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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月3日・雛祭り

明日3月3日はは雛祭りですが、本来は太陰暦に行われていたため「桃の節句」と言うには時期が早く、梅の節句のように思われます。
今年の大河ドラマ「軍師・官兵衛」の第3話で、初恋の女性が室津城主・浦上宗景との婚礼の席を宿敵・赤松政秀に襲われて殺される話がありましたがこれは史実で(殺された新妻と黒田官兵衛の関係は不明)、兵庫県たつの市御津町室津地区では落城したのが3月3日であったため、以前は新妻の霊を悼んで雛祭りを八朔の夏に行っていました。また香川県の仁屋場でも同様の理由で八朔の雛祭りだそうです。尤も、昔は家屋の防湿性が良くなかったため、人形を風に当てる目的で秋にも雛祭りを行っていた地域は結構ありました(航空自衛隊には全国各地から隊員が入隊してくるためローカルネタには事欠きませんでした)。
女の子がいる家では雛人形を飾りますが、野僧の妹は外で遊ぶのが好きなワイルドな娘だったため、雛人形の飾りつけの手伝いは家で本を読んでいる息子の仕事になっていて、夕方に帰宅した妹は飾り付けられた雛人形を見て喜ぶだけでした。当時のリカちゃん人形の代わりに衣装を脱がそうとして叱られる馬鹿でもありましたが。
「片付けが遅れると嫁に行き遅れる」と言うのでこれも手伝いましたが、帰宅した妹は「何で私のお雛さんを片付けた!」と怒り狂い泣きわめきました。トホホホ・・・。
ところで雛人形は東京ではお内裏様(旦那)が向かって左側に座っていますけど、京都を中心とする関西圏では逆です。これは関西では上位者が向かって右側に座る日本古来の作法を守っているのに対して東京では大正天皇が西洋式に向かって左側に立った結婚写真を庶民が真似したため変化したと言われています。これは時代劇の歴史考証のレベルをチェックするポイントでもあります。
また雛祭りには古式に則って白酒を飲みますが(清酒ができたのは江戸時代)、未成年である子供は甘酒、大人はドブロクと言うところでしょうか。
昔は菱餅や雛アラレなどを作って食べましたが(これも息子が手伝いました)、地方によっては蛤を食べる風習もありました。これは蛤の殻は違う貝の物とは絶対に合わないため、娘が二夫に交えない貞淑な妻になることを願う風習だったようです(今は結婚しなくても多夫に交えていますが)。
ちなみに3人官女の中央の女性だけは眉がないのは既婚者であることを意味しているそうです。
童謡「うれしいひなまつり」の歌詞では「明かりを点けましょ雪洞に お花を上げましょ桃の花 五人囃子の笛太鼓 今日は嬉しい雛祭り」「お内裏様とお雛様 二人並んですまし顔 お嫁にいらした姐様に よく似た官女の白い顔」「金の屏風に映る灯を かすかかにゆする春の風 少し白酒召されたか 赤いお顔の右大臣」「着物を着換えて 帯締めて 今日は私も晴れ姿 春の弥生のこのよき日 何より嬉しい雛祭り」と登場人物が並んでいますが、一番下で履物と傘と笠を持っている仕丁(しちょう)の3人は出てきません。この3人は泣き笑い怒る表情も見せており、「三人上戸」と言う別称もある役どころなのですが流石のサトウハチロー先生も歌詞にしにくかったのでしょう。
ただ小学校入学前から歴史少年だった野僧は左右大臣の脇に置く右近の橘、左近の桜の意味や五人囃の雅楽の楽器などにも興味をもって調べましたので、楽しい手伝いではありました。
一度、流し雛に参加してみたかったですが、娘は生まれてこられませんでしたから残念です。
大内雛
山口県の民芸品「大内雛」
  1. 2014/03/02(日) 09:21:19|
  2. 日記(暦)
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