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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

私のニライカナイ2

私のニライカナイ2

平成元年、私は海上自衛隊一般幹部候補生に合格して3月下旬から江田島の幹部候補生学校に入校することになった。その前に私は防府で冬物の衣類を買い込み、宮古島へ家族を迎えに行った。
「ニィニ、入れ替わりなんて残念さ」同じく曹候学生に合格して3月に防府にやってくることになった賀真はそう言って私と直美の顔を見た。
「学生同士さ、頑張ろうなァ」私がそう言うと賀真は真顔でうなづいた。
「自衛隊さんは本当に頑張るねェ」義父母は感心した顔でそんな私と賀真の顔を見比べる。
「ニィニの教育は面白そうだって、楽しみにしてたのになァ」「お前、ついでに面倒も見てもらおうって思ってたんだろう」義父がからかうと賀真は「図星」と言う顔をし、それを見て全員で笑った。
「だけど、何で海上なの?」賀真は不思議そうな顔で私を見た。
「航空の幹部は管理職さ、幹部になるなら一緒に艦に乗る海上って決めていたんだよ」「艦に乗るの?」「そのつもりさ」「ネェネがさみしがるさァ」「直美だから安心して家を任せられるのさ」自衛官と入隊予定者の会話を聞きながら直美も隣で「ナンクルナイサ」とうなづいた。
「ノーブレス・オブリュージェ」「何それ?」「選ばれた者の義務。曹候学生は選ばれた者だから新隊員の手本にならないとな」「ハイ、先輩」「そんな難しいことアンタにできるの」「教育隊って厳しいよォ」私の言葉に真面目にうなづいた賀真を今度は義母と直美がからかい、また全員で笑った。
「オトォ、オカァ、本土へ来て賀真とテンジンさんの入校式の梯子をすればいいさァ」直美の提案に義父母は顔を見合わせて目で相談している。
「防府と江田島は近いですし、江田島へは家族連れですから泊まる所は心配いりませんよ」私の補足説明に義父母もその気になってきたようだった。やはり光太郎と過ごした3カ月で孫への愛着もましたようだ。
「賀真、入隊前にウチで引っ越しの手伝いだな」「エーッ、俺、疲れると困るさァ」私の提案に真剣に反対する賀真にまたまた全員で声を上げて笑い、その声に義母の隣で光太郎が眠ったままビクッと伸びをした。

「テンジンさん、やっぱり愛と青春の旅立ちのリチャード・ギアみたいさァ」入校後初めての外出で、海上自衛隊の金ボタン、ダブルの制服を着て帰った私に直美は声を上げた。防府のレンタルビデオ店で借りて見た映画を思い出したらしい。
「お父さん、船長さん?」光太郎は見慣れた濃紺の制服でないことが不思議そうだった。
「ううん、海軍さん。よし、リチャード・ギアしようか?」私は光太郎に答えると荷物の間に立ち、直美を抱き上げようとした。引っ越しの荷物は沖縄の時よりは増えていて部屋にはまだ少しの片付けが残っている。ビデオを見た後、ラストシーンを気取って直美を抱き上げたことがあるのだが今回の衣装ならもっときまりそうだ。
「新品が皺になる。でも黒や白の制服だと汚れが目立って大変さァ」直美の心配は、もう主婦のそれだった。「うん」私も感心しながらうなづいた。
「光ちゃん、触っちゃ駄目だよ」、直美は興味深そうに手を伸ばす光太郎に声をかけた。
「また、週末にしか会えなくなるなァ」「今度はすぐそばだから声が聞えそうさァ」学生である以上、隣接した官舎とは言え帰宅出来るのは土日だけになる。それでも直美は那覇と離島の頃を思えば「心配ご無用」と笑顔で励ましてくれた。

直美も両親を防府まで迎えに行きながら賀真の入隊式に参加した。
両親と一緒に市内のホテルに泊まった直美と光太郎は、朝から自家用車で先月まで住んでいた防府南基地に向かった。やはり曹候学生課程の家族の受付け係は知り合いだった。
「あッ、マツノ班長の奥さん」「こんにちは」「今日は何です?」「弟が入隊するんです」そう言って直美は、名簿の中に「砂川賀真」の名前を見つけて指差した。
「マツノ班長は?」「もう、鍛えられちょるみたいです」そう言いながら先日の初外出で帰って来た時の夫の気合いの入った顔と黒ダブルの海上自衛隊の制服姿を思い出していた。
入隊式場へ案内されるまで父兄が中隊のグランドで待っていると、隊舎から学生たちが出て来て、両親と直美たちの姿を見つけた賀真が嬉しそうに笑いながら駆け寄ってきた。
「賀真、似合うさァ」自分に似て目鼻立ちがはっきりした賀真の制服姿に直美は目を輝かせた。夫で見慣れているはずの濃紺の制服が別物に見える。
「ニィ二よりも?」賀真の悪戯な質問だったが、直美は「テンジンさんは別枠さァ」と答えて両親の顔を見た。両親も別人のようになっている我が子の姿に驚いている。直美に手をひかれた光太郎も足元で、見慣れた航空自衛隊の制服を今日は父でなく、叔父が着ていることが不思議そうに見上げていた。
「写真、撮るさァ」直美が持ってきたカメラで、賀真を中心に親子交代で写真を撮った。

「太田中将の資料を見たいね」入校式に出席した義父は江田島の教育参考館(博物館)の貴重で豊富な資料に感心しながら言った。直美と光太郎は義母と一緒に外で桜の花を見ていて売店の喫茶室で待合わせている。
「『沖縄県民かく戦えり』ですか」「うん」案内している私の問いに義父は資料を見たままうなづいた。これは沖縄で玉砕した海軍陸戦隊の太田実中将が自決の前に打電した決別文の一節だ。この一文により沖縄では帝国海軍にシンパシーを感じている人も多いのだ。
「確か1階の出口の手前に有りましたよ」「そう」私の答えにうなづきながらも義父は、じっくりと資料に見入っていたが、やがて私たちは特攻隊員たちの遺書の展示室に入った。
「賀真と同じ年頃なのに・・・」義父は涙を拭おうともせず、それらを1つ1つ丹念に読みながらつぶやいた。
「みんな沖縄を守ろうとして散って逝ったんですよ」「シマンチュウもたくさん死んださ」義父は静かに反論した。
「戦争はイカン。マツノさんも賀真も死んじゃあイカンよ」「はい」私は深くうなづいた。
私のニライカナイ・直美
「私、ここの診療所で働いても好いかなァ」まだ、入校式が終わって間もないある日、外出で帰ると、脱いだ制服を受け取りながら直美が訊いてきた。
「診療所で看護婦を募集しているって公民館に張ってあったのさァ」離島の保健婦をやめて3年、私も「そろそろ仕事を再開してもいいな」と思っていた。
「光太郎はどうする?」「島の保育所はまだ空きがあるってさ、1歳半ならOKだって」直美は、もう診療所と保育所を回って確認して来ていた。相変わらずの行動力に感心しながら振り返ると直美はいつもの返事を待つ顔でジッと私を見ていた。
「光太郎は大丈夫だって?」「うん、保育所に行ったら喜んじゃって僕も行きたいってさ」そう言いながら直美は私の制服をハンガーに掛けると、部屋の隅の衣装掛けに吊った。
「ところで光太郎は?」「もう朝から友達の家へ遊びに行ってるよ」光太郎も「まだ1歳半」のつもりだったが、「もう1歳半」なのかも知れなかった。
「兵学校には来年春の卒業まで1年、遠洋航海で半年、その後1術校ならもう半年。しめて何年でしょう?」突然の私の出題に直美は戸惑った顔をしながら暗算をし始めた。
「簡単さァ、2年だよ」「ピンポーン」私は顔を近づけて頬にキスをした。
「その後は、もし呉に配置になったらいいけど、それは判らないね」「うん、わかってる」呉と江田島は海上自衛隊の連絡艇で直接結ばれているが、隊員の家族とは言え直美が利用することはできない。いざとなれば「私が江田島から通勤する」のも好いかと思った。それはあくまでも「1術校に入校し、呉に配置になったならば」の話ではあるが。
「だったらいいの?」「どうぞ江田島のために頑張って下さい」私の返事を聞き、直美はパッと笑顔になって抱きついてきた。私も「待ってました」と抱き締める。その後は、あの離島での再会の習慣通りだった。
その後、直美に給与収入が出来て私の扶養から外れ、分隊長にヤヤコシイ手続きをお願いすることになったが、江田島の診療所に勤める=貢献すると言うことで勘弁してもらった。

「お父さん、チバリヨォ!」海軍兵学校以来の伝統である毎週末の古鷹山登山走の時は、直美は患者がいなければ光太郎を連れて早目に帰り、官舎前の道端で応援してくれる。
私は一般課程の学生としては最年長だったが「元航空自衛隊=マッハの走り」と全力で走っていて応援に応える余裕はなく、2人の姿をチラッと見るのが精一杯だった。
そして同じ頃、防府で走っているだろう義弟・賀真を思うと負けるわけにはいかない。これではまるで賀真が前を走り、直美が背中を押して、姉弟の激励を受けているようだ。

制服が夏服に変わるとベランダに干してある我が家の洗濯物は私の白の半袖の制服上下と直美の白衣で真っ白になった。私は窓際に座って海からの風にあたっていた。
「これ、全部、患者さんがくれたのさァ」直美は夕食の食材になる「戦利品」を持って来て自慢そうに見せた。それは野菜だったり、魚の干物だったり、漬物だったりする。
「私が候補生の妻だって言ったら、みんな『海軍士官の奥様も働くんですか?』って不思議がるんだよ」戦利品を片づけた直美は少し不満そうな顔でそう言って私の隣に座った。
「ふーん、だったら直美に看護婦さんで働いてもらって俺は専業主夫になるかなァ」「またァ、私は看護婦の前に貴方の奥さんさァ」直美はまた少し膨れて見せた。
「でも、働いている君はティダ(太陽)みたいに輝いていて素敵だよ」「うん、ありがとう・・・」私が肩に手を伸ばすと直美は頭をもたげかけてきた。幸い光太郎は保育所で出来た友達の家に遊びに行っている。
「だったら好い?」「もう、エッチ。そろそろ光ちゃんが帰って来るから駄目さァ」そう言って直美はキスだけ許してくれた。続きは夜だった。

「テンジンさん、晩御飯さァ」夏真っ盛り、遠泳訓練が始まった頃、入校以来の私の疲れはピークだった。週末、官舎に帰ってもそのまま寝てしまうことが多い。直美は、そっとタオルケットをかけ、扇風機を回して寝かせおいてくれた。
「何時?」「もう6時さァ。お昼を食べなかったね」窓から見える江田島湾は大分日が翳っていて海風が心地よい。光太郎はもう食卓の子供の椅子でテレビを見ながら待っていた。
「疲れてるけど大丈夫?」まだボーとしている私を見ながら直美は心配そうな顔をした。
「まだ、若いからさァ」私の強がりに「賀真よりも9歳年上なのに・・・」そう言いながら直美は弟のことを思い出したようだ。
直美はここ何度か光太郎を連れて防府へ友達の官舎に泊めてもらいながら賀真に会いに行っている。その賀真も基礎課程の修了間近だ。
「二ィニも頑張ってる?」「今は水泳で頑張ってるさァ、20キロ泳ぐんだって」義弟は直美の説明に「俺、泳げないから海上は無理だ」と妙な感心をしていたそうだ。どうやら賀真は以前、私が教えた水泳も、まだそこまでは自信がないらしい。
「今年は光太郎とプールに行きたいけど家でまで泳げないよ」「無理することないさ」直美は私の顔を心配そうに見ると、そう言って光太郎を振り返った。
「でも光太郎と約束したし、直美の水着も見たいしなァ」私がそう言いながらTシャツの広く開いた襟から見える胸元を覗くと「もうエッチ、ハハハ・・・」と天井を見上げて笑った(本当は触りたかった)。私は初めて直美の実家へ行った時にも同じような会話があったことを懐かしく思い出していた。その時、海からの風がレースのカーテンを揺らした。

その夏、私は基地のプールで光太郎に、そして直美にも水泳を教えた。その前に基地のPXのスポーツ店で直美の水着を買った。
「ビキニはないなァ」「ここにはスポーツ水着しかありませんよ」私のボヤキに店員さんは呆れた顔で答え、後ろで直美は恥ずかしそうな顔をしていた。
「予定を変更して呉へビキニを買いに行って海へ行こうよ」「駄目、光ちゃんに水泳を教えるんでしょ、私はおまけなの」直美に手を引かれた光太郎は「スイミング、スイミング」と言って私を見上げている。その嬉しそうな顔を見て私は諦めることにした。
「それじゃあ、これを」結局、直美が選んだ地味なスポーツ水着を買った。しかし、これで長年の夢だった直美の水着姿を見ることができるのだ。
その時、後ろから防大組の同期たちが声をかけてきた。
「マツノ候補生、水泳ですか?」「うん、これから子供と女房に教えるんだ」「そうですかァ」彼は何故か嬉しそうな顔で帰って行った。
私の二ライカナイ・直美
「1、2、3、4」「1、2、3、4」私の指揮で家族そろって準備体操をして水に入った。光太郎を先日買ってきた幼児用の底がついた浮輪で浮かせておいて直美に教えた。
「水に顔をつけて、手を伸ばして」先ず基本から教え始めた。その間、光太郎は隣で「お母さん、ちばりよう」「お母さん、すごい」と応援している。
つづいて直美にビート板を使ってバタ足から泳ぎ方を教えた。スポーツ万能で何事にも一生懸命な直美は呑み込みが早く、すぐに水泳の形になった。
「光ちゃんの足って可愛い」水中から光太郎の足を見てそんなこと言う余裕もある。私は直美の腰に手をやったり足を持ったりしながら形を直していたが、それ以上に直美の水着姿は美しく、愛おしく、私は体が変な反応をしないか気が気ではない。
「もう大丈夫、泳げそうさァ。光ちゃんと遊んで上げて」直美は私の喜びに反してアッと言う間にマスターして光太郎へ専念するように言った。
「まだ、駄目だよ、基本が大切なんだから」「大丈夫だってェ、見ていて」私の未練がましい台詞に、そう答えるとビート板も使わず、バタ足で泳ぎ出した。光太郎はそんな母の姿を尊敬の眼差しで見ている。私はため息をついた。
その時、私は直美の向こうにいつもは外出しているはずの同期たちが泳いでいることに気がついた。彼らは水面に顔を出しながら、どうもこっちを見ている。彼らの視線は直美を追っているようだった。
「なんだァ、外出しないのか?」「こう暑くちゃあ、外出できませんよ」「遠泳で泳いでいるのに休みにまで泳いで根性があるなァ」「はい、海上自衛官ですから」私が声をかけると、彼らはあわてて泳いで逃げて行った。
結局、直美はその日のうちにクロールをマスターし、光太郎はこんがり日焼けして島の子らしくなった。そうなると「次は海かァ」と私の希望は新たな展開を迎えそうだ。

流石に疲れたのか、官舎に戻ると光太郎はおやつも食べずに夕寝をした。
「お疲れ様ァ」全開にした窓辺に座って海からの風に当たっていると、洗った水着を干し終えた直美がアイスクリームを持って来てくれた。
「バニラ、それともシャーバット?」直美は2種類のアイスクリームを両手で差し出した。
「君は?」「選んで」「直美の食べかけがいい」私の冗談に直美は肩をすくめて笑った。
「だったら口移しにする?」「うん、したい」そう言うと直美はバニラを1口食べた。
私は直美の肩に手を伸ばす。水泳の後だけに直美の唇は少し乾いている。舌からはバニラの甘い味がする。甘い甘い、美味しいキスだった。私はキスをしながら今日、長年の夢が実現した愛しい直美の水着姿を思い出していた。
「あっ、アイスが溶けちゃう」直美は急に唇を離すと1口食べたバニラを私に差し出した。

夏、賀真は防府の教育隊を卒業して希望通りの航空機整備員に指定されて浜松に赴任して行った。直美と光太郎は今度も官舎の友人宅に泊めてもらい卒業式にも出席してきた。
「ねえ、浜松ってどんなところ?」外出で家に帰って着替えている私の横に立って直美は脱いだ制服を受け取りながら訊いてきた。その顔は流石に寂しそうだった。
「都会さァ、色々なモノがあって面白いところさァ」「ふーん」直美はうなづきながらも遠くを見るような眼をしたが浜松が私の実家のそばであることには気づいていない。
「賀真がニィニによろしくって」「うん」「それから頑張りますって」「うん」ポロシャツとジャージに着替えて私も直美に振り返った。
「賀真もいよいよ航空機整備員かァ」「うん、浜松ではどんな勉強をするの?」「先ずは航空工学からかな・・・飛行機の看護婦さんになる勉強さァ」「ふーん」いつもならこんな思い出話に喜んで笑う直美だが今日はそのままうなづいた。
「勉強して実習の繰り返しと、あとは生活面の躾が厳しいのさァ」「ふーん」「航空機整備員がだらしなくちゃあ困るだろう」「看護婦と一緒さァ」「うん」直美は自分の看護学校と重ね合わせたのか納得したように頷いた。
「再来年の冬には防府に戻ってくるし、その時には江田島研修もあるのさァ」「へー」「俺が1術校に入ったら会えるな」「1術校?賀真と一緒さァ」「航空と海上じゃあ違うけどね」直美は賀真の入校先を知っていた。私は航海科を希望している。航海科員は江田島の海上自衛隊の1術校に入校するのだ。
「浜松は女性自衛官も多いから賀真はもてるぞォ」「テンジンさんはもてた?」「エッ?」私が顔を見ると直美は興味半々、心配半々の顔で見返していた。
「俺は・・・」私は頭に浜松時代の年上の彼女の顔が浮かんで一瞬答えに詰まった。
「誰を思い出しているのさァ?」直美は悪戯っぽい目で私の顔を覗き込む。
「俺は直美だけさァ」私はそう言って直美に抱きついた。
「もう、ずるいさァ、ハハハ・・・」と言って、ようやく笑ってくれた。やはり笑ってくれないと直美じゃない。

次の土曜日に江田島基地の盆踊り大会があった。
学生は揃いの法被を着せられ子持ちの学生には子供用の法被も配られた。
それよりも私はようやく直美の浴衣姿で踊るところを見られる。私は先日の水着姿に続いて念願が実現し、「江田島の神様=東郷元帥」に変な感謝をしていた。
「貴方はずっと踊っていないといけないんでしょう」自分は浴衣に着替え、光太郎に法被を着せながら直美が訊いてきた。
「うん、生徒隊と1術校の学生で交代で踊るのさァ」「それ以外は一緒にいられるね」私たち幹部候補生も夕方の体育の時間に江田島音頭などの練習をさせられていた。
江田島基地の盆踊り大会は町内の盆踊りも兼ねていて地元の老若男女が多数参加し、将来の海軍士官=幹部候補生は、地元の独身女性や親から「玉の輿」と狙われるらしい。
「かなりの人手らしいから光太郎を迷子にしないように気をつけないとな」「はい」直美が返事をした時、光太郎の準備も終わった。
私の二ライカナイ・直美
集合時間に合わせて学生官舎を出ると他の家族連れも会場に向かって歩いていた。
「マツノさん、浴衣ですかァ?」「はい」直美は顔見知りの奥さんに声をかけられていた。部内幹候のベテランの奥さんは浴衣、私たち一般課程の若い奥さんは普段着が多い。
「いいなァ、マツノさんが着付けできるんだったら私も浴衣を着ればよかった」「やっぱり浴衣って素敵ですよね」若い奥さんと同期の旦那さんはそう言って直美の浴衣姿を羨ましそうに見ている。旦那は視線を離さず、ほとんど逆向きに歩いていた。
「もう、見とれないの」いきなり旦那が背中を叩かれた。
「きっと奥さんは似合いますよォ」その様子に直美は仲裁にそう答えた。
「光ちゃん、一緒に行こう」「うん、行こう」光太郎の遊び友達の女子が声をかけてきて、手をつないだ。どちらも自衛隊から配られた背中に「桜に錨」の揃いの法被だった。
基地から聞こえてくる盆踊りの歌と、踊り装束の行列に子供たちもウキウキしている。
「迷子になっても自衛隊の子供って言うことは判るな」「はい、気をつけます」直美は、そう答えると光太郎と女の子のすぐ後ろについて歩き出した。
しかし、会場で会った地元の人たちは直美に挨拶してきて、すでに有名人だった。

11月に家族で岩国と宮島へ小旅行した。
「アキの宮島って言うだけあって紅葉が綺麗さァ」直美は参道を歩きながら、紅葉した彌山と厳島神社の朱塗りの柱、緑の屋根のコントラストに感動しながら言った。
「アキの宮島のアキは安芸の国の安芸さァ」私は直美の勘違いを訂正した。
「安芸の国って?」「広島の昔の名前さァ」「フーン、テンジンさんと居るとやっぱり勉強になるさァ」直美は相変わらず素直に感心し、「光ちゃんわかったね」と話を振ると光太郎はキョトンとした顔をした。
「直美、紅葉饅頭の食べ比べをしよう、小銭を出すさァ」「エッ」と直美は目を丸くした。
宮島名物の紅葉饅頭には普通の餡だけではなく、ジャムやチョコ、カスタードクリームにチーズ、レーズンに抹茶などのバリエーションがあってばら売りしているので、それを食べ歩きしようと言うのだ。
参道の土産物屋街を抜けて厳島神社についた頃には、一通りの味見は終わっていた。
「チーズが美味い、直美は?」「レーズンさァ、光ちゃんは?」「僕ねェ、緑の(=抹茶)」「へー」意外にシブイ光太郎の好みに両親は見合って感心した。

光太郎が持っているお菓子を狙って鹿が追いかけて来て、光太郎は驚いて駈け出した。
「光ちゃん、お菓子をポイしなさい」と直美が叫んだが、光太郎は逃げることに必死だ。すると直美は私より先に、勇敢に鹿に立ち向かい光太郎を抱きかかえた。
「光ちゃん、怖かったね」「鹿ごときに負けるな」直美の胸で泣く光太郎に父と母は全く逆
の言葉をかけた。

「卒業式に出たい」学生宛に愛知の親へ一方通行のつもりで送った葉書の返事が届いた。親の許しを得ることなく結婚して以来の4年ぶりの便りだった。両親は直美にも光太郎にも会った事がない。
「エッ、お義父さんお義母さんが?」帰宅して葉書を見せると直美は驚いて目を丸くした。
「まさかなァ」私は両親の真意を図りかねていた。大学を中退して自衛官になる時、本当は海上自衛官になりたかったのだが「長男を船乗りにはしない」との父の猛反対で諦めたことがあり、今回の転進でその夢をようやく叶えたのである。しかし、それは結婚も仕事も両親の意に背いた事にもなった。
「やっと、お義父さんお義母さんに会えるさ、光ちゃんも見てもらえるさ」直美は素直に喜んだが、私は父の頑なな性格を思うと不安の方が先に立っていた。
ただとり合えず卒業後の遠洋航海は、妻子と共に両親にも見送ってもらえることになった。

学生は卒業式の前夜、外出が許され、式からそのまま出発する東南アジア、オーストラリア、ニュージーランドへの半年間の遠洋航海前の別れを交わすことができた。
両親には私たち家族の方から宿泊先である基地に隣接する江田島荘に会いに行った。江田島荘のロビーは学生と遠方から来ている父兄たちで賑わっていた。
4年ぶりに会う両親は何も言わず、父は顔を強張らせ、母は微笑んでいた。
「光太郎、お父さんのお祖父ちゃん、お祖母ちゃんだよ」私は両親に先ず光太郎を見せた。
「お祖父ちゃん?お父さんの?」直美に手を引かれた光太郎は驚いた顔で私の顔を見上げた。私の言葉に意表を突かれたのか父は思わず腰をかがめ光太郎の顔を覗きこんだ。
「お祖父ちゃん?」「ウンウン」父は急に顔をほころばせ、光太郎と見合った。そんな父の横で母は直美と私の顔を見比べた。
「直美さんね」「はい、はじめまして」直美と母は微笑んで会釈を交わした。
「お祖父ちゃん、抱っこ」こんな時人見知りをしない光太郎は都合がいい、手を伸ばして父の腕に抱かれようとした。父は「ヨイショー、重いなァ」と言いながら抱き上げた。
「お祖母ちゃんだよ」父が抱いた光太郎を母も愛おしそうに見た。直美は私に寄り添い、安心した笑顔でそんな両親の姿を見ていた。

「お前、何か言うことはないのか」小1時間の面会の後、帰り際、父は厳しい目で私に問うた。その目は長年にわたる親不孝への謝罪を求めているようだった。
「ない」私はきっぱり答えた。
「俺は今幸せだよ、それだけだ」「親孝行とは子供が幸せになること」それは先年亡くなった祖父の教えであり、直美の両親の励ましでもあった。
「そうか」父と私の間で静かな睨み合いのような重苦しい空気が流れた。隣で直美は顔を強張らせて私と父を見ていたが、母は「また始まった」と呆れ顔をしている。父と私、相容れぬ頑固者同士。私ももう独り立ちした大人になっているのだ。
「お祖父ちゃん、バイバイね」その時、直美の腕で光太郎が手を振った、すると父は急に優しく微笑んで光太郎の顔を見た。この子は本当によくできた息子であった。

海上自衛隊の幹部候補生学校の卒業式は、海軍兵学校からの伝統と格式を守り、厳粛かつ厳格だ。私たちは式の後も同期や家族と談笑する間もなく、教官や家族の見送りの列の前を敬礼しながら行進し、そのまま遠洋航海の練習艦に乗り込むことになる。
「オメデトウ」「頑張れ」制服の来賓や教官たちに続いて家族たちが並んでいた。私は敬礼でかざした掌越しに見える家族たちの中に直美と光太郎の姿を探した。
「光ちゃん、お父さんだよ」人々のざわめきの中に聞きなれた母の声が聞こえてきた。通過する数秒の間、母が光太郎を抱き指差しているのとその両側で直美と父が涙目をしているのが見える。光太郎には私がわからないようだが無邪気に一生懸命手を振っている。
「チバリヨー」直美の悲鳴に似た声が耳に届き、私は一瞬、敬礼している手を小さく振って見せた。それが出航にあたっての挨拶である。決戦に向かう艦隊の乗組員、特攻に出撃する搭乗員たちも皆こうして淡々と愛する者と訣れて逝ったのだ。
「本艦隊は練習艦隊とは言え日本海軍の艦隊である。各員、海軍軍人たるの覚悟を忘るる
なかれ」練習艦隊司令官の訓示の後、私たちが舷側に整列し、勇壮な軍歌「軍艦」が流れる中、練習艦「かとり」護衛艦「はやりかぜ」「はなかぜ」は出航した。
「帽振れー」の号令に私たちは今日から被ることになった幹部の正帽を大きく頭上で輪を
描くように振った。岸壁には家族が並んで手を振っているが客船ではないので紙テープなどはない。私は家族たちの中に直美と両親の姿を見つけ顔を向けて思いっきり帽子を振った。
直美が顔をクシャクシャにしているのがわかる。父もしきりに鼻をハンカチで拭っていた。
ただ母だけは指差して光太郎に私を教えているようだった。
私の職種は航海科に決まっていた。遠洋航海を終えた後も引き続き江田島の第1術科学校に入校する予定だ。

10月、イラクのクエート侵攻で湾岸危機が叫ばれている中、練習艦隊は江田島に帰還した。流石に本家・海上自衛隊呉音楽隊の軍艦マーチは、外国の軍楽隊の演奏よりも見事だった。波止場には出発時の半分くらいの家族が出迎えていた。
人数が少ない分、直美と光太郎はすぐに見つけられた。出発時には祖母に抱かれていた光太郎が今日は手を引かれながら直美が指差す私の方を見て手を振っていた。
2人とも夏服で直美は綿の半袖ワンピース、光太郎も襟があるポロシャツを着ている。
着岸して式典があり、最後に艦隊司令から「編成を解く」の命が下り解散になった。独身者が多い防大出と我々一般大課程の実習生の出迎えは家族が殆んどで一部だけ恋人と思われる若い女性が来ている。
中には途中で寄港したタイやシンガポール、オーストラリア、ニュージランドまで恋人を呼んだ者もいたが、私は直美の仕事がありそれはできなかった。
「お帰りィ」「ただいまァ」直美は、私が荷物を足元に置くのを待ちきれんないように抱きついてきた。私もあの島での再会と同じように両手で直美を抱き締めてキスをした。
それを見て若い恋人たちも一斉に抱き合ってキスを始め、それを家族連れ、特に帝国海軍ファンと思われる父親は「不謹慎」と怒った顔をして見ていた。
「あれ、光太郎は?」キスを終えて探すと光太郎は直美の後ろに隠れこちらを覗いている。
「光太郎、ただいま」私は身をかがめて話しかけたが光太郎は直美の後ろに隠れた。
「光ちゃん、お父さんにお帰りは」光太郎は直美に促されてようやく恥ずかしそうに「おかえり」と言った。私は掴まえて抱き上げると頭に正帽を被せた。
「お父さん、お帰りィ」光太郎は帽子が嬉しくてハシャイダ声でもう一度言い直してくれた。その様子を先ほどは怒った顔をしていた家族連れが今度は「感激した」顔で見ていた。

「長いこと、ありがとう」「うん、貴方こそご苦労様でした」その夜、布団の中で並んで天井を見上げながら静かに話し始めた。本当はさっきから鼻血が出そうなのだが、そこはグッと堪えていた。いつもは夜のことには恥じらう直美も今夜は息遣いが少し荒くなっているようだった。
「直美、トトト・・・(突撃)」「はい」私は、そう宣言すると直美の上に覆いかぶさった。
焦る両手でパジャマを脱がすと懐かしい、美しい、愛おしい、夢にまで見た乳房が現れる。
「焦るな、焦るな、優しく、優しく」私は自分に言い聞かせながら愛撫を始めた。直美はそれを見通しているかのように優しく微笑みながらされるに任せている。
「少しグラマーになったか?」「うん、貴方がいないと食べ物が余ちゃってェ」乳房を愛撫しながらの感激を込めた呟きに、直美は申し訳なさそうに答え、私の顔を胸に抱き留めてくれた。懐かしい体温、鼓動、吐息だった。
私は感激を味わうように全身を愛し、直美もそれを確かめるように反応してくれた。
「やっと帰って来てくれた・・・」体で結ばれた時、今夜は直美の方が涙をこぼした。

2月、賀真たちが江田島研修にやって来た。私は昼休み、参考館の前で休憩中の懐かしい濃紺の制服の集団を見かけると歩み寄った。
「オー、マツノちゃん、久しぶり」「へー、立派になって」まずは顔見知りの班長連中が声をかけてくる。「海上の制服は似合わないなァ」と相変わらず口が悪い奴もいる。その会話に気が付いた学生たちが振り向いて、一斉に気を付けをして敬礼をしてきた。
「砂川曹候生はいないか?」と私が声をかけるのが早いか「マツノ3尉!」と賀真が列から飛び出してきた。二年ぶりに見る義弟は随分大人びている。今は百里の飛行隊に配属されているはずだ。私は手を差し出して握手した。
「元気か」「はい」「ネェネには売店で待っておくように言っておいたから、会えるさァ」「そうか、砂川はマツノちゃんの義弟だったけか」私たちを取り囲んだ班長連中が納得顔で話し合っている。その時突然、先任班長が学生たちに声をかけた。
「みんな聞け、こちらはマツノ3尉。元航空自衛官で曹候の7期、お前たちの先輩だ・・・マツノ3尉、一言どうぞ」先任班長の紹介に私は挨拶することになってしまった。
「海自もやっぱりきついか?随分痩せたみたいだが」別れ際に知り合いの区隊長が声をかけた。そして「まァ、見習い3尉はどこでも同じだろうけど、頑張れや」とつけ加えた。
私のニライカナイ・直美
私は護衛艦「なごりゆき」に配属されて大湊へ赴任した。ただし「なごりゆき」の航海科士官の配置は航海長と気象長だけしかなく、船務長を兼ねている副長の下で見張りなどの実務を経験しながらの操艦の練成を受けることになる。
午前中に引っ越し荷物を出して、そのまま江田島をたって途中で大阪に1泊した。
「あッ、沢口靖子や」夕暮れ時の大阪の街を私が周作を抱いて三人で歩いていると、すれ違う人たちが声をかけてきた。確か沢口靖子は大阪の出身のはずだ。
でも、あちらは女優で磨きをかけているが、こちらは主婦で1児の母、最近は少し負けているかも知れない。そう言えばやや太り気味でもある。
「靖子ちゃん、子連れの男と一緒で不倫か?」もう酔っぱらっている小父さんたちがからかって来たのには、流石の直美もカチンときたようだった。
「何言っちょるさァ、私はこの人の奥さんさァ」直美が言いかえすと小父さんたちは顔を見合わせてそっぽを向いた。私は腕で驚いている光太郎をアヤシテいた。
「腕を組んで歩こう」そう言うと直美は「うん」とうなづいて両手で光太郎を抱いている私の左腕に腕を絡めてもたれ掛かってきた。
「このお好み焼き、マーサイさァ」3人で入ったお好み焼き屋で、大阪名物のお好み焼きに直美は感激していた。でも、私たちはお好み焼きの本場・広島から来たばかりだ。
「広島のモダン焼きとどっちがマーサイねェ?」直美は江田島で広島のお好み焼きにはまり、何度も広島市内へお好み焼き巡りをしてマスターしたはずだった。
「うん、こっちのは焼きソバが入っちょっらんし、粉を出汁で溶いちゃるみたいさァ」相変わらず直美は研究熱心である。それにしても少し広島弁になっているような気がする。
「ソースはお多福じゃあないみたいじゃけど、売っちょるんかねェ」将来、舞鶴に転属すると大阪へお好み焼き巡りをすることになるのかと思った。
「このタコ焼き、マーサイさァちゃねェ」今度はタコ焼きだった。
「粉は何で溶くんですか?」「具には何を入れるんですか?」「ひっくり返すタイミングは?」直美は作り売りしている店で調理場を覗き込みながら店長を質問攻めにした。
「沢口靖子はんでっか?よく似てまんなァ」店長はそう訊きながら質問に答えてくれた。それを直美はうなづきながらメモ帳に書き留めていた。
結局、ホテルのそばのスーパーで家庭用電気タコ焼き機を買い、大湊に着いてからしばらくは直美の研究と練習を兼ねてタコ焼きが続いた。

「マツノ3尉、君は自動車の運転は得意か?」最初の航海に出て舵を握らせてもらった後、航海長からこう訊かれた。
「はァ、あまり得意ではありません」「だろうな、どうも理屈で考え過ぎるところがある」いきなりの手厳しい評価に私は少しうなだれた。
「舵を何度切ったらどちらに向くと言うのはあくまでも理屈であって、潮の流れ、風の向きを受ければ同じように舵を切っても同じ方向に向くとは限らないんだ」「はい・・・」私のうなだれはさらに深くなる。
車の運転でも「危険だからブレーキを踏む」などと頭で考えて操縦するため反応が遅れることがあると教官から指摘されていた。最近では運転が上達した直美に任せることも多いのだ。
「まァ、慣れることだ。艦は生き物だぞ、頭で考えた理屈通りには動いてくれんが、熟練すれば調教師の思う通りに動くようになる」「はい」大湊基地がある陸奥湾は豊かな漁場であり漁船が多く、また津軽海峡は国際航路を行きかう船でラッシュしている。その意味では初心者の練習には難しい場所ではあった。

4月下旬、私たちは待ち切れなように弘前城址へ花見に出かけた。
朝、脇野沢港からフェーリーに乗り、陸奥湾を横断すると蟹田港に着いた。そこからは一路、陸奥湾沿いに南下し浪岡の峠を過ぎると、目の前に津軽平野が広がり、その向こうには岩木山がそびえ立っている。
「スゴイ、高い山だねェ」助手席の直美は後席の光太郎と歓声を上げた。
「岩手山とどちらが高いのかなァ」「うーん、岩木山が1625メートル、岩手山が2041メートルだね」私の質問に直美はロードマップで海抜を確認して教えてくれた。
「大分、岩手山の方が高いけどそうは見えないね」「うん、平野の真ん中の山と山並みの中の山の違いかな」岩手山は大湊に赴任する時、東北自動車道から見たのだった。
「岩手山は南部富士、岩木山は津軽富士だから、こっちに来てもう2つもローカル富士を見たね」「旅行で鹿児島の薩摩富士、四国の讃岐富士も見たさァ」直美の頭は相変わらずデータのアウトプット速度が速かった。
「ねえ」「うん?」助手席から声を掛けられて私は直美の顔を見た。弘前への道は平野だけに広く真っ直ぐなので脇見運転も一瞬なら大丈夫そうだ。
「私たち、まだ富士山を見たことないよ」「エッ?」これは迂闊だった。確かに大湊へ赴任する時は大阪から名神高速に乗り、中央道に乗り換えて日本海側へ出たため東名高速は通らなかった。
「それじゃあ、沖縄へ帰る前に行かないとな」「うん、富士山1周かなァ」直美は嬉しそうに周作と笑い合ったが、私は愛知の実家に近づくのだけは嫌だった。
弘前城址の桜は見事だった。防府南基地の桜も綺麗だったが、東北の桜は一斉に咲くので、花の密度が違い眩しいほどだった。また城の堀の水面が花びらで覆われる「花筏」と呼ばれる風景もまた格別だ。
「君と一緒だと負ける花が可哀想さァ」と言ういつもの台詞が今日は出てこなかったが、直美も花に夢中でそんなことは気にも留めていなかった。

大湊に赴任して間もないゴールデンウィークに2女・昌美が国立沖縄病院から移った那覇市の病院で知り合った医療機器会社の社員と結婚することになり、六女・育美が務める那覇市内のホテルで行われる式には私たちも招待された。直美も昌美の同期、つまり看護学校の後輩たちに会えることを楽しみにしていた。
「ニィニ、昌美ネェネの結婚式に制服で行きませんか?」結婚式が近づいたある日、百里の賀真から電話が入った。
「制服でかァ、沖縄で大丈夫かな?」「紀美ネェネが制服で来いって言ってるのさァ」私たちが防府へ転勤した年に沖縄で行われた海邦国体以降、自衛隊に対する県民感情は随分和らいだように聞いてはいるが、まだ不安である。
「紀美ネェネの彼氏が宮古島の自衛隊らしいのさァ、ついでに呼びたいんだって」「そうかァ、うち等をダシに使いたいんだな」「ダシって何ですか?」「ようするに利用したいってことさァ」古い言葉がピンと来なかった賀真も私の説明で理解したようだ。
「制服なら名刺はいらないし、黒い礼服じゃあ暑苦しいからな」「俺、礼服なんてもってないさァ」それも賀真の申し出の理由のようだ。
「それで制服は3種(半袖夏服)か?ウチの冬服じゃあ、礼服と変わらないからなァ」「荷物になるから3種にしましょう」確かに沖縄の結婚式で黒の礼服を着ることはないのかも知れない(見たことがない)。何より私たちの結婚式は宮古島の自宅で私がブレザー、直美はワンピースの平服だった。ここで電話を直美に替わった。
「ところで賀真は彼女できたねェ」これが直美の第一声だ。
「どんな子なの?」直美の質問の展開からすると賀真にも彼女ができたらしい。
「北海道の子ォ?すごいさァ」「士長さん?」「補給隊ねェ?」会話の内容から察するに彼女はWAFのようだ。
「どうせならあんたも彼女を連れて来なさいよォ」直美のノリは両親譲りだ。
「まだそんな付き合いじゃあない?沖縄の結婚式はそんな固く考えなくてもいいのさァ」「沖縄の結婚式の見物のつもりで連れておいで」ここでまた電話を私に替わった。
「ニィニ、どうしよう・・・ネェネには逆らえないさァ」と言いながら賀真の声は必ずしも困ってはいないようだ。
「いい子だって自信があれば連れてくればいいさ、彼女が来るって言えば決まりだな」私は賀真の本心を確認するつもりで直美に同調してみた。
「うん、ニィニたちみたいになれればそれもいいかなァ」「それが砂川家さァ」横で私の話を聞きながら、直美も自分たちの勢いでした結婚を思い出して笑っている。
「彼女も制服ですかァ」一応、賀真がオチをつけて長電話を終わった。

