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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

4月17日・アポロ13号が奇跡の帰還を果たした。

大阪万博が開催され、月の石が話題になっていた1970年の明日4月17日にアポロ13号が生還を果たしました。この事故と生還の物語はトム・ハンクス主演の映画「アポロ13」で感動的に描かれましたが、野僧はアメリカ空軍の教官から映画よりも早く詳細な話を聞きました。このミッションを「successful failure(成功した失敗)」と呼ぶそうです。
アポロ13号は4月11日にケネディ宇宙センターから打ち上げられ、地球から321860キロ離れていた4月13日に機械船の2基ある酸素タンクの片方が爆発したのです。この時点で飛行士たちは隕石が衝突したと思っていたそうですが、後に事故調査委員会は絶縁のテフロン被膜が損傷していた電線がショートしたことが原因と推定しているとのことです。
ヒューストンのジョンソン宇宙センターは直ちに月面着陸船を救命ボートとして利用することを指示したのですが、それは酸素タンクを失ったことによる母船内の酸素の使用を極限する必要があったからです。
帰還の方法には2つあり、その位置でロケットを噴射して船体を反転させて地球に向かう「直接帰還」と月の周回軌道を回って戻る「月周回帰還(a circumlunar free-return trajectory)」です。アポロ13号の場合、爆発で機械船のエンジンが破損している可能性が高かったため後者を選択しましたが、本来の周回軌道よりも100キロ大周りをしたため3名の乗組員は最も地球から離れた人類になったそうです。
また、映画ではトム・ハンクスが演じていたジェームス・A・ラヴェル・Jr船長が冷静沈着に指揮を執っていたように描かれていましたが、実際には責任の重圧に追い詰められ、取り乱すこともあったそうで、むしろケヴィン・ベーコンの司令船パイロットのジョン・L・スワイガートが最後まで適切に対応し、実質的に指揮を執っていたそうです。またビル・パンクスの月着陸船パイロットのフレッド・W・ヘイズJrは映画では弱っているだけでしたが、実際には水分不足で尿路感染症に罹っていたのです。
アメリカでは13と言う数字を忌み嫌い、事故を起こしたのがアポロ13号であることから迷信めいた分析が流行したようです。例えば発射した年月日が70年4月11日であったため数字を足すと13になり、発射時間は13時13分、事故が発生した日付は13日、時間も13時13分、さらに発射台は39番で13の3倍数と言うこじつけまで評判になったそうです。ちなみに1970年4月13日は月曜日なので魔の金曜日ではありません。
ところで大阪万博のアメリカ館で月の石を見ようと並んでいた日本人は、この事件についてどこまで知っていたのでしょうか?少なくともウチの親は全く関心を示していませんでした。
  1. 2014/04/16(水) 09:06:21|
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