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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

ミハイル・カラシニコフ博士の死去について

ロシアのミハイル・カラシニコフ博士が23日に亡くなりました。94歳だったとのことです。
カラシニコフと言えば拳銃のトカレフと共にガンマニアにはよく知られた名前で、ソ連軍が使っていた銃器の多くは博士の設計だったようです。
自由主義経済の欧米は武器も各メーカが独自性、優位性を競い合って技術革新されていくのですが、社会主義だったソ連では国家から命じられる性能を実現するための研究を各御用技術者が担っていたのです。
カラシニコフ博士は第2次世界大戦開戦直前の1938年に徴兵され、戦車長として独ソ戦に参加し、砲撃を受けて負傷したことで、銃の研究に取り組むようになったそうです。
博士が設計した最高傑作はAKー47小銃でしょう。これは1945年から47年に行われた開発コンテストで評価され、49年に制式化されたもので、当時のアメリカの小火器がMー1ガーランド小銃、Mー1カービン騎銃、トンプソン軽機関銃などであったのに比べても画期的な設計ですが、ナチス・ドイツ軍のハーネルStG44突撃銃がモデルと言う説もあります。
しかし、こんな話をしていても旧日本軍の武器とはレベルが違い過ぎて愕然とします。
野僧はAKー47の7・62ミリ(当時のNATO弾とは別)から5・45ミリに口径を変更したAKー74をいじったことがあります。
外観上は木製の部分があり、プラスチックと軽合金製のアメリカ軍のMー16と比べると時代遅れな印象を受けましたが、手袋をはめたまま分解・結合できるほど堅牢・単純な構造で、それを売りにしているMー16よりも実用性を感じました。
重さはMー16より重く、64式小銃よりは軽いのですが、30発入りの弾倉を装着するとバランスに問題がありました。
また弾倉はバナナ型と言う円を描いた形状のため、弾を込めるのに立てることができず手間取りました。隣りで現地軍の兵士がやっていましたが手早くはありませんでした。
射ってみると銃身が短いため集弾性=命中率は低いようでしたが、自衛隊式に精密に狙うのを見ていた士官は「これは狙撃銃ではない」と呆れていたので使用目的が違うのでしょう。
反動はMー16よりも弱かったですが、引き金が固く日本人の指ではガク引きになってしまうかも知れません。
AKー47や74はソ連(ロシア)、中国、北朝鮮からの輸出だけでなくフィンランドのパメル社がライセンス生産したRk62など世界各国で製造されており、特にイスラエル軍はアラブ人ゲリラとの戦闘で砂漠の過酷な環境下でも作動不良を起こさないAK―47の優位性に着目し、パメル社の銃を参考にしてIMIガリルを開発しています。
ガリルはその後のNATO弾の変更に合わせた改良を加えられ、現在も主力小銃になっています。
その意味でカラシニコフ博士が設計したAKシリーズは世界で最も使用されている軍用小銃になり、「人類史上、最も多くの人を殺した武器」と呼ばれています。
  1. 2013/12/27(金) 09:40:19|
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