私と直美、光太郎の三人は青森発、羽田経由、那覇行の民航で結婚式に出席した。ウェディングドレスを着た新婦・昌美がロービーで出迎えているのも沖縄式だろう。
「昌美、おめでとう」「ニィニ、カッコいいさァ」約束通りに海上自衛隊の純白の3種夏服で出席した私に昌美は目を輝かした。
「何を言ってるのさァ、昌美こそ綺麗だよ」「ありがとう」私は直美に似た顔立ちの昌美のドレス姿に、着せていない直美のウェディング姿を重ね合わせた。
気がつくといつのまにか私たちを砂川家の人たちが取り囲んでいた。光太郎は義父に抱き上げられ、義母に「オバァさァ」と声をかけられて驚いている。
私と直美は沖縄の長幼の序の礼式にしたがって、まず祖父母に挨拶をし始めたが、この家族は相変わらずで、堅苦しい挨拶もソコソコに横から4女・里美が声をかけてきた。
「メンソーレ。ネェネ、雪国暮らしはどうねェ」確かに青森県の下北半島は雪国ではあるが3月に赴任したばかりではまだ本格的な雪は経験していない。
「海沿いで明るい好いとこだよ」直美の説明に里美は戸惑った顔をした。
「雪の中じゃあないねェ?」「北海道とは違うさァ、津軽海峡の向こうは函館だけど」直美の想像外の答えに義妹たちは顔を見合わせた。その時、3女・紀美が見慣れた3等空曹の制服を着た若者を紹介した。
「マツノ3尉、お久しぶりですゥ」彼はいきなり握手をしてきた。彼は私の班員ではなかったが防府での曹候学生課程の教え子で顔は覚えている。
「何ねェ、お前が紀美の彼氏かァ」「はい、紀美さんと付き合わせてもらっています」そう言って彼は照れたように頭をかき、隣で紀美は「しっかり」と見守っていた。
「今は?」「エーシャン(AC&W)で頑張っています」彼は警戒管制員だった。
「私、ニィニとネェネみたいな夫婦になりたくてこの人と付き合い始めたのさァ」「そうかァ、砂川家の女は強いぞォ」私は紀美の気持ちを聞いて彼に声をかけた。
「ですよね」彼の返事に紀美と一緒に義妹たちも頬を膨らませた。
その時、私は直美を振り返ったが、すでに昌美の同期=後輩たちに囲まれている。
「わァ、直美先輩だァ」「本物だァ」「動いてるさァ」と言う大騒ぎと爆笑の後で後輩の1
人が「旦那さんは?」と質問した。直美がこちらを見ると、それに合わせて彼女らは私に視線の集中砲火を浴びせた。しかし、彼女らの興味はやはり制服に向いた。
「旦那さん、愛と青春の旅立ちのリチャード・ギアみたいさァ」「トップガンのトム・クルーズじゃあないねェ?」後輩の台詞に直美が言い返した。
「それにはちょっと無理がありますよォ」後輩の困ったような言い方にみんなは爆笑した。
「ニィニ、ご苦労様です」賀真が3歩手前で自衛隊の教練通りの10度の敬礼をしてきた。賀真の隣ではワンピースを着た若い女性がそれに倣って敬礼をしている。彼女は目鼻のはっきりした顔立ちだが、何よりも色が抜けるように白い。
「よし、直れ」私の海上自衛隊式の答礼で賀真と彼女は姿勢を正した。
「折角、素敵な服を着て来たなら教練は忘れないと駄目だよ」「はい」私が彼女に声をかけると二人は顔を見合わせて恥ずかしそうに笑い合っていた。

夜、私たちは賀真と彼女を連れて久しぶりにウチナー屋へ行った。
「マツノォ、久しぶりさァ」ママさんは大喜びしてくれた。ウチナー屋は直美と防府へ出発する前夜に来て以来だった。
「今日は里帰りねェ?」「妹の結婚式です」「それはめでたいねェ、かりゆしどゥ」ママさんはそう言いながらカウンターの陰で私たちの間に立っている光太郎に気がついた。
「これがあんたたちの子供ねェ、お母さんに似て男前さァ」ママさんカウンターから出てきて光太郎を抱き上げてくれて、光太郎は嬉しそうに笑った。
ママさんは光太郎をあやした後、下におろして私たちにカウンターの席をすすめた。
「マツノ、今はどこにいるねェ」「青森県の大湊です」「青森ねェ?」「と言っても下北半島の海辺ですよ」昼間の里美の勘違いと同じことになりそうなので私は先に説明をしたが、やはりママさんもピンとこないようだった。
彼女は沖縄の小物が雑然と置かれている店内を興味深そうに見回していた。
「彼女、ここで沖縄料理を味見してみれば好いさァ」私はそう言ってメニューを渡した。
「彼女はどこの人ねェ、色白の美人さァ」「北海道です」ママさんに褒められて彼女は少しはにかんで答えた。
「今日、結婚式で出てたのは琉球料理、ここにあるのは沖縄料理さァ」「へえ、どう違うんですかァ」「琉球料理は宮廷料理、沖縄料理は家庭料理なのさァ」私の説明には感心した彼女の横で賀真まで「へえ」と驚いた。結局、大人の分のチャンプル各種と全員分のフーチバジュウシー(蓬雑炊)を頼んだ。
ママさんが光太郎にジュース、大人に宮古島の泡盛「多良川」の水割りセットを出して、チャンプルの野菜を刻み始めたところで雑談が始まった。
「ニィニたちは明日帰るねェ」「うん、赴任してすぐだから休暇は遠慮したのさァ」賀真の質問に直美が答えた。私は休暇は取らず祝日と土日で帰省したのだった。
「幹部になってもそんなことを考えるんだね」「そりゃあ、3尉なんて幹部の初心者マークさァ」私の返事に同じく自衛官の彼女もうなづいた。
「ニィ二、海上自衛隊はどうですか?」賀真が身を乗り出して訊いてきた。
「うん、長年の夢が実現したのさ。毎日頑張ってるよ」私はそう答えて泡盛を飲んだ。
「海の上に出ると大変でしょう」「幹部も曹士も一緒に海の上で頑張る、それがやりたかったのさァ」彼女の質問には素直に答えた。
「マツノ3尉って本当に、賀真さんがいつも言ってる通りの方ですね」彼女はそう言うとあらためて私の顔をジッと見つめた。私は若い娘に見つめられて視線のやりどころに困ってしまった。
「陸の孤島も大変だろう。デートはどうしてるねェ?」私は照れ隠しに2人を冷やかした。
「俺の下宿ばっかりです」「それって同棲中てことかァ?」私の指摘に若い2人は今度は赤くなって下を向いた。

「マツノ3尉、当分は湾内での操舵はさせられないから見張りを頼むぞ」船務長をかねている副長から申し渡されたが、それは先日の航海長の評価を受けて艦長以下の首脳陣で話し合ったことなのだろう。
私は艦橋の横に突き出た見張り台で海士の見張り員と一緒に周辺海域の監視に当った。
「今は最高ですけど、冬には地獄ですよ」双眼鏡を覗きながら古参士長の監視員が話しかけてくる。確かに現在は救命胴衣を着けていると汗ばむくらいだが、冬場には外気が直接吹き付ける見張り台は極寒零下の地獄だろう。
「左10時、距離3500、漁船3隻、接近します」監視員の報告に私も双眼鏡で確認する。この時期は何の漁かは知らないが、小型の漁船が3隻、こちらの進路を横切ろうとしているのが見えた。
「左10時、距離3500、漁船3隻、前方を通過する模様」艦橋に報告すると副長の声が復唱した。小型の漁船は大型船の後方では波の影響を受けて大きく揺れるため無理にでも前を突っ切ろうとすることは事前に教育を受けている。海上の優先権は右からの船にあることもこの暴走族のような船乗りには関係ないようだ。
「漁船、左に転舵しました」また監視員が報告し、確認すると3隻のうち2隻が左に転舵してすれ違おうとしているが1隻は確認できない。
「1隻はどこだ?」「スコープでは確認できません」私は時機を失してはかえって危険と判断し、そのまま報告した。
「先ほどの3隻のうち2隻が左に転舵、すれ違います。1隻は所在が確認できません」「1隻は前方を突っ切っているのをこちらで確認している」今度は副長が情報を伝えてきた。確かに前方の視界は艦橋内の方がよいはずだ。問題は3隻が2対1に別れたのを見落としたことだろう。
「今の反省点は3隻が2対1に別れたのを見落としたことだな」「それをカバーするのがマツノ3尉の仕事でしょう」古手士長は「それはアンタの責任だ」と言わんばかりの口調で反論してきた。海上自衛隊に限らず海軍では3尉・少尉は片隅や旗(=飾り物)を意味する「Ensign」と言って「Lieutenant(陸空軍の中尉・少尉・海軍の大尉・中尉)」にもなれない半人前以下の扱いをされるのだ。
「そうか、俺も気をつけるが、佐藤士長も熟練の技を見せてくれ」私の遠回しの皮肉にも古参士長は冷ややかに笑った。
月刊「宗教」講座・恐山全景
7月の恐山の大祭に参ることができた。恐山は死者の霊が集まる霊場と言うイメージがあり暗い、怖ろしげな場所を想像していたが、実際は明るく開放的な火口湖のほとりにある寺だった。
「ねェ、イタコさんって本当に当たるのかなァ」寺の本堂の前の控所で口寄せをやっているイタコさんの姿を見ながら直美が訊いてきた。
「そりゃ、沖縄のユタさんと同じだから当たるんじゃあないの」「そうかァ、だったら当たる、当たるよォ」宮古島はユタの本場でもあり、直美も小さい頃から近所のユタのお婆さんに可愛がられていたらしい。
「私、島にいた時、絶対に貴方が迎えに来るから待ってろって言われたんだよ」この話は初耳だったが、それならば本当に当たるかも知れないと本気で信じる気になった。
私たちは口寄せをしてもらっている中年女性の後ろに並んだ。
「でも何を訊くんだ?」「いいから待ってよ」私の質問には答えず直美が料金の看板を見て財布の中身を確かめていると、やがて私たちの順番が来た。
「はい、誰を呼ぶんだべか?」やはりイタコさんは東北弁だ。
「曾祖父をお願いします」直美が答えると老齢のイタコさんは「氏名、住所、命日、死んだ年齢、依頼者の氏名を書いてくろ」と言って葉書大のメモ紙を差し出した。
直美が記入して返すと「沖縄の宮古島だべか」と言いながらイタコさんは初めて聞く曽祖父・賀賛さんの名前の読みを確認して口の中で呪文を唱え始めた。
しかし、曽祖父が亡くなったのは本土復帰前なので当時の住所は日本国ではない。
「沖縄県宮古島市XX 砂川賀賛 昭和四十五年八月XX日没の佛ェ・・・」呪文が一通り終わったところでイタコさんは直美の方に正対した。
「直美だべかァ」イタコさんの口を借りた義父の賀満さんは東北弁で話し始めた。
「うん、大オジィ・・・」それでも直美は嬉しそうに返事をした。やはりユタさんで馴れているようだ。私は黙って二人の会話に聞き耳を立てていた。
しばらくは「みんな元気か」「家庭は円満か」などと当たり障りのない話が続いていたが、「何か訊きたいことがあるんだべか?」と言うイタコさんの質問で話は本題に入った。
「宮古島の家、私たちが継いでもいいの?」直美が訊きたいことはこれだった。
「賀真は北海道の娘と結婚しそうだし、みんな結婚したら家に帰る人がいないのさァ」イタコさんは直美の話をうなづきながら聞いていたが、やがて「そうなるべ」と答えた。

夜間、大湊に帰港するのは一段の注意が必要だった。陸奥湾は深く広いため街からの距離が遠く灯りが乏しい。その暗い海を囲むように点在する漁港から漁船が夜も出ているのだが、漁を終えて戻る船の中には視界確保や燃料節約のため灯りを消している場合もあるのだ。
「左、11時方向、白波が見えます」漁船が立てる波を月明りが照らし白く見える。それを発見して監視員が報告してくるが、太平洋戦争当時なら夜間も潜水艦の潜望鏡や魚雷の航跡を見つけたのだから当然なのかも知れない。
「左、7時方向、漁船点灯」突然、後方で強烈な灯りが点き、それをスコープで見た監視
員は一瞬、視力を失った。
「7時方向、漁船が点灯、2隻は停船しています」私は双眼鏡で確認し艦橋に報告した。
「了解、漁船は2隻、停船中」復唱したのは航海長の声だった。
基地に接岸し、片づけを終えて退艦する時、艦長が声をかけてきた。
「マツノ3尉は操艦よりも監視の方に才能があるなァ」「はァ・・・」「うん、注意力は人並み以上のモノがあるよ」「はい、どうも」「何と言うか直観力だな」「野性の感かァ」艦長、副長、航海長が交互に声をかけてくるが、誉めてもらっているのものの何と返事したら好いのか判らなかった。
「あとは問題の操舵だが、こちらは上達が遅いな」誉めて持ち上げて一気に落とされると余計に辛くなる。航空学生を2次試験件で落とされたのは健康診断ではなく操縦適性がなかったのだと思い知らされた。

「おかえりィ、会いたかったよォ」訓練航海を終え、精魂尽き果てて帰宅すると直美が玄関で出迎えてくれる。私は、その嬉しさ一杯の全開の笑顔で元気を急速充電させた。
「気をつけ」私が号令をかけると直美は直立不動の姿勢になって、それを両手で抱き締めて濃厚にキスをする。これが最近始めた航空自衛隊の「出撃のキス」の反対の「帰還のキス」である。私はキスをしながら両手で少し太り気味の直美の体の感触を確かめた。
「ウ・・・ン、ウン」突然、直美が私の腕の中で唇を塞がれたまま何かを言った。
「お父さん、おかえりィ」私たちの足元で光太郎がニコニコ笑いながら立って見ていた。

その夜、私が今回の訓練航海で学んだことをノートに整理してから遅れて布団に入ると、直美はまだおきて待っていた。直美は大きな目でジッと見つめている。
「光ちゃんも四歳さァ。そろそろ弟か妹が欲しいみたい・・・」「エッ?」私は驚いて直美を見返した。今でも直美は、夫婦の営みには初々しく恥じらい、「もう、エッチ」と照れる。これはひょっとして直美からの誘いなのかと私は胸をときめかした。
「子供はいいけど直美の仕事はどうする?」、すると「仕事かァ」と直美は考え込んだ。そう言いながらも私は直美の首筋に腕を差し込み、首筋を吸い、パジャマのボタンを外して胸に手をすべり込ませ愛撫を始めた。
「もう、言ってることとやってることが違うさァ」直美は腕の中で膨れて見せた。
「だって久しぶりなんだもん」「もう、エッチ・・・」そう言いながら直美の方こそ私の首筋に手を回して口づけを求めてきた。どちらも気分はもう離島での再会に戻っている。
「まあ、看護婦のなり手はほかにいても、貴方の子供を産めるのは私だけさァ」今夜の結論が出て、私の頭の中でゴングが鳴った。直美の目が期待に潤んで見えた。
「痛い!」その時、私は腰に痛みを感じ直美の上にうつ伏した。
「どうしたのさァ?」「腰が・・・痛い」私が布団の上に転がると直美は身を起して顔を覗き込み、ボタンを外したパジャマの胸から少し豊満になった乳房が覗いた。
「大丈夫?」直美は心配そうに腰をさすりながら「どこが痛いのか」「どのように痛いのか」と問診を始めた。しかし、ようやく痛みは治まってきた。
「長時間立ちっぱなしだからなァ」航海中は激しく揺れる艦内でほとんど立ちっぱなしの勤務のため、航海科の隊員には腰痛持ちが多い。踏ん張るガニ股は職業病でもある。
「多分、ギックリ腰にはなっていないと思うけど、一度、病院に行ってみたら」直美はそう言うと私の顔を覗き込んだが腰の痛みは治まった。
「ねェ、続きはァ?」「ダメ、安静第一」私の誘いにも、直美はすっかり看護婦の顔に戻ってキッパリと拒否した。そして、いつもは光太郎の方を向いて眠る直美が今夜は私の方を向いて眠った。だが愛しい寝顔を見ながらの我慢は腰痛よりも辛かった。
「やっぱり君は看護婦になるために生れて来た人だネ」私が隣で寝息を立て始めた直美の寝顔にキスをしながら1人つぶやくと、「うん」と直美は寝たままうなづいた。

大湊基地には北陽館と言う資料館がある。ここには「操艦の神様」の資料が祀られていると聞いて見学に行った。
その方は木村昌福中将と言われ、若い頃から駆逐艦乗りとして卓越した操艦技術を見せ、第2水雷戦隊司令官の時、米艦隊に包囲されていたアリューシャン列島のキスカ島へ濃霧に紛れて迂回する航路で接近し、陸海軍の守備隊を無事撤収させた。
さらに米軍はそれに気づかぬまま上陸作戦を行い、無人で犬2頭しかいない島に激烈な攻撃を加え、姿を見せぬ日本軍への恐怖から同士撃ちの犠牲者まで出した。
しかし、木村中将の資料は勇猛な提督の華々しい戦歴を示す物ではなく、むしろ古武士然とした自筆の掛け軸や愛用の筆などの書道具であった。
私は展示されている写真に向かって柏手を打って頭を45度まで下げてしまい、一緒に来
ていた直美と光太郎までそれに倣っていた。

冬に備え、車を4WDに買い替えて試運転を兼ねたドライブに出かけた。
「すごーい、山が燃えているみたい」八甲田山へ行って紅葉の中を通ると助手席の直美はフロントガラスの向こうに広がる風景に歓声を上げた。
「こちらはカエデや銀杏じゃあなくてブナだから。赤と言うよりもオレンジだね」運転しながら私が説明すると直美は「やっぱり勉強になる」と言ってうなづいた。
「何だか眩しいくらいの色だね」「うん、すごいな」「紅葉を見に出かけたのは、君と光太郎の三人で行ったアキの宮島以来だな」「うん、でもアキの宮島のアキは安芸の国の安芸さァ」「ピンポーン、その通りィ」私の正解の判定に直美ははしゃいだように笑ったが、これは江田島から宮島へ行った時に私が言った話しの請け売りだった。
「光ちゃん、ここの鹿は野性だから追いかけられても逃げきれないよ」「今なら走って逃げます」光太郎が宮島で鹿に追いかけられた自分を救った母の心配に力を込めて答えると、直美は逞しくなった息子の顔を見てうなづいた。

その日は湯治場として有名な碇ケ関温泉に泊まった。旅館には家族風呂があった。
「やっぱりこの温泉。腰にも好いみたいさァ」直美は脱衣場に掲示してある「効能書」を読んでいる。私の艦乗りの職業病・腰痛は相変わらず続いているのだ。その間に私と光太郎は裸になり、入る準備を終えた。
「脱がないの?」いつまでも裸にならない直美に訊くと「もう、エッチ」と言って「早く入れ」と手で合図し、仕方がないので私は光太郎と先に浴室に入っていった。
私と光太郎が並んで洗っていると遅れて直美が入って来た。
「君はいつまでも綺麗だな」浴び湯をして浴槽に入った直美の裸に惚れ惚れとしながら私が言うと、「ありがとう、でも、少し太り気味さァ」と申し訳なさそうに答えた。
「グラマーになったって言うことさァ」私が形は好いがやや控えめな直美の胸を眺めると「だからァ、エッチ」とまた背中を向ける。この初々しさが堪らないのだ。
「この温泉、肌にも好いはずさァ」私が体を洗い終わって浴槽に入って直美の肩に触れると、少し赤味を帯びた肌は本当にすべすべしていた。
「シマンチュウの女は地黒だから駄目さァ」「綺麗さァ」私が直美の肩に手をかけて見つめ合おうとした時、「僕のお母さんです、駄目」と光太郎が間に割って入って来た。
「やっぱり(光太郎に)弟か妹がいるなァ」と私は納得した。
沢口靖子
冬の北部太平洋は荒れぱなしの一方、カニ漁などの最盛期でもあり遭難事故が多い。「なごりゆき」も連日、海上保安庁と共に捜索に出て家にも中々帰れないでいた。
「光ちゃんを3月から幼稚園とスイミングへ入れたいんだけど・・・」捜索担任艦が交代して家に帰り、制服の着替えをする私に直美が話しかけてきた。
「その話は聞いていなかったっけ?」「したかも知れない・・・会うの2週間ぶりだもん」赤のハンテンを着た直美は脱いだ制服を受け取ってそのままハンガーにかけてくれていた。
「幼稚園は決めたのかい?」「仲のいい友達はお寺の幼稚園って言ってるけどね」「俺はお寺の孫だけどシマンチュウだから宗派なんて気にしないよ」私の返事を聞いて直美は安心したようにうなづいた。
「それじゃあ、一緒の幼稚園とスイミングへ行かせても好い?」「うん、いいけどスイミングの前にスキー教室へ行かせたいなァ、君も一緒に」「エッ、スキー?」直美はパッと目を輝かせた。本当は一度、直美をスキー場に連れて行きたかったのだが江田島に入校したため冬休みも課題が多くて実現しなかったのだ。
「市の会報でスキー教室の募集案内があるだろう、申し込めばいいよ」「でも、貴方は?」「冬は遭難が多くてずっと待機だから無理だな、残念だけど」本当はスキーには小学校の時、2回行っただけで、あまり自信はなかった。
「スキーも貴方に教えてもらいたかったな」「うん、ゲレンデで恋人同士がしたかったなァ」私の返事に直美はそれを想像してさらに残念そうな顔になる。
「直美の仕事はどう?」私は直美が手渡した青のハンテンを着ながら話しを変えた。
「貴方の勤務が不規則だから日勤で探してるんだけど、中々見つからなくてェ」「そうなったら光太郎も幼稚園じゃあなくて、保育所に入れなくちゃね」「でも友達と一緒のところへ行きたいだろうから・・・」直美はそう答えて首を振った。

「なごりゆき」幹部の忘年会が大湊の士官クラブであった。
この直前、ソ連のゴルバチョフ大統領が辞任して崩壊の音が響き始め、あまり酒を楽しむ
雰囲気ではなかったが、それでも一杯入ればいつもの宴会になる。
「マツノ3尉、航海科を希望した理由はなんだ」酒を注ぎ行くと艦長が訊いてきた。
「そうだよ、航空自衛隊なら家を開けて航海に出ることもないし」隣の副長も訊いてくる。
「あの奥さんなら海の上に逃げることもないだろう」ここで航海長がピントを外した。
「お前の奥さんは怖いからなァ」それを副長が冷やかし、艦長も愉快そうに笑った。
「映画『南極物語』を観て以来、『しらせ』に乗って南極に行きたくなりまして」私の答えに3人は顔を見合わせた。江田島の兵学校、術科学校でも、この話をするたびに皆から「普通、あの映画を見ると南極へ行くのが嫌になるぞ」と呆れられていた。
「お前なァ、『しらせ』は半年間行きっぱなしだから希望者がいなくて手を挙げれば即、決まりだぞ」と副長が「やめておけ」と言う顔でアドバイスをしてくれたが、「いや、行きたいならいつでも推薦してやるぞ」そう艦長はいつものクールさで言った。
「そうですかァ」そう答えながら実は中学校以来の夢である南極行きが実現しそうな気がして嬉しくなった(だから映画を観たのだ)。しかし、航海長が現実に引き戻した。
「まあ、操艦の腕を上げる方が先だけどな」「はい」私の酔いが一気に冷めた。
「元が航空機整備員だったら機関科の方が近いだろう」「ミサイルを扱ってたなら砲雷科も近いですよ」いつの間にか周りを他の科の人たちが取り囲んでいる。
「なごりゆき」では今年度に配置された幹部は私一人、つまり一番下っ端だった上、航空自衛隊出身の変わり種と言うこともあって、何をやっても話のタネにされてしまうのだ。
「その前に航空部隊を希望しなかったのが立派なのか失敗なのか」航海長の言葉ではあるが確かに自分の適性を考えると即座に答えることが出来ない。
「折角、海軍士官になったのに航空部隊に行ったんじゃあァ、意味ないですよ」とりあえず私はそう曖昧に相槌をうった。その「海の男」の誇りをくすぐる台詞に周りの上官、先輩たちは酔いもあって感心したようにうなづいたが、冷静な副長だけは首を振っていた。副長は私に酒を注ぎながら話を続けた。
「『なごりゆき』にはヘリがいないからいいが、航空科の連中はどの艦でも浮いてるから、その台詞は気をつけた方が好いぞ」また、副長がアドバイスしてくれた。

交代でとった正月休暇では、かなり上達したらしい母子にスキーへ連行された。
「貴方、随分上達したじゃない」大湊の背後にそびえる恐山山系にはいくつかのスキ―場があり、私たちはゲレンデの恋人を満喫できる(ただしコブつき)。下北半島は岩木山の鰺ヶ沢や岩手の雫石と言った有名なスキー場とは違い、都会からのスキー客が少ないので比較的すいていて、その分、夫婦ともに知り合いに会ってしまう。
「やっぱりみんな上手いなァ」私はリフトの上から颯爽と急斜面を滑り降りて行く老若男女(本当に年寄りもいた)の姿に感心していた。
「地元でいつもやってるからさァ」隣で直美は当たり前と言う顔で答えたが、その割に海の近くで育ちながら泳げなかった直美を思い出して一人笑ってしまった。
リフトで中級コースのスタート地点に着くと大湊基地の建物や艦艇が小さく見える。滑り始める前、「早く行こう」と言う顔をしている直美と光太郎に話しかけた。
「こっちはパウダースノーだから感じが違うんだよ」「うん、エッジがかからないのさァ」子供の頃に行った岐阜県のスキー場では凍りついた重い雪質でエッジを立てるとつまづいたが、こちらでは雪が軽過ぎてエッジを立ててもそのままかき分けて進んでしまうのだ。
「スピードが落ちなくて怖いよ」「だからスリルがあるのさァ」真剣に怖がっている私に直美は「馴れれば大丈夫」と笑った。確かに楽しそうに滑っている直美を隣で見ながら滑っているのは嬉しい。しかし・・・。
「さあ、ここにいるうちにマスターしなくちゃ、頑張れ」そう言って直美と光太郎は先に滑り始め、私も慌てて観音経を唱えながら後に続いた。
「でも沖縄へ帰ったらスキ―はできないさァ」「こちらへ遊びにくればいいさァ」休む暇なくリフトへ向かう直美に私の意見は即座に否決された。
定年後、宮古島に帰っても真冬にはスキ―ツアーへ行くことになりそうだ。

「なごりゆき」に配置になって1年半、操艦も何とかなって来た頃、7月1日付で私は2等海尉に昇任した。その日、航海から家に帰ると玄関まで直美と光太郎が出迎えてくれた。
「貴方。おめでとう」「お父さん、おめでとう」2人は満面の笑顔だった。私は3種夏服の肩の一本細い線が増えた階級章に目をやってみた。
「2尉になって、そんなに喜んでもらえるとは思わなかったよ」「ヘっ?」私の返事に母子は顔を見合わせる。私は逆にその顔に呆気にとられた。
「だって今日は貴方の誕生日じゃない」「♪ハッピー・バースデー・ツー・ユー」直美の説明に合わせて光太郎が幼稚園で習ったお誕生日の歌を唄い出した。
「そうかァ、誕生日かァ」「そうです、31歳おめでとうございます」直美が可笑しそうに答えると光太郎も隣りで一緒に笑った。
その夜は直美と光太郎が初挑戦した手作りケーキを食べ、少し高めのワインを飲み、風呂に入り、そして、その後は布団で愛しい妻に酔って、酔って、泥酔した。

「私、仕事が見つかったのさァ」私が帰るのを待ちきれなように直美が報告をしてきた。
「待ってよ、その前に帰還のキスを」「アッ、そうだったべ」直美はうなづくと姿勢を正して抱き締められる。私は体の感触を確かめてキスをした。キスを終えて寝室に入り、制服を着替えながら話が再開した。
「それでどこの病院?」「市内の老人ホームの保健婦なんだァ」それは意外に盲点だった。今まで病院の外来か医院の看護婦と言うことで探していたが、大きな病院でも夜勤のある病棟の募集はあっても常日勤の外来はなかったのだ。
「それで光太郎の幼稚園とは合うのかい?」「はい、それなんだよ」直美は答えて考え込んだ。光太郎の幼稚園は朝8時のバスで行き、夕方4時には帰ってくる。
「あと、半年で小学校だからなァ」「そうだべ、今さらなァ」早いもので光太郎も来年は小学生だ。今から半年だけ保育園に転園するのもおかしな話だ。
「夕方の1時間ぐらい友達のところへ頼めないか?」この案には直美は難しい顔をする。
「それから幼稚園に相談するのも一計だな」この案にも直美は難しい顔のままだった。私は「お寺、宗教法人の幼稚園なら慈悲の心で何とかしろよ」と心の中で言っていた。
「判りました、どちらも当たってみるわァ」それにしても防府、江田島では広島弁がうつっていた直美が、ここでは少し東北弁になっていて妙にのどかだ。
「本当は、そろそろ光ちゃんの次の子供を産む予定なのになァ」「ごめん、仕事が不規則なんで・・・」いきなりそう言いながら直美が顔を覗き込んだので私は素直に謝った。
「ううん、することはしてるさァ」直美はシマグチに戻って最近の夫婦の営みを数えだした。やはり、こう言う話にはシマグチの方が似合うのかも知れない。
「今夜はどうしよう?」「残念、生理中です」こればかりは子作り優先にはならなかった。

「ねェ、シマグチ(沖縄方言)と東北弁ってどっちが難しい?」ある日、航海長からの指導に夢中になり遅く帰った私を出迎えて直美が訊いてきた。就職以来、直美は老人ホームの入所者だけでなく職員とも話が通じず困っているようだ。特に高齢の入所者と会話が成り立たないことは仕事にも支障があるのだ。
「貴方が沖縄に来てシマグチを覚えたみたいに、私も頑張れば話せるようになるかなって思ってさ」「うーん、俺はシマグチは不思議に違和感なく身に着いたからなァ」直美の目はヤル気に燃えているが、私は素直に肯定することができなかった。因みに我が家では直美が防府で山口弁、江田島で広島弁になったので、大湊では東北弁を標準語にしようと思っている。
「だけど東北弁とシマグチってどことなく似てないか?」「う・・・ん」突然の新説に直美は即答しなかった。私は両方を違う土地の言葉として耳にしているから冷静に分析、比較ができるが直美にはやはり難解な言葉のようだ。
「シマグチも東北弁も縄文時代の日本語だそうだから語源は同じなのさァ」「へ―ッ」これは最近読んだ本からの知識だったが私自身も地元出身の隊員、職員との会話でそれを確信していた。直美はいつもの「勉強になる」と言う顔でうなづいた。
「だから、単語を覚えればシマンチュウならすぐに判るようになるよ」「うん。先ずヒヤリングだね」何だか外国語の勉強のような話になってしまった。

「なごりゆき」は太平洋での日米協同演習に参加した。
空母を中心とする米第7艦隊と自衛艦隊は、日本近海の太平洋から北方四島への接近を繰り返し、大湊地方隊の艦艇はその訓練海域の外側を警戒して援護をするのが任務だった。
これは名目上は演習であったがソ連邦の崩壊後、西側の一員になることを表明している新生・ロシア海・空軍の能力確認と牽制、威示行動の意味があった。
航海は不連続で数週間に及んだ。
「赤45(右45度)、面かーじ」「赤45、面かーじ」私は初めて操舵を任せられた。
「マツノ2尉も何とかここまでになったな」「私の指導のおかげでしょう」
「時々神業もつかうしな」副長と航海長が隣りから誉めてくれている。
「そうしていると根っからの海軍士官みたいなだな、とても空の人だったとは思えんぞ」
「空(そら)ではなくて、空(から)の人でしょう」折角の艦長の誉め言葉を副長が混ぜ
還した。この2人の阿吽の呼吸は、こんなところは漫才師に近い。
「マツノ2尉は大韓航空機事件の時は何所にいた?」「沖縄です」前方を注視したまま艦長が訊いてくる。これは暫く直進すると言うことだ。
「やはりスクランブルが続いたのか?」「はい、約1週間、ソ連機が攻撃行動をとったため
常時、スクランブル態勢でした」私の返事に艦長以下のメンバーはうなづいた。
「今度は返り討ちにしてやりましょうよ」「ソ連が潰れちゃってロシアが相手じゃあ、第2次日本海海戦になっちゃうよなァ」副長は航海長にも突っ込む、この人は天性の突っ込み役なのだ。

「お母さん、今年もスキ―へ行こうよ」大湊に初雪が降った朝、光太郎は幼稚園へ行く準備をしながら直美にリクエストした。
「うーん、上手くなってきたから光ちゃんにも自分のスキーを買ってあげたいけど、サイズが変わるからねェ」直美と光太郎もスキーウェアは持っている。
光太郎と直美は二年前、市主催のスキー教室に参加して以来、官舎の友達と近場のスキー場に通い随分上達したらしい。
「いってきまーす」「滑るから足元に気をつけてね」「はーい」直美が乗り気なのを確認して光太郎は元気に出かけて行った。
「君も光太郎もそんなに上達したんだ?」私も鏡の前でネクタイを締めながら隣室で支度をしている直美に訊いてみた。
「うん、みんなが先生になって教えてくれるから、もう上級者コースで滑ってるよ」「それじゃあ、俺はパス。何十年振りだから今更、上級なんて無理無理」これは本音だった。スキ―は昨年やったのが小学校以来で、若い頃は、沖縄へ赴任していたのでウィンタースポーツには縁がなく、全く自信がなかった。
「大丈夫さァ、私なんて30直前になってから習ったんだよ」出かける服装に着替えた直美が玄関に出てきたが、今日はコートを着ている。
「君はスポーツ万能だからなァ」私はそう言って直美とキスをした。最近、朝は忙しいため「出撃のキス」も随分、簡略化されている。
「行ってらっしゃい」「行ってらっしゃい」2人一緒に玄関を出て階段を下ると流石に冷え込んでいたが、海上自衛隊のダブルの制服は暖かくて助かった。
幼稚園バスの集合場所で友達と遊んでいた光太郎は私に向かって敬礼をした。

今度の直美の職場で忘年会があった。離島の診療所で1人の勤務が長かった直美には職場
での宴会は初体験に近い。私が光太郎を寝かせてテレビを見ていると直美が帰ってきた。
「ただいまァ、酔っちゃったァ」玄関に迎えに出ると直美は倒れるように抱きついてきた。顔はやや上気し目はトロンとしていて、息からはビールと日本酒の匂いがする。
「歩けるか?」「駄目ェ、抱っこしてェ」直美は甘えてすがりついてきた。どうやら雪の中、官舎の四階まで階段を上って来て本当に酔いが回ってしまったらしい。私は直美をそのまま抱き上げると、もう敷いておいた布団に連れて行った。
「重いよォ、腰は大丈夫?」直美は自分の方からリクエストしておいて心配もしてくれる。でも直美が仕事を再開して、だいぶ肥り気味が解消されつつあることも確認できた。
寝室の襖を開けると直美は眠っている光太郎に「光ちゃん・・・」と小声で声をかけた。
「もう寝るのォ?」「先ず着替えなくちゃ」そう言って布団に腰を下ろした直美のコートとスーツを脱がしてハンガーに掛けた。
「ここからは駄目ェ、あっちへ行って」「それもやらせてよ」「もう、エッチィ」直美はふらつく足で立ち上がるとスカートに手をかけながら私を追い出そうとした。
私は直美の足下にパジャマと半纏、ハンガーを置いて寝室を出て、そのまま台所へ行き、冷蔵庫のスポーツ飲料を大きめのグラスに入れて居間に戻った。
やがてパジャマに着替え、半纏を羽織った直美がスカートとブラウスをハンガーに掛けて居間に戻ってきた。私はハンガーを受け取り、交換にグラスを渡した。
着替えが一段落したところで2人、何故か並んでコタツに座った(直美が入ってきた)。
「ニゴリ酒って初めて飲んださァ」「あれは口当たり好いけど、飲み過ぎると後で効くぞォ」「うん、甘くって美味しかったァ」ここで直美がシャックリをした。
「料理も美味しかったァ。こんなに飲んだの初めてェ」「でも御通りはなかったろう」「うん」私がする故郷の話に直美は相変わらずのトロンとした目でうなづいた。確かに宮古島生まれで酒は強いはずの直美がこんなに酔った姿は初めてだった。
「私が幹部自衛官の妻だって聞いたら、みんな変に緊張しちゃってさ、いきなり敬語を使うんだよ」「お年寄りに知られたらもっと驚かれるなァ、海軍士官の妻だって」「それさァ」そう笑って直美はグラスのスポーツ飲料を飲み干した。
「うんうん、血中アルコールの分解にアルカリイオン水の摂取かァ」空になったグラスを見ながら直美は1人で納得していた。
「ねえ、テンジンさん」「はい」いきなり直美が座った眼を向けて話かけてきた。
「オヤスミのキスをして下さい」「えっ?」私は突然の「命令」に戸惑った。
「貴方は出撃のキスに帰還のキスをするでしょ、私にはオヤスミのキス・・・」直美は甘えて首に腕を回して、そっと目を閉じ、私は抱き締めてキスをした。しかし、直美はキスされたまま腕の中で寝息を立てて眠ってしまった。

年明け、お屠蘇から年始酒を飲んで酔った私の布団の隣りで直美は話し始めた。
「ねェ、私、前から考えていたんだけど」「うん?」「私たち、定年後はどこに住むの?」「うん」「沖縄じゃあ、貴方の就職先もあまりないんじゃあないの」「エッ?」直美は私の方に寝がえりを打った。吐息から少し泡盛が匂ってきた。
「君に保健婦で働いてもらって、俺は専業主夫になるかなァ」「またァ」「でも、宮古島に帰るのはお義父さんとの約束、俺の夢だから実現したいね」「うん」私の返事に直美は安心した顔をした。
「これから宮古島でできる仕事を考えて資格を取るなり勉強するなりしないとね」「頑張っ
て・・・」そう言いかけて直美は眠りに落ちた。やはり少し酔っているようだった。私は直美の寝顔にキスをした。

