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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

曹候イジメの思い出

 イジメの体験談を「懐かしき思い出」として語らせていただきます。
野僧が卒業した「一般空曹候補学生」と言うのは2年間の短期間で3等空曹(下士官)に昇任させる教育課程で、残念ながら32期を以ってその幕を閉じました。
空曹=下士官とは本来、熟練者を当てる軍の階級、職務であって、ある程度の素養を持った若者を速成するこの制度は、外国軍にあまり類型はありません。
入隊してくる若者は、ある程度の進学校で部活動などに励み過ぎて受験に失敗した運動馬鹿や防衛大学校、航空学生を2次試験で失敗した防大・航学外れなどの一癖も二癖もある奴が揃っていたように思います。
また早く、間違いなく3等空曹に昇任したいと現職から受験した者も多く、最初の教育隊で彼らが語る部隊での「曹候イジメ」の実態が、我々のような一般入隊者に覚悟と危機感を与えました。
その反作用として職種を選ぶ時、航空自衛隊では航空管制と並んで人気があるはずの航空機整備が「熟練するのが難しい」と敬遠されて定員割れをし、「馬鹿な空士になら勝てる」と後方職種に優秀な隊員が集中すると言う珍事が起りました。
野僧が入隊した7期の頃は、試行錯誤だった1期以降の先輩がそれなりの実績を築き上げる一方で、曹候学生出身者が初任空曹(空士=兵からの叩き上げ)の昇任枠を奪っているとの現実に気がついた古手の空士たちが、「曹候を辞めさせれば自分たちの枠が広がる」と言う根拠のない風聞を鵜呑みにして鬱憤晴らしの曹候イジメに励み、先輩たちも「自分たちの立場を傷つけるな」とイジメにも似た指導を行ったため最も悲惨激烈な時期でありました。
そのイジメのパターンとしては「やはり曹候は」と能力不足を指摘しつつ「曹候の癖に」と羽目を外すこと、気を緩めることを一切許さぬ粗探しの包囲網でした。
野僧などは「曹候の癖に」で気を引き締め、「やはり曹候は」で勉学修練に励みましたが、こう言う反応をした者は部内選抜の幹部になり、統計上では各期の3分の1が幹部になっています。
また新機種導入にともなうアメリカ留学でも主軸であり、海外からの留学生の中で過去に無い抜群の成績を修め、米軍から勲章を受彰した同期もあります。
このほかも航空救難員(メディック)や機上輸送員(ロードマスター)などでも華々しく活躍しています。
逆に「俺は黙っていても空曹になれる」と開き直る奴もいて、かえってそう言うフテブテシイ者の方が古手の空士やベテラン空曹にも愛され、仕事もジックリ取り組んで熟練し人望を得ていますから不思議です。
しかし、このイジメがなければ一般空曹候補学生の自己の職責に対する過酷なまでの精進努力はなく、「nobless oblige=高貴なる者の義務」の精神は醸成されなかったでしょう。
そんな中で笑い話のようなイジメの実話を一つ。
某基地補給隊の同期は、梱包作業の仕事で古手の空士たちに「絶対に声を出すな」と空き箱に入れられたのですが、空士たちがフザケて入間の補給処に送る荷札をつけたので、そのまま輸送機に乗せられ、夕方補給隊で「××がいない」と探していていると入間から「こちらで荷物を開封したら、オタクの××が中で泣いていました」と連絡が入ったそうです。本人には笑い話ではすまなかったでしょうが、暗い箱の中で膝を抱えて入間まで空の旅をしてしまった同期を思うと、「若し、その輸送機に何かあったら」と言う心配と同時に思わず笑ってしまいます。
我々、第7期一般空曹候補学生では入隊して最初の体力検定の1500メートル走で殉職者が出たのですが、空士長だったその同期は「入隊1カ月で三等空曹になった『超』曹候学生」と言われ、その事故の説明をしながら区隊長(教官)は「鍛え方が足らなかった。お前らは簡単に死なぬように鍛えてやるから安心しろ」と宣言し、その言葉通りさらに訓練は厳しくなりました。
  1. 2012/07/12(木) 11:26:21|
  2. 回想・一般空曹候補学生
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