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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月28日・名張毒ブドウ酒事件

1961(昭和36)年の明日3月28日に三重県名張市で毒ブドウ酒による殺人事件が発生しました。
野僧は3年ほど名張市の寺の春秋彼岸と盂蘭盆会、年末を手伝ったことがあり、市内は何十周も走り回りましたから非常に詳しいです(歌手の平井堅さんの実家でもお参りしました)。盆地である名張市を囲む丘陵には近鉄が関西圏のベッドタウンとして造成・販売した住宅街が点在し、それには桔梗、富貴(ふき)、百合、すずらん、つつじ、梅などの花の名前に「ヶ丘」がついています(桔梗は盆地の中央で「丘」ではありませんがついています)。
事件現場は名張市西方の高台にある梅ヶ丘に隣接するカントリークラブの奥の葛尾地区で、山に囲まれた寂しいくらい静かな集落です。
事件については名張市立図書館で詳細な資料を読んだのですが、この日、公民館で農村生活改善クラブ「三奈の会」の総会が行われ、男性12人と女性20名が出席したようです。会合後の宴席で女性用に出された白ブドウ酒(男性は清酒)を飲んだ17名が中毒症状を起こし、このうち5人が亡くなったと言うものです。
ブドウ酒からは農薬が検出され、宴席の準備を担当した男性3名と飲まなかった女性3人が取り調べられた結果、死亡した女性の中に妻と愛人がいた男性Oが「三角関係の解消を狙った犯行」として逮捕されました。しかし、逮捕当初は犯行を認めていた(警察発表)Oは一転、否認に転じます。
そして迎えた津地方裁判所での1審では証言から導き出される犯行時刻や蓋を口で開けたとする歯形が一致しないことなどの理由で無罪が言い渡されます。
ところが名古屋高等裁判所での2審では参考人の証言が変わったことなどもあり、死刑の判決が下り、11年後の1972年に最高裁でも上告が棄却されたためOの死刑が確定しました。
その後は弁護団の強力な支援を受けて資料を読むのが面倒臭くなるほどの再審請求が行われています。しかし、弁護団側がOの犯行を否定する証拠を提出して再審を請求し、検察側が犯行は可能であったとする方法を示して棄却されることが繰り返された結果、素人が思いつくことは無理なのではないかと首を傾げるほど微妙な犯行テクニックになっており、刑の執行がないまま時間が経過しています(事件は野僧が生まれた年なので経過した時間は年齢と同じです)。
分厚い資料をメモしながら読んでいる野僧に司書さんが、「坊さんは被害者と何か関係があるのですか?」と声を掛けてきたことで色々な裏話を聞けたのですが、葛尾地区では警察の事情聴取とマスコミの取材で相互不信が激しくなり、「新聞に載った証言は誰が喋ったのか?」から始まり「影で自分を真犯人だと言っていた」などの疑心暗鬼で暴力沙汰に発展することが珍しくなくなったそうです。これが2審で証言が覆る結果につながったのかも知れません。
名張市は江戸川乱歩先生の出身地でもありますから、O死刑囚が存命のうちに名探偵・明智小五郎さんの登場を願い、真相を解明したいものです。
  1. 2014/03/27(木) 09:22:43|
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