光太郎が幼稚園を卒園して小学校に入学した。
宮古島の義父母からのお祝いでランドセルを買ったが、あの家では娘たちにこれから孫がドンドンできるだろうから、初孫とは言え周作を派手にすると後が続かない。
一方、愛知の親は光太郎が小学校に入学すること自体を忘れていて、後から慌てて多目のお祝いを送ってきたので勉強机を買った。こちらは無沙汰にしている私たちの所為とも言えるので責める訳にもいかない。
官舎の子供の入学式は旧海軍以来、父親は制服(軍服)、母親は和服で参加するのが伝統に
なっているらしく直美は艦長の奥さんに貸してもらうことになった。
前日、艦長にお礼を言うと周りから副長や航海長たちがカラかってきた。
「マツノ2尉、惚れた奥さんだからって、『殿、イケマセン』何てやるなよ」「そうそう、帯を引ぱって独楽回しってな」「靖子ちゃんなら俺がやりたいよ」実は私もそれをやりたかったのだが借りモノではそうもいかないと諦めていた。
「それも帝国海軍以来のならわしですか?奥さんが和服って言うのが伝統らしいですが」私の惚けた質問に防大時代からそちらでも歴戦の勇士と噂の副長が答えた。
「軍港と色街がセットなのは昔から、世界共通だからなァ。今も昔も、世界各国、兎に角、海軍軍人はもてるんだ」副長の自信ありげな台詞になさそうな航海長もうなづいた。副長は家での行事には海自ではなく帝国海軍少佐の軍服に短剣を下げているらしい。
「ところでエァホースはどうだ?」「エアフォースだろう」航海長の発音を副長が修正する。
「やっぱり飛行機乗りはもてますね、浜松や防府は北基地はパイロット、南基地は一般隊員の教育でしたから、街でナンパしても『あんた北基地?南基地?』何て訊かれましたね」私のリアルな体験談は士官だけでなく、海曹士たちにもうけて艦橋中が大笑いになった。
モリノ直美 (15)
入学式当日、朝から艦長の家で着付けをしてもらった直美が帰ってきた。艦長夫人の落ち着いた色の留袖も中々色っぽい。私はまたまた感激をした。
「浴衣も素敵だけど着物は格別だね」「だからって『買おう』何て言わなくてもいいよ」直美は私の言おうとしたこと先周りして断った。
「でも、海上自衛隊の官舎がどこでもこんな調子だったら、1つぐらいはいるよな」「だって子供が光ちゃん1人だけじゃあ、あと何回か着るだけさァ」それでも直美は首を振った。私は何故か子宝に恵まれないことに首をひねった。
「君が持ってれば妹たちに何かあれば貸せるじゃないかァ、6人もいるんだし」「それでも着付けをする人がいないさァ」「そりゃそうだな」この勝負は直美の勝ちだった。
「光ちゃん、おめでとう」東北らしく雪景色をバックに小学校のブレーザーの制服を着た
光太郎を中心に和服の直美と2等海尉の制服を着た私の親子で記念写真を撮った。但し、宮古島に送った写真には「着物は艦長の奥さんに借りました」と断り書きを忘れなかった。これで義父への義妹たちからの「私も買って」攻撃は回避できるだろう。

今年も恐山に参ってから私は信仰について深く思うことがあった。
恐山の山門を潜って来る人々は心の奥に何か重い物を抱えているような暗く沈んだ顔をしているが、山内を巡り歩きながらそれを捨てたかのように次第に明るい顔になり、山門を出る時には足取りまで軽やかになっていた。
いつしか私は恐山のイタコさんと宮古島のユタさんが同じならば、そんな生活に深く根差
した信仰を守り、助ける仕事をしたいと思うようになった。それは私の体の中を流れる禅僧だった祖父の血が時間をかけて沸々と熟成してきたような感情だった。夕食後の談笑の時間、直美にそれを言ってみた。
「俺、定年後は坊さんになろうかなァ」「宮古島でやる仕事を考えてみたのさァ」突然の思いがけない話に返事をしない直美に私は続けて補足説明をした。
「そうかァ、貴方は元々お寺の孫だもんねェ」私の説明にしばらく考えた後、直美はニッコリ笑って返事をした。
「でも、宮古島にはお寺はないよ」直美は少し心配そうな顔でそう言った。収入を得る手段を仕事とするのなら、それは私も考えていた。
「宮古島は本土の人が増えてるから、そのうち法要をやる坊さんが必要になるだろう」「うん、でも貴方が本当にしたいのはそんなことじゃないんでしょう」直美はうなづきながら否定した。流石に私の胸の内は全て見通しているようだった。
「どちらかと言えばユタさんに近いことがしたい」「やっぱり・・・この間、恐山に行った時の顔を見ていて、そんな気がしてたさァ」私は何でもお見通しのこの妻の方がユタやイタコの才能があると思った。

私は先ず宗派を選ぶことから始めなければならなかった。祖父は曹洞宗の僧侶であったが、私は高校時代に読み耽った佛教書でも、道元の他の信仰を認めず妥協をしない独善性が嫌いであった。
居間のコタツで本屋で買い集めてきた各宗派の本を読んでいるとのぞき込んだが、流石の直美も佛教にはあまり詳しくないようだ。難しそうな顔をしている直美に私は最近、民俗学の本で仕入れた話をした。
「昔、沖縄にはニンブチャーとかチョンダラーって言う念佛屋がいたんだよ」「ヘーッ、聞いたことないさァ」直美はまた「勉強になる」と言う顔をした。
「ニンプチャ―はシマグチ(沖縄方言)だから、本土の言葉に直すと念佛者だろう」シマグチではエ段はイ段、オ段はウ段になる。したがって「ネンブツがニンブツになった」と言うのが私の推理だった。
「それじゃあ、チョンダラーは?」こちらには「京太郎」と言う当て字がついている。
「京太郎と言って村から村へ念佛の布教に回った人みたいだね」「ふーん、大オジィ、大オバアの葬式には来なかったさァ」それは直美は幼い頃の話だが、その時は村のユタさんが念佛を唱えてくれたらしい。かつてはその役割をニンプチャ―やチョンダラーが果たしていたのだろう。
「そう言えば、東北でもイタコさんのほかに毛坊主と言うお弔いを仕事にする人たちがいたんだって」「ケボウズ?」「毛が生えた坊主のことさァ」「ふーん」直美も宗教の話は咄嗟に反応が出来ず、私の説明にも上手く相槌が打てないようだ。
「やっぱり、沖縄と青森は共通の精神文化を持っているんだよ」それで結論にした。

結局、私は高校時代に読んで感銘を受けた「歎異抄」の親鸞聖人の浄土真宗を選んだ。
次の週末、むつ市内の浄土真宗の寺を訪ねて相談してみたが、住職は「京都の真宗学園に2ヶ月間、入校しなければならないこと」や「血族か婿養子でなけれな寺院の跡取りになれないこと」などを上げて、よく考えるように言われたが、結局、むつ市内の寺に半年間毎週通って掃除などの作務や読経、念佛の稽古に励み、それで私の決意が固いことを見極めた住職が得度を許してくれた。
ただし、浄土真宗の坊さんになったことは親族では私と直美だけの極秘事項だった。

浄土真宗では京都の真宗学園に入っている間は頭を剃った修行僧スタイルだが、普段は常人としての姿を保ち、髪を剃ることはしない。私は元々が自衛官として髪は短く、かえって本職の坊さんたちよりも法衣が似合っていた。
ただし自衛隊の節度を強調する動作とゆったりと流れるような僧侶の所作では真逆で、私は僅かな仕草にも苦労していた。
「テンジンさん、それじゃ機械だべ」「本当、カチッカチッて感じですね」私の法要での所作を地元の若い坊さんたちはからかってきた。
彼等は全員が浄土真宗寺院の跡取りで大学を卒業してそのまま真宗学園に入校しているのだが、幼い頃から法要や念佛が生活の一部だったから所作も自然に身についていて、私の号令式の念佛や読経も「怒鳴っている」ように聞こえるらしい。
「テンジンさんは禅宗寺院のお孫さんでしょ、何で我が社に宗旨替えしたんですか?」「その前に海上自衛隊の幹部なんでしょう。何で坊さんになったんですか?」浄土真宗の僧侶になることを自分の宿命だと受け容れている彼等には、必要性もないのにこの道を選択した私が不思議なようだ。
「世間では坊主丸儲けって言うけど、そんなに儲かりませんよ」「そうそう、空いているのは貧乏な小寺に決まってるだよォ」小寺の子弟である僧侶たちが私の前で愚痴っぽく言い合を始めた。
「仕事で死にかけて、阿弥陀様に会ってしまったんですよ」それが私のいつもの答えだが、彼らが防衛問題に疎いのは幸いだった。あまり自衛隊の内幕を語るのは御免こうむりたいのだ。

その年の夏、妹の紀美が曹候学生の教え子の彼氏・岸田3曹と一緒に青森まで遊びにきた。
「ニィニ、ネェネ、お世話になります」「メンソーレ(いらっしゃい)」リビングで2人と対面して口々にそう言い合ったが、チグハグな挨拶は相変わらずだ。ただ、2人に会うのは昌美の結婚式以来だが、随分、距離が縮まり、関係が深まっているように見える。直美もそれを感じているのか隣で黙って微笑んでいた。
「うん、遠路はるばる御苦労様でした」そう答えると2人は何故か緊張した顔でお互いを見合い、私も直美と見合った。
「仕事、チバッテ(頑張って)るか?」「はい、小牧のアドバンスに入校して来ました」岸田の説明に私はうなづいたが、直美は「アドバンス」と言う言葉が判らず目で訊ねたので「術科学校の上級課程」と小声で答えた。
「そうかァ、紀美も寂しかったろう」「何度か名古屋に来てもらいました」「それって婚前旅行じゃないかァ」私の指摘に紀美はあわてた顔で彼氏の脇を突つく。
「でも、ニィニだってネェネの島へ会いに行ってたさァ」「俺たちは始めから離れ離れだったから仕方ないのさァ」苦し紛れの紀美の反論に私がさらに反論をすると隣の直美は懐かしそうな顔でうなづいた。

「そこで岸田と紀美が座り直したので、私たちもそれに倣った。
「マツノ2尉、お願いがあるんですが」岸田が真面目な顔で切り出した。
「私たちの仲人をお願い出来ませんか」思わぬ申し出に私は直美と顔を見合わせた。
「何で?」「私たち、2尉ィニとネェネみたいな夫婦になりたいのさァ」岸田の横から紀美が理由を説明する。私と直美はまた顔を見合わせた。
「俺たちみたいなって言っても姉妹だぜ」「それでもいいさァ」「僕は教え子です」私の断りの返事に紀美と岸田は声を揃えて反論する。
「いや、やはり仲人は何かあった時に直接相談できる人が良い。俺たちじゃあ勤務地が違うからそばにいられないよ」私の返事に直美も真顔でうなづいている。
海上と航空では何故か隣接している基地は殆んどない、同居しているのは那覇ぐらいだ。大湊は隣り近所だが海岸と山頂で別居だろう。しかし、紀美はまだ諦めなかった。
「ニィニとネェネなら何でも相談できるさァ」紀美の言葉に私は首を振った。
「相談されても俺たちはやっぱり妹が可愛いから、中立でいられないかも知れない」私の話に岸田は何かを考える顔になり、直美は紀美の顔を見た。
「紀美、気持ちは本当に嬉しいけど1人だけ特別な妹を作ることはできないのさァ」直美は優しく諭すように紀美に語って聞かせ、紀美も黙って考え込んだ。
「そうだね、みんながネェネに頼んだら5回も仲人をしなければいけなくなるね」直美の話に紀美はようやく納得したようだ。岸田も真顔でうなづいた。しかし、考えてみると私たちに仲人はいなかった。その話になる前に私は話題を変えた。
「紀美、岸田と結婚を考えているのなら自衛官には必ず転属があるから、そのことを心の片隅に置いておかないといけないよ」「はい」紀美と岸田は揃ってうなづいた。
「転属も旅行のつもりでいれば、行った先であちこち回れて面白いさァ」直美も言葉を添えて妹を励まし、今度は私がうなづいた。
「ウチの場合は北の果てまで来ちゃったから、後は戻るだけだな」「俺は稚内もありますけど・・・」私のボヤキ節に岸田は返事に詰まる。沖縄出身の紀美に零下30度になると言う稚内の生活が耐えられるか自信がなく、岸田自身も九州出身で宮古島に勤務したためまだ経験がないのだ。
「スキーって楽しいよ。ねッ、光ちゃん」「うん、面白いよ」「そうかなァ・・・」直美と光太郎の励ましに私が曖昧に答えると岸田と紀美はホッとして顔を見合わせた。

翌日は午前中に恐山に参り、午後からは岸田が恐山の上にある航空自衛隊大湊分屯基地・第42警戒群の同期に会いに行くのに着き合った。
警戒部隊はレーダーがある地区、通信アンテナがある地区、庁舎がある地区に分かれていて、レーダーと通信地区には許可を得ていない者は自衛官と言えども立ち入れない。したがって庁舎地区で岸田の同期、私の教え子・水本3曹に会った。
「あれッ、マツノ班長、お久しぶりです」「ありゃ、水本3曹はここにいたのかァ」その時、横で岸田が「ゴホン」と咳ばらいをし、「マツノ2尉だ」と耳打ちした。私服で来ているので仕方ないことだが水本は申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「それでマツノ2尉も旅行ですか?」「いや、俺は大湊勤務だよ」私の返事に水本は呆気にとられた顔をした。
「でもウチで紹介はないですし、会いませんよね」「うん、麓なんだよ」私の説明に水本は益々混乱したようだった。
「そうかァ、地連の募集事務所ですね」そう言って水本は「正解?」と言う顔で私を見たが、今度も岸田が「2等海尉だ」と補足説明した。
「えーッ、何で?、どうやって?」こうなると説明がややこしくなりそうなので私は海上自衛隊歌の「男と生まれ海をゆく・・・」を口ずさんで誤魔化した。そこへ少しベテランの2曹が通り掛かった。
「あれッ、マツノ君?」「おっ、岩井君かァ、久しぶりだね」彼は私の曹候学生の同期で沖縄でも南西航空警戒管制隊に所属していて、何度も遊び歩いた仲だった。
「うん、マツノ君が防府へ行ってすぐの夏に三沢へ転属して、去年、大湊へ来たんだ」「俺も3年前に大湊へ来たんだよ」私の答えに彼も戸惑った顔をしたため今度は「部外で海上自衛隊の幹部になって、護衛艦『なごりゆき』に乗っている」と説明した。
あの頃はお互い20歳代前半で若かったが、どちらも30歳前後のオッサンになっている。
「岩井2曹はマツノ2尉の同期なんですか?」「うん、防府じゃあ内務班も隣だった」「沖縄でも遊んだぜ」私たちの話に曹候学生の後輩たちは興味深そうにうなづいた。それにしても岩井は2曹になっており、空曹として順当に昇任しているのが判った。
「こちらは?」「女房の妹の旦那の岸田3曹だよ」「岸田3曹です。宮古島にいます」岩井の質問に2人で答えると水本が「それじゃあ、弟なんですかァ」と口を開けたが、岩井は「奥さんのか?」と訊いたので「うん、愛妻のさァ」と答えると「確か、離島の看護婦さんだったよな」と言う。
「うん」私は岩井の記憶力に感心しながらも、それ以上に昔の思い出が胸に甦った。
「それじゃあ、久しぶりに飲みに行こうぜ。海と空なら幹部でも関係ないだろう」「うん、そうしよう」そこで私は名刺の裏に自宅の電話番号を書いて渡した。
海上自衛隊では旧海軍が起した造船疑獄・シーメンス事件の反省から個人が業者と接触することがないように自宅の連絡先は名詞に書かないように指導されているのだ。

3か月後、航空自衛隊総合演習が終った頃、紀美が昌美と同じ育美が勤める那覇市のホテルで結婚した。それは福岡県出身の岸田が出席者の便を考えてのことだったが、今回も岸田から「自衛官は制服にしましょう」と申し合わせられた。
「秋の本土からなら夏制服じゃあ駄目かなァ、冬制服は荷物になるしね」「でも沖縄組は衣
替えだろう」「南混団はまだでしょう」賀真のさり気ない返事に私は、沖縄での勤務が遠い昔になっていることを感じた。私としても重い背広や冬制服を長時間着るよりも軽い3種夏服の方が助かる。
「ニィニは出席できるの?」「うん、そのつもりだけどな」「休暇は大丈夫ねェ?」「航海の代休がたまってるから大丈夫さァ」私の返事を聞いて直美が隣りで笑ってうなづいた。ここで電話を直美に替わった。
「今度も彼女を連れて来るねェ?」直美の第一声はやはりこれだ。
「最近、沖縄に帰っていないけど一緒に北海道へ行っているんでしょう」「やっぱり」隣で聞いていて「離れていても、この家族は隠しごとは出来ない」ことがよく判った。
「北海道へ行ったんだったら、今度は宮古島へも来ないとね」「そう言うことは同時進行で進めておいた方がいいよ、両家の顔を立てて」「ウチは特殊事情があったんだから仕方ないのさァ、掛け落ちだもん」直美の話が愛知の親の反対を無視して結婚した件になって私はうつむいた。
「ついでに宮古島で結婚しちゃいなさいよ、次に北海道でやって、最後に東京でやれば全国結婚ツアーさァ。ただし、ウチは北海道で参加するよ」直美らしいアイディアではある。今度は感心した。
「私たちの時みたいなのでも彼女がOKなら、その場ですぐにできるさァ」そう言って直美は私を振り返ってウィンクをした。
「ところであんた何歳だっけェ?」「22歳?おトウは20歳で結婚したのさァ」直美のはしゃいだような声に私も「賀真がそんな歳になったのか」と思った。
「安美、里美、育美はまだだって?そんなのはそれぞれの勝手だから気にしないこと」確かに賀真の6人の姉のうち3人にはまだ予定がない。砂川家の情報網で聞いていないと言うことは本当に話がないのだろう。ここで、また私に電話を替わった。
「ニィニ、どう思う?」電話口の賀真は妙に落ち着いた声になっていた。
「どう思うたって彼女の気持ちが第一さァ、俺だって直美が嫌なら結婚はできなかったのさァ」私の返事を隣りで聞いて直美が「嫌な訳ないじゃない」と呟いた。
「でも彼女の親に反対されている訳じゃあないだろう」「うん、大丈夫さァ」「だったら、きちんと順番通りにやっていくことだよ」「はい」「それでも何が起こるか判らないのが砂川家だけどなァ、イケイケドンドンってな」「それさァ」私の台詞に電話口の賀真と直美が別のニュアンスで同じ反応をした。
「と彼女に言ってから連れて来なさい」「うん、判った」弟は何かを考えるような声で電話を切ったが、姉は何かワクワクしたような顔をしていた。

私、本当にニィニとネェネに仲人をしてもらいたかったんだよ」式が始まる前のロビーで、隣に座った紀美はそう言って私の顔を見た。直美は紀美の市役所の同僚の中に高校の同級生がいて、そっちにつかまっている。
「私もネェネみたいに、旦那さんに思いっ切り愛してもらいたいんだ」「そんなのは別に俺じゃなくても、まず紀美が思いっ切り愛すればいいのさァ」私はそう返事をして紀美の顔を見返した。やはり化粧をすると砂川家の娘は一段と美しい。
「そうすれば彼もニィニみたいに愛してくれるかなァ」「俺みたいにじゃあなくて、岸田のように思いっ切り愛してくれるさァ」「うん」「俺を基準にすると、何でも比べるようになっちゃうから、それじゃあ岸田が可哀想だよ」私の言葉に日頃は元気過ぎてかしましいくらいの紀美が静かにうなづいた。
「はい、彼と一緒にニィニとネェネみたいな幸せな家庭を作ります」「俺と直美に負けないように、ずっと愛し合ってな・・・」義妹とのシンミリとした話に私は花嫁の父になったような気分で涙ぐみそうだった。
すでに花嫁の父も3回目のベテランになった義父は、今日も光太郎の手を引いて喜んでいるが小学2年生は手を引かれるのが少し恥ずかしそうだった。
「マツノ班長、お久しぶりです」「おう、みんな元気そうだな」その時、この海上自衛隊の幹部が航空教育隊で自分たちの班長だった私だと気がついた岸田の同期たちが集まってきた。
「マツノ班長が海上の幹部になったって噂を聞いてましたけど、本当だったんですね」「俺たちには散々エア・マンシップ(航空自衛隊精神)を語っていたのに酷いですよ」「それにしても、あまり海上自衛隊の制服は似合いませんね」教え子たちは本人を取り囲んで好き勝手なことを言い合った。これも私が航空自衛隊の幹部ではない気楽さのおかげかも知れないと1人で苦笑した。。
「でも女房はトップガンのトム・クルーズみたいだって言ってるぜ」本当は「愛と青春の旅立ち」のリチャード・ギアだったが、映画を彼等の年代に合わせた。
「それは制服がでしょう」「どちらかと言えばアイスマンかも知れませんね」「うん、女房とはまだ『愛すマン』だからな」私がジョークで返すと全員大笑いをした。
「女房の妹はまだ3人残ってるから狙うなら今だぜ」「エーッ、奥さんは何人姉妹なんですか?」「6人姉妹に弟一人だよ」私の話に彼等はロービーの出席者の中に砂川家の娘たちを探し始めた。同じ両親の娘だけに皆どことなく直美に似た顔立ち、つまり美人ではある。
私も彼らと一緒に辺りを見回していると、その向うで賀真と彼女が知り合いの自衛官と立ち話をしているのが見えた。今回、彼女は航空自衛隊の制服姿だったが、それはそれで似合って可愛く、宮古島の親戚からは「スチュワーデスか?」と訊かれていた。

紀美の結婚式の後、両親について宮古島に行っていた賀真と彼女は実家で3泊4日した後、先に帰っていた私たちに百里から電話してきた。
「ニィニ、俺たち結婚してしまったさァ」「やっぱり」隣で聞いていた直美は私の返事に何があったかを察知した。報告をしながらも賀真はまだ夢うつつのような話しぶりだった。
「モンチュウと呑んだんだろう」「そうです」賀真の返事に私は呆れてため息をついた。
「そこで2人で籍を入れて来いって言われたんだろう?」「はい、その通りです」「私たちと一緒さァ、ハハハ・・・」ここまで聞いて直美は仰け反って笑った。ここで賀真は電話を嫁さんに代わった。
「それじゃあ、あれは計画的なんですか?」「いや、勢いさァ、何も考えていないよ」嫁さんの疑問に私が答えると直美は「その通り」と相槌を打った。
「北海道の親御さんは怒ってないかい?」「電話したら呆れてました」私は心配して訊いたが、嫁さんは自分も呆れているような声で答えた。しかし、親の反応を聞き北海道にも沖縄と相通じる大らかさがあるようで安心した。
「それで衣装はどうしたね」「やっぱり制服です」「ペアルックだな」「はい」私の冷やかしを込めた台詞に嫁さんは電話口で笑った。
「そんなに忙しくちゃあ、賀真は久しぶりに帰っても友達にも会えなかったな」「とんでもない、宴会が始まったら賀真さんのお友達も口コミで集まって来て、家が満員になりましたよ」嫁さんは私の心配に驚きと感心したような口ぶりで答えた。
「それが沖縄なのさァ」「北海道では家が遠すぎて急には集まれませんよ」「そうかァ」嫁さんの話に私はうなづいた。北海道と沖縄、そこは真逆のようだ。
「それじゃあ、嫁さんは部隊に戻ったらいきなり砂川士長になってるんだね」「あっ、そうなりますね」私の心配に嫁さんは今更、気がついたような顔で答えた。
「次は北海道でも向うの親族の結婚式をやらないとね」「はい、そうします」「ウチも呼んでな、津軽海峡を越えて駆けつけるから」「はい、お願いします」私の話に嫁さんは嬉しそうに答えた。私は直美の持つ海原の大らかさとはとは違う大地の逞しさをこの彼女に感じていた。

結局、賀真と新妻・裕美さんの北海道での結婚式は正月休暇になった。この時期は待機が続き正月に休暇は取れないものだが、そこは自衛官である義弟の慶事と言うことで無理を聞いてもらえた。
大間港からフェリーで函館に渡り、そこから車で道南を北上すると裕美さんの出身地・千歳に着く。裕美さんは幼い頃から爆音を上げて飛び立つ戦闘機を見て育ち、航空自衛隊に入った申し子だった。
「お父さん、どうして飛行機で来なかったの?」冬の凍結した道を低速度で走るのに飽きた光太郎が訊いてきた。
「スキーシーズンで青森からも三沢からも千歳へのチケットが取れなかったんだよ」私の苦しい言い訳に助手席の直美もうなづいていた。確かにスキーシーズンではあるが、ワザワザ青森から北海道へスキーをしに行く者はいないだろう。単に目の前のフェリーを使わず青森まで逆コースを戻るのが嫌だったのだ。
「でもそのおかげでフェリーに乗れたじゃないかァ」「お父さんは仕事で乗ってるでしょ」我が子も小学生になると中々知恵が回るようになり手強くなってくる。直美も今度は感心したように笑って振り返った。
「しかし、賀真は今度も制服なんて本当は制服フェチなんじゃないか?」「でも私に白衣を着て来いって言わないからまだ好いよ」「それは俺が見たいなァ」両親の馬鹿な会話に光太郎はついてこれず黙って窓を拭き外を見始めた。
大沼湖に差し掛かると山は雪を被り真っ白だ。沖縄で生まれた直美には自分がこんな風景を見ること、ましてや弟がここで結婚することが信じられなかった。
「テンジンさんも沖縄に来た時、外国に来た気分だった?」「えッ、何が?」直美の突然の質問に私は訊きかえした。
「私、何だか外国に来てるみたいな気分なのさァ、テンジンさんも本土から沖縄に来た時、こんな気分だったのかなって思ったのさァ」「うん、確かに色々なことに驚いたな・・・」光太郎も「驚いた」と言うところは解ったのか黙ってうなづいた。
「でも不思議にどんなことも自然に受け止められたね、食べ物でも文化でも」「それだよね、貴方の不思議なところは」光太郎・小学1年生は首をかしげたが、直美は黙って私の顔を見詰めた。
「それは、貴方と私の運命なのさァ」「うん、そうだね」「残念、運転中だ・・・」直美の言葉に見詰め合いキスをしたかったが運転中は無理だった。

賀真と裕美さんの結婚式は宮古島の時と同じように形式ばることなく昔から行きつけのレストランで行われた。
砂川家からの出席者は当然、私たち家族だけであるが、航空自衛隊、陸上自衛隊からの出席者の中で海上自衛隊の制服は目立ってしまった。
「マツノさんは大湊の前はどちらにおられたのですか?」裕美さんの叔父と言う空曹長が酒を注ぎながら訊いてきた。
「う・・・ん、広島県です」確かに嘘はついていないが正直でもない。元航空自衛隊だと判ると説明がややこしくなりそうなのでこうなった。
「呉ですかァ。初任空曹の江田島研修で行きましたけど、色々なマナーがウチラと違って戸惑いました」確かにそれは私も江田島で悩まされたことだ。
「おッ、これで陸海空が揃うなァ」そこへ今度は下の叔父だと言う1等陸曹もやってきた。
「あれ、マツノさんは海上自衛隊でも格闘指導官なんですか?」「はい、部隊指導官ですが・・・」1等陸曹は私の胸の格闘徽章に気づいて訊いてきた。
「体育学校へ行った仲間の話では航空はいたらしいけど海上は聞いていないなァ」確かにそうだろう、体育学校へ入った時は3等空曹だったから。
そこに裕美さんの父の友人で来賓になっている千歳の2等空佐が現れ、私たちは姿勢を正
した。
「マツノ2尉だったね」「はい、義弟がお世話になります」私は10度の敬礼をした後、2佐のグラスにビールを注いだ。
「あれっ、俺は君に会ったことがあるぞ。那覇にいなかったか?」「はい、妻とは沖縄で知り合いました」話が不味い方向に進みだした。
「そうか、海上の5空群は隣りだったから、どこかですれ違ったのかも知れないな」「はい、3曹の頃は航空機体整備をやっていましたから」これは嘘でないギリギリの回答だろう。言われてみればこの2等空佐は若い頃、整備幹部として飛行隊にいたのを思い出したが、私とは直接関係はなかった。
そこへ制服姿の裕美さんが1人で挨拶に回ってきた。賀真は向こうで親戚につかまり酒を飲まされているのが見える。裕美さんは先ず2等空佐に挨拶をし、次に私、続いて叔父と階級順に挨拶をした。
「お義兄さん、今日は有り難うございます」「どうもおめでとう」「お義兄さんは千歳に勤務したことはないんですか?」「へッ?」突然の質問だった。
「何を言ってるんだ。海上自衛隊が千歳にあるかァ」横から1等陸曹の叔父が呆れ顔で裕美さんに声を掛ける。私は心の中で「ヤバイ」と叫びながらそっと首を振ったが裕美さんはそれに気づかずに叔父に説明を始めてしまった。
「だって、お義兄さんは・・・」「北海道は余市に魚雷艇部隊がありますけど、まだ勤務したことはありません」途中で話を引き取ると勘が好い裕美さんもそれを察して話題を変え、私はホッと胸を撫で下ろした。
それにしても陸・空自衛隊に誤った海上自衛隊のイメージを植えつけてしまったのかも知
れない。

結婚式の後、私たちと同じホテルに新婚夫婦も泊り、夕食に千歳市内でラーメンを食べた。そのまま部屋までやってきたが、ハシャギ疲れた光太郎はすぐにベッドで眠った。
「新婚さんは部屋でやることがあるだろう」「新婚って言っても半年も前さァ」言われてみれば賀真と裕美の結婚は秋、その前から同棲もしていたのだ。そこで賀真と裕美さんはソファーで姿勢を正し、私も条件反射で倣った。
「ニィニ、俺、裕美と結婚したから将来は千歳に家を建てるつもりさァ。そうなると宮古島へは帰らない。申し訳ないけどニィニとネェネで家を守って欲しいのさァ」その話は私と直美の間では既定の方針だったが、跡取りの長男からの申し入れとなると話は別だった。私と直美、賀真と裕美は互いに顔を見合わせた。
「長男の俺でなければ家を継ぐのは長女のネェネなのさァ」賀真は勧められるままに飲んで酔っているが、私はまだ酔ってはおらず冷静に答えた。
「いくら固い話は酒を飲んでからが砂川家の家訓だからって、一応はみんなの意見も訊かないとな」賀真は私の態度に「迷い」を感じたのか急に言葉のトーンを下げた。
「でもニィニも長男なんでしょ?」「俺は家を捨てて駆落ちしたんだから関係ナイナイ」私は茶化しながら顔の前で手を振って見せ、それでようやく賀真もホッとして笑った。
「ニィニはシマナイチャーさァ、だからネェネと出会ったのさァ」これは最近、直美との人生を振り返る時、胸に込み上げてくる感慨だった。しかし、それを言うなら賀真は道産子シマンチュウだろう。
「取り敢えず賀真の気持ちは判った。まあ定年までに結論を出すさァ」「定年?ニィニはそんな年ね」「あと20年でリタイアですがどこまで行けるやら」私の愚痴っぽい冗談にそろそろ幹部候補生の受験資格を得る賀真は顔色を変えた。
「ニィニは俺の目標さァ、いつも前を引っ張っていって欲しいのさァ」賀真は「1選抜を目指す」と言っているが曹候学生は統計上、3分の1が幹部になっている。賀真なら合格するだろう。
「海軍士官は人事には無関心でいるのが作法なのさァ。昇任なんて眼中にないね」私の答えに賀真は心配そうな目で隣の直美を見たが、直美も微笑んでうなづいていた。
しばらく3人は黙っていた。その重苦しい空気に耐えられなくなった賀真が口を開いた。
「折角、部外で海上自衛隊に行ったのに・・・将来は海上幕僚長になって欲しいのさァ」賀真の話は続かず、それで私が話を変えた。
「俺は直美と結婚できたことと光太郎が生まれたことで幸運は全部使っちゃたんだよ。あとは海軍士官になれただけで出来過ぎなのさァ」そう言って顔を見ると直美は優しい目で見詰め返していた。
「賀真、裕美さん、悪いが目をつぶってくれ」「エッ?」「いいて言うまでね」「ヘッ?」先輩と姉の2人で命令すると賀真と裕美は黙って目をつぶった。私は直美の肩を抱きよせると、そっと口づけて直美も首筋に腕をまわしてきた。
このシュチエ―ションには覚えがある。あれは賀真が高3の春休み「自衛隊に入りたい」と相談をしに防府の官舎に来た時だった。あの時も直美にキスをしたかったが高校生の賀真が見ていてできなかったのだ。

その年の1月17日、阪神・淡路大震災が発生した。本州の北の端では揺れはなかったが、私自身、3月に舞鶴への転属の調整を受けており、他人事ではなかった。
ただ、この大震災では救援物資を積んで神戸に向かった呉基地の護衛艦が、神戸港の運輸省・港湾管理事務所に「政府からの指示がない」などと入港を拒否される異常事態が生起していることが海上自衛隊内の情報として伝わってきた。
私は沖縄にいた頃、何度も目撃したスクランブル機に対する嫌がらせとしか思えない発進許可の先延ばしや患者輸送の救急支援機の着陸拒否などを思い出し、他の隊員以上に怒り心頭だった。

最近、光太郎も大きくなって一緒に風呂に入ることが窮屈になってきた。私はドアの前で順番を待ちながら湯船に漬っている光太郎に命じた。
「光太郎、九九の六の段を言ってみろ」「エ―ッ」風呂の中で光太郎は思いがけない命令に不満そうな声を出した。
「言えるまで出さないぞ」光太郎はもう一度、「エ―ッ」を繰り返した。
「六一が六、六二十二、六三十八・・・」中で一生懸命九九を言い始めた。
「六五三十、六六三十六」ここまでは順調だったが、「六七・・・六七・・・」ここで光太郎は行き詰り、悩み始めると入浴が長引き、私はドアを開けて冷気を入れた。
「はい、もう1回」「エ―ッ」私がドアを閉めてもう1回始めることを宣告すると光太郎は半分べそをかいた声で、また「六一が六」と言い始めた。
3回繰り返したところでその夜の六の段は合格した。
「光太郎、風呂の中は声が響いてしっかり勉強できただろう」「はい、よかったです」光太郎は半分のぼせながらも達成感を味わっているようだった。
「咽が渇いたァ」「光ちゃん、九九をやっていたでしょう」一緒にリビングへ行くと直美はアルカリイオン水を入れたコップを光太郎に手渡した。
「遅いから聞いていたのさァ。光ちゃん、温まりながら勉強もできて最高さァ」と直美も言い、光太郎は同じような台詞を言った両親の顔を感心して見比べていた。

紀美の結婚から2年、賀真の結婚からも2年、宮古島で保母をしていた安美が中学・高校の同級生と結婚した。
今回の結婚式は宮古島の彼の集落の公民館で行われ、百里の賀真と妻、那覇市内に勤める昌美夫婦とは那覇空港で合流した。紀美と夫・岸田は現地集合だ。
「ハイサーイ」宮古島空港へは義父が迎えに来ていた。
「光太郎、大きくなったさァ」義父はいつもの調子で抱き上げようとしたが流石に小学2年生、8歳では重いようだ。
「腰を痛めるよ、止めなさい」隣から直美に叱られて、義父はあっさり諦めた。

直美は中学、高校の後輩に囲まれて動けなくなっている。光太郎は公民館の隅で昌美の幼稚園児の娘の面倒を見ていて、賀真や岸田も顔みしりを見つけて飲んでいた。
その時、料理を運んだり、酒を注いで回ったり忙しく働いている里美が1人で座っている私のところへ寄ってくれた。
「ニィニ、飲んでる?」「飲んでるけど、寂しくてェ」私が直美がそばにいないことをボヤクと里美は呆れた顔をした。
「座れば?」「女が座って話しているとサボっているみたいでまずいのさァ」私の勧めに里美は肩をすくめて笑って答えた。
「直美はあそこで捕まってるのに里美は立ち話なんて悪いねェ」私の申し訳なさそうな顔を里美は感心したように見返した。
「ニィニはいつもそう、自分の心配よりも人の心配ばかりしてる」「そうかなァ」「ネェネもそうさァ、だからニィニとネィネはお互いに相手のことばかり考え合っていて、だから丁度いいのさァ」「フーン」私は里美の鋭い観察眼と分析に感心した。
「全力で愛情を投げ合って、キャッチボールをしてるみたいさァ」私は里美の上手い例えに感心しながらうなづいた。
「ニィニ、ネェネのどこが好きになったの?」「なんで」突然の質問に私はとっさには返事ができなかったが里美は腕組みをしながら見下ろしている。
「ニィニを見ていると、どうすればあんなにネェネのことを愛せるのかなァって不思議なのさァ」「そうかなァ」「理解を超えてるよ」里美は真面目な顔で私の顔を覗き込んだ。
その時、話に区切りをつけて直美が戻ってきた。直美は里美がいることがわかると全開の笑顔をさらにパワーアップさせた。
「ネェネの旦那さん、借りてるよ」と里美がからかうと直美は「高いよ、ハハハ・・・」といつものように笑った。
「ただいまァ~ッ」「お帰りィーッ」「寂しかった?」「離れてられないよ」私と直美がじゃれ合っている横で里美は呆れたような笑いを浮かべていた。私はポツリと里美に向って先ほどの質問に答えた。
「こんなところさァ」「こんなところねェ」里美は意外にクールな目で私と直美の顔を見まわし、呆れたように溜息で笑った。
「何?何ねェ?」直美は心配と興味の半々と言う顔で2人を見た。

「なごりゆき」に配属されて4年、艦の主要な幹部は交代しており、前任者の転出後、私は航海長を勤めている。そんな中、私に転属が発令された。
「マツノ2尉、転属の命令がきた」艦長は机の向うで私に人事発令を伝達する。
「2等海尉 マツノテンジンを自衛艦隊(舞鶴)護衛艦『しろたえ』に配置する」こう告げた艦長の潮焼けした顔の鋭い目が穏やかに笑った。
「有り難うございます。お世話になりました」これはすでに内示を受けていたことだが、こうして正式に転属を命ぜられると「なごりゆき」での日々が胸に甦ってくる。
海上自衛隊の護衛艦には自衛艦隊所属と各地方隊所属があり、各基地には両者が混在しているが指揮系統は明確に別れており、自衛艦隊所属が第一線の任務を負っているのだ。
ちなみに帝国海軍でも同様に常備艦隊と各鎮守府に属する艦艇に分かれていて、それらを司令長官の下に一括運用するのが連合艦隊だった。
「しかし、君は『しらせ』希望と聞いていたが、今回はかなわなかったな」艦長は前艦長から申し受けていたようだが正式な転属希望には書いておらず、あくまでも憧れに過ぎない話だ。
「向こうで武者修行を続け、自信がついたら正式に希望します。有り難うございます」「そうか、ならばいい」私は思いがけない配慮に感謝した。
艦長が表情を緩めてソファーを勧め、「しろたえ」の母港・舞鶴の話などの雑談を始めた。
「奥さんはむつ市内の老人ホームの保険師だったな」「はい、勤め始めて2年半です」「確か沖縄の出身だったな」「はい、そうです」ここで艦長は話をつけ加えた。
「舞鶴も雪国だが、ここまでしばれはないよ」「はい、ならば安心です」艦長の説明を聞いて私は少し安堵した。元気者の直美とは言え、下北半島の寒さは流石に堪えているのは感じている。
「向こうでまた航海長なのかは判らんぞ。船務の経験も必要だからな」「それじゃあ、舞鶴
に行ってのお楽しみですね、しかし、自衛艦隊となると・・・」艦長は不安そうな顔を見て笑ったが私には笑いごとではなかった。

