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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

12月23日・東京裁判に於けるA級戦犯死刑囚の刑が執行された。

昭和23(1948)年の明日12月23日の午前0時から東京裁判に於けるA級戦犯のうち死刑が確定していた7名に刑が執行されました。
死刑は巣鴨拘置所内で吊首刑(いしゅけい)として執行されたのですが、先に土肥原賢二、松井石根、東條英機、武藤章の4人(全員、陸軍大将)、続いて板垣征四郎、木村兵太郎(どちらも陸軍大将)と唯一の文民である広田弘毅元首相の順でした。
巣鴨の処刑場は同時に5人まで執行できたのですが、1つは予備として使用せず4人と3人に分けたようです。
それにしても目の前で長年、生活を共にしてきた人達の死刑が執行され、その遺骸を片づけるのを見ながら自分の死を待つ気持ちはどのようなものだったのでしょう。
野僧はあるルートでこのうち4名の遺骸写真を見たことがありますが、手には手錠をはめたままで、服装の乱れや首吊り死体によくあるような苦悶の表情もなく、比較的穏やかな死に顔でした。その点、ナチス戦犯の遺骸の方が悲惨でした。
この日に執行されたのは今上さんの誕生日=将来の天長節を選んだと言う説が一般的ですが、米軍関係者の意見としては、その時点では皇太子に過ぎなかった今上さんの誕生日よりも、兵員が揃って休暇を取るクリスマスまでに片づけたかったのではないかと言うことです。何より皇室が存続するか否かは連合国の胸一つでしたから。
何にしろ彼らにとって死刑の執行も業務の1つに過ぎず、命令を受ければ淡々と手順通りに7人の命を絶ったのです。
野僧はこの7人の遺灰が納められている「殉国七士廟」がある三ヶ根山の麓の高校へ通っていましたが「国を滅ぼした罪人」以上の特別な感慨はなく、日本人の代わりに連合国が罰してくれたのだと思っていますから「命日だからどうしろ」とは申しません。
右傾の方なら明日の天長節は一般参賀で宮城へ行って「万歳」を歓呼した後に靖国へ参拝して冥福を祈れとでも言うのでしょうけど、野僧は単にあの戦争に於ける1つの区切りがついた日であることだけをお知らせしておきます。
  1. 2013/12/22(日) 10:23:32|
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