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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月21日・春彼岸のお中日

明日3月21日は春彼岸のお中日です。お中日と言うのは彼岸会が本来、1週間7日間勤めるもので、前後3日ずつの中間に当たる日だからです。
これを現在のカレンダーでは「春分の日」などと味もそっけもない呼び方をしていますが、神道の紀元節は「建国記念の日」、天長節が「天皇誕生日」、新嘗祭は「勤労感謝の日」なのですから、もう少し本来の意味を匂わせる呼称にしてもらいたいものです。
春彼岸が「牡丹の日」、秋彼岸が「お萩の日」と言うのはどうでしょう(春彼岸に食べるのはあくまでも「ぼた餅」ですよ)。
お彼岸の法要は太陽が真東から上り、真西に沈むことと日の出から日没の時間が1日の半分であることを此の世と彼の世に結びつけて始まりましたが、中国などでは先祖供養ではなく、王家の繁栄を祈る儀式だったようです。
ちなみに中国などの祖先供養は太陰暦の4月8日の清明祭(シーミーサイ)です。
ところで今年の年頭に「金はいらんがお鐘が欲しい」と言いましたが、いきなり鐘が届きました。
近所の寺の住職が亡くなり無住になったため、門徒総代さんと寺族さんに「貸してちょうだい」とお願いしたところお許しをいただけたのです。
「さてどうやって運ぼうか」「取りつけは大丈夫か」と相談していた工務店の人が下見に行ったついでに持ち上げてみて、そのまま担いで来てしまったのです。つまり外見は重そうですが、計ってみると17キロなので銅はかなり薄いようです。
ただ胴に「南無阿弥陀佛」と刻んであるので、禅宗では鐘を撞く時、般若心経を唱えるのが一般的ですが、こちらは念佛のようです。
寺の鐘を時報代わりにされると差定(さじょう=日程)が時計に縛られ、数分遅れると苦情を言われるようになってしまいます。このため行事の日以外は撞かない寺が多く、現在ではタイマーで自動的に鐘を撞く機械まで普及しています。
小庵では「これからお経を勤めるぞ、手を合わせろ」と言う広報の鐘にするつもりです。差定は決まっていますから鐘を叩くのは定時になるのでしょうけれど、休日などに大きく時間をずらして時々、裏切ってやろうと思っています。
師僧は「鐘の響きには邪気を払う力がある」と言っていましたから野僧もこの谷間の集落に鐘を響かせて災厄を除きたいと願っています。
昨年の大晦日までは縁側に佛間の鐘子(けいす)を置いて叩いていた除夜の鐘を、今年はもう少し響かせられれば楽しく、村の人たちが叩きに集まってくれれば嬉しいです。
それにしても普通、寺の鐘は撞くものですが小庵の場合は叩く、鐘の音は「ゴーン」ではなく「カーン」です。せめてバットで撞木(鐘を撞く丸太)でも作りましょうか。
門徒総代さん曰く「鹿除けになるだろう」。ごもっともです。
歓鐘
  1. 2014/03/20(木) 09:29:55|
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