官舎に帰ると直美も仕事から帰ったところだった。玄関でまだ通勤の服装のままの直美を抱き締めて帰還のキスをした後、そのまま2人で寝室へ行き制服を着替え始めると後ろから直美が訊いてきた。
「何かあったん?」直美は抱き締める腕の強さでその日の出来事を感じ取るようだ。
「転属が発令になったよ」「予定通りだべ、やっぱり舞鶴?」「んだ」大湊生活5年で私たち一家は完全に訛っている。
「それじゃあ、私も退職だべな」「んだ、悪いけど頼むだよ」「光ちゃんの小学校も転校だね・・・それから貴方のお寺も」実は私は以前相談したむつ市内の浄土真宗の寺で得度を受け、坊主になっている。しかし、それは私と直美だけの秘密だった。
「うーん、寺籍を移すことになるのか、遠距離でもこのまま好いのか判らないね」制服からジャージに着替え終って返事をしながら部屋を出た。
今度は直美が着替える番だ。続きは襖越しの会話になった。
「艦の名前は?」「しろたえ」「『しろたえ』って小倉百人一首の歌の?」「ピンポーン」返事をしながら私は「春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」と口ずさんだ。やがて直美も着替え終って出てきた。
「それって持統天皇だったよね。天武天皇の奥さんの」「へッ?」流石にそこまでは思い出せない。やはり直美の方が優等生だ。
「ところで舞鶴って福井県なの?」「ブーッ、京都府だよ」「へーッ、京都なんだァ」地理では勝ったがいきなり直美の顔が輝いた。しかし、京都と言っても舞妓さんがいて五重塔がある京都市内ではない。しかし、直美が喜んだ訳は違っていた。
「京都なら賀真が入校する奈良の隣りさァ」言われてみれば弟の賀真が幹部候補生に合格すれば奈良基地にある幹部候補生学校に入校する。
「でも舞鶴は北の端だから奈良までは遠いな」「でも大湊からよりは近いべさァ」「そりゃあ、そうだね」どうやら賀真が合格すれば遊びに行くことになりそうだ。賀真が1選抜なら来年の春の話だ。

3月、私は大湊を後にした。見送りの曲が軍艦マーチではなくイルカの「なごり雪」なのは艦名による特例だろう。
「汽車を待つ君の横で僕は・・・東京で見る雪はこれで最後ねと寂しそうに君は・・・」この「東京」の部分を「みちのく」と言い直して隊員たちは熱唱してくれた。
私は今回の転出幹部の中では1番下だったので最後に見送る隊員たちの列の前を歩いた。
「航海長、御苦労様でした」艦橋でロクに才能がない私に基本から手取り足取り教えてくれたベテラン曹長が声をかけてきた。
「マツノ2尉、頑張って下さい」隣から一緒に見張りをやった海曹も声をかけた。海上自衛隊では初級幹部は「鍛える」と称して海曹たちに寄ってたかって苛められるものらしいが、航空自衛隊で曹候イジメに遭ってきた私は簡単にはめげず、次第に幹部として認めてもらえるようになっていた。私は立ち止まって談笑しそうになったが前の転出幹部と随分間があいている。
「今度は艦長ですね」慌てて歩調を早めた私に若い海士が声をかけ、手を上げて答えた。

4年前、江田島から大湊に赴任したのと逆コースで私たちは舞鶴に向った。大湊から移動の途中、私たちは観光がてら岩手の竜泉洞と松島に寄り、松島では先ずは島巡りの遊覧船からで、3人で乗り込んだ。ここは島とは言っても奇岩の上に松の木が茂っているような風景だった。
「これで日本三景巡りも達成確実だね」「日本三名洞は達成したぞ」「光太郎は覚えているかな」「日本三景って何?」小学校3年になる光太郎には先ず言葉の意味からだった。
「安芸の宮島って憶えてる?」「うーん、鹿に追いかけられたのを覚えているよ」「そうかァ、だったら秋芳洞と玉泉洞は?」「秋芳洞は防府から行ったね」「ピンポーン、玉泉洞は?」「憶えていません」日本三景の安芸の宮島へは江田島から、日本三名洞の秋芳洞は防府から出かけたが、沖縄の玉泉洞へは光太郎がまだ腹の中だった。
「日本三景って言うのはね、日本で綺麗な風景のベストスリーなんだよ」「それで綺麗な鍾乳洞のベストスリーが三名洞なのさァ」「ふーん・・・」両親から続けざまに説明されて光太郎は混乱したようだった。
その時、カモメたちが船の周りに群がって飛び、船員の1人が海老煎餅を撒くとそれを空
中でくわえて群がり始めた。
「ふーん、面白い客寄せだな」「光ちゃんは船もカモメも好きだよね」ほかの乗客たちが船員にならって自分のスナック菓子をばら撒き始めると、船の周りはカモメたちの泣き声で騒がしくなって、それを私たちは感心して眺めていた。
「松島や、ああ松島や 松島や」「芭蕉だね、奥の細道」私の呟きに直美が即座に答えた。
「すごーい、勉強してるな」「貴方の奥さん歴も長いからね」私が感心すると直美は自慢そうにうなづいたが、元々が優等生なのだ。しかし、私は海上の風景を眺めながらも芭蕉が感動して季語が出てこなかったと言うほど綺麗な風景とも思えないでいた。その時、上空をT―4練習機の編隊が飛行して行った。
「あっ、航空自衛隊だ」「松島の練習機だね」それを指さす直美に私が説明をした。
「松島にも航空自衛隊があるんだァ」「ブルーインパルスがいるところだよ」「ふーん、ブルーインパルスって防府北基地の航空祭で見たアクロバットチームだね」「ピンポーン、その通り」「海軍軍人の前はエアフォースの妻だったからね」防府南基地に勤務していた時に北基地の航空祭へ直美と一緒に出かけたことがあった。ただ北基地の滑走路は短いのでブルーインパルスは発進できず、築城基地から飛び立って防府上空で演技していた。松島の練習機はそんな思い出を甦らせてくれた。
月刊「宗教」講座・松島
遊覧船の次は松島水族館だった。ここには生きたマンボウがいた。
「マンボウは海洋博記念公園の水族館にはいなかったなァ」「うん、ジンベイ鮫が有名だったよね」海洋博記念公園へはコザの看護学校時代、バスに乗って遊びに行ったのだ。
「マンタ(イトマキエイ)はいたよ」「うーん、いたっけなァ?」「いたよォ」私も海洋博の水族館へは何度か行ったが、ジンベイ鮫ばかり探していてマンタの記憶はない。しかし、直美が言うのだから間違いないだろう。言われてみれば海洋博の水族館に比べるとここは展示されている魚も随分、違うようだ。
「あそこは今、ちゅらうみ館って言うんだよ」「ちゅらうみ(美しい海)かァ・・・直美はチュラ(美人な)嫁さんさァ」私のいつも誉め言葉に直美もいつものように笑った。ここでも光太郎は蚊帳の外だった。
「僕ねェ、浅虫温泉の水族館は憶えてるよ」「そうかァ、遠足で行ったよね」「宮島水族館
はどうだ?」「うーん、あまり憶えてない」光太郎にとって宮島と言えば鹿に追いかけられた場所と言うことのようだ。
水族館を出ると山に向かう緩い坂道を歩き、最後に瑞巌寺に参拝した。その道中の土産物店から民謡「大漁節」が流れていて、私もそれを口ずさんでみた。
「松島のォ、サァヨォ瑞巌寺ほどの、寺はないとよォ・・・エイトコーリャ大漁だね」直美は私の民謡を可笑しそうに聴いていたが、唄い終わったところでコメントした。
「貴方の民謡はシマウタだけじゃあないんだね」「でもシマウタの方が得意だな」そんな話をしていると瑞巌寺についた。瑞巌寺は山門から本堂までが随分長く、土手には修行僧が坐禅したと言うほら穴が幾つも掘ってあった。こうして松島旅行は終わり、その日は仙台に泊まった。

直美は早々に郊外の診療所の看護師の職を見つけ、光太郎も官舎の友達ができた。ただ、大湊で覚えた東北弁を「吉幾三」とからかわれて、家では標準語に気をつけることになった・・・はずだが京都弁の練習になるところが我が家だろう。

「しろたえ」では航海長がいて当面は船務士官として副長の見習いをすることになった。
「マツノ2尉、その徽章は格闘指導官だったな・・・」ある日、艦橋の中央にあり「サルの腰掛」と呼ばれる艦長席に座った艦長が声をかけてきた
「はい、そうです」「そうか・・・」艦長は前方を注視したまま何かを考え込んでいた。最近、日本海で行動する北朝鮮の不審船が問題になっていて、我々は北朝鮮の軍港の沖で監視しているわが海上自衛隊の潜水艦から第一報を受け、航空自衛隊のレーダー部隊からの追跡情報を基に我々は訓練航海の名目で工作船に接触、確認を試みようとしているのだ。
「マツノ2尉に特命」突然、艦長が私に顔を向けて命じた。その言葉を受けて私は姿勢を正し、そのまま大股で艦長席に歩み寄った。
「マツノ2尉を臨検の指揮官とする。副長は隊員5名を選抜してマツノ2尉の指揮を受けさせよ」「はい、5名を選抜して、マツノ2尉の指揮を受けさせます」突然、名を呼ばれて副長も姿勢を正して復唱した。
「ガンルームに集合させます」「よろしい」艦長の了解を得て、副長は私の肩を叩くと先に立ってガンルームへ向かって歩き出した。

「目標に接触して停船させたら隊員5名を指揮して移乗」「目的は乗員の捕獲」「あくまでも武器使用は正当防衛に限定」これが艦長から示された臨検の実施要領だった。しかし、防衛出動や海上における警備行動が発令されていなければ海上自衛隊に警察権はなく、あくまでもイザッと言う時の能力を練成すると言うことだ。
さらに特殊任務を帯びている工作船に移乗しながら、相手より先に武器が使えないことは即「死」を意味する。このことで先ほど艦長が徽章を質問して来た意味が分った。ようするに武器ではなく素手で戦えと言うことだった。

ガンルームには各科から武道の経験者が選抜されて集められた。任務、行動予定は副長が説明し、みな流石に顔を青ざめさせている。
「マツノ2尉、臨検の指揮経験はあるんですか?」柔道経験者の海曹が訊いてくる。
「空自の時、多少の経験はあるが、海自ではない」本当はデモ対処のことだが「そうですか」と全員がうなづいた。
それから「しろたえ」では機会を設けて臨検の訓練が繰り返されるようになり、その研究
が私の主任務になった。

「フリーズ!」私は接舷した内火艇に先頭で移乗すると大声で叫びながら銃を構えたまま甲板を小走りに駆け抜けて操舵室に向かう。同時に操舵室にいるフェーカ―(敵役)の隊員は、拳銃を構え応戦してくる。
私は後に続く隊員に手で合図しながらフェーカ―の死角に身を隠して銃を構え、援護を受けながら操舵室に飛び込んでフェーカ―を捕獲する。これがシナリオだ。
「やはり、こちらから先に撃てないとマツノ2尉がやられますねェ」これが訓練終了後、毎回繰り返される反省だった。
「まあ、早いうちにモノのいい防弾チョッキを調達してもらうしかないねェ」「でも業計(業務計画要望)じゃあ、入荷は2年後でしょう。調達では駄目なんですか?」「装備品的な物は駄目なんだよ」こんな時も補給科の隊員との話は妙に事務的だった。
「準備が整うまで、今まで通り何もしないって訳にはいかないんですかね」「やっと何かができる時代になったと言うことだろう」最年長の海曹の言葉に、そう答えながら私は、「何もないこと」を切実に祈っていた。

最初のゴールデンウィークは一家で宮古島に帰ることにした。本州最北端の大湊に比べれ
ば交通の便はかなり楽になったのだ。
「ハイサーイ」宮古島空港へは義父が迎えに来ていた。
「光ちゃん、大きくなったさァ」流石に小学4年生、10歳を抱き上げるのは無理なようで義父は頭を撫でた。

帰ってすぐに私たちは、砂川家の墓に参った。
「相変わらず若いのにエライさァ」義祖母こそ相変わらず誉めてくれた。
義祖母から借りた墓参りグッズを直美と光太郎が2人で手分けして持ち、私が水を汲んだバケツを下げて、裏の丘の墓へ向かった。
「暑いなァ」光太郎は阪神の野球帽のひさしを深くして強い日差しを遮ろうとしている。
「もう海で泳げるよ」それを見ながら直美が自慢そうに声をかける。
「本当、やったァ」前を行く2人は楽しそうに話しているが、私は舗装をしていない小石
の道でバケツの水を溢さないか気が気ではなかった。
「海水浴場はすぐそこさァ」いきなり立ち止まって直美が海水浴場の方向を指差した。
「近いんだァ」「目の前さァ」光太郎は草むらの向こうに広がる海を見て歓声を上げた。
「水着は?」「カバンに入れてあるさァ」手回しがいい母に息子は尊敬の眼差しを向ける。
「君のも?」2人の会話に私が割り込むと直美は「エッチ」と言ってソッポを向いた。私は足を早め直美に追いついて話を続けた。
「ないんだったらビキニを買おう」「もう何を言ってるのさァ、30も過ぎたのに」私の提案に直美は呆れたように先に立って歩いて行った。
光太郎は私の横に並んで「お父さん、残念だったね」と慰めてくれた。

午後から直美と光太郎と一緒に海へ泳ぎに行った。宮古島のゴールデンウィークは地元の人にはまだ早いのだろうが、本土から来た私たちには泳ぐのに十分だった。
「僕、海で泳ぐの初めてや」「いや、浮き輪で浮いていたことはあるぞ」確かに光太郎は海上自衛官の息子の割に東北・北陸育ちで、水泳はスイミングで覚えたため海で泳ぐのは江田島以来だった。
「こんなに暑いのにどうして泳がないのかなァ?」泳いでいる人がまばらなビーチを見まして光太郎が訊いてきた。
「沖縄では泳ぐにはまだ早いんだよ」「暑さ、寒さは気温だけじゃないのさァ」息子の質問に対する回答としては母の方が適切だった。
「じゃあ、何で靴を履いて泳ぐの?」「それは砂が尖っていて危ないからだよ」「沖縄の砂はサンゴが砕けたのさァ」「ふーん」光太郎にはカルチャーショックの連続のようだ。
「直美先輩じゃあないですか?」3人で休憩に砂浜に上がって休憩していると私たちは声をかけられた。見ると高校の後輩、狩俣圭子が子供を連れて立っていた。子供は可愛らしい女の子だが光太郎と同級生くらいだろうか。
「先輩の息子さんですか?」「そうさァ、光太郎、挨拶は」「ハイサイ」光太郎はこれも父親仕込みの挨拶をして圭子は今回も可笑しそうに笑った。
「聡子、ご挨拶は」「こんにちは・・・」聡子と呼ばれた女の子は母親の後ろに隠れるように挨拶を返した。
「聡子ちゃん、何歳?」「9歳です」「だったら3年生?」「はい」私は、その会話を聞きながら結婚した翌日、直美と賀真と一緒に海に来て、圭子に会った場面を思い出していた。
あの時、圭子はまだ独身だっただろう。と言うことはあれからすぐに結婚したことになる。
「今は山元って言います。先輩の御自宅の近所ですから遊びに来て下さい」この圭子の言葉に光太郎が間髪入れずにトンデモナイことを言い出した。
「明日、遊びに行っても好いですか?」私と直美は我が子の思いがけない積極性に呆気にとられながら、「どっちに似たのか」を言い合った。
自宅に戻り圭子・聡子の家を訊ねると義母は「あそこもできちゃった婚だ」と説明したが、この「あそこも」はウチではなく両親自身のことだろう。

翌日、光太郎が約束通り聡子ちゃんの家へ遊びに行っている間に直美に連れられて同じ集落のユタさんを訪ねた。
「おバア、ハイサーイ」玄関で直美は我が家に帰ったような声をかけた。
「誰さァ」奥から返事が聞こえ、ガラス戸が開く音の後、ヨチヨチとした歩調で白髪の小さな老婆が出てきた。これがユタさんだった。
「直美ねェ、久しぶりさァ」老婆はそう言ってから後ろに立っている私に気がついた。
「これは・・・旦那さんねェ」「ハイサイ」老婆が合掌したので私も合掌して頭を下げた。
老婆に案内されて家に上がると、奥の祭壇がある部屋に通された。直美は我が家のような顔で、勝手知ったる台所へ行ってお茶を入れていた。
それを待つ間、私はユタさんが火を点けたロウソクで線香を炊き、持ってきた土産を供え、並んで祭壇に参った。念佛と合掌、礼拝の後、ユタさんと向かい合って話し始めた。
「旦那さん、お坊さんですよね」「はい、ニンプチャアです」私の答えを聞いて老婆は微笑んで首を振る。しかし、何も言わないのに全てお見通しだ。
「いいえ、修行をして来た正式のお坊さんはニンプチャアではありませんよ」「そうですか」要するにニンプチャアは東北の毛坊主と同じ存在のようだった。しかし、私はむつ市の寺で見習いをやっていただけで、まだ修行にはいっていない。
「旦那さんのお念佛はミルクユガフを唱えていましたが・・・」「はい、沖縄では阿弥陀如来の西方浄土ではなくニライカナイへ往生するのでしょうから、ミルクユガフにお願いしないと」私の答えにユタさんはゆっくりうなづいた。
しかし、こうしてユタさんのこの島に根を張った信仰の話を聞いていると自分の信仰がま
だ宗教論の域を出ていないような気がした。その時、直美がお茶を載せたお盆を運んできた。
「おバア、このお菓子マァサイ(美味しい)ねェ」どうやら直美は台所でお茶菓子まで見つけてきたようだ。
「それは昨日のお供なえ物さァ、お下がりにするかァ」そう言うとユタさんはお盆から菓子を取り上げて3つに分けてくれたので、私と直美は慌てて手を合わせ受け取った。それを済ますと直美は「いただきまーす」と少女のような顔をしてそれを頬張った。
ユタさんはそれを優しい目で見ている。こうして直美はユタさんに見守られながら育って
きたのだろう。私も直美に倣ってお菓子をいただいた。
「直美、こんな徳の高い旦那さんにもらわれてアンタは幸せさァ」お茶をすすった後、ユタさんは私たちの顔を見比べながら声をかけた。
「うん」「いいえ」しかし、直美と私は正反対の返事をした。
「徳が高いのは看護師として人助けをしている直美の方ですよ。私はただの修羅ですから」修羅とは戦いを常とする世界の住人である。自衛官と言う職業も修羅の道であろう。それを最近の臨検の訓練で思い知ったのだが私の返事にユタさんは首を振った。
「旦那さんは正しい道を貫いているのです。それは前世でも同じだったでしょう」ユタさんは私の前世が海軍陸戦隊の中尉で、沖縄戦で住民を逃がすために囮になって死んだことを知っているようだった。
「そうさァ、貴方はいつも正しい道をまっすぐに突き進んでいるのさァ。私は後ろをくっ付いているだけ・・・」隣で直美も同意してくれたが私はまた首を振った。
「後ろじゃあなくて、隣りで一緒に歩いてくれてるのさ」私の言葉にユタさんは深くうなづき、「だからアンタは幸せなのさァ」と直美に呟いた。
それからしばらく私はユタさんに沖縄の信仰についての話を聞いたが、それは論理的な宗教学ではなく、生活の中心であり人生の全てを包む信仰だと感じた。
「こんなお坊さんが島に来てくれるなら私の用はなくなるさァ。後はお迎えだね」ユタさんの予言のようなお告げに私と直美は顔を見合わせた。
「何を言ってるのさァ、私が保証するんだから長生きするよォ」「もう長生きし過ぎだよ」直美の激励にユタさんは笑って答えた。このユタさんは90歳を過ぎているらしかった。

「有り難う、勉強になったよ」私は歩いて帰りながら直美にお礼を言った。
「ねえ、やっぱり真宗学園に行きたいの?」直美は興味と心配の入り混じった顔で訊いてきた。
「うん、折角、京都に勤務しているなら機会があればな」「でも休暇がねェ・・・」真宗学園の修学は約2カ月間だ。現役ではこの長期休暇は無理だろう。
「まあ、京都のお寺でもっと本格的に坊さんをさせてもらうよ」私の返事を聞いて直美は真顔になった。
「ところでユタさんと貴方の浄土真宗の教えは一緒なの?」「うん、似て非なるモノと言うか、非だけど似たようなモノって言うかだね」「何それ?」「ようするに酔って極楽気分になるのに泡盛を飲むか、洋酒を飲むか、ビールを飲むかの違いみたいなものだな」「ふーん、浄土真宗は泡盛なの?」「うーん、飲めば必ず酔えるからドナン六〇度(与那国島の強い泡盛)かな」私の答えに直美は考え込んだが、これ以上の突っ込みはしなかった。
それからユタさんとの思い出話を聞いていたが、突然、直美がさらに鋭い質問をした。
「ところで死んだ人は遠くへ行っちゃうの?」西方浄土は十万億土と言うからとてつもなく遠いが、それは浄土へ往生することが困難であることを強調した表現であろう。また、ニライカナイの浄土は海の向こうにあると言うが距離は示されていない。と言うことは水平線の向こうに見えるのかも知れない。
「ニライカナイを見に行こう」「うん」私の誘いに直美はうなづいた。
歩いて行ける海岸は残念ながら西に向いていないので海に沈む夕陽は見られないが、西の
空からの光が海も空も、直美も紅く染めていた。
「ねえ、海に浄土があるんならおジィもおバァも往ってるのかなァ」「う・・・ん、何だか
もっと傍にいるような気もするけどなァ」直美の家にいても先祖代々が揃って見守ってくれているような気がしていた。
「南無ミルクユガフ、南無ミルク・・・」2人揃って紅く染まった水平線に手を合わせた。

舞鶴から日本三景の最後、天橋立は近くて遠かった。車で西に向かうと京都ならぬ滋賀県へ向う道路との分岐点に入り、そこで丹後半島側へ曲がれば後は山あり海あり断崖絶壁ありの風景が続く。そして、宮津市に入り道路の左右に観光駐車場の看板に見え始めるとそこが天橋立だった。
と言っても天橋立は街や智恩寺がある付け根から遥か長く海に突き出していて、先ずはそ
こを歩かなければ楽しめない。
「ふーん、博多の海の中道みたいだな」松林が続く天橋立を歩きなが私は防府から訪れた福岡県の海の中道を思い出した。海の中道も金印で有名な志賀の島まで伸びた細長い半島だが天橋立の方が幅が狭く、両側に海が見え特異な地形であることが実感できる。直美は波打ち際まで行って秋の海の冷い水に手を浸した。
「海は沖縄にも大湊にも続いているのさァ、こうしていると沖にいる貴方に体温が伝わるかなァ」「そんなこと島でも言ってたなァ」私は離島の港で別れ際に直美が言った台詞を思い出して答えた。
「貴方は風に乗せた方が早いって言ったさァ」「あの頃は航空自衛隊だったからなァ」「何それ・・・」直美もその場面を思い出したようだ。
「貴方が海を見る時、私も見ているよ」「だって海の上じゃあ、ずっと見っぱなしさァ」直美の言葉に涙ぐみそうになり、私はワザと茶化した。
「俺が死んだら、骨は海に沈めて欲しいな・・・」私の独り言のようなつぶやきに直美は怒った様な顔をする。
「何を言ってるのさ、貴方の体は私のものさァ」そう言うと腕を絡め、肩に頭をもたれ掛けてきた。直美が鼻をすする音を聞きながら私は黙って海を見ていた。やがて周りに息子以外の人影がないことを確かめて直美を抱き締めた。
「直美さん、結婚してくれて有り難う」私の言葉に直美は首を振った。
「これからもずっと一緒さァ。私は貴方の妻だよ・・・」直美は無理して笑顔を作った。
「うん・・・」完全に我が子は意識から外れてしまっていた。私は「死ぬのはもったいないなァ」と呟いた。
私の二ライカナイ・直美
天橋立の半ばには岩見重太郎仇討ちの場と言う石碑があり、そこで引き返して今度は遊覧ボートに乗って又潜りの傘松公園に向かう。
「貴方、運転したいんでしょう」「うん、最近、操舵していないからな」操舵室を覗いていると後ろから直美が声をかけてきた。
「ほかにお客さんがいなければやらせてもらえるかも知れないけどね」自動車だと営業用のⅡ種免許があるが、船舶海技の免許にはそのような区分はないはずだ。ところがその会話が聞こえたのか操舵している船長が苦笑いしながら首を振った。
「それはそうだろう」と納得しながら妙な結論を出した。
「よし、こんどはミサイル艇の艇長になって家族を乗せて走ろう」「うん、楽しみィ」そんなことができる訳がない。そもそもミサイル艇は北海道の余市基地にある。言っておいて私は自分に呆れてしまった。

遊覧ボートで対岸に渡ると高台にある傘松公園で逆さ股潜りをすることになる。直美と光太郎はベンチくらいの高さの台の上で反対を向き、前屈して天橋立の逆さの風景を見ている。一方、私は台の上で前屈すると転倒しそうで遠慮していた。
「そうやって見ると天に続く道みたいに見えるから天橋立って言うんだよ」そんなウンチクを語りながら楽しそうに眺めを楽しんでいる母子の写真を撮った。
続いて正面からも撮ると直美の尻のアップになり妙に嬉しく触りたくなる。
「何を喜んでいるのさァ、エッチ」逆さまのまま直美は文句を言い、光太郎も逆さまのま
ま「エッチ」と唱和した。

夏、宮古島から義父母に里美、育美がくっついて舞鶴までやって来た。私は訓練航海でつき合えなかったが、直美は光太郎を連れて伊丹空港まで電車で出かけ、一緒に京都泊で観光して帰って来た。
訓練を終えて家に帰ってみると幹部官舎とは言えこの人数では流石に手狭だった。
「ハイサーイ」「メンソーレ」玄関での帰還のキスを終えて居間に入ると義父母と義妹たちはもうスッカリくつろいでいて懐かしい挨拶をしてくる。
「京都は暑かったでしょう」「それさァ、沖縄よりも暑くって驚いたさァ」義父の呆れたような台詞に、義母と義妹たちも「同感」とうなづいた。
「舞鶴は涼しいですよ」「本当、日が陰ったら好い風が吹くさァ」義父のその言葉で私はエアコンは入れず、窓を全開にしているのに気がついた。その分、座卓の上にはホットプレートとタコ焼き機が乗せてある。
私は寝室に入って制服を着替えたが、いつもは受け取って掛けてくれる直美は台所だ。
「何か美味しいモノは食べましたか?」「うん、何でもマーサイだったさァ」「お菓子も上等だったさァ」私の質問に義妹たちははしゃいだような声で答えたが、しかし、直美からは「京都では観光ホテルではなくビジネスホテルだった」と聞いている。
「着物が綺麗だっただろう?」「それさァ、きっと私に似合ったのにさ」「浴衣で好かったのに、沖縄ではあんなにいい浴衣は売ってないさァ」どうやら京都の街で浴衣を着て歩いている女性に会ったらしい。
「気に入ったから買ってくれって言われても、まだ家には3人もいるから困るのさァ」義父の台詞で遠慮をした経緯も分かったが、義妹たちは残念そうにうなづき合っている。
「まあ、ボーナスを貯めて、自分たちだけでまた来るさァ」「うん、今度は神戸がいいさァ」「大阪の食べ歩きも美味しそうさァ」私の提案に義妹たちは口々に言い合った。結局、この家族は少人数に分かれてもパワー全開なのだ。
「と言う訳で今夜は大阪風にお好み焼きとタコ焼きさァ」そこで直美が2時間、冷蔵庫でねかした小麦粉などの材料をおぼんに乗せてやってきた。
今回は舞鶴の刺身に土産の宮古島の泡盛「多良川」もついた、イッぺーマーサイビン。

臨検訓練も試行錯誤の中、何とか形になってきた頃、また不審船の接近が報じられ我々は出航した。今回も訓練航海の名目で工作船に接触、確認を試みようとしている。
「艦長、11時方向、距離7マイルです」その時、レーダー係士官が報告をした。
「相変わらずか?」「はい、東へ向かっています。このままなら能登半島に接近します」艦長の質問にレーダー係士官は簡潔に報告した。
「そうか、接触まであと・・・」「30分です」艦長の呟きに隣に立つ副長が補足した。
「マツノ2尉、目標に接触したら隊員5名を指揮して移乗せよ」「はい、目標に接触後、隊員五名を指揮して移乗します」私は艦長の命令を確認しながら復唱する。
「目的は乗員の捕獲」「はい、目的は乗員の捕獲します」「あくまでも武器使用は正当防衛に限定」「はい、武器使用は正当防衛に限定します」これは最初に示されたことの確認だ。しかし、根拠命令がない以上、これは超法規的処置になる。何かあっても「海の上」と言うことで済ますしかない。
「副長、臨検要員をマツノ2尉の指揮を受けさせよ」「「はい、臨検要員をモリノ2尉の指揮を受けさせます。ガンルームを待機室にします」「よろしい」艦長の了解を得て、副長は私の顔を見てうなづくと先に立ってガンルームへ向かって歩き出した。

ガンルームには共に訓練に励んでいる臨検要員が集まってきた。任務、行動予定は副長が確認し、みな顔を引き締めている。
「マツノ2尉、訓練通りの要領で行くんですか?」先任の海曹が訊いてくる。
「もちろんいつものように俺が行く。後に続け」「はい」全員がうなづいた。
「今度は実弾を射ってきますよね」「俺が撃たれたら正当防衛として応戦しろ」そう言ったが法的根拠がない以上、私が確実に殺されなければ隊員たちが過剰防衛、殺人罪に問われかねないのが日本の法体系だ
私は掌を合わせる代わりに両手を握り、口の中で「南無阿弥陀佛」と唱えた。

工作船は「しろたえ」の接近を察知して進路を反転し、領海から遠ざかって行った。夕方、「しろたえ」は舞鶴基地に無事帰還し、舞鶴地方隊総監部への報告会議が行われ、それが終了してから私は帰宅した。
「ただいまァ」「お帰りィ、遅かったね」いつものように玄関で直美が出迎えてくれた。私は正帽を玄関のフックにかけると直美を抱き締めて念入りに「帰還のキス」をした。
「何かあったの?」いつもより抱き締める腕に力がこもっていることを感じた直美はキスの合間に目を見ながら訊いてきた。
「光太郎は?」「もう寝てるよ」「そう・・・」私は質問には答えず、否、答えられずにそのまま直美を抱き上げた。直美は私の気持ちを感じとって黙って抱き上げられた。家の灯りを消しながら直美を寝室に運んだ。
「制服がシワに・・・」腕の中で私の首に手を回しながら直美は囁いた。
私は光太郎のシングルの隣に敷いてあった私たちのダブルに直美を寝かし、制服を手早く脱ぐと畳んで枕元に置いた。
「掛けないとシワに・・・」そう言って体を起こそうとする直美を私は上から抱き倒し、そのまま口づけると下から首筋に腕をまわしてきた。
「潮の匂いがする・・・」直美は首筋に顔をうずめながら囁いた。
残っている小さな明かりを消すと、部屋はカーテン越しの官舎の街灯だけになった。いつもは恥じらってささやかな抵抗を示す直美が今夜は黙って目を閉じている。
今夜の私は、いつもの優しさを捨てて、獣が獲物を貪るように直美の体を愛し続けた。そして、直美は黙ってされるままに任していた。私は直美の体の温りに「生きて帰ったこと」を確かめていた。
「もう、君に会えないかと思った・・・」それが直美に伝えられる今日の真実だった。網戸の窓からはカーテン越しに、日本海の海鳴りが聞こえてきた。

遠洋航海訓練の代休で、家族で晩秋の福井旅行へ出かけた。
「万座毛みたいさァ」東尋坊の断崖に直美は平気で近づいて海を見下ろすが、高所恐怖症の私は光太郎の手をひいて遠目に見ていた。
「佛ヶ浦なら下から見上げられるからいいけどな・・・」下北半島の佛ヶ浦も同様に高い断崖絶壁だが、砂浜に下りて白い岩肌を見上げることができるのだ。
「そう言えば万座毛でも怖がってたさァ」直美は思い出し笑いをした。
「嫌いなモノは嫌いなのさァ」「ふーん」直美はうなづいた。
「でも好きなモノは好きさ、直美のこと」と私が付け加えると「キャハハハ・・・」と相
わらずのけ反って笑ったが、私は崖の上で転げないか気が気ではなかった。

永平寺では私たちには珍しく言い合いになった。
「綺麗に掃除してあるさァ」直美と周作は目の前で修行僧が走るように雑巾掛けしているのに驚きながら、隅々まで掃除が行きとどいている回廊に感心していた。
「我が海軍には負けるけどな」私がそう言うと直美はムッとした顔をした。
「人が一生懸命している仕事にケチをつけちゃあ駄目さァ」直美は大きな目で叱っている。
「仕事だからケチをつけるのさァ」「そんなの変さァ」私たちは黙ってしまった。その時、どこかから鐘の音が聞こえた。
「ハイ、終わりのゴング」そう言うと直美は微笑んだ。
「ごめん」私が謝ると「ううん、ごめんね」と直美は首を振って手を握ってきた。私たちのほかに見学者がいないことをいいことにジッと見つめ合った。
「すいませんが、山内では控えて下さい」案内係の若い修行僧に注意されてしまった。

光太郎の熱望もあり、冬休みの休日は家族で福井県のスキー場へ出かけた。
「何だか雪が重うおすなァ」「そうどすなァ」直美と光太郎は少し戸惑っている。海に近い下北半島のスキー場に比べて気温が高い北陸のスキー場は日中に溶けた雪が夜中に凍ってかき氷のようになっていて、エッジを立てるとつんのめってしまうのだ。しかし、数回滑り降りるうちに2人は要領を覚え上級コースへ行っていた。
相変わらず転げまくっている父親は1人中級コースで受け身の練習。心の中で「俺は海の
男だァ」と叫んでいた。

日本海で日米協同訓練が行われ、当然「しろたえ」も参加した。
「今回の航海は訓練にあらず」出港前、艦内放送で自衛艦隊司令官の訓示が流れている。出港準備で忙しい艦橋の中央で艦長は副長と並んで立ちながらそれを聞いていた。
北朝鮮の核開発疑惑を受けて米第7艦隊と自衛艦隊が日本海に進出してきた。この行動の目的は米軍による核施設への限定的な攻撃も視野に入ってのことだった。
「Z旗でも上げたいところだな」総監の訓示を聞き終えて艦長は呟いた。
「艦長、各科出港準備ヨロシ」「出港にあらず出撃だな」副長の報告を艦長は言い直した。毎回の演習同様、我々は米艦隊の一員として行動し、対潜哨戒と艦隊防空を担当する。
「マツノ2尉」「はい」艦橋で操舵の準備をしている私に艦長が声をかけた。
「今回も船艇に接触する不審船があれば移乗して乗員を捕獲せよ」「はい、船艇に接触する不審船があれば移乗して乗員を捕獲します」私はそのまま復唱した。
日米の艦隊への攻撃のため北朝鮮の船艇が接近してくれば、これを阻止するのが我々の任務だ。前回同様の任務ではあるが危険なこと、困難なことには変わりはない。ただ、試行錯誤の中で訓練をさせてもらっている分、少し要領は判ってきている。
「艦長、出港命令が出ました」「よし、出掛けるか」副長は指揮所からの報告を艦長に伝え、艦長は艦長席に腰を下ろした。
「もやい解け」「もやい解け」「機関始動」「機関始動」「両舷微速航行」「両舷微速航行」艦長の各科への指示を復唱しながら、「しろたえ」はエンジン音を響かせて動き始めた。
再びこの岸壁に戻れる保証はない。寧ろ、それを覚悟しなければならないのだ。今朝、出掛けに抱き締めた直美の体温が弾力が形見になるかも知れない。私は直美の体温がのこる手を握り締めながら家族と暮らす官舎の方向を見てみた。今頃、直美は周作を送って、もう職場について仕事を始めているのだろうか。
この航海はカーター元大統領の電撃訪朝で合意するまで数カ月に及んだ。
1等海尉
7月1日、私は1尉に昇任し、間もなく航海長に指定される。
前夜、半袖夏制服の階級章をつけ替えていると、直美がそれを覗きこんでいた。
「階級章、2尉と1尉じゃあ、どう違うの?」「3尉から2尉なら一本筋が増えるけど、1尉は同じ太さが2本になるだけだからな」そう言いながら私は外した2尉の階級章を見せて変わったところを説明した。
3尉は太い線一本、2尉は太い細い線の2本、1尉は太い線2本=2等航海士だ。
「でも、航海長になるんでしょう?」「うん、来年の夏に今の航海長が定年準備に入ったら交代さァ」「なごりゆきは2尉だったじゃない」「あちらは艦が小さいから艦長も2佐だったろ」そう答えながら胸の中で「ミサイル艇なら艇長だァ」と思ってしまった。

賀真が幹部候補生に合格し、奈良・幹部候補生学校に入校した。
ただ、賀真は妻を百里に残しての単身赴任であり、時間や金銭が自由にならずウチの家族が押し掛ける訳にはいかないようだった。

「ニィニ、俺、遠泳で高浜へ行くさァ」突然、奈良の賀真から電話が入った。
航空自衛隊では幹部を目指していなかったので知らなかったが幹部候補生学校では夏に敦賀湾の高浜町で遠泳訓練があるらしい。
「高浜から舞鶴って近いのかなァ?」「遠くはないさァ、電車ですぐだよ」高浜から舞鶴へ来るには小浜線で数駅だ。車でも一時間はかからないだろう。
「ニィニ、勤務は?」「今は交代で夏期休暇をとるから休めないね」私の返事に賀真は残念そうにため息をついた。
「大体、訓練じゃあ、外出もできないだろう」「終わったら夜はフリーなのさァ」しかし、訓練の合間の黙認の外出では高浜町を離れることは無理だろう。
ここで電話を代わるといきなり直美が叱った。
「賀真、訓練で来るんだから遊ぶことは後にしなさい」「私だって近くに来るなら会いたいさァ、だけど仕事は仕事、遊びは遊びなのさァ」「テンジンさんの仕事だって、任務で海に出たらいつ帰れるか判らないのさァ」「何かあれば帰って来れないかも知れないのさァ、それが自衛官の仕事なんだよ」直美が一気にまくし立てた後、また私に電話を代わった。
「ネェネ、自衛官の妻になり切ってるさァ」電話口で賀真は驚きと感心の声をしている。
「ニィニもそんな危ない仕事をしてるねェ」「そりゃあ、色々あるさァ、自衛隊だもん」私の答えに賀真は黙って何かを考え、ただ深い吐息だけが聞こえてきた。
「高浜に着いたらもう一度、電話しておいで、時間が合えばこっちから行くさァ」「はい、そうします」そう言って賀真は電話を切った。私は感激しながら直美の顔を見詰めた。
「直美、1つだけ間違ってるぞ」「エッ、何?」私の台詞に直美は戸惑った顔をした。
「俺が君の島に行ったのは野外訓練、あれも仕事だよ」私は半分冗談のつもりだった。
「私に会いに来たのは遊びじゃあないさァ」しかし、直美の答えは真剣だった。
「あの時、貴方は仕事よりも、もっと大事なことをしに来たのさァ」「うん・・・」直美の目は私の心を捕えて離さない、私も黙って見返してうなづいた。

