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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月7日・毛利元就が3人の息子に訓戒状を与えた。

1557(弘治3)年の明日11月7日(太陰暦)に毛利元就公が息子3人に14カ条の訓戒状を与えました。
毛利元就公と言えば3本の矢の教訓が有名で、今でも中国地方ではJリーグのチーム名・サンフレッチェ(この「サン」は日本語の「3」です)や陸上自衛隊第13旅団の部隊章などになるほど親しまれていますが、実は史実ではなくこの訓戒状の内容と中国の故事を重ね合わせて後世に創作されたものです。
現在、山口県防府市の毛利博物館に所蔵されている訓戒状は長文ですから、別に長男・隆元に宛てた補足説明の全文を掲載したいと思います(拙い現代語訳は御容赦下さい)。ただし、この書簡の日付は霜月25日になっています。

これもまた読み終わったら返してちょうだい。
1、巻き物(=正式文書)の中で言うべきことだが、このことは肝心である。おそれ多いことだが隆元と(吉川)元春、(小早川)隆景の3人のためには身の守りが何にごとも勝る大切なことであるから別紙で言う次第である。
3人の間が露塵ほどにも不仲になり、互いに相手のことを悪く思うようになれば、もはや滅亡すると思いなさい。唯今、当毛利家のためには別に守りを考えるまでもあるまい。
只々、これを定めることが隆元と元春、隆景両人のためになることは言うまでもなく、子供の時代までの守りとなるだろう。それは張良(中国・前漢時代の劉邦の軍師)の書物1巻にも勝ることだ。今のように毛利・吉川・小早川の3家が一体であればおそれながら国中の者どもも隙を狙って小股をかかれることもないであろう。他家や他国から脅かされる恐れもそれほどないだろう。
1、当毛利家がよくなって欲しいなどと思う者は、他国のことは言うまでもなく、当安芸の国にも1人もあるまい。
1、3家が今のように1つにまとまっていれば、毛利家中はお前(隆元)の心のままとなり、小早川家中は隆景の思い通りになり、吉川家中は元春の考えのままになるであろう。
もし万が一、少しでも家運が悪くなれば、まずは家中の者どもから主家を侮るようになり、一行にことが成就しなくなるであろう。そうであるから、ただ毛利家をはじめとする3家の繁栄の秘訣はこんなことであろうと思う。
1巻の書に述べた要点は、このようなことである。露ほどでも兄弟の間に悪い兆しが現れたなら、3家の滅亡の元と思うがよかろう。吉事を幾畳にも重ねていただけるようにしなさい。
なお妙玖(みょうきゅう・元就公の正室で3人の生母・天文14年没)がいたら、このようなことは言わないが、いつまでもいつまでも一身の気遣いと思うばかりである。

原文は当主を譲っている息子に対する敬語を使っています。ところがこの書状を受け取った隆元は1563(永禄6)年に先立ってしまい、元就公は1571(元亀2)年まで孫の輝元を育成することになりました。
ちなみに大河ドラマ「毛利元就」で富田靖子さんが演じていた正室は「みい」と言う名前でしたが、実際には俗名を示す資料は発見されておらず不明です。
  1. 2013/11/06(水) 08:39:07|
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