄兜

坊や大きく なったらば 兵隊さんで 出征して
母さん送りに 行ったなら 
汽車の窓から 笑って失敬 するでしょね

野僧は単なる追悼と記録の場としての戦没者慰霊施設を作るべきであり、その場所としては神奈川県横須賀市の戦艦・三笠記念公園に沖縄県摩文仁の平和の礎のような戦没者名簿の碑を併設するのが良いのではと考えています。
戦艦・三笠であれば大東亜戦争の戦没者だけではなく、明治以降の戦役の魂魄を慰霊すると言う位置づけも明確であり、非宗教の慰霊施設であっても戦艦・三笠と言う歴史的記念物により来場者は維持できるでしょう。
靖国の役割は都内きっての桜の名所と戦争博物館だけで十分です。
南無十方三世一切諸佛八百万神々

村田蔵六さん(出身地の鋳銭司自治会制作)
古志庵・文殊師利菩薩
靖国(神社)
靖国

これは地元・山口新聞歌壇で二席になった拙歌です。
「死んでまで 靖国などへ 逝くものか 家のお墓で 御先祖になる」

  1. 2013/11/01(金) 09:55:07|
  2. 月刊「宗教」講座
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