結局、家族3人で高浜へ義弟に会いに行った。候補生たちは夏休み中の高浜小学校に宿泊していて夕食後はフリーらしい。小浜戦の高浜駅で待ち合わせた。
「砂川候補生、お疲れ様」「どうも、ワザワザすみませんでした」兄弟で頭を下げ合っているのを直美と光太郎は呆れて見ていた。
「俺も航空自衛隊がどんな遠泳訓練をやっているか見たかったのさァ」「海上に比べたら俺たちの何て遊びみたいなものさァ」私の台詞に賀真は首を振った。
「航空は何キロ泳ぐんだ?」「上級は7キロ、中級は5キロ、初級は3キロです」「叔父さん、スゴーイ」私がコメントする前に隣りで光太郎が感心し、賀真は頭を撫でた。
続きは自走販売機で買ったビール、ジュースを飲みながら海に向かって歩きながらにした。街には候補生たちがたむろし貸し切り状態になっている。おそらく高浜町にとっても貴重な固定客であり、得難い財源なのだろう。中には曹候学生の教え子もいて、時々「マツノ班長ですか?」と声をかけられた。
「ところで賀真は上級クラスか?」「うん、B組だよ」「Aにはなれんかったのか」元々泳げなかった義弟が上級クラスに入ったことを誉めるべきか、トップになれなかったことを反省させるべきか迷ったが、幹部の先輩として後者を取った。
「どうせやるならトップを取らないとな、与えられた仕事なんだから自分にハンディーをつけるのは甘えだぞ」「はい」私の厳しい指導に賀真も真顔でうなづいた。
「そう言えば遠泳が終わったら江田島研修があるのさァ」「そうかァ、我が母校へ行ったらシッカリ堪能してくれ」そんな話をしていると海岸に着いた。
暗い海からは海鳴りの「ドーン」と言う音だけが聞こえ、波打ち際だけが街明かりで照らされ、黒に白の線が寄せているのが判る。
「賀真、裕美さんとは会ってるねェ?」「うん、月に一度、帰っているけど百里までだと時間が勿体ないから東京で待ち合せているのさァ」「それじゃあ、毎月、旅費とホテル代がかかるんだ」「うん、共働きだからできるのさァ」そう答えて賀真は溜め息をついた。
「ところでニィニ、舞鶴には何年くらいいるの?」「うーん、やっぱり5年だね」「どこで定年を迎えるつもりねェ?」私は三十四歳になったばかりで、まだ早い話題だがそれなりにプランはを立てている。
「ホワイトビーチだな、沖縄の・・・あそこの海で何があったかネェネに訊いてみな」突然の私の台詞に直美は驚いた顔をした後、笑い始めた。そんな様子に賀真と光太郎は興味深々と言う顔で直美を見た。
「お母さん、何があったんですか?」「内緒さァ」「ずるいさァ」「勿体ないよ」光太郎の質問と賀真の突っ込みに直美は首を振ったが私がばらした。
「お母さんのファーストキスを奪ったのさ」思いがけない答えに賀真と光太郎は呆れて顔を見合わせたが、突然、直美が想定外の反応をした。
「テンジンさん」「はい」直美の強い口調に私は思わず姿勢を正した。
「私のファーストキスってどういう意味ねェ?」「エッ?」「やっぱり貴方は私の前に他の女の人とキスしてことがあったんねェ?」「ゲッ」直美の厳しい追及に答えられないでいる私に賀真と光太郎は「やっぱりお母さん(ネェネ)の方が強い」と大笑いをした。

平成11年9月21日、能登半島沖の不審船に対処するため海上自衛隊に対して初の海上警備行動が発令された。その日も私は「しろたえ」の艦橋で不審船の行動を確認していた。
指揮所(CSI)の隊員は艦長への報告と同時に私にも情報をくれている。今日も不審船
は山陰地方の海岸を目指して進んでいるようだ。
「不審船です」その時、指揮所からの一報が入り、私は副長ともに指揮所に向った。
「この船だな目標は」「はい、日本、韓国の漁船ではありません」副長が不審船を指差して国籍を質問すると指揮所要員は即答した。
「この航跡から見ると日本の沿岸を狙っているな」私と副長は顔を見合わせた。

「よし、臨検準備」副長が艦橋に戻って報告すると艦長は私の顔を見て命令を下した。それは淡々とした、いつもの作業を指示するような口調だった。
海上における警備行動が発令されている以上、我々には海上保安庁同様の警察権が付与されている。危険を除けば何の憂いもなく任務を遂行できるのだ。
「はい、臨検準備、ヨウソロ」私は復唱すると臨検要員の待機室になっているガンルームに向い、横から副長が「頼むぞ」と声をかけた。
「臨検準備」私の指示で訓練の仲間である臨検要員たちは手順通りに服装点検、個人の申告の後、ガンルームから小銃を取り出し、弾倉に入れた実弾を配った。
「臨検準備完了」携帯無線で報告すると「不審船はまだ航路を変えない、乗船準備」と艦長が指示を出した。それをモニターしていた臨検要員は顔を見合わせて表情を引き締めた。
「乗船準備ヨウソロ」私たちはドアを開けて甲板に出て後方の臨検用内火艇に向った。
甲板では既に隊員たちが内火艇を点検し、下ろす準備を始めていて、私たちは梯子を使って内火艇に乗り込んだ。しかし、事態の拡大を避けようとする外務省とその言いなりの内局の指揮権干渉により臨検は実施されず、我々の初陣は待機までだった。
これを命拾いとして官僚に感謝するか、武人の誇りを傷つけられたと怒るべきなのかは各人の胸の中で決めることにした。

「海上自衛隊に警備行動発令かァ」直美がその日のカルテと投薬記録を整理していると、待合室に残ってテレビでニュースを覗いていた高齢者が大声で呟いたのが耳に入ってきた。
「海上自衛隊に・・・いつ?」直美が窓越しに声をかけると、その老人は「うん、日本海やって」と教えてくれた。彼も直美が海上自衛官の妻だと言うことは知っている。
直美は窓から顔を出しテレビの画面を見たが、まだ画像は届いていないらしく見慣れた舞鶴基地の風景と海上自衛隊の演習の画像が交互に流れているだけだった。
厳しい任務を潜り抜けてきたらしい夜に夫は「もう君に逢えないかと思った・・・」とつぶやいた。直美は画面を眺めながら「それはこんな任務に参加しているのではないか・・・」と胸に不安が広がってくるのを否定できないでいる。ニュースでは「詳細の発表はない」とアナウンサーが説明し、直美はその顔を見つめながら「大丈夫」と自分に言い聞かせた。
「もしかして旦那さんも出動してるの?」老人は直美の真剣な顔を見て訊いてきたが黙って首を振った。

その夜、私は直美を思いっきり愛した。
それは初めて臨検隊指揮官を命ぜられて北朝鮮の工作船に対処した時、そのままだった。
風呂を上がった直美が布団に横になると私は待ち切れないようにパジャマを脱がして自分
も裸になり、そのまま重なって口づけをした。乳房を揉みながら全身を唇で愛すると直美の吐息が激しくなってくる。
その間にも指で熟知している各所のポイントを押さえていくとやがて直美の体は私を受け容れる準備を整え、ゆっくりと中に入っていくと直美は小さく声を漏らした
一体感を確かめながら私にとって帰還とは直美の元へ帰ることなのだと思った。
「貴方・・・」激しい営みが終って腕枕をすると直美は私を見詰めた。窓からの月明りが裸のままの直美の胸を白く浮き上がらせている。
若い頃なら、その愛おしさにもう一度挑みかかるところであるが、34歳の私は今日の激務の疲れを感じて無理だった。黙って薄い掛け布団を汗ばんだ直美の肩にかけた。
「ありがとう」直美は月明りの中で微笑んで私の胸に溶け込んできた。
「わかってるよ、こんな愛し方をする時、何があったのか・・・」胸の中で呟く直美の額に私は黙ってキスをした。

北朝鮮対処が一段落した頃、舞鶴基地は海上幕僚長の視察を受け、私は不審船との接触時の対処訓練を展示することになった。
「自衛艦隊・護衛艦『しろたえ』 マツノ1尉以下5名。訓練展示を実施します」私は桟橋に設けられた壇上の海上幕僚長に申告すると4名の隊員が待つ内火艇に乗り込んで港内を円を描くように走っている仮想敵船に向って出航した。
「停船せよ、停船せよ、こちら日本国海上自衛隊護衛艦『しろたえ』。ただ今から貴船を臨検する。停船せよ」仮想敵船に向って英語と朝鮮語で警告を発し、それを文字にした横幕を広げながら、我々の内火艇は並走する。その様子を幕僚長以下の主要幹部が双眼鏡で見ていた。
しばらく並走した後、シナリオ通りに仮想敵船が警告に応じないのを確認すると、我々は内火艇を仮想敵船に接触させアルミ製の工事用足場のラッタル(渡り板)をかけた。
「行くぞ」私は後ろに並ぶ四名の隊員に声をかけ、最初に仮想敵船に飛び移った。同時に仮想敵役の隊員が銃を構えて発砲を始めて空砲が港内に響いた。
「フリーズ」私と2番手の隊員は大声で叫びながら、銃を構え、ダッシュで操舵室に向う。その間にほかの3名が、甲板の仮想敵を銃と武道の技で制圧していった。
私は操舵している仮想敵に銃を突きつけて引き摺り出し、一緒に来た隊員が甲板に伏せさせて身体検査をする。その間に航海科の幹部である私が仮想敵船を停船させた。
桟橋の壇上では幕僚長以下のエライさんが立ち上がって拍手してくれていた。
最後に私が仮想敵船を操舵して桟橋に接岸し、エンジンを停止させて訓練展示は終わった。
「しろたえ」を振り返ると、艦橋のデッキで艦長も双眼鏡で見ていてくれていた。私は重責を無事果たし終えてホッと溜息をついた。
「訓練展示、終わります」今度は参加者全員を後ろに並べて申告すると壇上の幕僚長から労いの言葉とともに対処する上での問題点に関する質問があった。
「まず防弾チョッキが必要です。それから銃は小銃ではなく短機関銃の方がよいと考えます」私は日頃、訓練後のミーティングで出ている改善点を答えた。幕僚長はうなづくと隣にいる副官にメモをさせた。
「あとはないか?」「出来れば格闘訓練の場所と防具も必要です」私が答え終わると副官が幕僚長に「マツノ1尉は体育学校格闘課程卒とのことです」と説明しているのがマイクを通して聞こえ、幕僚長はうなづきながら隣りの総監に目配せをした。
総監の「御苦労、帰艦せよ」の指示を受け、もう一度敬礼をして帰艦した。

交代でとった遅い正月休暇が過ぎたある日、私は副長とともに艦長室に呼ばれた。
「マツノ1尉、君には艦を降りてもらうことになった」艦長はそう言うと私と副長にソファーを勧めて、自分は向かい側の席に座った。私と副長は戸惑いながら艦長に続いて腰を下ろした。
「今度、江田島に臨検の特別課程ができて君にはそこの教官になってもらうことになった」艦長はこう言うと私と副長の顔を見渡した。
副長は隣で私の顔を見ながら、「判りました」の返事を待っている。しかし、私は海軍士官の作法通りに答えることができなかった。
「艦に乗ることは私の長年の夢でした、折角、ここまで来て艦を下りるのは残念です」私の訴えに副長は驚いた顔で私と艦長を見比べた。人事上の命令に異を唱えることは海軍士官としては絶対的なタブーなのだ。
そのタブーを破った部下に艦長が激怒することを副長は怖れている。しかし、艦長は、むしろそれを予想していたように穏やかな目で、ゆっくり首を振った。
「海に生きる者として気持ちはわかる。しかし、この人事は海上幕僚長から直接のお声掛かりなんだ」「この段階で艦を下りれば航海科士官は続けられません」今までの努力が無駄になることも辛い、私の言葉に今度は副長もうなづいている。しかし、艦長は私の迷いを断つように言葉を続けた。
「こう言っては何だが、航海科士官のなり手はほかにもいるが、この仕事は君以外に適任者がいないんだよ」艦長の言葉は厳しいが優しい、私は一瞬天井を見上げた。
私は幼い頃から海軍陸戦隊の中尉として戦い、米軍との戦闘で住民を逃がすため囮になり射殺された夢を何度も見ていた。その場所を直美と一緒に沖縄で見つけたのだった。
「君以外にやり手がいない」この言葉に私は海軍陸戦隊士官として生きる運命を感じた。私は大きく息を吐くとはっきりと「判りました」と答えた。
「そうか、判ってくれたか」「どうも取り乱してすいませんでした」私は先程からの海軍士官にあるまじき態度を謝った。
「いいんだ、君の経歴を考えれば当然の反応だ」艦長が表情を緩めて、航海手当がカットされてこれから給料が減る話や、「しらね」への転属希望の話などの雑談を始めると、副長は私の教育の苦労話を持ち出した。
「まあ、マツノ1尉は操艦にそれほど適性があったとは言えないからな」「そうなんですか?」「確かに努力だけでは何ともならないことはある」艦長まで副長の意見に同調する。確かに上達が早かったとは言えないが、これでは私の立つ瀬がない。しかも艦長は冗談を言わない一本気の人なのだ。
「これじゃあ、江田島に出戻りですね、しかも航空の時と同じ仕事なんて・・・」私のボヤキに艦長と副長は顔を見合わせて笑ったが、私には笑いごとではなかった。

官舎に帰ると直美も仕事から帰ったところだった。玄関でまだ通勤の服装のままの直美を抱き締めて帰還のキスをした後、そのまま2人で寝室へ行き制服を着替え始めると後ろから直美が訊いてきた。
「何かあったん?」直美は抱き締める腕の強さでその日の出来事を感じ取るようだ。
「3月に転属になったよ」「急どすな、どこへェ?」流石に直美も少し驚いた顔をする。直美も官舎の幹部たちが五年目を境に転属し始めていること知っているようだ。
「江田島なんだ」「えーっ、だって6年前に出て来たばかりじゃない」「それさァ」私も同感とばかりに大声を出した。
「江田島に艦あったっけ?」「カッタ―と展示艦ぐらいだね」江田島には当然護衛艦はない。展示用の旧式艦とオールで漕ぐカッタ―ぐらいのものだ。
「江田島でどんな仕事をするの?まさか教育隊」「ピンポーン」制服からジャージに着替え終って返事をしながら部屋を出た。今度は直美が着替える番だ。続きは襖越しの会話になった。
「江田島って兵学校(幹部候補生学校)?」「いや、1術校だよ」「あそこは艦に関係する教育じゃあなかった?」「ピンポーン」江田島を卒業して六年、1術校のことを直美もまだ覚えていた。海上自衛隊では1術校は甲板より上の仕事、2術校は下の仕事を教える学校と分類している(最近では単純にそうとは言い切れいないが)。
「どんな教育をするん?」着替え終わった直美が襖を開けて出て来た。
「臨検課程の教官さァ」「リンケンって最近やっていた逮捕みたいな訓練やろ」「それさァ」直美は相変わらず私との雑談の内容までしっかり覚えている。
「それじゃあ、私も仕事を辞めないといけへんな」「すまん」直美が診療所に勤め始めてまだ3年目だった。
「仕方ないわァ、海軍士官の妻だもん」「ありがとう」「それより光ちゃんは5年生から転校だね」「うん、悪いな・・・」私が申し訳なさそうな顔をしていると、そっと頬へキスをしてくれた。

3月、私は江田島の第1術科学校への転属を発令された。見送りの軍艦マーチで勇壮に送られるのだが、私の行き先は軍艦ではなく学校なのだ。
「守るも攻むるもクロガネの 浮かべる城ぞ たのみなる・・・真金のその艦 日の本に 仇なす国を 攻めよかし」ただ臨検も乗艦する任務であることは間違いない。
今回は1尉なので転出幹部の2番目に見送る隊員たちの列の前を歩いた。
「マツノ1尉、お世話になりました」最初に北朝鮮の不審船への対処要員として選抜されて以来、一緒に訓練に取り組んで来た海曹が声をかけてきた。
「マツノ1尉、頑張って下さい」隣から別の海曹も声をかける。この臨検課程を海曹たちが「鍛えられる=嫌だ」と噂していることは聞いている。私は立ち止まって談笑しそうになったが、後ろの転出幹部がつかえてきた。
「向うで待ってるよ」慌てて歩調を早めた私の置き土産の返事に彼らは顔を見合わせた。
新たに始まる臨検の特別課程は教育内容も入校対象者もまだ決まっていないのだ。

6年前、江田島から舞鶴に赴任したのと逆コースで私たちは江田島に向った。
大阪で一泊し、山陽道を西へ走ると窓からは懐かしい瀬戸内海が見えて来た。
「光太郎、江田島は覚えてる?」江田島へ向かう車の後席で直美が訊いている。
「うーん、プールで泳いだのと鹿に追いかけられたのを覚えているよ」光太郎の答えは基地のプールで直美と一緒に水泳を教えたのと宮島で鹿に追いかけられ、それを直美が救った思い出だった。私も運転をしながらその場面、特に直美の水着姿を思い出していた。
「小学校に保育所で一緒だった友達がいると好いね」「うん、真ちゃんと拓ちゃんと麻子ちゃんと・・・」江田島では光太郎はまだ2歳から3歳だったが、保育所には地元の子が多かったのでそれは大丈夫かも知れない。麻子ちゃんは知らないが・・・。
光太郎が友達のことを思い出そうと黙ったところで私と直美はルームミラー越しに見つめ合った。直美の顔は思い出と期待で少し高揚しているようだった。
「君がまた診療所に勤められるといけどなァ」「そうどすなァ」折角、身についた直美の京都弁もまた広島弁に戻るのかと思うと少し残念だった。

江田島に着任してしばらくは東京の海上幕僚監部への業務調整と横須賀の米海軍、広島県警機動隊や呉の海上保安大学校への研修で家を開けることが多かった。
直美は早々に診療所の看護師に復職し、光太郎も保育所の友達と再会できた。
しばらくすると光太郎は官舎の出口で麻子ちゃんと待ち合わせ、一緒に学校へ行くようになり、黒と赤のランドセルが並んで歩く低学年が通勤時の我が子の目印だった。

「あれ、マツノ候補生じゃあないですか?」舞鶴へ赴任してすぐに基地隊の共済組合に手続きに行くと見覚えがあるWAVEに声を掛けられた。
「おッ、大下くんかァ」「はい、憶えていて下さったんですね」大下3曹は私が候補生の時にも共済組合にいたのだが、兄が航空自衛隊官だと言うことで色々雑談を交わしていたのだ。
「そうかァ、もう1尉なんですね」「うん、君も3曹になったんだね」「はい、呉の初任海曹を終えても相変わらずの江田島勤務です」あの頃、大下士長だったが今は3曹の階級章が見える。ただし、男子の海士隊員はセーラー服、海曹はダブルの制服なので一目瞭然だが、WAVEにはその違いがない。
「ところでお兄さんは?」「相変わらず新田原で油まみれになっているみたいです。同じ曹候出身でもマツノ1尉みたいに優秀じゃないんです」言われて兄の大下3曹は曹候学生の2期後輩で、航空機整備員だったことを思い出した。、
「それでも苗字は大下だなァ」「はい・・・」私は独身であることをカラカウつもりだったが、何故か大下3曹は顔を強張らせた。
「それじゃあ、またよろしく」「はい、よろしくお願いします」大下3曹の思いがけない態度に私は深入りすることを避けて用件の担当者の所へ向った。

最初のゴールデンウィークは一家で宮古島に帰ることにした。愛知の両親は地元の神社の祭りに帰ってくるように言ったが私はそれを拒んだ。
「わざわざ海上へ行ったのに」と江田島への転属を知った父の私を嘲笑うような言葉が許せなかった。父は息子が自分の命令に背いたことをまだ根に持っているのだ。
そして、何よりも私はシマンチュウであり、帰省する先は宮古島しかない。

賀真が幹部になった翌年、紀美の夫・岸田が幹部候補生になっていた。したがって岸田は単身赴任中で昼間から子供たちを連れて実家にやって来た。
砂川家の7人姉弟はそれぞれ独立し、家には祖父母と両親だけで随分、静かになって大人数だった時には狭く感じた家にもポカンとした空間ができている。
「ネェネ、本土って面白いね?」「そりゃあ、色々ある所さァ」居間で紀美は祖母と母と姉・直美、おまけで私を相手に茶飲み話をしながら訊いてきた。紀美もいつの間にか2人の子持ちになって子供たちは庭で「光太郎ニィニ」と遊んでいる。
「前に住んでた山口県から福岡県は隣りさァ、ネェネは行ったことがあるねェ?」「そりゃあ、何度か行ったけど光太郎がまだ小さかったからねェ」「私も空港と駅だけしか知らないけど大都会さァ」直美の返事に母も付け加えた。岸田は兵器管制幹部希望で、任地は春日にすると言っているらしい。
「そんな大都会に、こんな島の子が行って大丈夫かなァ」紀美は不安そうな顔をした。そう言う紀美も何度か岸田の実家がある北九州市には行っている。
「私なんて那覇でも迷子になっちゃうさァ」紀美は宮古島の高校も就職も島内だった。
「そりゃあ、私も一緒さ」直美の返事に母、祖母も「同感」と笑い合った。
「あの人の実家に行った時、男の人が威張っていて驚いたさァ」「うん、九州はそんなところがあるね」紀美の訴えに直美もうなづくと母と祖母は心配そうに顔を見合わせ、それを見て紀美はさらに不安そうな顔になった。
「単身で行ってもらいたい」紀美の顔にはそう書いてある。
「だから、岸田がついているのさァ」そこで私は話に加わった。
「2尉ィニ(1尉だって)は私が結婚した時もそう言ってたね、覚悟をしておけって」紀美は急に懐かしそうな顔になり、それを見てみなも安心して部屋の空気も和んだ。
「鬼や魔物が棲んでいる所じゃあないんだから、あまり先走って心配しないこと」「まあ、賀真なんて北海道の子と結婚して帰って来ないんだから大丈夫さァ」「九州と中国地方を全部見て回ったら、また転属さァ」祖母、母、直美の順番で紀美を励ますための言葉を掛けた。
「ネェネ、あっちでどこが好かったねェ?」「兎に角、美味しいモノが一杯あったさァ」紀美の質問に直美がこう答えると女たちの顔色が変わった。
「博多の豚骨ラーメン、長崎のチャンポンと皿うどん、熊本の辛子レンコン、鹿児島の薩摩揚げに黒豚、大分の鯖・・・それから広島のお好み焼きって言うのもあったさァ」直美が並べた各県の美味しいモノの名前に女性たちは生唾を飲んだ。そこで私はお菓子尽くしで追い討ちを掛けてみた。
「博多のひよこ、長崎のカステラ、熊本の誉の陣太鼓、鹿児島のカルカンにボンタン飴、宮崎の青島サブレ・・・」大分が出てこなかった。
「どれが一番、マーサイねェ?」紀美の質問に今度は直美が悩んだ顔で首をかしげた。
「全部、食べ歩くのさァ」「うん、楽しみィ」直美の出した結論に紀美は明るく笑った。やはり女性を誘うには食べ物が一番なのだ。ただし、最初の任地は蓋を開けなければ判らないのは海も空も同じだろう。

家に帰る宮古島空港で、私と見送りに来た義父母と紀美、安美、里美が話している間、売店で光太郎と直美が何か相談しながら買い物をしていた。
「これなんかどう?」「うーん、判るかなァ」「光ちゃんが説明すれば話がはずむさァ」選んでいる品物を見るとどうやら女の子への土産らしい。
「ニィニ、また遊びに来てね」「わかったよ、岸田によろしくな」「うん」紀美と話しながら私は岸田が江田島研修に来ることを思い出していた。
岸田も教え子であり、家で一緒に飲みたいところだが学生の身では仕方なかった。
「マツノさん、紀美が岸田さんの家に行く時、親代わりに行ってもらえませんか?」突然、義父がとんでもない話を持ち出した。確かに岸田は福岡県小倉の出身なので春日が任地になれば挨拶に行くべきかも知れない。
「仲人の次は親代わりかァ?」私が訊ねると紀美は困った顔をしている。親代わりとなれば夫婦で行かなければならないだろう。
「おーい、直美さーん」私は振り返って直美に声をかけた。すると直美と光太郎は土産を決めたようで、レジでお金を払っていた。
「はーい」とロビーに響く声で返事をすると直美と光太郎が小走りでやって来た。
「紀美が岸田の家に行く時、おトォとおカァの代わりに行ってくれってさァ」私の話に直美は一瞬驚いた顔をしたが、すぐ笑顔になった。
「岸田さん、小倉だっけ?」「うん」「だったら焼うどんの本場さァ。ロールケーキも発祥の地だった」突然、直美が始めた食べ物の話に義母と妹たちが一歩踏み出した。
「小倉なら江田島から遠くはないから大丈夫だね」私が口を挟む前に話は決まってしまった。

「今度、保健師になるかも知れないよ」「エッ?」突然の直美の話に私はすぐに返事ができなかった。直美は復職してまだ3ヶ月なのだ。
「来年、定年になる先生の後任を探すのを止めたってさ」「何で?」「予算削減なのさァ」直美は少し不満そうに膨れて見せた。
「それでどうするの?」「市役所の担当者は私が資格を持っているのを聞いて保健師をやれって言うのさァ」直美の説明で状況はつかめた。過疎化が進む江田島町では行政改革流行りの昨今だけに利用者が年々減少している診療所が縮小の対象になっても不思議はない。
「でも君は臨時職員だろう?」「そうなったら正式の地方公務員さァ」「海軍士官は5年で移動って言うけど大湊は4年、舞鶴は2年だったろ、いつ転属になるか判らないって担当者に行っておかないと」「うん」直美の仕事にとって悪い話ではないが、あまり責任を負わせられるのも困るのだ。

夏になって、岸田たち航空自衛隊の幹部候補生が江田島研修にやって来た。ただ、賀真の時の遠泳訓練とは違い、江田島では分刻みのスケジュールなので教育参考館で立ち話をしただけだった。そんな中、売店で曹候学生の教え子の候補生に会った。
「マツノ・・・班長ですよね」「おう、お久しぶりだな、1尉だよ」「スミマセン、海上の階級章が判らなくて」私の指摘に彼は素直に謝ったが、海だけ陸空自衛隊とは違うのだから仕方ないだろう。
「さっき、『似た人がいるなァ』って皆で言っていたんですよ」彼は海空の候補生で混み合っている売店内で目敏く私を見つけたらしい。
「江田島では何を?」「1術校の教官さ。と言っても航空機整備じゃないぞ」流石にここで防府の教育隊と同じような仕事をすることになったとは言えなかった。
「そうですか、やっぱり教官向きなんですね。判るような気がします」気がつくと周りには教え子の候補生たちが集まっていて一斉に航空自衛隊式の敬礼をした。

ある日の昼休み売店に行くと大下3曹が手伝っていた。大下3曹は買い物をしている私の隣に並んで歩きながら質問をしてきた。
「マツノ1尉の奥様ってどんな方ですか?」突然の質問で私の胸に直美の顔が浮かんだ。こうして白い制服を着たWAVEさんを見ていると直美の白衣姿と重なってくる。
「俺の愛妻かァ。ナイチンゲールみたいな非の打ちどころのないパーフェクトワイフだよ」私の答えが思いがけなかったのか大下3曹は呆れたように私の顔を見た。
「でも普通、男の人ってあまり奥さんを誉めたりしないですよね」「だってウチの愛妻は美人で若々しくて、優しくて賢くて、陽気で元気で、ケチのつけようがないのさァ」そこまで言うと流石に私も照れ臭かったが本心でもあった。私の惚気た答えに大下3曹は可笑しそうに笑いながらうなづいた。
「それじゃあ、航海中は寂しかったですよね」「うん、寂しくって泣きたくなったよ」「愛してるんですね」「勿論、相思相愛、過去も未来も永久に熱愛さァ」この冗談めかした台詞を聞いた時、大下3曹の顔が悲しげに曇った。私は大下3曹に対して疑問を感じながら買い物を終えた。

「降ろせ!」の号令で日没とともに幹部候補生の手で降ろされる国旗に敬礼しながら、私は掲揚台の向うに建つ海軍兵学校以来の煉瓦造りの隊舎を見つめていた。
「海軍軍人」それに憧れて自衛官を志し、親の反対でそれを断念して航空自衛隊に入り、奇跡のように海上自衛隊の一般幹部候補生に合格してこの江田島に入校した。
再び江田島に帰って来た今、海軍の先人たちが私に何をさせようとしているのか、そんなことを思っている間に国旗降下が終わった。
「マツノ1尉、艦を下りて残念ではないですか?」学校当直勤務の長い夜の雑談の中、私
の経歴を知っている当直伍長の若い海曹が訊いてきた。
「何を言っているのさァ。昔の海軍陸戦隊は陸軍よりも強かったんだぞ、俺はそれを我が海上自衛隊に再生するんだよ」彼は驚いた顔をした。
「何処で勤務していても『桜に錨』の制服は同じだよ。艦乗りだけが海軍軍人じゃないのさァ」そう言って私は笑ったが、彼は真顔のままだ。
「でも折角、試験を受けて海上自衛隊に来て、希望通り艦に乗れたのに・・・」「海軍旗の下ならそれで充分なんだよ」「そんなもんですかね」「何なら君もウチの課程に入って海軍陸戦隊員になるか?鍛え上げてやるぞ、ハハハ・・・」私の笑いに彼も頬を引きつらせてながらも「エヘへへ・・・」とつき合った。

臨検は小型艇で行動するため転落の危険が高く泳力の維持が必要だ。海上自衛隊の基地には温水ではないが屋内プールがあり、私は時間を見つけて泳ぐように心がけている。
昼食後、基地のプールに向かって歩いていると大下3曹が声をかけてきた。共済組合の昼休みは一般の隊員とずらすため13時から14時になっているのだ。
「マツノ1尉、課業時間中に何事ですかァ?」「うん、課程準備に体力練成しようと思ってね」「それなら御一緒させて下さい」「エッ?基地のプールだよ」基地のプールは無料なのが取り柄だが体力練成に泳ぐだけで楽しいことは何もないのだ。それに一緒に行く必然性は全くなかった。
「私もダイエットに励まないと」「それで十分、スタイル抜群だよ」私は今回の再会以来、大下3曹が急接近してくるのに少し戸惑っていた。それでなくても基地内での行動は官舎の情報網で直美に筒抜けなのだ。
「幹部が隊員の意欲を削いでもいいんですか?」大下3曹は少し意地悪な顔で私を見た。確かに隊員の運動不足解消と体力維持のための施策をアレコレ考えるのは教育に当たる立場の幹部としての役割ではあろう。
「そりゃあ、WAVEさんも海軍軍人だから泳力を鍛えてもらうに越したことはないけど」「でしょう、内務班で水着を取って来ますから待っていて下さい」私が何かを言う前に大下3曹は丁度通りがかったWAVE隊舎に入っていった。

WAVE隊舎の前で待っているとわずか数分で大下3曹は出てきた。しかも私は幹部用の作業服だが、大下3曹はジャージになっている。
「ほい、じゃあ行くか」「はい、お伴します」大下3曹は「お伴」と言ったが同行を申し出たのは大下3曹の方だ。
大下3曹は基地の外れにあるプールに向けう道中も楽し気に話しかけてくる。
「マツノ1尉は水泳も体育学校で習ったんですか?」「俺は格闘課程だから体育学校では習っていないけど、昔、赤十字の水難救助員の資格を持っていたのさァ」「ライフセーバーですね」「うん、今風に言えばね」江田島時代、胸の格闘徽章を質問されてした私の説明を大下3曹は憶えていた。
「それじゃあ、私が溺れても人工呼吸をしてもらえますね」いきなり大下3曹はオカシナことを言い出して私は答えに困った。
「そりゃあ、水難救助員には救助する義務があるけどね・・・」私は曖昧に答えたが丁度通りがかった隊員に敬礼されて、そちらを向くことができた。やはりこの急接近は危険かも知れない。
「でも海上自衛官が溺れると、それは海軍の恥だぜ」「新聞に大々的に載りますね。海上自衛官溺死なんて」「鍛え方が足らん、舞鶴基地は何をやってるんだって海幕に怒られちゃうよ」そんなやり取りの間にプールについた。
私の姿を見つけてプール監視当番の海曹が声をかけてきた。
「マツノ1尉、訓練ですか?」「いやァ、利用実績を作りさァ」私が惚けたことを言っている後ろで大下3曹は笑いながら待っていた。
「それに大下3曹も協力する訳だ」「私も海上自衛官ですから鍛えないとね」当番の海曹と大下3曹が親し気に話しているのを見て私は先にプールへ入っていった。
プールサイドで準備運動をやっていると大下3曹も着替えて入ってきた。直美のスポーツ水着よりはだいぶ新しいタイプで体の線がくっきりして動きやすそうだ。何よりも大下3曹には直美にほとんどない胸の膨らみがあった。
「準備運動をしっかりやってな」「はい、一緒にお願いします」と言う訳で私と大下2曹は向い合ってもう一度始めからやり直すことになった。しかし、大下2曹が前屈をすると胸の谷間が見え、目のやりどころに困った。何より身体が変な反応しないよう私は準備体操に集中した。

大下3曹は昼休みを気にして先に帰ったが、私は十分に泳いで帰ると「なごりゆき」に電話が入った。
「さっきは御苦労さんだったね」「マツノ1尉、今日の夕方は?」「家に帰なるだけだよ」「でしたら少しいいですか?」「エッ?」「話を聞いて下さい」大下3曹はそう言う「夕方に基地の談話室に来て欲しい」と言って電話を切った。
厚生センターの談話室がある2階に上がる前、私は1階の自動販売機で2人分の缶コーヒーを買った。談話室の前に大下3曹が待っていて無人だった部屋のソファーに向かい合って座った。私は買ってきた缶コーヒーを見せて選ばさせると、大下3曹は「有り難うございます」と言いながらブラックを受け取り、私が開けるのを待って栓を開けた。
一口飲んだところで大下3曹が話を始めた。
「私、マツノ1尉の次の期の候補生とつき合っていたんです」「ふーん、そうなんだ」大下士長(当時)は我々の期でも若い候補生の間で人気があったが、ナンパに成功した話は聞いていない。仲よくしていた私に紹介を頼む奴もいたが、その時は大下士長に断られた。私は何だか身の上話を聞かされているような気がして少し座り直した。
「彼はTACCO(戦術航空士)になって私が3曹になったら結婚しようと思っていたんですが・・・」しかし、現在も大下3曹は独身であり、私は「それには何か理由があるのだろうか」と思って顔を見詰めるとしばらく黙った後、話を続けた。
「でも、彼はPSー1の墜落事故で殉職してしまって・・・」それは私が大湊の頃の話で終礼時に黙とうを捧げた記憶がある。しかし、大下3曹の話はそこで終わらなかった。
「私、彼の子供を妊娠したんですけど初任海曹に入校するために堕ろしたんです。あの子が彼の忘れ形見になったはずなのに・・・彼は私を許してくれるでしょうか?」ここまで告白して大下3曹は缶コーヒーを飲み、答えを求めて私の目を見詰めた。しかし、これはあまりに重い問いかけだった。考えても答えは見つかりそうもない。
しばらくの沈黙の後、私は胸に浮かんだ気持ちを話し始めた。
「許すも何も彼は多分、君の幸せだけを祈っているよ。俺は自分に何かあっても願いは女房、子供の幸せだけだから」ここまで話して私は深く溜め息をついた。
「それって私の結婚なんかもですか?」大下2曹は真顔になって質問してきた。
「それは君次第だろう。君が新しい幸せを見つけたのなら祝福する気持ちになるけど、忘れるためとか理由を作ってのことだったら許せないかも知れないな」私の答えに大下3曹は黙って何かを考え込んだ。

「お父さん、古鷹山に登ってみたい」冬休みのある休日、光太郎が突然言いだした。
「どうしたんだ?」「ずっとマラソン大会は2位だから今度は優勝したいんだ」横に立っている光太郎を見上げると、その顔は真剣だった。
「自衛隊の人たちは走って登るでしょう、僕にもできるかなァ」光太郎は前回の江田島の時は直美に手を引かれて私の応援をしていたが、今回は学校帰りに麻子ちゃんと学生を応援しているらしい。
「麻子ちゃんが、格好いいって言うんだ」理由はそう言うことだった。私は子供ながらの男心に感じ入って光太郎を連れて出掛けることにした。

下に降りて準備運動をした後、2人揃って速足で歩き出した。
「今日は歩いて登ろうな」「うん」私は小学校5年の光太郎に、いきなり山道の駆け足は無理だろうと考え速足のまま登り口に向った。
古鷹山は官舎を迂回する形で山道が始まる。私は光太郎を振り返りながら、走りなれた道をゆっくり登っていくが、かつては海軍兵学校生徒、現在も海上自衛隊幹部候補生、自衛隊生徒、第1術科学校学生が走って登る登山道には浮石やつまづくような凹凸はなく、安全な登山コースと言える。歩きとは言え、少し汗をかいたところで、やがて山頂に着いた。
山頂からは眼下に海軍兵学校の赤煉瓦の隊舎や石積みの参考館などの建物と葉の落ちた桜並木が見える。江田島湾の向うには瀬戸内海が広がり島々が重なりあっている。
「お父さん、この道を走って登ってたんですか」「そうだよ、今でも走って登れるぞ」私の返事に光太郎は尊敬の眼差しを向けてくれた。
そこで私は兵学校の方向を向くと腰に手を当てて隊歌の姿勢をとり、「江田島健児の歌」を大声で唄い始めた。大湊・舞鶴では海上自衛隊歌「海をゆく」だったが。
「澎湃寄する海原の 大波砕け散るところ・・・」光太郎は黙って私の歌を聞いている。唄いながら私はこの歌の歌詞に江田島の名が出て来ないことが残念になった。
「古鷹山下水清く 松籟の音冴ゆる時・・・」3番に入り、歌詞に古鷹山が出てきたところで隊歌を止め、2人で山を下り始めた。
「今日はこれで帰るか?」「少し走りたいです」官舎の前で訊くと光太郎はそう答えた。そこで私は光太郎と2人で直美の診療所まで往復した。

