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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月19日・スミソニアン・レートが決定し、1ドル360円時代が終わった。

1971(昭和46)年の明日2月19日に10カ国蔵相会議(G10)でスミソニアン・レートが決定し、1ドル360円時代が終わりました。
それまでは第2次世界大戦中の1944年に開かれたプレトン・ウッズ会議で確立された固定相場制だったのですが、これを止め、変動相場制に移行したのです。
プレトン・ウッズ会議とは世界恐慌前後から主要各国が金本位制から脱落していく中、これを維持していたアメリカに対する各国通貨の取引を固定化するものだったのですが、通貨の発行数の増大と金の産出量の減少により制度の維持が困難になり、1971年8月15日にアメリカのニクソン大統領が放棄を宣言したため、これを受けアメリカのスミソニアン博物館で行われたG10による会議で、アメリカ・ドルに対する増価を前提とする変動相場制への移行に合意しました。
金本位制とは貨幣の価値を金との交換によって定めていた=どれだけの金と交換できると言う保証を国家が行っていたもので、これを採用していた当時の日本の紙幣には「この券で金××(単位は匁だったと思います)と交換できる」と明記されていました。
つまりアメリカ・ドルは金に交換が可能であると言う信用から、他国通貨との交換レートによる保証に流通の構造が転換されたのです。
日本経済も1ドル=360円から308円前後に変更されたため、輸出産業を中心に大きな打撃を受けました。ニュースで円とドルの相場を伝えるようになったのは、この時からですが、おかげで何も知らない小学生も「ドル・ショック」「変動相場制」と言う言葉を覚えてしまいました。
ただ、スミソニアン体制の終焉は予想外に早く訪れました。
何よりもドルの準備高が流通の国際化に見合うだけの量を確保できておらず、ドルの乱高下による国際経済の不安定化に対処するため、1973年3月には為替相場制に移行することになったのです。
これにより輸出入のための外貨準備を目的として流通量の増減で高騰・下落していた通貨価格に、差益で儲ける不純な投機が介在するようになり、国際経済の不安定化による暗い影を落としているのは事実でしょう。
ところで日本は江戸時代まで金本位制ならぬ米本位制だったのです。将来、食糧危機が来れば紙幣に「この券で政府標準米×合と交換できる」と言う印刷が復活しませんかね。金よりは実用的でしょう。
  1. 2013/12/18(水) 09:54:49|
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