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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

12月26日・徳川家康公の誕生日

1542(天文11)年の明日12月26日(太陰暦)は東照大権現・征夷大将軍・源氏の長者であらされる神君・徳川家康公の誕生日です。
家康公は野僧の故郷である愛知県岡崎市の生まれなので、子供の頃から矢作川越しに岡崎城を臨んでは存在を身近に感じていました。
ちなみに岡崎城の北側には家康公が生まれた場所と伝わる「康生町」と言う地名がありますが、岡崎公園内の産湯の水を汲んだとされる井戸からは結構離れていて、首を傾げていました。この井戸も野僧が子供の頃には柵を越えて覗くと底の方に水が見えましたが、20年ぶりに行った時には石が投げ込まれていて半分近く埋もれていました。このためか井戸の上は金網で厳重に覆われていて、歴史を感じるには興醒めになっています。
家康公は岡崎城主の松平広忠と正室・於大(おだい)の方との間に生まれたのですが、母の実家の水野氏が織田方についたため今川と同盟を結ぶ松平氏としては離縁せざるを得ず、竹千代(家康公の幼名)は2歳で母と生き別れになってしまいました。この母とは織田信長と同盟を結んでから縁を取り戻し、やがて引き取って晩年を一緒に過ごしましたからハッピーエンドではあります。
その後、今川の人質として駿府に向かう途中で渥美半島の領主・戸田氏に裏切られて織田に送られ、それを取り戻されてそのまま駿府に送られ、そこで父が家臣に殺されるなどの苦難の人生は有名なので省略します。
やはり家康公と言えばやはりこの遺訓でしょう。
「人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心に望み起らば困窮したるときを思い出すべし。堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。勝つることばかりを知りて、負くることを知らざれば害その身に至る。己を責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるに勝れり」野僧は幼い頃から父が気に入らないと言う理由だけで、掲げていた志を踏みにじられ、描いていた夢を破り捨てられ、育てていた愛を引き裂かれ続ける苦難の人生に耐えてこられたのも、小学校時代にこれを暗唱し、折に触れて詠いながら噛み締めてきたからでしょう。
東照権現
  1. 2013/12/25(水) 09:55:15|
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