冬休みが終わると光太郎の小学校ではマラソン大会がある。
「お父さん、僕、マラソンは得意です」「そうかァ?」夕食の時、光太郎の自信ありげな報告に私と直美は顔を見合わせた。光太郎は徒競争が苦手で運動会ではあまり活躍出来ないのだ。
「練習で走ってもいつも一番です」光太郎の笑顔はさらにヒートアップした。
「父さんと一緒に走っているおかげさァ」「はい」直美の言葉に光太郎はうなづいた。
「学校のコースは何キロだ?」「2キロです」「それじゃあ、いつも2分の1だな」「はい、楽勝です」直美の診療所までは片道2キロ、往復なら4キロはある。それを考えればマラソンと呼ぶのもはばかれるぐらい楽なものだろう。
「それじゃあ、マラソン大会が楽しみだなァ」「はい、優勝します」光太郎の自信に満ちた宣言に、両親は嬉しそうにうなづいた。
「麻子ちゃん、応援してくれてるの?」「うん、頑張れって言ってくれるよ」直美の質問に光太郎は急に照れたような顔をした。私たちは我が子の成長を噛み締めた。
「だったら沢山食べてスタミナをつけなきゃ」「いただきまーす」直美の台詞に光太郎は、うなづいて御飯を頬張った。

マラソン大会は残念ながら2位だった。自衛官の息子が優勝したが「その子は練習では力を抜いていて本番では早かった」と光太郎は悔しそうだった。その子の父親は自衛隊でも持続走の選手だ。
「来年は勝てるように頑張ります」光太郎の決意表明に父親としても一緒に頑張るしかない。しかし、直美は少し心配そうに私の顔を見ていた。

春の心地好い夜、何故か目を覚ますと、直美もおきていた。
「どうした?」「初めてテンジンさんが私の家に泊まった日のことを思い出していたさァ」直美は懐かしそうに微笑んだ。
あの夜、私は義父やモンチュウの小父たちと宮古島の風習の「御通り」で大酒を飲み、酔いつぶれて直美は心配して添い寝してくれたのだった。
「朝、テンジンさん、『俺、何もしてないよなァ?』って、真剣に訊いてたさァ」今度は思い出し笑いをした。
「だって酔った勢いでおそったりしてたら困るさァ」私も照れ笑いをした。
「あの時、もう貴方に抱かれたことあったよ・・・」直美はいつもの大きな目で私の顔を見つめた。
「だけど、結婚しようと決めたらけじめがあるのさァ」「貴方らしいね、ウフフ」直美は感心したように笑いながら抱きついてきた。
学生が入校し、連日の猛訓練で疲れ果てて、最近は御無沙汰のはずの私の体が反応した。私は直美を抱き締め、ゆっくりと口づけをした。
「直美、抱きたい」「エッ」直美は驚いた顔をした。
「大丈夫?」「ウン」私は、うなづくともう一度口づけをした。直美は首筋に腕をまわし、口づけを味わっている。その間も手は愛おしい妻の身体を辿っていく、そして、ゆっくりゆっくり、丁寧に丁寧に直美を愛した。
結婚して十年、直美の体温、胸の鼓動は、やはり安らぎだった。

江田島に転属して1年、ようやく第1術科学校臨検特別課程が開始された。
教育期間は約2カ月、内容は格闘、逮捕術、射撃、船上動作、操艇などの実技と刑法、海事関係法、戦時国際法などの学科だった。
格闘については私が自衛隊体育学校で習った徒手格闘を基本に柔道、少林寺拳法などの技も参考にして船上での臨検用に整理したものだ。
射撃は「狙って撃つ」と言う自衛隊の基本を離れ、敵に応戦、制圧することを目的にしたもので、銃は小銃ではなく今回採用された短機関銃だ。
我々は濡れた甲板でも滑りにくい特殊な靴や防弾チョッキも貸与され、後は学生の入校と訓練開始を待つだけだった。

「フリーズ」桟橋に接岸している仮想敵船の上で学生たちが臨検要領を演練していた。
私の発案で教官要員には仮想敵役ができるように十分に訓練してあるので、「なごりゆき」の時の素人とは違い敵は手強く、学生たちもウカウカしていると海に投げ込まれてしまう。格闘訓練が中心メニューであるためか学生たちはどうしても挑みかかり、それで掴まれてしまうのだ。
「止めェ」学生が全員返り討ちに会ったところで私は状況終了のホイッスルを吹いた。銃は軽機関銃と同じ形のモデルガンだが、やはり紐で身体に繋いであり、海に落とされた学生たちは立ち泳ぎをしながらそれを手繰り寄せている。
彼らが這い上がって来て整列すると私は先に着替えて教場に集合するように命じた。夏ならその場で反省会を行うが晩秋では風邪をひかせてしまうからだ。
「敵わないと思ったら銃で威嚇することだ」「掴みかかる前に打撃技を使え」反省会では教官役の海曹たちから具体的な指導が飛び、学生たちはメモをしながら聞いているが毎回、あまり進歩がない。
「何よりも冷静さを失わないことだ。これが走っている船だったら助からんぞ」最後の私の指導も前回と同じだった。

祖父・賀慶(がけい)さんが急逝し、久しぶりに直美の妹弟7人が揃った。今では娘半分と息子が結婚したため祖父の葬儀は砂川家らしい賑やかなモノになった。
「ニィニはナイチャ―なのにどうして沖縄のことに詳しいの?」葬儀の後、近所の公民館に参列者が集まって精進落としをしている時、育美が訊いてきた。
直美の姉妹たちエプロンをして忙しく酒や料理を運び、賀真と娘の夫たちは接待に回るはずだったが部屋の隅にかたまって飲んでいて光太郎もそこに入っていた。
「そうかなァ」「今日の葬式でも作法がチャンと判っていたさァ」育美は礼拜や焼香の動作のことを言っているようだった。
「あれは本土と変わらないよ。俺は一応お寺の孫だからね」自分が浄土真宗の坊主になったことは隠しておくことにした。
「でも話をしても沖縄の歴史や歌や食べ物のこと、何でもよく知ってるさァ」育美は那覇のホテルに就職してフロント係をしているため、観光客から沖縄に関する初歩的な質問をされることが多いようだ。それに比べると確かに詳しく見えるかも知れない。
「俺はシマナイチャーだから沖縄の魂を持って生まれて来たのさァ」「フーン、それじゃあ始めからネェネと結ばれる運命だったんだね」突然、話がおかしな方向へ流れ始めた。こうなるとテレパシーが伝わるのが砂川家だ。案の定、エプロンをした直美がお盆を抱えて通りがかった。
「育美、忙しいんだからウチの旦那を掴まえてちゃ駄目だよ」「チョッと話を訊いてたのさァ」「貴方、接待よろしくねェ」育美が反論する暇もなく直美は私に手を振って通り過ぎて行った。
「おトウもニィニにシマンチュウになれって言ってるさァ」「うん」「ニィニは、ネェネとこの島に帰って来るの?」「エッ?」あまりに突然の話だった。1人息子の賀真は北海道に家を建てると言い、昌美は沖縄本島、紀美は九州の人と結婚した。宮古島にいる安美、里美の交際相手も長男だ。誰かがこの家と墓を守らないといけないのは確かだった。

「マツノ1尉、御世話になります」自衛艦隊の各護衛艦からの要員を順番に受け入れてきた我が臨検特別課程だったが、ついに「しろたえ」からも1人が入校してきた。
「おう、久しぶりだなァ、『しろたえ』なら現場教育はいらんだろう」「何だか本格化してしまって、レベルが違うらしいじゃあないですか?」私が言った台詞に彼は首を振って答える。
確かに試行錯誤の中で手探りで訓練していた「しろたえ」に比べれば、教官要員も訓練施設も充実した江田島での教育は格段にレベルアップしている。
「教育はきついぞ、頑張れ」「はい、お願いします」私の激励に彼も甘えが許されぬ特別課程を再認識したようだ。
こうして私たちが蒔いた種が、全国の護衛艦に根付き、花を咲かせれば、かつての海軍陸戦隊のDNAを受け継ぐ者としての責任を果たせたことになるだろう。

中学生になった光太郎は陸上部に入り長距離走に励んでいた。
同じ春、私も5年間の1術校臨検特別課程の主任教官勤務を終え呉基地業務隊の陸警隊長
として赴任した。と言っても官舎はそのまま江田島で毎朝、海を渡って出勤している。
「マツノ1尉、操船したいんでしょう」「うん、懐かしいな」操舵室を覗いていると私が元航海科だと知っている操船係のWAVEがからかってきた。
「ほかにお客さんがいなければやらせてあげますが、乗客がいたら安全第一ですから」彼女は舵を握りながら江田島での夜勤を終えて呉へ帰る船上のWAVEたちを見回した。
「何を言ってるんだい、津軽海峡・日本海の荒波で鍛えた航海科士官の腕を舐めんなよ」「はい、そうでした」私のふざけた返事に彼女は悪戯っぽく笑うとまた前を向いた。しかし、本当は久しぶりに舵を握ってみたかったのだ。

「陸警隊員の訓練はどうなっているんだ?」着任早々私は先任海曹に尋ねた。
「ハッ、交代勤務ですから警衛要員のやり繰りで手一杯なんです。中々訓練にまでは手が回りません。教練とラッパの練習くらいです」先任海曹の言い訳に私は首を振った。
「自衛隊の警備は定年後のオッサンがやっている会社の守衛ではないんだ。警衛は戦闘員が余技でやっている仕事だと考えるように隊員にもそう伝えなさい」「判りました」私の指導に先任海曹は返事をしながらも「エライ人が来た」と言う顔で溜め息をついた。
しかし、私の指導方針は海上自衛隊の中で自分たちの存在意義について迷い悩んでいた若い陸警隊員たちには、驚きをもって歓迎された。
呉の陸警隊では、いつしか格闘と射撃などの戦闘技術を磨く訓練が本業になり、「呉海軍陸戦隊」と呼ばれるようになっていった。

「光ちゃん、おはよう」「麻子ちゃん、おはよう」官舎前で麻子ちゃんと待ち合わせて出掛ける光太郎の習慣は中学になっても変わらなかった。しかし、優等生の麻子と勉強が苦手な光太郎では次第に波長が合わなくなっている。麻子は、いたわるような温かい目で光太郎を見てくれていたが、それがかえって光太郎のプライドを傷つけ、やがて高校受験が迫ると麻子が目指す呉市内の進学校へは手が届かない自分の成績をコンプレックスに感じるようになった。

ある日、中3になって部活がなくなり早く帰って来た光太郎が診療所の仕事を終え夕食の支度を始めている直美に訊いた。
「お母さん、俺、誰に似たんかなァ?」「何が?」直美が台所から振り返ると光太郎はボンヤリとテレビを眺めながら深刻な顔をしている。
「お父さんは自衛隊の幹部で今でも勉強家っちゃあ。お母さんは頑張り屋の優等生ってみんな言っちょるよ。俺は成績が悪くて行ける高校がないよ・・・」直美は忙しさの中で光太郎がそんな悩みを抱えていることに気がつかなかった自分が親として恥ずかしくなり、支度を止めて光太郎の隣に座った。
「アンタは本多光太郎先生に似たのさァ」「エッ?」思いがけない答えに光太郎は母の顔を見た。母はいつもの優しい眼差しで自分を見ている。
「アンタの名前は、お父さんが小学校の先輩の本多光太郎博士からもらってつけたのさァ」「うん、知ってるよ」この話は名前を友達からカラカワレた時に父や母から聞いたことがある。
「本多先生は子供の頃、ウドンのことがウロンとしか言えなくて、少し足りないって言われてたけど、努力、努力で勉強して日本一の金属学者になったのさァ」直美はそう言って立ち上がると本棚から薄い本を取り出して光太郎に手渡した。それは「つとめてやむな」と言う本多光太郎博士の伝記だった。
「私も光太郎がお腹にいた頃、お父さんに借りて読んだけど、努力、努力で研究する先生の生き方に感激したのさァ」光太郎はテレビを消して茶の間で読み始めた。

帰宅した私は直美からその話を聞いて夕食を食べ終えながら雑談の形で話をした。食べ終わるタイミングなのは私の父が食事中に説教を始めると味も何も判らなかった苦い経験からの我が家のマナ―だった。
「俺は高校の時、成績が無茶苦茶悪かったのさァ」意外な話に光太郎と直美は食卓の向こうで顔を見合わせた。
「数学が全く駄目で2年間の6学期、赤点しか取ったことがなかったのさァ」「へー」呆れたのか感心したのか母子は声を揃えて相槌を打った。
「俺の叔父さんは高校の数学の先生で教えてもらったけど中間7点、期末5点なんて成績で『教師としての自信がなくなる』って嘆いてたよ」光太郎は安心たようにうなづいた。
「でも、お父さんは高校で生徒会長だったんでしょう?」光太郎の質問に直美も私を見た。
「その分、社会は得意で殆んど百点、倫理社会は120点だったね」「120点?」光太郎は不思議そうな顔でさらに質問した。
「答えのほかに答案用紙の裏に問題についての論文を書いてたから先生がオマケをくれたのさァ」「すごーい」母子は声を揃えて感心してくれた。
「高校に入って図書館の世界哲学全集を読むぞと決心して受験勉強そっちのけで読んでいたから、授業で習う哲学なんて初歩の初歩だったのさ」光太郎は何かを考えるような顔になってきた。
「俺は、本当は大学の哲学科へ行きたくて先生も『行ってもっと深く勉強しろ』って言ってくれていたけど親父が反対して諦めたんだ」光太郎は私の顔を真面目な目で見た。
「高校も海上の自衛隊生徒を受けて合格したけど親の反対で諦めて、水産高校の通信科へ行きたかったけどそれも反対されて諦めたのさァ」私の話に直美が唇だけで「結婚もね」と相槌を打って私もうなづいた。
「だから光太郎の成績が悪いのは俺に似たんだ。頑張り家なのはお母さんに似たんだよ。光太郎が得意なことが学校の成績と言う形で表れないだけだなのさァ」私は自分の親のように子供が掲げている志、抱いている夢、持っている可能性を自分の常識と言う枠に押し込めるようなことだけはしたくなかった。それは直美も同じだろう。光太郎は真面目な顔でうなづいて「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

この話は宮古島の砂川家に飛び火していた。夕食の後、直美から「親としての至らなさ」を反省する電話を受けた義母が義父・義祖母と泡盛を飲みながら話し合ったのだ。家族で何でも話し合うのは砂川家の家風だろう。
「俺も高校の時、成績が無茶苦茶悪かったのさァ」「そんなの知ってるさァ」義父の話は出だしから同級生の義母に水をかけられた。
「英語が全く駄目で3年間の9学期、赤点しか取ったことがなかったのさァ」「うん、全く駄目だったさァ」呆れたのか感心したのか義母と義祖母は声を揃えて相槌を打った。
「あの頃はアメリカ式だったから高校までは義務教育だったけど卒業できないって真剣に心配したのさァ」義祖母は懐かしそうにうなづいた。
「「その分、体育は得意でスーパーヒーローだったのさ」「スーパーヒーロー?要するに運動馬鹿なのさァ。テストの時、いつも私の答案を見せてあげたんだよ」「どうも、ありがとうございました」思いがけない告発に義祖母は仕方ないので感謝した。
「その答案に『好き』って書いたのは誰さァ」「体育倉庫で押し倒したのは誰さァ」夫婦の会話が痴話に落ち、義祖母が「ゴホン」と咳払いをした。
「だから直美は、頭が母親似で身体は父親似なのさ」そこで義祖母が無理に落ちをつけ、両親はお互いの顔を見合って何かを考えた。

光太郎は本人の熱望で廿日市の宮島水産高校の漁業科へ入学して寮生活を送っていた。江田島からでは朝一番の連絡船で対岸に渡り、呉線に乗っても広島市の向こうにある高校では授業に間に合わないのだ。
直美は寂しがるかと思ったが、かえって私との第2次新婚生活を楽しんでいた。考えてみると私と直美は結婚前後は那覇と離島で離ればなれ、同居を始めてすぐに光太郎ができたので2人きりの生活は意外なほど呆気なかった。私には第2次新婚生活と言うよりも恋人同士に帰った気分だった。

夏休み、まとまった休暇が取れない両親に代わって光太郎が1人で宮古島に帰省した。
「どうせ俺、宮古島には帰ってこないから、ネェネが家に住めばいいさァ」と以前、賀真が直美と私が実家に住むことを提案してくれたことに向けた橋頭保でもある。
「自衛隊に賀真は捕られたけれど、光ちゃんをもらったさァ」義父母も義祖父母も義妹たちも、そう言って光太郎を愛してくれている。
「光太郎、お墓の掃除に行くよ」居間でごろ寝しながらテレビを見始めた光太郎に台所から曽祖母が声をかけた。
「はい」光太郎は返事をしながらも動かない。もう、祖父は農協、祖母は市場、里美叔母も保育所へそれぞれの仕事に出ている。寝坊した光太郎には曽祖母が朝食を食べさせてくれたのだ。
「まだ、早いちゃあ」「昼間は暑くなるから涼しいうちに働くのさ」光太郎が面倒臭そうに文句を言うと曽祖母は笑いながら教えた。
「何でお墓から始めるんねェ」「御先祖様が一番偉いから、順番さァ」曽祖母の説明にも、まだ光太郎は動かなかった。

「もう、みんな働いているよ、勉強をするか、お墓に行くか選びなさい」「この口調はお母さんに似ている・・・お母さんが似ているのか」そう思いながら光太郎はテレビを切って、体を起こした。
「砂川家のお墓のお守りはオバァの仕事だけど、働かないなら手伝いなさい」居間まで呼びに来た曽祖母は光太郎がテレビを切って起きたの確認した。
「お墓参りが終わらないと1日が始まらないよ」「はい、行きます」ようやく光太郎は立ち上がって曽祖母と一緒に玄関へ向かった。

光太郎が言われた手順でバケツに水を汲む間に曽祖母は庭に咲いている花を切り花にしている。2人とも準備を終えると並んで家を出た。
曽祖母の手には雑巾と柄杓、花、洗米などの墓参りグッズが入ったバケツと沖縄の線香、ローソク、ライターが入った小箱がある。
家から集落裏の小高い丘にある砂川家の墓までは約百メ―トルほどだった。光太郎は舗装されていない砂利道で水がコボレないように気をつけながら歩いている。
「オバァは毎朝、お墓に行って何があるねェ?」光太郎は隣りを歩く曽祖母に訊いてみた。
「そんなことを訊くなんて、あんたはやっぱり本土の子だねェ」曽祖母はそう答えると自分より随分背が高くなった光太郎の顔を見上げた。
「お墓に行けばジィジや御先祖様に会えるのさァ。光太郎だって会えるよ」「でも、お父さんは家でも念佛してるよ」光太郎は父の生活ぶりを思ってみた。
「あんたのお父さんは特別さァ、お寺の孫として生まれたから信心が身についているのさァ」曽祖母はそう言うと優しく微笑んだ。
「さっきオバァは、俺のことを『本土の子だねェ』って言ったさァ、どういう意味ねェ?」「沖縄の人なら、そんなことは教えなくても当たり前のことさァ、本土の人はお墓参りもワザワザすることなのさァ」曽祖母の言葉に光太郎は自分の中に流れる父と母の血を思った。しかし、沖縄人以上に沖縄的と言われる父を思うと、それは本土で生まれ、育ってきた幼児期の環境のせいかと考え直した。
それから帰省中、光太郎は曽祖母との墓参りが日課になった。
遠洋航海(愛知丸)
高校3年の春、光太郎はハワイへの航海実習に出発した。
「お父さん、お母さん、行ってきます」実習船「みやじま丸」が接岸している桟橋で光太郎は見送りにやって来た私と直美に向って敬礼して見せた。光太郎のリクエストで3等海佐の冬制服を着てきた私も敬礼で答えた。
「そんなことをしたら、お父さんみたいさァ」直美は江田島の幹部候補生学校で私の遠洋航海を見送った日のことを思い出して涙ぐんだ。
「光太郎、気をつけてな。海外を楽しんでこいよ」「はい」泣いてしまい言葉にならない直美の横から声をかけると光太郎は笑顔でうなづいた。
「お父さんの土産は酒が好いなァ」「無理です」私の注文に光太郎は口を尖らせる。
「相手は高校生さァ」直美まで一緒になって口を尖らすので「冗談さァ」と私は笑って顔の前で手を振ると、それを見て母子は安心したように顔を見合わせて笑った。
「実習生は乗船しなさい。実習生は乗船しなさい」その時、船の拡声器から乗船の指示が流れた。桟橋に集まっている父兄からは「エーッ」と言う声が上がった。
その時突然、光太郎が大股で一歩近づき両手で直美を抱き締めた。
「お母さん、頑張って来るさァ」光太郎は直美の耳元でそれだけを言うと腕を解き踵を返して船に掛けてあるラッタル(渡し板)を駆け上がっていった。
「光太郎、やることまで俺に似てきたなァ」背中を見送って私が呟くと、また直美が鼻をすすりだした。光太郎は振り向きもしない。その姿を私と重ねていたのだろう。
やがて生徒が甲板に整列し、汽笛とともにエンジン音を響かせて実習船は出港して行った。
手を振る生徒たちの中で周作だけ私が教えた帽振れをし、私もそれを返した。
それにしても我が子とは言え、愛しい妻を抱き締めるとは許せん(?)。

「俺の入隊式には光ちゃんとお母さんも出てくれたんだよ」
海上自衛隊の曹候補士に合格した光太郎の横須賀基地での入隊式には浜松の第1術科学校で整備幹部として教官勤務をしている賀真も出席してくれた。
「それにしても何で親子揃って海上なんだ?」賀真は熱心に航空自衛隊を勧めてくれたが、光太郎は迷わず海上を選択したため少し不満そうだった。
すると光太郎は「僕はウミンチュウですから艦に乗ります」と力強く答えた。
「まァ、水産高校へ行ってたんだからね」直美も補足する、光太郎は廿日市の宮島水産高校へ3年間寮生活を送ってこの春卒業したのだ。
「2尉ニは(3佐だぞ)、はっきり言って海上よりも航空の制服の方が似合ってたけど、光ちゃんはよく似合ってるね」賀真は叔父よりも先輩として頼もしそうな顔でうなづき、黒の詰襟、桜に錨の七つボタンの制服姿の光太郎と直美を並べて写真を撮り始めた。
「でも、ネェネは反対しなかったのか」「それがアンタの選んだ道なら最後までやり遂げなさいって」「流石はモリノ3佐(そうだ)の妻だね」光太郎の説明に賀真は真顔で姉の顔を見た。隣で私は「これで砂川家の多数決では海が勝ったのさァ」と呟いていた。
「お父さんの敬礼はピシッと決まってたぞ、やってみろ」叔父の命令で光太郎は「気を付け」をして敬礼して見せ、それも写真に撮った。
「まだお父さんには敵わないな」「はい」叔父の言葉に光太郎は顔を引き締めてうなづいた。私は隣で誉められて照れくさかったが直美は嬉しそうに微笑んでいた。
「3人で並んで敬礼しなさいよォ」直美のリクエストで親子と叔父が海空揃って敬礼し、それを直美が写真に撮った。賀真だけが肘を張る航空式だった。
「光ちゃんは、どこで嫁さんを見つけるのかなァ」その様子を見ながら賀真が呟いた。賀真は百里に勤務している時、北海道出身のWAFと結婚したのだ。
「どこで見つけてもいいから、家に連れてきなさいって」光太郎は母からの教えを答えた。
「その子が良い子なら、どこの子でもいいさァ」直美が付け加えた。
「まず叔父さんに会わせなよ」「はい、誰か紹介して下さい」光太郎の素直で厚かましい台詞に私と直美、賀真は顔を見合わせて笑った。

入隊式を終え、ひかりに乗るため東京駅に戻る電車の中で賀真が私に声を掛けてきた。
「ニィニ、靖国神社に行きませんか?」「靖国へ・・・何で?」私の素気ない返事に賀真は意外そうな顔をした。
「ニィニだったら東京に来たら必ず靖国神社へ参拝すると思ってたけどな」「俺がか?それは絶対にないね」今度は不思議そうな顔になって私と直美を見比べた。
私は靖国神社でも境内にある遊就館なら博物館として見学するが、神社は認めていないのだ。遊就館も陸軍関連の資料は物珍しいとしても江田島の教育参考館と比べて展示に政治的な意図を感じさせて随分と見劣りする。
「俺は靖国が嫌いなんだ」「えッ?何故さァ」「あんな物は戦没者の慰霊の場なんかじゃないよ。ただのセンズリのための慰安施設だ」「それは酷いさァ」流石に賀真は顔をしかめた。
「靖国は幕末の馬関戦争の時、戦死した高杉晋作の長州兵は軍神として祀っているが、小倉藩兵は賊軍として差別しているんだ」「へー、知らなかったさァ」「同じように国を想い、武士道に殉じた魂魄を勝者、敗者で差別しているような施設に戦没者の慰霊を任せられるか?」「うーん、難しいさァ」向いの席で賀真は難しい顔をした。
「それにA級戦犯も軍神として祀っているんだぞ」「A級戦犯って東條英機ねェ?」「他にも絞首刑になった奴と服役中に死んだ連中がいるのさァ」日頃、先人には敬意を示した言葉づかいをする私の明らかに侮蔑した口調に賀真は戸惑っている。
「国を勝てる見込みのない戦争に引き込んで300万人を超える国民を殺した加害者と殺された被害者を同格にして集めているのが靖国なのさァ」「その言い方は酷すぎるよ」向いの席の賀真の目が少し険しくなり、こちらを睨むように見た。
「結局、父や夫、兄や弟を殺しておいて『はい、名誉の戦死です。軍神にしましたから靖国にどうぞ』って言うA級戦犯のセンズリだろう」「・・・」賀真は黙ってしまった。
「俺は自衛官だから戦死することも覚悟の上だ。しかし、死んでからまで兵隊だけ集められるなんてごめんだね。今度こそ愛する女房を傍で見守っていたいのさァ」私の結論に賀真は表情を変えて考え始めた。
「賀真も自分が戦死したことを考えてみろ。もう一度、軍人だけで集められて軍隊生活の続きをする方がいいか、それとも肩の荷を下ろして裕美さんの傍にいる方がいいか」「そりゃあ、俺だって裕美の傍にいたいさァ・・・でも」ここで賀真は少し座り直した。
「日本にも戦没者の慰霊施設は必要さァ」「うん、それは当然だ」「ニィニはどうしたらいいと思うね?」賀真の顔が興味に変わった。
「俺は戦艦・三笠の記念公園に慰霊施設を作ればいいと思っているのさ」「三笠に?」「うん、あそこなら太平洋戦争だけでなく明治以降の戦没者慰霊施設であることをハッキリ示せる」「うん、確かに」「それに三笠だけでも人が集まってくるだろう」「なるほど」賀真がうなづいたところで私は大切なことを思い出した。
「しまったァ、横須賀に行って戦艦・三笠を見に行くのを忘れてた」「ニィニらしくもない。ハハハ・・・」賀真は大笑いしたが直美は隣の席で「死んじゃあ駄目。ずっと一緒にいて」とささやいて手を握った。

「お母さん、今度、彼女を連れて行くさァ、いいだろう」突然の光太郎からの電話だった。
「彼女?」「ウン」「どんな子なの?」「ウン・・・」直美の問いに光太郎は返事を濁した。光太郎は結局、艦には乗れず、青森を懐かしがって希望した八戸の第2航空群列線整備隊にPー3Cの航空機整備員として赴任し、海曹を目指して航空機整備の腕を磨いているはずである。
「とりあえず正月休暇は後段さァ」「楽しみに待ってるさ」電話を切ると直美はそのままべランダに出て下の道を見ながら私の帰りを待った。私は夕方の連絡船で帰ってくる。昔、光太郎と走っていた港から官舎までは自転車だった。
玄関で相変わらずの帰還のキスをすると直美は私の後ろについて話を切り出した。
「今度、光ちゃんが彼女を連れて来るってさ」「彼女?」突然の報告に私が驚いて立ち止まって振り返ると直美はいつも以上の全開の笑顔だ。直美は母親にありがちな心配やジェラシーは全く感じてなさそうだった。
「どんな子だって?」「それが言わないのさァ」私は着替えながら質問したが直美もそれ以上のことは判らない。
「光太郎の彼女・・・」楽しみではあるが返事を濁した息子の態度が少し心配だった。

光太郎は後段休暇で1月中旬に帰って来た。土曜日、私と直美は広島空港まで迎えに出た。待ちながら私と直美は空港ロビーで話していたが話題はやはり彼女のことだ。
その時、光太郎が羽田で乗り継いだ便の到着がインフォメーションされた。
「来たさァ」直美と私は顔を見合わせると到着出口へ向かった。
「お父さん、お母さん、帰ったァ」到着出口から出て来た光太郎は元気に声をかけてきた。私が両手に提げている荷物の片方を受け取ると光太郎はモジモジしている。
「早く彼女に会わせなさいよォ」直美の言葉に私もうなづいた。
「はい」光太郎は照れ笑いをしながら振り返ると後ろに声をかけた。
「ジェニー」「ハーイ」人ごみの中から陽気な声がした。
「ジェニー?」直美と私が顔を見合わせているとジェニーと呼ばれた黒人女性が現れた。今度は私の目が点、直美の目は丸くなる。
「お父さん、お母さん、ジェニーだよ」「ハジメマシタ、ジェニーデス」ジェニーは微笑みながら光太郎の横に立った。クリーム色のワンピースが褐色の肌と黒く長い髪によく似合い、長身が光太郎と釣り合っている。よく見るとジェニーはアフリカ系の黒人ではなく太平洋諸島系のようで黒目がちの大きな目と天真爛漫な笑顔が印象的だ。
「ジェニーは米海軍のWAVESなんだァ。日米協同訓練で知り合ったんだよ」「ハーイ、ヨロシークオネガイシマース」光太郎とジェニーは並んで頭を下げた。
「ハーイ、ヨロシーク」私と直美まで日本語のアクセントがおかしくなっていた。

光太郎とジェニーを車の後部座席に乗せて、江田島まで走りながら色々と話を聞いた。
ジェニーはハワイ出身で三沢の米海軍航空隊のAM(Aviation‐Structural Mechani=航空機整備員)だ。光太郎とは日米海軍の親睦会で知り合い、毎週デートを重ね、1泊の旅行もしたことがあると白状した。
「道理で八戸から帰ってこなかった訳だ」直美はうなづいて納得したが、その横で私は余計なことを考えてしまった。
「(初体験が)俺よりも早いなァ」「何がさァ」思わずもらした親父の台詞の意味を直美に訊かれ、笑って誤魔化した。
「愛知のお義父さん、お義母さんの気持ちが少しわかってきたさァ」助手席で缶のお茶を飲みながら直美が呟いた。
「反対するねェ?」光太郎が驚いて座席の間から直美の顔を覗き込んだが「反対も何も手遅れさァ」と言う直美の返事に笑いながらうなづいた。
「あの時代だったから愛知の親御さんは『沖縄の娘を嫁に』なんて言われたら、光ちゃん
がアメリカ人をつれてくるくらいの驚きだったろうね」夫婦で顔を見合わせうなづいた。
「俺たちなんか勝手に結婚しちゃったよなァ」「それが私たちの運命だったのさァ」そう言いながら夫婦は懐かしそうな目で微笑み合い、危なく脇見運転になりそうだった。
「息子の嫁は北海道、孫の嫁はアメリカ人なんて砂川家はどうなっちゃうのかねェ」「まあ、砂川家は元々中国人だよ」直美のボヤキを私が茶化すと、その話は初耳だったのか光太郎が突然、とんでもないことを言い出した。
「僕は中国とのハーフだったんですか?」「何ねェ、それは?」「だって今、砂川家は中国人だって」私と直美はまた脇見運転で顔を見合わせた。両親は殆んど呆れている。
「昔々、先祖が中国から沖縄へ移住してきたんだよ。ジェニーだって先祖は太平洋を渡って移住したウミンチュウの末裔だろう」「はい、ポリネシア人の末裔です」どうも息子よりもアメリカ人の彼女の方が理解は早かった。
「ところで賀真は知ってたのか?」「そうか、賀真は今、三沢だったっけ」「自衛隊同士で秘密にしてたな」「守秘義務がありますから」「ハハハ・・・」「ハハハ・・・」光太郎の絶妙の回答に両親は、またまた脇見運転で顔を見合わせて大笑いした。

「よし、賀真に電話してみよう」直美は官舎に帰り、玄関を上がると早速電話をかけた。
「いい子だったろう」直美の電話に賀真は悪ぶれることもなく答えた。
「まさかネェネは反対しないだろう」「今更、手遅れさァ」「そりゃそうだ」直美は弟と話しているうちに不思議にはしゃいだような気分になってきた。
「ハワイは軍隊の人気があって入るのは難しいのさ、だからあの子は優秀さァ」直美が振り返るとジェニーは賢そうな顔で微笑んだ。
「それに、ジェニーはどこかネェネに似てるさ」「そうねェ?」「目がでかいところなんかそっくりさァ」「なんねェ、それは」直美は自分の顔とジェニーの顔を思い比べてみた。
「光ちゃんはマザコンかねェ」「お父さんと好みが一緒って言うことさ、へへへ・・・」「それは思い上がりさァ」直美の自信たっぷりの答えに賀真は電話口で大笑いをした。
「でも光ちゃんはまだ20歳さァ、大丈夫かなァ」「おトウの孫さァ、同じ歳だよ」「そりゃそうだ、ハハハハ・・・」直美の答えに賀真は電話口で大笑いをした。

私たち夫婦は光太郎とジェニーを連れて江田島基地へ見学に出かけた。基地では外出しない学生たちが掛け足やソフトボールに励んでいる。
「ここが日本の海軍兵学校だよ」「ハイ、アナポリスよりも綺麗で立派ですね」ジェニーは海軍兵学校の赤煉瓦の建物を見上げながらうなづいた。
「昔、イギリスで作った軍艦の甲板にイギリス製の煉瓦を乗せて来て、それで建てた建物なんだよ」私の説明にジェ二―だけでなく光太郎まで感心した顔をした。
「歴史と伝統を感じます、それを大事にしてきた人たちの愛着も」ジェニーの文化への深い理解に私と直美は感心しながら顔を見合った。
「あの立派な建物は?」ジェニーは隣の石造りのギリシャ神殿のような建物を指差した。
「参考館、ミュージアム(博物館)だね。今から見学できるように頼んであるよ」私は光太郎の彼女がアメリカ人とは知らずに担当者に見学申し込みをしていた。
参考館の展示物は帝国海軍や特攻隊関係の資料ばかりで、かつては敵国だったアメリカ人のジェニーがどう考えるか心配だったが、あえて見せることにした。隣で光太郎は深く考えずにいつもの調子でジェニーを参考館の方へ連れて行った。
「ジェニー、ボウ(礼)しなさい」参考館の入り口に入ると正面に赤い絨毯を敷いた階段があり、その下で階上に祀られている東郷元帥、ネルソン提督の遺髪に1礼することになっている。私は先ず自分で一礼してからジェニーに説明した。
「あそこにアドミナル・トウゴウとアドミナル・ネルソンのヘアーがあるんだ」私の説明にジェニーは驚いたように大きな眼を見張って階上を見上げ頭を下げた。その様子を見てから直美と光太郎も深く頭を下げた。
ジェニ―は帝国海軍の偉大な先人たちの足跡に関する資料も同じ海軍軍人らしく敬意を持って熱心に見入っていた。ただ山本五十六長官を「ヤマモトフィフティシックス」と呼んだのには呆気にとられた。
そして、特攻隊員たちの遺書を展示した部屋では英訳したパネルを読んだの後、彼らの直筆の遺書を読み終えると怒りの表情を隠さなかった。特攻隊の資料室を出た廊下でジェニーは私に向って強い口調で話し始めた。
「お父さん、この作戦は間違っています」「うん・・・」光太郎はジェニーの厳しい表情を見たことがないのか驚いた顔をして私たちを見ている。
「軍人が危険を考えず責任を果たすのは当然ですが、死ぬための任務を命じるのは人道上、許されません」「うん、そうだね」私はジェニーの言葉を否定はしなかった。
「では何故、日本軍はカミカゼを命じたのですか?」「あれはプレイ(祈り)だよ」私の答えにジェニーは怪訝そうな顔をして見詰めた。
「プレイ?」「自分が命を捧げて日本が永遠に残ることを祈ったんだ」日本的な信仰に関わる説明は難しいと思ったがジェニーは黙って考え込んでいた。

休暇も後半、マツノ家にも馴れたジェニーは光太郎との宮島と岩国、倉敷などへの日帰り小旅行の合間を見て、仕事が忙しい直美を手伝って台所を手伝うようになった。
「オカアサン、コレドウシマスカ?」ジェニーはまな板の刻んだ野菜を見せながら訊いた。何にしても勉強熱心で素直な娘で、私たちもすっかり気に入っている。
「チャンプルにするちゃね」直美は手早いジェニーの仕事に感心、安心しながら指示した。
「OH、チャンプルね、光太郎さんも好きですね」「エーッ?」直美は意外だった。光太郎はどちらかといえば野菜嫌いで、子供の頃から叱らないと食べなかったのだ。
「ジェニーのはアメリカ風野菜炒めさァ、味つけが違うのさ」食卓に座って私と缶ビールを飲みながら光太郎が声をかけた。ジェニーが沖縄のチャンプルはどんな味つけなのか訊いて光太郎はそれを説明し始めた。
「チャンプル」「ヤサイイタメ」「テイスト」「ソルト」「ペッパー」「コンソメ」「ダシ」と英語と日本語の単語がチャンプルになっている。どうやらジェニーのチャンプルはコンソメと塩コショウで味つけするらしい。
「何にしても、彼女の手料理なら美味しいわね」直美と私はそう言うことで納得した。
「ところであんた英語得意だっけ?」直美は振り返り、光太郎の顔を見ながら訊いた。光太郎は中学時代、英語の成績が悪く(酷く)て地元の高校へ入れなかったはずだった。
「ジェニーに口移し(口伝えだろう)で教わってるのさ」「彼女と付き合おうと思えば必死さァ」その答えにジェニーもはにかみながら笑った。そこで私が英語で話しかけると当然、ジェニーも英語で返事をした。
そこから談笑が始まり、私のジョークにジェニーと直美は愉快そうに笑った。そんな楽しげな会話に1人、加われない光太郎は少しイラツキ始めた。
「お父さん、英語は得意ねェ?」「海軍軍人はインターナショナルなんだよ」口が裂けても言えないが私の英語はアメリカ空軍のWAF仕込みだった。
直美が振り返って「もっと、勉強しないとね」と言うと、光太郎は「わかってるよ」と膨
れたように答え、ジェニーも困ったように光太郎の顔を見た。
結局、その日の夕食はジェニー手製のアメリカ風野菜炒めになった。

「江田島は気に入ったかい?」休暇を終え青森空港から三沢へ帰る電車の中で光太郎は隣の席のジェニーに訊いた。車窓から見える風景は一面雪景色だ。
「ウン、綺麗なところだね」ジェニーは瀬戸内海に沈む夕日を思い出しながら答えた。
「俺の母さんはどうだい?」「とてもチャーミングな人だね」「ありがとう」光太郎は安心した顔でうなづき、ジェニーもいつも元気で陽気な母の顔を思い浮かべていた。
「それに」「それに?」ジェニーは笑顔になって光太郎の顔を見る。
「お父さん、お母さんって恋人同士みたい」「フーン、そうかも知れないな」光太郎は、いつまでも熱愛気分でいる両親の暮らしぶりを思いうなづいた。

