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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月23日・児玉誉士夫宅に小型機が突入した。

1976(昭和51)年の明日3月23日に右翼の大物・闇社会の支配者と呼ばれていた児玉誉士夫さんの東京都世田谷区等々力の自宅に売れない俳優・前野光保くんが操縦する小型機が突入しました。一部では「セスナ機が突入」と言われていますが、前野くんが操縦していたのはパイパー社の小型機でセスナ社のものではありません(航空自衛隊第1術科学校で学んだ知識)。
児玉さんが亡くなったのは野僧が一般空曹候補学生の卒業課程に入校していた昭和59年1月17日だったので、同期と売店で買って回し読みしていた雑誌(文春、新潮とサンデー毎日)の特集記事で、かなり詳しくなってしまいました。
日本のマスコミは基本的に右翼を敵視しているため、児玉さんの経歴紹介はかなり酷かったのですが、関わりのあった人物を見ると偏見とばかりも言えないかも知れません。
その後、理論派右翼の友人からも滅茶苦茶な批判を聞きましたが、「巨悪」と呼ぶのに相応しい人物だったようです。
児玉さんは福島県の旧二本松藩士の家に生まれて、若い頃から右翼の大物に私淑して度々、投獄を経験しながら人脈を作り、大陸に渡ると軍部の裏取引(特殊な軍需物資の調達=強奪)に関与して財力を蓄えていったのです。
戦後は軍部の資産を抱えて帰国したのですが、闇の資産の存在が発覚すると戦争犯罪の容疑が掛けられるため旧軍部の誰も手をつけられず、莫大な資産は事実上、児玉さんの物になりました。さらにアメリカの後ろ盾を得るためCIAのエージェントになったともされ、アメリカの対日工作文書では「プロの嘘つき、ペテン師、大泥棒であり、情報工作ができるほどの能力は全然なく、金儲け以外に関心を持たない」と酷評しています。
この闇の資金を背景に戦後の混乱した社会で暗躍したのですが、これがヤ△ザと区別できない任侠右翼の始まりと言われています。ちなみに稲川会の顧問を勤めていました。
実は鳩山由紀夫元首相の祖父・鳩山一郎元首相が昔の日本民主党を結党する時の資金も児玉さんが提供したとされ、さらに河野洋平の父・河野一郎を首相にしようとする政治工作にも多額の資金を融通していたことは否定される事実とされています。
この流れが民主党と自由党の合併による自由民主党の結党につながったのですから、戦後政治史は児玉さんが影で操ったと言えるのかも知れません。
また安倍首相の祖父・岸信介元首相が日米安全保障条約を改定したことで反安保闘争が激化すると、ヤ△ザが活動家を葬り治安を回復するための実力組織「東亜同友会」の結成を目指して、東西ヤ△ザの両雄・田岡一雄3代目山口組組長と町井久之東声会会長の兄弟杯を実現させました。
この経緯があり自民党政権、警察はヤ△ザの取り締まりに本腰を入れられなかったのですが、暴対法成立以降の動きは「恩を仇で返した裏切り」と受け取るのも理解できます。
さらに日韓国交成立にも大きな役割を果たしたそうで、現在の朴槿恵大統領の父の朴正煕元大統領とは大陸人脈と呼ばれる強い信頼関係を持ち、韓国の右翼宗教団体とされる統一教会とも友好的だったそうです。つまりあのような形で日韓の国交が成立したのにも児玉さんの闇の力が働いていたのです。
児玉さんはロッキード事件の国会の証人喚問を病気を理由に拒否して自宅療養していたところに小型機が突入してきたのです(本人は1階にいたため無事)。
しかし、前野くんは新宿上空での撮影飛行の帰路に突入したのですが、帰路では燃料が残り少なく爆発や炎上の効果が限定的なことも判らなかったのでしょうか?
余談ながら元航空機整備員の目で見ると、ロッキード社の政治工作によって導入が決まったとされるFー104スターファイターやL1011・トライスターは対抗候補機に比べ格段に性能が高く、特に日本航空が導入したマクダネル・ダグラス社のDC10は事故が続発した欠陥機ですからロッキード事件は本当にあったのか大いに疑問です。むしろ性能が劣る機体を採用させたダグラス社の方が怪しいです。
  1. 2014/03/22(土) 09:11:39|
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