「マツノ3佐、司令がお呼びです」ある日、本部からの電話で警備隊司令に呼び出された。陸警隊長としての業務で何か問題があったのか、それとも重大な警備事案が入ったのか思案しながら庁舎に着くと司令室に通された。
司令室には隊本部の人事担当者も同席して、勧められるまま揃ってソファーに腰掛けた。
「マツリノ3佐、個人研究ははかどっているかな?」「はい、おかげさまで」司令も私が隊長室に「陸戦研究室」の看板を出して、業務の合間に海軍陸戦隊史と戦時国際法を研究していることは知っていた。
「ここなら資料も十分あるし、研究もはかどるだろう」「しかし、時間がなくて困ります」人事担当者の皮肉を込めた言葉に私は真面目に答えた。この防大出身の人事担当の3佐は江田島の1期後輩、4歳年下になる。
「また難しい専門書ばかり読んでいるんだろう」「難しくはないですが確かに専門書です」私の答えを受けて司令と人事担当者は顔を見合わせて目で何かを相談し合った。
「マツノ3佐、実は君に那覇への移動の話がある」「えっ?」それはあまりに突然で意外な話だった。私は岩国航空基地への移動を希望している。岩国なら直美をそのまま江田島で勤務させ、単身赴任しても毎週末に帰宅できると考えていたのだ。
「奥さんは江田島の診療所の保険師だったな」「はい、勤めて10年プラス2年です」人事担当者に聞いたのだろう、司令が直美のことを知っていた。
「確か沖縄の出身だったな」「はい、そうです」今度は人事担当者が返事した。私の反応を見て2人は、また何かを確かめるようにうなづき合った、
「那覇なら里帰りだろう」「はァ、ホワイトビーチではないんですか?」航空自衛隊と同居している那覇基地に陸警幹部の私の配置はないはずだ。
「それじゃあ、那覇で研究の続きが出来るのですか?確かに太田中将の戦術を現地で確認できるのは嬉しいですが」私の返事には疑問と同時に皮肉がこもっている。すると司令は声のトーンを落とし、我々は身を乗り出した。
「君も知っているように最近は尖閣諸島で色々問題が起きている。何かあれば先ず対処するのは・・・」「海上保安庁でしょう」「自衛隊では我が海自だ」司令の言葉に私が現実的な回答をすると人事担当者はそれを遮った。
「しかし、現行法では自衛隊にできることはないでしょう」それは事実で、平時の自衛隊には不法侵入者に対して逮捕権も武器使用権限もない。
「法律は政治家と官僚に任せるとして、海上自衛隊としては対処出来る体制だけは整えておかなければならないのだ」司令の言葉に人事担当者はうなづくが、その法律の不備の責任を負わされる私はどうなるのかと心の中で思った。しかし、ここまで言われれば海軍軍人の作法に従って了解するしかない。
「判りました。それで移動はいつでしょう?」「8月の定期異動で大丈夫か?」私の質問に人事担当者が質問を返してきた。ようするにイキナリ内示と言うことだろう。私はうなづきながら直美の仕事を辞めさせることを心の中で詫びた。
「しかし、那覇へ行けと言うことは臨検ではなく、尖閣にヘリで出動と言うことですね」私の雑談的な最終の質問に司令と人事課長は意表を突かれたのか今度は感心したように顔を見合わせた。

夕方、先に官舎に帰った私は仕事から買い物に寄って帰った直美を玄関に出迎えた。
「直美、移動になったよ」「やっぱり岩国?」玄関で靴を脱いで上がって来た直美から買い物袋を1つ受け取りながらに話すと、一緒にテーブルの上に置きながら笑顔で答えた。
「それが那覇なんだ」「えッ?あそこは航空自衛隊さァ」「海軍航空隊も同居してるよ」私の返事に直美は一瞬考えてから鋭いことを答えた。
「最近、話題になってる尖閣諸島の対処だね」「それは秘密だけどな」「判ってるよ」私が素直に認めたので、直美は何度かうなづきながら自分を納得させていた。
「仕事を辞めてもらわないといけないよ」「それは仕方ないっちゃ。ここの仕事が予定外に長かったんじゃけん」直美はそう答えると買い物袋の中身を今夜使う物と冷蔵庫に入れる物に分け始め、私は黙ってそれを見ていた。
「ところで今回の異動が定年配置になるの?」「そうだったァ」相変わらずこの妻の鋭さには恐れ入るしかない。5年刻みで3回、沖縄の中の異動は難しそうだ。

光太郎は転属する前に自分の荷物を片づけようと7月に夏期休暇を取り、ジェニーと帰省してきた。本当はジェニーと瀬戸内の海で泳ぎたかったようだ。ただ、私はこの時期、転出前の業務処理と原爆の日のデモ対処や基地盆踊り大会の準備、さらに引き継ぎで呉基地に缶詰めになっていた。
「ジェニー、泳ぎに行こう」「うん」官舎から海水浴場までは歩いていけて光太郎にとっては庭のプールみたいなものだが水兵同士だけにこのカップルはどちらも水泳は得意だ。
「光太郎、お待たせ」玄関で待っているとジェニーはビキニの水着の上にTシャツを着て短パンをはいて出てきた。それは光太郎も同様だったが、こちらは短パンをはいていない。
「行ってらっしゃい」直美が台所から顔を出して羨ましそうに声をかけた。
「お母さんも水着で来る?」「お父さんみたいなことを言わないの」直美は「やっぱり親子だなァ」と自分の水着や薄着を喜んだ夫の「エッチ」な顔を思い出した。しかし、ジェニーの水着姿を嬉しそうなに見ている息子の顔に「自分も、もっと若い時に夫にも見せてあげればよかったかな」と少し胸が痛んでいた(その通り)。
「私の家からもビーチは近いんだよ」基地を外れてビーチへの下り坂を歩きながら、ジェニーは隣を歩く光太郎の顔を見上げた。舗装された道には陽炎が上っている。
「そのうちハワイにも行かないとなァ」「うん」ジェニーは嬉しそうにうなづく。光太郎は水産高校の実習航海でハワイに行ったことがあり、それが初対面でジェニーと親しくなるきっかけにもなった。
ジェニーの親には来日して八戸にきた時、会っているが今度は正式な挨拶だ。そう言いながらも光太郎は「日米協同訓練で行けないかなァ」とせこいことを考えていた。
ビーチに着くと家族連れで一杯だった。地元だけに顔馴染みも多い。歩いているとあちら
こちらから声がかかった。
「光太郎、久しぶりちゃあ」同級生の男たちは、そう声をかけながら横にいるジェニーを見ていた。それは女連れであっても同様で男の性と言うモノか。
「彼女か?」中にはあからさまに羨ましそうな顔でジェニーの全身を見まわす奴もいる。
「どうだ参ったか」光太郎は心の中でそう勝ち誇りながら、「うん」とだけ返事した。
「マツノ君?」一泳ぎして砂浜を上がっていくと突然、女の子から声をかけられた。
「内田さん?」それは光太郎の幼馴染の内田麻子だった。
光太郎は保育所以来、麻子のことが好きで小学校三年で江田島に転校してから中学を卒業
するまで朝夕一緒に通学していたが、優等生だった麻子は地元の進学校へ入学し、水産高
校の寮へ入った光太郎とは疎遠になってしまったのだ。
数年ぶりに会った麻子は大人になり、何より美しくなっている。光太郎は麻子の水着姿を眩しそうに見ている自分に気がついた。
「マツノ君、青森の自衛隊じゃあなかった?」麻子は不思議そうな顔をしていた。光太郎は高校は廿日市の寮暮らし、卒業してからも中学の同級会に出たことがなかった。
「今も青森だよ、休暇で帰ったんだ」光太郎の答えに麻子はうなづいた。
「Lover(恋人)?」麻子は周作の横に立っているジェニーの顔を見ながら訊いてきた。
「うん・・・ガールフレンドさァ」光太郎は曖昧に笑いながら答えた。
「ふーん」麻子は意外そうな顔でうなづきながら「またね」と言って手を振って向こうで待つ女友達の方へかけて言った。
「光太郎、貴方は『Fiancé(婚約者)』と言う言葉を知らないの?」砂浜に敷いたシートに並んで腰を下ろすとジェニーは海を見たままでそう言った。
「私は貴方のガールフレンドなの?」ジェニーは少し涙ぐんでいるようだ。

「それはあんたが悪いさァ」家に帰って光太郎がいつもの茶飲み話にこの話をすると母は呆れたような顔でそう答えた。ジェニーは隣で安心した顔でうなづいた。
「ジェ二―は1人で外国から日本に来ているんだよ」「うん」「日本人のあんたと結婚しようと思っているんだよ」「うん」「信じられるのも、頼れるのもあんただけなのさァ」「うん」光太郎のうなづく深さが次第に大きくなる。ジェニーは黙って母子の会話を聞きとろうとしていた。
「お父さんなら『僕の嫁さん』って抱き締めてくれるのにさ」直美の自慢げな台詞にジェニーは可笑しそうに笑ったが光太郎は後悔が胸に刺さっていた。
「あんた、まだ内田さんが好きねェ?」光太郎はドキッとした。ジェニーも驚いて光太郎の顔を見たが、直美は優しく微笑んでいる。
「片思いのまま別れて、ずっと遠くに離れていたのだから仕方ないさァ」「うん」「おまけに大人になって、綺麗になったのに会ったら迷うのも当たり前さァ」「うん」「だけど」「だけど?」ここで母子は座り直してお互いの顔を見合った。
「内田さんだって、今日まで色々あったはずさァ」「うん」「誰かを好きになって、誰かに抱かれたのかも知れないさァ」「うん」光太郎の胸に先ほど会った麻子の顔が浮かび、相手のいない不思議なジェラシーが焦げた。
「嫁さんは、アンタのことを愛してくれている人をアンタが愛し返すのがいいのさァ」ジェニーは母の出した結論に感激したのか涙ぐんで鼻をすすり始めた。

第5航空群司令の後、転入の申告をした第5航空隊司令はそのままソファーを勧め、総務課のWAVEにコーヒーを運ばせると雑談を始めた。
「君の名前はここでも鳴り響いているよ」「はァ、悪名ですか?」「いや、勇名だね」私の皮肉な答えにも隊司令の言葉は、決してお世辞や皮肉ではないようだった。
「本当なら君に陸警隊を鍛え上げてもらいたいが、残念ながらここにはそれだけの陸警要員がいないんだ」「相変わらず空自の間借りですか?」隊司令は私が元空自で那覇基地に勤務していたことは知らないようだ。
「それではどうしましょう」「訓練担当幹部としてウチの隊員を存分に錬成してくれ」結局、私の今度の配置は第5航空隊本部の個人訓練担当幕僚のようで、尖閣諸島の問題は余技で幕僚が本業と言うことだ。
「しかし、海保の対応は生ぬるい。おかしなことにならなければいいが・・・」隊司令は語気を強めてそう言うと自分のカップのコーヒーを飲み、私にも勧めた。
この予感は間もなく中国の公用船接近の頻発と言う形で現実になった。

申告を終え第5航空隊本部の事務室に入ると、懐かしい顔が待っていた。
「あッ、やっぱりマツノ3佐、本物だァ」それは大下美幸2曹だった。大下2曹は私が呉へ転出した後、那覇へ移動になったそうで、まだ独身のようだ。
「命令を見て判っていたんですが、お顔を見るまで信じられませんでした」大下2曹は私が差し出したマグカップにコーヒーを入れて出しながら話を続けた。
「そうかァ、それにしても今回は基地隊じゃあないんだね」「はい、最初は厚生隊に配属されましたが・・・」「1年契約でスカウトしました」立って話している大下2曹の横から机を並べているベテランの海曹が口を挟んできた。
「マツノ3佐の武勇伝は大下2曹から聞いていますが、お手柔らかにお願いします」その言葉に同室の海曹たちは一斉にうなづいた。

「貴方、定年後のプランニングをどうしよう」ある夜、布団の中で直美が訊いてきた。引っ越しの片付けも一段落して、早くも仕事を考えているようだ。
「本島で就職するとまた5年で辞めないといけなくなるさァ」「確かになァ」私の定年後、宮古島に帰る言うとプランに変わりはなく、本当は定年の10年前にホワイトビーチに転属し、県内移動で沖縄地方協力本部宮古島事務所長になるつもりだったのだが、それも今回の人事で頓挫した。
「私が先に宮古島で就職して単身赴任する?」「それじゃあ、離島にいた頃みたいだよ」どうやら直美は専業主婦になって待つつもりはないようだった。確かに宮古島で就職してくれれば、定年後の生活も安定し安心できる。
「単身赴任か、途中退職か?難しい選択だなァ」「あと5年だよ」これが定年配置なら私が宮古島でやる仕事も考えなければならないだろう。
「それにしても今回は沖縄の暑さが妙にこたえるなァ」「うん、やっぱり北国の生活が長かったからね、私もシマンチュウに戻れるか自信ないよ」私の言葉に直美もうなづいたので、抱き寄せようと伸ばしかけた腕を引っ込めた。
「とりあえずもう少し那覇を楽しんでから考えようよ」「うん、毎週デートしたいしね」直美の返事に那覇からコザ市へ自転車で通った月1回の公園デ―トや八重山、離島に別れてからの超遠距離恋愛と単身新婚夫婦だった若い日の思い出が2人の胸に甦り、やはり愛しい妻を抱き寄せた。

私は第5航空隊本部へ転入して以来、訓練幕僚の業務の合間を見つけ尖閣諸島の地図を眺めながら研究をしていた。しかし、現地を確認しなくては視界、足場、経路、防禦するための掩体の有無も不明で、机上の研究に過ぎないことは明らかだった。
尖閣諸島は南小島、北小島、魚釣島の3つが主な島で、国有地ではあるが中国を刺激することを懼れる政府、外務省の指導で実質的に海上保安庁が封鎖していて一般国民が立ち入ることは出来ず、ましてや自衛隊員が上陸することはできないのだ。私が机の上に広げた地図を覗きながら島田曹長が声を掛けてくる。
「結局、ウチがやることは対潜哨戒機が飛ばすことだけですね」「うん、海軍航空隊としてはそれが任務だな」「今回のことで妙に海保と連携が上手く取れるようになりまして、それを地元の新聞が批判しているんですよ」何でも反対の沖縄のマスコミは海自と海保の連携を「文民警察が軍の統制下に入ることだ」と中国人民日報のような批判をしているようだ。
「マスコミが批判することは中国が嫌がっていることだから、どんどん進めるべきだね」「問題は東京の官僚が予算の取り合いで国土交通省と対立していることでしょう」「どちらかと言えばあちらが一方的に喧嘩を売っているんだがな」自衛隊法80条には海上保安庁を防衛大臣の指揮下に入れることが規定されているが、我が国の平和が危険に晒されている時、一丸となって対処することの何が悪いと言うのだろうか。やはり中国が嫌がっていることが問題なんだろう。

直美が那覇市内の病院の看護師の仕事を見つけた頃、義父・砂川賀満さんが昌美が勤める那覇市内の病院に検査入院した。
「ネェネ、おトウの具合はよくないのさァ」見舞いに行った直美はナースステーションで昌美の話を深刻な顔で聞いていた。
「精密検査はウチの病院でやったけど、おトウは自分が癌だって判っているみたいで、どうしても宮古島へ帰るってきかないのさァ」昌美としては施設が充実し、医師も揃っている自分の病院に入院させようとしたが、義父は自分が癌であることを察して島へ戻ると言い張っているのだ。
「それで手術すれば見込みはあるの?」「それが・・・」直美の質問に昌美は返事を濁した。
「ネェネもプロだから誤魔化せないね・・・もう全身のリンパ腺に転移していて抗癌剤と放射線治療くらいしかないのさァ」直美は1つ息を呑むと首を振った。
「それじゃあ、おトウの望むとおりにしてあげよう」「でも、それは医療関係者として最善を尽くすことにならないよ」「それじゃあ、最先端の治療をして1日でも長く呼吸をさせ、1回でも多く心臓を動かすことが最高の医療ねェ・・・ごめん、言い方がきつかった」直美が謝ると昌美はかすれた声で「わかった」と呟き、鼻をすすった。

帰宅した私を玄関に出迎えて直美は用件を切り出した。
「貴方、ゴメン。しばらく単身赴任さァ」「当然さァ、親孝行しましょう」直美は一通りの状況を説明した後、、先日立てたプランを思い出して謝ったが、私も「直美がこのまま宮古島で仕事を見つけることになる」と言う予感が胸に浮かんでいた。

直美は宮古島の主治医に電話して病状を確認した後、決まっていた看護師の仕事を辞退して荷物をまとめ単身で帰省した。
「直美、マツノさんを1人にして大丈夫か?」病床の父は直美の顔を覗きながら訊いた。
「大丈夫さァ、親孝行しなさいって応援してくれてるよ」直美は母と交代で付き添っている。幼い子供たちを抱えている島在住の安美、里美は中々家を開けられないのだ。
義父はすでに自分の病名も余命も知っていたが、それは義父自身が問うたことだった。
「お前たちは離れ離れになることが多いなァ」義父は申し訳なさそうに言った。
「その分、一緒の時はベッタリくっついてるさァ」「そうだったな」直美の答えに義父は娘夫婦の日頃の生活ぶりを思い出して静かに微笑んだ。
「マツノさんは軍人らしく、死ぬことを全く怖れていないよなァ」「でも、『死ぬのは勿体ない』って呟いたことはあったよ」「フーン、そうかァ」義父は意外な話に興味深そうに直美の顔を見る。直美はその場面を思い出していた。
それは「しろたえ」の不審船対処で死を覚悟していた頃の話だ。夜、直美を抱いた後、その愛おしさに胸が一杯になり、ふと漏らした言葉だった。
「確かに死ぬのが勿体ないなァ、楽しい人生だからな・・・」「20歳で結婚して娘6人と息子1人に孫がエーと・・・」直美は指を折りながら7人の妹弟の子供たち=義父の孫たちを数えたが、両手では足りなくなった。
「俺の命を受け継ぐ子供たちがそんなにいれば、もう十分だな」義父が安心したように微笑みながら顔を見たので、直美も微笑んでうなづいた。
「直美、1人で本土へ行って不安はなかったのか?」突然の義父の質問だった。しかし、直美はそのまま首を振った。
「そうか?」義父はもう一度、確かめるように尋ねてくる。
「だってテンジンさんと一緒ならそこが私の居る場所さァ」直美の答えに義父は安心したようにうなづいた。

直美が島に帰って6ヶ月、父の病状も末期に差し掛かった頃、家に市役所の福祉課の課長が訪ねて来た。課長は直美の高校の同級生でもある。
「砂川さん、ウチで働きませんか?」「マツノです」「スミマセン、マツノさん」課長は同級生らしく旧姓で呼んだが誤りを指摘されて頭をかいた。
「でも、私ももういい歳だからね」「まだ若いさァ」同級生にそう言われては課長も立つ瀬がない。今度は少しむきになって反論した。直美は苦笑してうなづきながら、話の続きを促した。
「どんな仕事なの?」「独り暮らしのお年寄りの家を巡回して健康状態なんかを確認する仕事さァ」それなら保健師の経験が役に立ちそうだった。
課長は勤務内容、待遇、予定担当範囲などをワープロで打った書類を使って説明を始めた。ようするに介護職員が実施出来ない医療行為を巡回して担当する仕事のようだ。直美は自分が看護師を目指した動機「離島医療」をこの島でやれるような気がした。
直美の目がヤル気に光り出したの見て、課長は高校一の頑張り屋だった直美を思い出し、もう一押しと説明を加えた。
「この島の人口じゃあ、特別養護老人ホームは作っても採算が取れないから在宅介護を充実させるしかないのさァ」在宅介護の問題点は医療行為に対する制限であることは離島に住めば痛感せざるを得ない現実だった。
「と言っても病院も看護師さんの人手不足だから・・・」「だから遊んでいる私にと言う訳ね」直美は笑って落ちをつけたが課長は1本とられて頭を掻いた。
この課長は3女・紀美が市役所に就職した時、先輩として世話にもなっていて無下に断ることもできなかった。直美は手渡されたプリントを手にとって眺めながら話を締めくくった。
「父の付添いをするために島に帰って来たのさァ、母と夫とよく相談してからね」「御主人は?」課長は直美が紀美を通じて夫が海上自衛隊の幹部なのを知っている。
「私がこっちに来ちゃったから那覇に単身赴任中さァ」「それは寂しいね」「寂くて恋しいから、そろそろ帰るつもりだったのさァ」「はいはい、どうもスミマセン」直美のお惚気に課長は呆れたように返事した後、真顔になった。
「前向きに頼むさァ」「ウン、母が健康に自信が持てれば大丈夫だと思うよ」直美のヤル気に光っている目を見て課長は安心した顔で帰って行った。

その夜、直美が相談の電話をかけてきた。
いつも「元気?」から始まる2人の電話は、今回いきなり用件から始まった。
「私、市役所からスカウトされたさァ」「へーっ、宮古島市役所?」私は直美が宮古島へ帰る時から抱いていた予感が的中して思わずため息をついた。
「どんな仕事?」「うん、市内の高齢者の巡回医療の仕事だって」直美がやる気になっているのは声で判る。私の胸には直美のやる気に燃えた顔が浮かんできた。
「ふーん、でもお義父さんの付添いのために帰ったんだから、そっちは大丈夫か?」「うん、そう言って返事は保留してあるのさァ」直美も電話口でため息をついた。私は今後、定年まで単身赴任になることを思ったが、普通、妻が仕事を持った場合、夫は単身赴任するのが自衛隊の常識なのに、退職を繰り返して着いて来てくれた直美を思えば、ここは激励するしかないと決めた。
「でもお義母さんが大丈夫っって言えば頑張ればいいよ」「うん・・・」私の了解の返事にも直美はあまり明快な反応をしない。おそらく私と同様に別々に暮らすことを考えていたのだろう。そこで私はもう1つ激励の言葉を送った。
「だって離島医療が君の看護師への原点なんだろう」「そう、そうなんだよォ」電話口で直美がパッと笑ったのが判った。そこから先は市役所での仕事の内容の説明になり、私は返事をしながら励ましの言葉を繰り返した。
「今度は腰を落ち着けて頑張ってよ」「うん、頑張るさァ・・・グスン」最後に直美が鼻をすする音がした。
モリノ直美 (16)
義父が亡くなって久しぶりに直美の妹弟7人が揃った。
今では全員が結婚して子供もいるため義父の葬儀は、義祖父以上に砂川家らしい賑やかなモノになった。葬儀の後の宴席でいきなり砂川3佐・賀真と岸田1尉が私を捕獲した。
「ニィニは部外だからどこまで上がるのかな?」「海自だけに艦長ですかね」「山本五十六みたいに連合艦隊司令長官だったりして」2人はどちらも曹候学生からの部内幹部候補生だが、賀真は1選抜の26歳で3尉になり、岸田は3選抜の29歳での昇任だった。
「俺は部外たって特例のおまけみたいなもんだからな。ここまでかも知れないぞ」「それじゃあ、賀真と大差ないじゃないですか」岸田は制服を脱ぐと殊更に上官になった義弟を見下した言い方をするところがある。
賀真は整備幹部、岸田は兵器管制幹部だからどちらも防衛大学校出身者などのエリートと一緒に勤務しているのだが、幹部の数が多いだけ兵器管制幹部の方が人事的に不利な面があるらしい。
「俺なんか、後はレーダーサイトの運用班長をやって、隊長をやって、島から島、岬から岬、山から山への僻地巡りですよ。いいよなァ、航空団勤務は」岸田の話が愚痴になったところへエプロンをして忙しく酒や料理を運んでいる直美が通りがかった。
「アンタたち、接待に回るんでしょ。仕事の話は家でしなさい」「はい、はい」そう言われて賀真はビール瓶を持って立ち上がったが、岸田は私のグラスにビールを注いで放さなかった。
「紀美も弟に負けたって俺を馬鹿にするんですよ。これからサイト勤務になったら家庭がもつのかなァ」「大丈夫、砂川家の娘なら愛した分の3倍返しで愛してくれるさァ」そこへ紀美がやってきた。
「貴方、ニィニ、身内で飲んでちゃあ困るのさァ」「判っとるけん、そげん、せからしかコツ、言うな」岸田が少し声を荒げたため、紀美は肩をすくめて歩いて行った。
「岸田よ、九州の女は男をおだてて働かすけどな・・・」「おだてられてなんかいません」
「上手くおだてられてるんだよ」私があえて断定的に言うと岸田は不満そうに黙った。
「沖縄の女は一緒に頑張る。私が頑張るって言う育ち方をしてるから九州のように黙って従ったりはしないのさァ」「そうすか・・・」岸田の返事はまだ納得していない。
「だから紀美を従わすんじゃなく、競わせればいいんだよ」「競う?」「俺は仕事を頑張ってるぞ、お前も頑張れってな」自衛隊は九州男児が多く、岸田も今まで九州男児としての気風を捨てる必要はなかったのだろう。しかし、家庭までそれを押し通されては紀美には不満の元だ。私は2人から仲人を頼まれたことを思い出した。
「結婚する時、紀美から岸田も俺みたいに愛してくれるかって訊かれたんだ」「班長みたいに?」「だから、俺みたいにじゃなくて岸田のように愛してくれると言ったんだ」「はい」「相手が自分のことを愛してくれてるって信じられれば、ずっと夫婦でいられるはずだよ」私と岸田の話が真剣であることを感じたのか、砂川6姉妹も声を掛けてこなかった。
「何だか班長の教育を受け直したみたいです」「これがお義父さんへの供養だな」最後にもう一杯、ビールを飲み直して、2人で接待に立ちあがった。

義父が亡くなって1ヶ月後、家の中の片付けも一段落して、直美は市役所の仕事を始めた。
「おカァ、いってきまーす」「いっといで、頑張ってね」「貴方、行ってくるね」直美は母に声をかけるのと同時に沖縄本島の私にも声をかけた。
私もその頃、もう出勤している職場で胸に届く直美の声に合わせて、「頑張れ」と返事をするのが習慣になっていた。
砂川家から市役所までは自転車で10分の距離だ。市役所職員だった紀美もこうして毎朝、自転車で通っていた。しかし、直美は自転車をこぎながら高校時代を思い出していた。
直美の仕事は市役所での介護職員と福祉課長を交えたミ―ティングから始まる。
「マツノさん、今日は新城さんのお婆さんと狩俣さんのお爺さんの注射をお願いします」課長は病院を通じて回って来ている投薬、注射の指示を書いたリストを直美に示した。直美はそのリストと地図を見比べながら今日の行動予定を考えていた。
「今日は方向が違うから島を一周することになるね」「それは御苦労さま」直美の独り言に課長が返事をする。平良市が島内の町村と合併して宮古島市になったため、市職員の担当エリアは広い宮古島全体と言えた。
直美の横から介護職員が家を回る日程調整をしてきた。市の職員が一日に何度も来宅することを喜ぶ老人と面倒臭がる老人がいて、その辺りはベテランの介護職員の意見を聞くしかない。直美は今日も介護職員の日程と意見に沿って回ることにした。
「それじゃあ、病院に寄って注射と薬を受け取ってから回り始めるからね」「それじゃあ、あとで」介護職員には高校の先輩、後輩や同じ集落の幼馴染もいる。直美の離島医療の夢は、ここでも継続され、充実していった。

直美が宮古島で勤め始めて1カ月後、光太郎とジェニーがゴールデンウィーク(ジェニーに祝日はない)に墓参を兼ねて帰省して来て私も那覇から合流した。ジェニーはまだ結婚していないため義父の葬儀には休暇が取れず参列できなかったのだ。
「お祖母ちゃん、お母さん、帰りました」「グランド・マミィ、マミィ、ハロー」「ハイサイ」玄関に着いた光太郎、ジェニーと私が勝手な挨拶をする。これは砂川家の作法なのだろう。その様子に料金を確認している運転手は呆れて笑っていた。
その時、干した家族の布団を交換していた直美が庭から玄関に回って来て、それを見つけて光太郎とジェニーが取り囲み、私は先を越された。
「お母さん、御苦労様でした」いきなり光太郎があらたまった挨拶をしたが、それはどことなく自衛隊的で直美は黙ってうなづいた。
「お母さん、ご無沙汰しています」「はい、お久しぶりです」ジェニーは直美とは久しぶりだが自然に、光太郎以上に丁寧な挨拶をした。
その後ろで私は1カ月ぶりの愛妻に抱きつくタイミングが見つけられずにいた。息子カップルの挨拶が終わり、ようやく直美が私の前に立ち、私はそっと抱き締めて額にキスをした。その様子をみてジェニーが光太郎の手を握った。
「さあ、上がるさ」直美にうながされて光太郎は久しぶり、ジェニーは初めての砂川家に上がった。

翌日は朝からお墓参りだった。光太郎は祖母の指導を受けながら墓参りグッズを準備している。その間にジェニーは直美と一緒に庭の花を切って来た。
「光太郎もエライさァ」「うん、大したもんだ」祖母は私用の誉め言葉を光太郎に掛け、直美と私は砂川家の作法を若いカップルに教えることにワクワクしていた。。
墓までの道もピクニックにでも行くように楽しげで、墓でも家族でハシャギながら石畳を
掃き、墓石を水拭きしている。その横で直美はお供物の準備をしていた。
「光太郎、どうして朝からお墓掃除なの」墓石を水拭きしながらジェニーが光太郎に訊いている。この質問は光太郎も高校生の時、祖母にしたことがあった。
「御先祖様が一番偉いから、先ずお墓から始めるのさ」「ふーん」光太郎の答えは祖母の請け売りだったが、ジェニーは素直にうなづいた。
「ジェニー、ハワイではお墓参りなんてするの?」直美は額の汗を拭きながら墓石を拭いているジェニーに声をかけてみた。私と光太郎は墓の周りの草を抜いている。
「いいえ、命日や誕生日にお墓へ花を持っていくくらいです・・・」ジェニーは返事の途中で雑巾をバケツですすいだ。
「さあ、終わったさァ、みんなでやると早いさァ」直美はそう言ったが、私はこれも日頃から直美が手入れをしているおかげだと知っていた。
掃除が終わったところで、マツノ一家は墓の前に整列した。
「気をつけ」「右へならえ」光太郎の号令で、私とジェニーは自衛隊式に横一列に並んだ。
「3等海佐に号令をかけちゃったぜ」それを見て光太郎は妙に嬉しそうだった。その後ろで直美は線香と花を用意している。
「休め」光太郎の号令を待って直美は光太郎とジェニーを呼んだ。そこでジェニーに花、光太郎に線香を手渡して、土産を持った自分と一緒に墓に供えるように促した。これで準備は完了、、家族全員で手を合わせた。
その時、私は沖縄で信仰されているのは阿弥陀如来ではなく弥勒如来、浄土は西方ではなくニライカナイだと言うことに気がついた。
「南無弥勒世果報」「ナムミルクユガフ」「ナムミルクユガフ」「ナムミルクユガフ」・・・私に合わせて家族全員が念佛を唱えたが、私はこの発見に感動して声が少し震えていた。                
直美は隣でいつもとは違う念佛と声でこの感動に気がついたようだ。
「お父さん、お念佛が上手いねェ、プロになれるよ」念佛を終えると私が本土で修行してきたプロとは知らぬ光太郎が感心したように言った。
「号令の成果だろう」そう言って私は胡麻化したが直美は黙ってうなづいていた。

墓参りの後、居間で私と光太郎はビール、直美と義母、ジェニーはジュースを飲んだ。
「やっぱり沖縄のティダ(太陽)を浴びると元気が出るね」光太郎は少し日焼けしたように見える自分の腕を見ながら呟いた。
「ジェニーには暑かったでしょう」「いいえ、ハワイと同じで懐かしいくらいです」直美の心配にジェニーは微笑んで首を振った。
「そう言えばジェニー、ここは初めてなんだよな」「そうかァ、前回は江田島だったね」私の言葉に直美と義母、それに光太郎とジェニーはあらためてうなづき合った。
「お父さん、那覇ではどんな仕事をしてるの?」ここで光太郎が話を替えた。光太郎も江田島での充実した仕事ぶりを記憶していて今度の異動でそれがどうなったのか心配と興味があるようだった。
「配置としては隊本部の個人訓練担当幕僚だな」「クンサ(訓練幕僚)じゃないの?」「その下だよ」「同じ航空群だけど微妙に違うんだね」私の返事を聞いて光太郎は少し落胆したような顔をした。隊員の定員は定められているが実際の配置はある程度、部隊長の所定になっている。私の場合、尖閣対処と言う密命もある配置だから八戸の第2航空群にはないかも知れない。
「それでイザとなったら陸戦隊を率いて現地に乗り込むのが本業だな」「現地って尖閣諸島ですか?」「オフコース!バッド イッツ ア シークレット」私の英語の返事に光太郎は相変わらず助けを求めるようにジェニーの顔を見たが、口移しの英語力はかなりのレベルアップしているはずだ。
「でも、尖閣諸島の防衛は14旅団(沖縄の陸上自衛隊)の仕事でしょう?」「先にウチらが行くんだとさ。陸には脚がないだろう」光太郎の疑問は至極当然だったが、あくまでも机上のプランだとは言えなかった。
「お父さんって、そう言う役回りばっかりなんだね」「そうだけど沖縄に帰れてよかったよ」「ところで2佐はまだですか?」「お前こそ、海曹はまだなのか?」こんなやり取りに私と直美は、しばらく会わない間に息子が随分大人びて、モノを深く考えるようになったことを感じて顔を見合わせた。
「階級よりも愛する沖縄のために働く任務を与えられたことの方が嬉しいな」「お父さんらしいな」「本当です」私の返事に光太郎とジェニーは笑って答えた。

「沖縄は気に入ったかい?」休暇を終え、青森空港から八戸のアパートへ帰る車の中で光太郎は助手席のジェニーに訊いた。車は休暇、空港の基地の駐車場に停めていた。
「ウン、ハワイにそっくりだね」ジェニーはサンゴ礁の海に沈む夕日を見ながら答えた。光太郎も高校時代、ハワイに行った時に同じ感想を持っていた。
「でも父さんと母さんは今、本島と宮古島で別居してるんだよ」「そうなの?前よりも熱愛になってたみたいだけど」「だよね」光太郎は安心した顔でうなづく。ジェニーは以前よりも2人の距離感が近づき、ほとんど密着しているように感じたのだ。
「それに」「それに?」ジェニーは真顔になって運転している光太郎の横顔を見た。
「あの家には大勢、家族がいるみたい」「家族が?」「お墓にも家にも、貴方のお祖父さん、お祖母さんたちが皆、一緒にいるみたい」「フーン、そうかも知れないな」光太郎はご先祖さまの存在を当たり前にしている砂川家の暮らしぶりを思いうなづいた。

光太郎は正月休暇でジェニーとハワイへ行った。
「ジェニー!」ホノルル空港に出迎えてくれたジェニーの家族はかわるがわる娘を抱き締め頬にキスを繰り返している。光太郎は一歩離れ、感心しながらそれを眺めていた。
「OH、コーターロ、アロハァ」「コタロウ、ウェルカム」「コータッロ、ハワユー」一通り娘を歓迎したところで今度は光太郎の番だ。この歓迎はかつて父が宮古島へ行った時と全く同じ流れだった。光太郎はジェニーの母からレイをかけられキスをしてもらった。
ジェニーの島まではホノルル空港から飛行機を乗り継いだ。実家は海沿いの通りにあり、ジェニーの部屋の窓からは海が見え、潮騒が聞こえてくる。光太郎は何だか宮古島へ帰省しているような妙にリラックスした気分になり、ジェニーが自分の実家で我が家にいる様にリラックスしている訳がよく解った。
「コータロォ」家族たちは練習をしたのか、次第に光太郎の名前を巧く呼べるようになってきた。兄と弟はホノルルで働いていたが今回は休暇を取り実家へ帰っていた。
「弟が1人増えるだけ」「兄貴が1人増えるだけ」と兄弟はごく自然に光太郎を受け入れ、「泳ぐ」「遊びに行く」「飲む」と休暇中、あちらこちらへ連れ回して楽しませてくれた。光太郎は長年の夢だった兄弟が、それも一度に2人も出来たことが嬉かった。

「光太郎、八戸には何時までいられるんだ?」ある日、三沢の官舎へ遊びに行った光太郎に賀真が訊いてきた。ジェニーは賀真の妻と台所で食事の支度をしている。
「それなんですが、先ずは海曹になることで、その後もジェニーとワンセットにしたいと思ってるんですが・・・」「そうだろうな、折角、日米両海軍の水兵同士の結婚をうっかり別々に移動させてジェニーが退職するなんて言い出したら海自としても米海軍に申し訳ないことになりかねないからな」賀真の返事はやはり幹部のモノだった。
ただ、アメリカ海軍は軍と個人の事情の間には明確な一線を引いており、ジェニーが退職しても海自の責任を問うようなことはないだろう。
「俺はいよいよカミさんの地元に家を建てて、ここから先は単身赴任だ。上手く千歳へ戻れるといいがな」「ウチの幹部も希望通りにならないって言ってますけど、叔父さんは千歳に帰れそうですか?」「希望通りにいかないこともあるよ。紀美ネェネのところも北陸だからな」紀美の夫・岸田は兵器管制幹部だが福岡県出身だけに西部航空方面隊を希望しながらも現在は経ヶ岬の第35警戒群に勤務している。
「もし、岸田1尉が三沢に転属してくれば私は助かりますね」「そうだな」光太郎のチャッカリした話に賀真は可笑しそうに笑った。
三沢に紀美叔母が来てくれれば頼る相手が確保できるが岸田は希望していないだろう。
「まあ、2空団のメンコン(整備統制)班長はもうやったけど、司令部か、隊長なら千歳もあるかな」「幹部の人事は色々ややこしいんですね」光太郎は人事制度のからくりに混乱していた。
「海の仕組みはよくわからんぞ、幹部も1カ所で長いみたいだからな」確かに光太郎の周りでも東北出身の海曹はそのままの場合がある。
「その前にお前らはいつ結婚するんだ?」「俺はまだ20歳ですよ」「お前の祖父さんは20歳で結婚したんだぞ。ジェニーの親にも会ってきたんだろう」叔父の言葉に光太郎は黙ってうなづいた。
「先ずは2人とも海曹になることです」光太郎の意外に真面目な考えに賀真はソファーから身を起して真顔で話を続けた。
「お前は宮古島の家の跡取りだぞ」賀真の言葉に光太郎は叔父の顔を見詰めた。
「だったら1人息子の叔父さんが帰って下さいよ」「俺は駄目だ、宮古島の家はお前の両親に任せたんだからな」「ずるいなァ」賀真の身勝手な話に光太郎は不満そうだったが、同時にハワイ生まれのジェニーは宮古島を気に入るかも知れないと考えた。
それにしても厚木なら同じ基地だが、嘉手納と那覇では三沢と八戸以上に離れている。沖縄へ移動してからも共働きすることが不安だった。

3月、賀真は希望に反し入間へ転属した。ただ、入間からなら輸送機で直接千歳に帰宅できるので悪い話ではない。一方、紀美の家族はまだ経ヶ岬に住んでいる
「ネェネ、舞鶴に遊びに行ってきたさァ」紀美からの絵ハガキが宮古島に届いていた。
「経ヶ岬かァ、一緒に行った天橋立の近くだよね」「うん、日本三景でも天橋立は綺麗だったな」絵ハガキの住所を確かめながら直美が呟いた思い出話に私が答えた。
「綺麗と言うよりも変な景色だったさァ」「福岡の海の中道も同じ長い砂浜さ」私は防府から直美と光太郎と3人で行った「海の中道海浜公園」のことを話した。
「ホワイトビーチにも似たような風景があるさァ」すると直美は勝連半島から津堅島へ伸びる砂浜のことを思い出したようだ。
「うん、一緒に防波堤に座って眺めたさァ」「始めてキスした海だよ」「うん・・・」直美がうっとりした眼になったのを見て私は耳元で囁いてみた。
「キスするさァ」「貴方ってやっぱりキスするのにもチャンと断るんだね」同じ台詞を再現しながら直美は、あの時と同じように目を閉じた。私は、そっと直美の唇に唇を重ねた。あの時と同じように心臓が高なってきた。
「ねえ」「うん?」長いキスを終えたところで突然直美が意外なことを思い出した。
「そう言えば富士山にへ行くの忘れてた」実は沖縄へ帰る前に本当の富士山にも行くと決めていたのだ。
「今度のゴールデンウィーク、富士山へ行こうよ」「うん、でもあそこは車がないとなァ」富士山と富士五湖は車で1周しないと面白味がないのだ。
「入間の賀真から借りればいいさァ」「そんなこと言うとアイツも着いてくるぞ」「昔からお邪魔虫だったもんね」「そうそう・・・」直美の台詞に、何故か私たちにいつもくっ付いていた賀真の幼い頃を思い出して笑った。
また1つ、楽しみが出来たが愛知に帰省する話にならなくてよかった。

尖閣の問題が刺激になり、陸警訓練も練度が上がってきた。
「訓練、ニイタカヤマノゾメ、XXXX(時間)」の一斉放送が入ると尖閣諸島対処要員は業務、作業の有無に関わらず武器庫のある隊舎前に集合する。
この略号は言うまでもなく真珠湾攻撃の「ニイタカヤマノボレ」を言い換えて「(台湾にあ
る)新高山を望め」と洒落たものだ。
隊舎前では先任伍長が人員を確認して私に報告、編成をとり、武器、弾薬を受領するのが訓練の手順だ。私はそこまでの時間を計り、欠員の名前を確認した。
そこからグランドへトラックで移動して配備につくのだが、わが第5航空群には専門の陸警部隊がないため編成上の余裕がなく、長期間の配備には無理があった。
こうしているうちに東京の幕僚が机上で考えた尖閣諸島への対処の輪郭が、次第にはっきりしてくるようだった。

「ニイタカヤマノゾメ、1500」その日も尖閣対処の名目で基地のグランドで訓練を行った。
「不法侵入の状況現示」私の指示で指揮所にいた群本部の海曹がグランドの地図で侵入経路を確認して出て行った。彼には今回「日本語が判らない」と言う設定にさせてある。天幕の外で様子をうかがっていると、彼が不法侵入の状況を始めた。
「止まれェ!」やがて監視要員の誰何する声が闇夜に響いてくる。しかし、指示通り彼はそれを無視したようで、「止まれ」の声が繰り返された。
「ストッープ!」やがて別の声が英語で誰何をしたのが聞えてきた。しかし、彼はそれも無視したのか「スタップ」「スターップ」と発音を変えている。
「日本語が通じなければ英語で」と言う発想は悪くはないが指揮官兼指導官としてはこれをどう評価するのか難しいところだ。
「英語は国際標準語であるから、それで誰何をすれば、通じなくても可」と言う理屈は成り立つが、国際法上の明確な規定はない。
やがて「テイシ」と言う声が聞えた。どうやら「停止」のことらしい。確かに漢字の音読みではあるがそれが中国語としては通じるかは不明だ。
やがて不法侵入者になったはずの海曹の笑い声が聞こえてきた。しかし、このような咄嗟の創意工夫も隊員の問題意識と言えなくはない。そこに改善のヒントがあるのだから。

1ヶ月に1回の帰宅には宮古島空港まで直美が迎えに来てくれる。
日程は金曜日の最終便で那覇から帰り、日曜日の最終便で那覇へ戻る。つまり石垣島への遠距離恋愛の頃と同じだった。
「貴方ァ、お帰りィ」「会いたかったよ」「私もだよ」空港のロビーに出ると駆け寄ってきた直美を周囲にかまわず抱き締めた。
この歳になると流石にキスまではしないが気分はあの離島での再会に戻っている。いい歳をしたカップルが熱愛気分丸出しで抱き合っているのを観光客は驚いて、地元の人たちは呆れた顔で眺めてくるが気にはならなかった。その点でもあの頃と同じなのだ。
私のニライカナイ・直美
家に着くと義母に挨拶をし、墓参りをしてから夕食、そして直美と一緒に入浴となる。
「貴方、仕事はどう?」「うん、毎日充実してるけど限界も感じてるなァ」交代で洗い合って一緒に湯船につかると体が密着し、そこで直美が訊いてきた。
「限界って?」「政治的判断って言う奴が絡むから現場じゃあ何ともならないことが多いんだ」私の説明に直美も納得した顔でうなづいた。
「ふーん、難しいんだね」「警備行動の二の舞は嫌だからな」停止した不審船を目の前にしながら手を出せなかった政治的判断を思うと流石の私も歯ぎしりせざる得ないのだ。
「でも、今の貴方の顔、燃えているよ」「素敵かい?」「うん、素敵だよ」いつもは私が言う台詞を今夜は直美が言ってくれた。
「君も充実してるね」「うん、やっと慣れてきたさァ」こうして輝きを増した直美の目を見ているとこちらも嬉しくなり元気が湧いてくるのだ。
その時、直美が私の肩に頭をもたげ掛け、私も直美の肩に手を掛けて肌触りを確かめた。
「直美・・・」「貴方・・・あれっ、元気になったね」直美が「大発見した」かのように私の体の変化を確かめると、私は愛おしい妻の手のひらサイズの乳房に手を伸ばし、直美は手の動きに息を止めて身を任せた。
私は1カ月ぶりに触れる妻の身体を愛おしさと懐かしさを込めて愛撫した。
「準備完了、ここでいい?」「馬鹿、後でさァ」そのまま後ほど布団でする営みの予告のように口づけを交した。

翌日、義母を市民病院の定期検診に連れていくのにつき合った。義父を失くして弱っていた義母も元気になっていて、駐車場から建物まで先に立って歩いて行き、私たちは後ろについて、そんな様子を確かめながら微笑んでいた。
「流石はプロがついていると快復が早いなァ」「貴方のおかげさァ」独り言のような誉め言葉に直美はそう答えながら手を握ってきて、私は昨夜の愛の営みを思い出して胸を高鳴ならせた。そうして手をつないだまま病院の自動ドアに入り、広くはないロビーに入った。
病院の受付は待合室の奥にあり、直美に顔見知りの職員さんが声を掛けてきた。
「マツノさん、ハイサーイ」「こんにちは」沖縄では病院も元気だった。
「今日も仕事ね?」「今日は母の検診さァ」そう答えて直美は義母の診察券を差し出した。
カウンターで直美と義母が職員と受診手続きをしている間、私は数歩後ろで待っていた。その時、待合室にいる年配の患者たちが話し合っている声が聞えてきた。
「マツノさんさァ」「今日は掛かるみたいさァ」「でも、マツノさんは、いつも元気さァ」患者たちの話に私は直美の相変わらずの仕事ぶりが判って嬉しくなった。
「隣の人、お母さんだろ」「きっとそうさァ、同じ顔してるさァ」言われて眺めると確かに似た者母娘である。義母と直美は20歳しか違わないので姉妹と言っても通じるかも知れない。
「お母さんを連れて来たんだ」「いいなァ、マツノさんを貸し切り何だァ」お年寄りたちは口々に通院にも直美が付き添っている義母を羨ましそうに言うが、義母の病気のため単身赴任を始めた私としては「貸しているのは俺だァ」と言いたかった。
受付を終えたので直美を真ん中に3人揃って空いている長椅子に座ると、前の席の老人が振り返って話しかけてきた。
「マツノさん、ハイサイ」「あら、こんにちは、今日は通院ねェ」それは市役所の仕事で巡回している老人の1人だった。直美が挨拶に続き今日の受診の内容を訊いている間、私と義母は両側から直美の横顔を見ていた。するとアチラコチラの席のお年寄りが顔を向けて挨拶してきた。
「旦那さんね?」「そうさァ」「ハイサイ」1人の老婆がいきなり私を指さして訊いてきたので私もいつもの挨拶をした。
「旦那さん、ナイチャーねェ」「はい、島ナイチャーです」お年寄りたちは私の返事を聞いて呆気にとられたような顔で直美と私を見比べた。
「旦那さん、好い奥さんを持って幸せさァ」「この人が、好い旦那さんなのさァ」老婆が私にかけた台詞に直美が反論すると待合室が盛り上がってきた。
「本当、優しそうな旦那さんさァ」「離れ島まで会いに通ってたのを聞いたさァ」私たちに関する知っている情報の暴露合戦になると私と直美は聞き役に回るしかない。その間にも、お年寄りたちは1人づつ呼ばれて、それを直美は仕事の顔で確認していた。

「貴方、頑張ってね」「君も頑張ってな」日曜日の夕方、宮古島空港で見送られる時には2晩の愛の営みの余韻を引きずって2人とも熱愛が燃え上がっているから当然、送迎ロビーで熱烈な出撃のキスをした。
そして、私は作法通り姿勢を正して敬礼をし、搭乗口へ入っていくのだが、「こんな生活があと何年も続くのか・・・」と思うと引き返してもう一度、妻を抱き締めたくなった。

私は海開きしたばかりの宮古島の海で泳ぎたかった。
「直美、泳ぎに行こう」「うん、いいよ」直美は快諾してくれた。
「ビキニを買いたいなァ」「もう乳房(にゅうぼう)がないから無理さァ」確かに元々控え目だった直美の胸は最近、かなり引っ込み思案になっているようだ。引っ掛かる出っ張りがなくてはビキニが脱げてしまう。愛しい妻のヌードを一般公開する訳にはいかない。と言うことでビキニは諦めることにした。
直美がタンスから出してくれたハーフパンツ式の海パンを受け取って着替え始めると自分の水着を出した直美が追い出そうとした。
「出て行ってよ」「何でよォ、一緒に風呂に入ってるさァ」「それとは違うのさァ」直美は手で「アッチヘイケ」のゼスチャーで私を追い出すと襖を閉めてしまった。
確かにこの恥じらいが直美の魅力ではあるがヌードを見損なったのは残念であった。私は着替えながら昨夜、風呂で見た直美のヌードを思い出した。その後、布団の中の営みが続いたのだがイメージはやはりこちらだ。
私が着替え終わると直美も江田島のPXで買った水着の上にTシャツと短パンをはいて襖を開けた。私は海パンにTシャツだ。
「お待たせェ」「ううん、俺も今終わったところさァ」私たちは顔を見合わせた。やはり仕事を頑張っているだけに直美の身体はよく引き締まっている。それはそれで美しいと見惚れてしまった。

「おカァ、ビーチへ泳ぎに行って来るさァ」「2人でいいさァ」義母は居間でテレビを見ながら冷やかしてきて、それに2人で顔を見合わせた。
沖縄のビーチは砂ではなくサンゴの破片なのでビーチサンダルでは危ない。と言うことで運動靴を履いて家を出た。まだ午前なので日差しはそれほどではなかった。
「海に抱かれて男なら たとえ一つでも 燃える夢を持とう・・・」2人で歩きながら加山雄三の「海・・・その愛」を口ずさむと、もう聞きなれている直美も合わせてくれてデュエットになった。
「海よ 俺の海よ 大きなこの愛を・・・」そのまま2人で歌い切った。
「もう、完璧だね」「うん、貴方のテーマソングだもん」私が大袈裟に誉めると直美は「当たり前」と言う顔でこちらを見た。
そんなことをしているうちに海岸に着いたが、日曜日の海岸は家族ずれが水遊びをしているくらいで意外と空いている。海開き直後では地元の人にはまだ早いのかも知れない。私と直美は向い合って準備運動をすると一緒に海に入った。
「まだ水が冷たいさァ」「泳げば温まるさァ」そんなことを言いながら腿まで水に入ったところで私は直美に水を掛けた。
「ひゃーッ、冷たい」「やったなァ」「やられたァ」直美が水を掛け返して2人は年甲斐もないカップルになった。
「泳ごう」「うん」お互いシャワー代わりに頭から濡れたところで私が言った。そして、揃って沖のリーフ(サンゴ礁)に向かって泳ぎ出した。
干潮時のリーフは腰を下ろせる堤防のようなもので2人並んで休憩をしながら話をした。
「昔、宮古島も津波にやられたんだよなァ」「うん、そうさァ」琉球王国の頃、宮古島は大津波に襲われ島が壊滅したことを聞いたことがあった。その時は島の一番高台の上まで波が押し寄せたと言われているが、最近の調査では中腹くらいまでだったと言われている。
「その津波で死んだ人たちは浄土へ行けたかなァ」「うん、阿弥陀様も忙しかったろうなァ」
そんなことを考えながら私が手を合わせると直美も合わせた。
「南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛・・・」「南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛・・・」私が念佛を始めると直美も声を揃え、今度は念佛のデュエットになった。

泳いでビーチへ戻ると直美は「光太郎に送ってやろう」と言って砂浜で南洋系のタカラ貝を探し始め、私も頭をつき合わせて手伝った。
「光太郎は宮古島を故郷って思ってくれてるかなァ」「うーん、本土で育ったからね」こうして息子のため両親がやっていることの割にアベックの戯れとして楽しんでしまうのはどうしようもない。実際、直美とこうしているのは楽しかった。しかし、息子・光太郎とは前回の帰省以来、もう随分会っていない。
「ジェニーも泳ぎは得意なのかなァ」「そりゃあ、ハワイ生まれで海軍軍人だからね」「だったらゴールデンウィークと夏期休暇は宮古島に帰らそうかァ」直美が姑の顔になって提案する。しかし、ジェニーは江田島と宮古島へ1回ずつ、光太郎はハワイへ1回帰省しているので、今度はハワイへ行く番だろう。
「光太郎は帰省してくるのも役割さァ、この家の長男だもん」そう言われれば光太郎は宮古島の砂川家の跡取りだ。ただ、私自身も長男であるのに実家とは縁を切り、砂川家の長男である賀真も道産子になり切っている。それで光太郎にばかり長男の役割を求めるのは少し気が引けた。
「それよりも、いつ結婚するのかなァ?」「うーん、おトウには負けたね」義父・賀満さんは19歳で義母・直子さんを妊娠させ、20歳になってから結婚した。光太郎は21歳になっているから1年遅れたことになる。
「そんなことを競ってどうする」と呆れてしまったが。

帰り道、今度は口ずさむ曲が違った。
「目を覚ましてみると 白い砂は焼けて 眩しい日差しと いたずらな瞳が・・・」直美はこの曲の歌詞を覚えていないようで鼻歌で合わせた。
「・・・ララ 夏の少女よ 強く抱きしめて 2人のすべてをここにしるしておこう」私も一番しか覚えていなかったのでそこで終わって直美の顔を見た。
「こっちは直美のテーマソングさァ」「もう私は『夏のおバア』さ」私の台詞に直美は照れ笑いをして答えたが、私にはいつまでも「常夏の島の少女」なのだ。

家に帰って2人でシャワーを浴びようと思ったが直美が拒否した。
「なんでさァ?」「昼間から恥ずかしいさァ」先ほどまで水着姿を堪能したので今度はヌードのつもりだったが直美には直美のルールがあるらしい。それでもドア越しの話にはつき合ってくれているので納得することにした。
「貴方ァ、さっきの泳ぎ方はバタフライでしょ」「うん、練習しようかァ」直美は私が教えた平泳ぎとクロールが専門で背泳ぎとバタフライはマスターしていない。
「いいさァ、疲れそうな泳ぎ方だもん」「確かに、楽じゃあないな」「でも格好いいさァ」波をバックにしてダイナミックなバタフライは絵になるのは間違いないだろう。
そこまでで私はシャワーを終えて、直美がドアから差し入れたバスタオルで身体を拭き始めた。続いて直美は下着を差し入れてくれるが、それでも顔は出さないようだ。これも直美なりのルールなんだろう。したがって私も直美がシャワーを浴びるのを覗くことはしなかった(当然だが)。

ある日、外回りから戻って机に向かっていると突然、隊司令が部屋に入ってきた。
「司令、入室!」私の声に同室の隊員たちは一斉に起立して姿勢を正した。それに対して隊司令は「休め」と指示を与え私の前に真っ直ぐ歩み寄った。
「マツノ3佐、先っきから呼んでいるのに何故来ない」「えッ?それはスミマセン」連絡されてから時間が立っているのだろう、隊司令の顔はかなり立腹しているようだ。しかし、平身低頭したが私は「隊司令が呼んでいる」との連絡は受けていなかった。その時、視界の端に大下2曹の引きつった顔が見えた。私は咄嗟に状況を察して、もう一度隊司令に頭を下げた。
「ついでに御報告をと思いまして資料をまとめているうちに時間を過ごしました」私の説明(=言い訳)に隊司令は少し機嫌を直したような表情になった。
「そうか・・・こちらはそれほど緊急な用件ではないから一緒に報告してくれれば結構」「申し訳ありません。後ほど伺います」「うん、わかった」隊司令はそれだけを言うと部屋を出ていって、同時に隊員たちがその背中を見送りながら一斉に息を吐いた。私も溜め息をついて席に座ると作りかけていた資料作成を急いだ。
取りあえず訓練に関する資料を急ごしらえして報告を終えると、隊司令の用件は同居する航空自衛隊第83航空隊や南西航空警戒管制隊などの組織や任務の確認だった。最近、隊司令も私が航空自衛隊出身であることを知ったらしい。どちらにしろ緊急性、重要性はそれほどでもなかった。

報告と説明を終えて自分の部屋に戻ると他の隊員は出払っていて、大下美幸2曹だけが残っていた。私が席に着くと大下2曹は私の前に立った。
「マツノ3佐、先ほどはスミマセンでした。私が電話を受けていて御連絡を忘れました」大下3曹は私の目を見ながら報告すると敬礼よりも深く頭を下げた。
「そうかね、俺は自分のド忘れだと思ってたがな」この台詞は言う人によっては皮肉に聞こえるのだろうが大下2曹は私の性格を知っているようで顔をひきつらせて言葉を続けた。
「そんな風にかばって下さらなくても・・・私のミスなんですから」「いいよ、俺はミスになれているからァ、今更1つや2つ、ハッハッハッ・・・」私が場を和ませようと笑うと大下2曹の目に涙が浮かんだ。
「そんなに深く反省していたのか」と戸惑いながらも私は話を続けた。
「俺なんか飛行機を落としそうな重大ミスを何度も犯してきたんだから今更どうってことないよ。君もこれから気をつけてくれればいいさ」「そんな・・・」励まそうとすればするほど大下3曹は自分を責めてしまうようで涙を零した。
私が黙ってハンカチを渡すと、それを受け取って大下2曹は泣き出してしまった。
「大丈夫、隊司令の話はそんなに緊急性はなかったから・・・本当に雑談だったんだよ」私はハンカチで目元を拭いながら頭を下げる大下3曹に声をかけ続けた。
「大下君は笑顔が素敵なんだから、涙は似合わないよ・・・」私の慰めに大下2曹はさらに涙を流し、ハンカチで目を拭いながら自分の席に戻って鼻をかんだ。私は呆れながらそれを見ていた。

「ハンカチ、どうも有り難うございました」翌朝、出勤すると大下2曹が薄くて軽い箱を手渡した。どうやら中身は新品のハンカチらしい。大下2曹がワクワクした顔で見ているので中身を確認することにした。包装紙をはがして箱の透明の窓から中身を覗くと、それはジバンシーのロゴが入ったネービーブルーのハンカチだった。
「これはブランド物じゃあないかァ、こんな高い物をいいのかい?」「はい、私の気持ちです」大下2曹は興味深そうに覗いている周囲に気を使い「お礼」とも「お詫び」とも言わなかった。
「ジバンシーかァ・・・?」私は見るからに高そうで自分に不似合いなハンカチを眺めながら困惑し、そんな様子を大下2曹は何故か嬉しそうに見ていた。突然、私はひらめいた。
「そうか、これかァ・・・」「ピンポーン 大正解です」私がそう言いながら自分の腕をかぐと大下2曹は拍手しながら笑った。私のコロンは直美の趣味でジバンシーの柑橘系なのだ(シークワサーと呼んでいたが)。
「俺のコロン、よく判ったね。ありがとう」「いいえ、こちらこそ有り難うございました」この「有り難う」で大下2曹の「気持ち」が昨日の慰めに対する感謝であって、お詫びではないことが判った。同室の海曹たちも経緯は知っているようで黙ってうなづいていた。
「ネービーブルーって言うのがいいね」と私が誉めると大下2曹は「マツノ3佐のイメージカラーです」と笑顔で答えた。
「この包装紙は三越だな」そう言って私が席に座り包装紙を畳み始めると大下2曹はその手元を覗きこみながら「本当にマメですよねェ」と今度は感心した。
「こうしておけば包装紙もまた使えるだろう」私の所帯染みた台詞にさらに感心する。大下2曹の台詞にベテラン海曹たちは顔を見合せながら勝手なことを言い出した。
「そんな教育をWAVEたちにしていただきたいですね」「マツノ3佐の花嫁講座ですね」ベテランの海曹たちには単身赴任者も多い。しかし、内務生活であまりこの種の手間をかけることはしないようだった。
「学生長は大下2曹に決まりィ」彼女の上司の1曹がオチをつけて朝の空気が軽くなった。そう言えば大下美幸2曹は30代前半で独身、やはり浮いた噂も聞いていない。

翌週、私は宮古島に帰省した。沖縄は梅雨明けして夏本番、宮古島空港まで迎えに来た直美は少し日に焼けていた。
「貴方、おかえりなさい」「うん、ただいまァ」そう答えながら私は勝手にキスをした。
「ウ・・・ン」いきなりキスをされて直美は口の中で何かを言ったが、それでも構わずキスを続けると直美も背中に手を回してきた。最近は宮古島空港の職員たちも、この年甲斐のないアベックの素性が判っていてロビーでのキスにも驚かなくなっているようだ。
2人で車に乗り込むと直美が話を始めた。
「この間のタカラ貝を光太郎に送っておいたさァ」前回の帰省で一緒に見つけた貝を八戸に送ったらしい。それで帰省のことがどうなったのか気になったので訊いていみた。、
「ふーん、それで光太郎は何か言ってきたかい?」「ジェニーが宮古島にへ帰りたくなったって言うのさァ」「ウチに帰りたい?」「うん、ハワイの代わりだって」確かにハワイへ帰ることを思えば宮古島の方が安上がりだろう。ジェニーが宮古島を故郷と思ってくれるなら嬉しい話ではある。
「それじゃあ、帰省してくるな」「でも、ジェニーはこっちで勝手に結婚させる訳にはいかないよね」そう言うと直美は残念そうな顔で前を向いて車を発進させた。

一緒に風呂に入った後、直美の機嫌が悪くなった。
「テンジンさん、このハンカチは何ねェ」洗濯物の中に例のジバンシーのハンカチを見つけた直美は隣りで歯を磨いている私にそれを突き出して訊いてきた。私は何も考えずローテ―ションでハンカチを持ってきてしまったのだ。
「それはもらいものさァ」「誰に?」「職場のWAVEさん」「江田島で一緒だった人ねェ」「そうです」直美の驚くべき記憶力とキツイ口調に私の返事は次第に低くなった。
「何で、こんな高い物をくれたんねェ」「それは今から話すよ」「訊かれなければ隠すつもりだったんねェ」「それはウェッティ・クローズ(濡れ衣)さァ」私は冗談で誤魔化そうとしたが今夜の直美には通じなかった。怒られながら私は直美の珍しい態度に戸惑っていた。

布団の中で腕枕をしながら先日の顛末を話すと直美はため息交じりに呟いた。
「貴方は誰にでも優しくするからいけないのさァ」「はい」素直な返事に直美は私の顔を目に映しながら話を続けた。
「貴方の優しさは私だけに使いなさい」「「勿論、そうしてるさァ」「本当?」「判らないかァ」「判ってるよ・・・」そう言いながら抱き締めて、いつもの手順で身体を味わっていくと喘ぎ声の中で直美は首筋に腕をまわして「優しさ」を受け入れた。

ある時、私は訓練資料の中に懐かしい映画「日本海大海戦」のDVDを見つけ、持ち帰って直美と一緒に見ることにした。映画は最初の見せ場、広瀬中佐の旅順港閉塞作戦だった。
「この広瀬中佐って加山雄三じゃないの?」「うん、そうだね」私は加山雄三の歌をカラオケの得意ネタにしているので直美もよく知っているようだ。
「旅順港閉塞作戦って何なの?」「旅順港は出入り口が狭いから船を沈めて塞ごうって言う苦し紛れの作戦だな」「ふーん、苦し紛れかァ・・・」直美が素直に納得してしまい、英雄・広瀬中佐に申し訳なくなった。江田島では東郷平八郎元帥を本尊として広瀬中佐と佐久間艇長を両脇侍に祀っているのだ。
「そう言えば広瀬中佐にはアリアズナってロシア人の恋人がいたんだよ」「ふーん、外国人の彼女かァ・・・」直美は意味ありげな笑いを浮かべて私を見たが無視した。
続いて日本海海戦に先だって行われた地上戦のハイライト・旅順要塞攻撃になった。直美は画面に展開している第3軍の旅順要塞への肉弾攻撃を見ながら訊いてきた。
「陸上自衛隊ってこんな仕事なの?」「昔はこんなものだね」「でもあんな風にバタバタ死んじゃうなんて怖いさァ」直美の意見はやはり母のものだ。ただ、それを言うなら我が海軍も艦が沈む時にはブクブク死んでしまうのだ。
「あれは乃木が馬鹿だったんだよ。今の指揮官はあそこまで愚かじゃあないだろう」とは言ったが私自身、仕事でつき合いがある陸上自衛隊の幹部たちの常識的思考しかできない人間性には大いに疑問を感じている。兎に角、教範にある通り、上司の言う通りにしか考えることをせず、それ以上の発想はないのだ。そこで少し話題を替えてみた。
「そう言えば昔、二百三高地って映画を見たなァ」「いつ頃?」「大学1年だったね」「それじゃあ私はまだ高校生さァ。見てないよ」「そうだろうね」反戦教育が強い沖縄で戦争映画を生徒に見せるはずがないだろう。しかし、戦争の悲惨さを訴えるために見せる手もあるが、そんな手間は掛けないようだ。
「でも主題歌は知らないかァ?」「どんな歌ねェ」そこで私はテレビから目を離さずに「防人の詩」を低く口ずさんでみた。
「教えて下さい この世に生きとし生ける者の 全ての命に限りがあるのならば 海は死にますか 山は死にますか・・・」「うん、貴方がカラオケで唄ったのを聞いたことがあるよ」そう言えば、この歌のレーザーディスクの画面が二百三高地の戦闘シーンとあおい輝彦と夏目雅子のラブシーンだった。

旅順要塞が陥落して、いよいよ我が海軍の誇り日本海海戦になった。
「日本海軍の制服って品がよくて格好いいさァ、海上自衛隊もこれにすればいいのに」隣りに並んで見ていた直美は意外な反応をした。
「うん、『なごりゆき』の副長は制服代わりに愛用していたらしいけどな」「ふーん、貴方もする?」「沖縄じゃあ、マズイよ」と答えながらも私は満更でなかった。しかし、海軍陸戦隊としては緑色でネクタイを締める第3種軍装の方に憧れがある。とは言っても相変わらず反自衛隊勢力が生き残っている沖縄では着る機会もないだろう。
すると映画は宮古島の漁師が、バルチック艦隊の接近を通信施設がある石垣島までサバ二で行った場面を描いていた。
「そう言えば平良港にあるサバニは、この戦争の時の記念碑なのさァ」「ふーん」「バルチック艦隊を見つけたって通信施設がある石垣島まで漕いで行ったのさァ」「知らなかったァ」高校生まで勉強家の優等生だったはずの直美もこの話は知らないようだ。考えてみれば沖縄の教師が戦争に協力した話を教える訳がない。
「でもサバ二が石垣に着く前に海軍の哨戒船・信濃丸が見つけたんだけどね」「そうかァ、無駄になったんだ」「でも一刻も早く知らせようと必死に櫓を漕いだウミンチュウはエライなァ」「まるで貴方が自転車でコザまで来てたのみたいさァ」直美は島の英雄・ウミンチュウと若い頃の思い出を重ねてウットリした顔をした。
「うん、俺も直美に会いたくて必死だったよ」私も場面から目を離して直美の顔を見た。
何時もならそのままキスになるのだが今夜は映画が気になってそうはいかなかった。
宮古島・日本海海戦のサバニ
翌朝、平良港へサバニを見に行った。
「このサバニ、昔からなんで飾ってあるんだろうって思ってたのさァ」「ふーん、オジィやオトゥも説明してくれなかったんだァ」「うん、私が貴方と結婚するまで自衛隊や軍隊の話なんてしなかったもん」これは別に沖縄だけの話ではなく、私の実家も似たようなものだった。むしろ自分たちの常識で息子の仕事を否定する分、砂川家以上に性質が悪いのだ。
「そう言えば昨日の映画の主人公だった東郷平八郎っって江田島で名前が出てた人?」「うん、日本海軍の神様だね」やはり学校では戦争の歴史について習っていなかったようで、東郷平八郎と言う名前は憶えていても、「偉い人」以上の認識はなかったようだ。
「俺の場合、東郷元帥になろうと思ったら乃木大将になっちゃったみたいだけどな」「ふーん」私の妙な言い方に直美は首をひねった。確かに結婚した時は航空、その後海上に移り、今やっている仕事は陸戦隊なのだ。私自身も波瀾万丈、流転の自衛隊人生はそのままドラマになりそうだと思っている。
「貴方なら私の島までサバニで来てくれそうさァ」「うん、石垣島からならそうしたかもな・・・ウインドサーフィンで」日露戦争当時の海軍大臣・山本権兵衛は若い頃、売られてきたばかりの芸者に惚れて、初めて客をとる夜、同期とカッターを漕いで略奪して結婚したと言う。私は答えながら本当にそうしている自分を思い浮かべ、直美も同様なのか笑いながら手を握ってきた。

その年の年末年始休暇は光太郎たちと日程を合わせて私たちは宮古島に帰省した。
「お祖母さん、これは何ですか?」昼食の支度を手伝いながら、ジェニーはテーブルの上のシークワサ―の篭盛りを見つけた。
「食べてみるさァ」義母は笑いながら悪戯心で勧めたが、私たちも勘がいいジェニーのことだから、柑橘系の匂いでシークワサ―が酸っぱいことに気がつくだろうと思っていた。
「これ、美味しい」ジェニーはシークワサ―の皮を剥いて房を1つ口に入れると心配して見ている私たちに笑い返し、呆れている義母の前で1個目を食べた。そして、「もう一つ良いですか?」と訊いて、また1つ手に取った。
「最近、胃が悪いのか吐き気がして、酸っぱいものが食べたくてレモンとかをよく食べるんです」ジェニーの説明に義母が真顔で直美を見た。
「ジェニー、来て」直美がジェニーを連れて台所を出て行くとテーブルで私とビールを飲んでいた光太郎は驚いた顔で2人を眼で追った。
「光太郎、ひょっとするとアンタたち・・・」台所に取り残され、まだポカンとしている光太郎の顔を義母は微笑みながら見つめていた。義母は20歳で直美を生んだのだ。

「光太郎、私たち赤ちゃんができたみたい」直美の問診を終えて台所に戻ったジェニーは、喜びと戸惑いに揺れた顔で報告した。
「まだ判らないさァ、今から病院へ行ってみるさァ」直美の補足説明に光太郎はうなきながらジェニーの顔を見つめた。直美と義母と私はシミジミとそんな2人の姿を見守っていた。
「やったァ」突然、光太郎は大声で叫ぶと立ち上がり横に立つジェニーの手を取った。そして、天井を見上げて涙を流し始めた。
「光太郎・・・」その姿を見つめてジェニーも泣き始めた。
「喜ぶのはまだ早い、病院へ行って検査してからさァ」感激に浸っている若い2人の横で直美はプロらしい冷静なアドバイスをした。

病院での検査の結果、やはりジェニーは妊娠をしていた。
「お父さん、外国人の血が入った孫でも喜んでくれるの?」家に戻り、茶の間で結果を報告しながら光太郎は私の顔を見ながら訊いた。
「賀真叔父さん、お父さんは強烈な愛国者で、軍神みたいな人だって言っているよ」光太郎の言葉を理解したジェニーも少し心配そうな顔をした。
「それは大丈夫さァ」私が返事をする前に直美が自信ありげに答えると義母と光太郎、ジェ二―は3人で顔を見た。結局、私は蚊帳の外にされた。
「お父さんには私の前にアメリカ人の彼女がいたのさァ」「へー」「ふーん」意外な話に光太郎とジェニーは顔を見合わせたが、私は「何で、それを?」と青くなって固まってしまった。
「その人はアメリカ空軍の兵隊さんだったみたいさァ」直美は言葉を続けた。
「お母さんは、どうして知ってるねェ?」光太郎は子供の頃の両親の様子からは想像もできない話に戸惑いながら質問した。
「お父さんは酔っぱらうと英語で寝言を言うことがあったのさァ」「ふーん」「それで私が耳元で『I LOVE YOU』って囁くと色々と英語で話をしたのさァ」光太郎、ジェニー、義母は呆れた顔で直美の顔を見た。
「そんな悪戯って酷いさァ」「良いのさァ、テンジンさんは私だけの旦那さんだもん」光太郎が男の立場で口を尖らして抗議にすると直美は「当然」と言う顔で答えた。
「お父さんの英語はきっと、その人から習ったんだよ」「ふーん、俺と同じかァ」光太郎はジェニーと一緒に固まっている私の顔を覗き見た。
「でも、お父さん、少し可哀想だなァ」「良いのさァ、だから私と結婚出来たんだから・・・」「ねッ、あなた!」直美は固まっている私に向かって声を掛けた。
「はい」私が返事をすると直美は「よろしい」と答え、話は一段落した。
「ダディ・・・どうかこの子も愛して下さい」突然、ジェニーが直美の隣りにいる私に英語で話しかけたので、私は直美の手を握りながら答えた。
「これで俺たちの命が、また一世代先までつながったのさァ、ジェニー、本当に有難う」「はい」とジェ二―は深くうなづいて涙を浮かべた。
「俺、ひょっとしてハーフだったのかも知れなかったんだァ」しかし、光太郎は感動的な場面にもらい泣きしながらも相変わらず変なことを考えていた。

「光太郎の嫁さんが妊娠したさァ」直美はその夜、三沢に転属してきたばかりの紀美に電話した。それは母親代わりの手助けを頼むためだった。
「エーッ、ネェネもついにおバアねェ?」紀美の第一声に直美は初めて自分が「お祖母ちゃん」になることだと気がついた。
「そうかァ、ネェネもおバアかァ」紀美が感激を噛み締めながらもう一度繰り返すと、直美は「うちはグランド・マミィさァ」と言い返した。
「ハイハイ、グランド・マミィですね」紀美は呆れた口調で相槌を打った。交際期間が長かった紀美と岸田の家では子供はまだ小学校高学年の姉、小学校低学年の弟の2人だ。夫の岸田も賀真と同じく3佐になって(追いつかれた)北部警戒管制団司令部に勤務している。光太郎は賀真が転属し、千歳に家を建てた後、三沢へ転属してきた岸田・紀美の官舎へジェニーと一緒に遊びに行っている。
「光太郎もジェニーも、まだ若いからよろしくたのむさァ」「ハイハイ、面倒をみます。だけど結婚はどうするねェ?」紀美の返事に私たちは新たな問題を認識した。

東北に帰って光太郎とジェニーは三沢の岸田・紀美の官舎を訪ねた。紀美の夫・岸田と高校生の長男、中学生の長女は出かけていたが、まだ小学生の2女は土産に米軍のPXで買ってきたケーキに大喜びをした。
「光太郎、あんたもお父さんになるんだねェ」紀美は居間にケーキと飲み物を持ってくると、いきなり光太郎に気合を入れ、ジェニーは頼もしそうに紀美の顔を見た。
「でも俺、まだ若いからお父さんになる自信なんてないさァ」光太郎は時間とともに色々な事を考え不安になってきたようだ。
「大丈夫、ジィジは20歳でネエネが生まれた後、7人の子供のお父さんになったのさァ、ジィジを見習えばいいのさァ」紀美の言葉に光太郎もうなづいた。
「でもジィジは優しくしてくれるばっかりで、あまり怒られなかったなァ」「それで好いのさァ、お父さんは細かいことは気にしないで元気でね」紀美は光太郎の祖父、自分の父である砂川賀満さんの顔を思い浮かべているようだ。
「あんたのお父さんもお母さんにべったりだから家で怒ったことはないさァ」紀美のこの言葉に光太郎は先日の母の昔話を思い出した。
「そう言えば、お父さんにはお母さんの前にアメリカ人の彼女がいたんだって」「へーッ」光太郎が始めた意外な話に昌美は身を乗り出した。
「お母さん、寝ているお父さんに英語で話しかけて色々聞き出したらしいよ」「ホーッ」光太郎の話に紀美は驚きの返事を繰り返した。
「アメリカ空軍の人だった見たいです」「フーン、同業かァ、あんたらと同じさァ」ジェニーも話に入って来ると紀美はあらためて2人の顔を見比べた。
「それでネェネは怒っていたねェ」「ううん、私だけの旦那さんだから好いんだって」「ネェネもやるなァ」紀美は今更のように感心して見せた。
「ところでジェニーは、どこの病院へ行くねェ?」「やっぱり言葉のことがありますから軍病院のつもりです」紀美の質問にジェニーは光太郎と話し合った結論を答えた。
「流石にあそこは行ったことないなァ。でも好い機会だから見舞いを兼ねて見学させてもらうさァ」もう紀美は好奇心丸出しの顔をしている。この叔母にとっては見舞いも観光と同じことのようだ。
「光太郎二ィ二、お父さんになるの?」その時、ケーキを食べ終えた娘が話に入ってきた。
「そうだよ、赤ちゃんを可愛がってね」「うん」ジェニーの言葉に娘は、はにかんだようにうなづいた。

「トロイことを言うな」80を過ぎてなお愛知の義父は頑固だった。
「アメリカ人と結婚する」と写真を添えて送った光太郎の手紙に義父は怒っていたと義母が電話をしてきたが、直美は「ハァ」と返事するしかない。
「そんな国際結婚みたいなものが上手くいくはずがない」息子の時に使った台詞を義父はまた使ったが今回は本当に国際結婚だ。ただ、義父が直美の時に使った「沖縄人」と言う単語忘れていたのは光太郎には幸いだろう。もし「南洋人」「土人」などと口汚く誹謗されれば、誇り高きアメリカ軍軍人のジェニーも負けてはいまい。
「もう祖父さんの出る幕じゃあないのにねェ」義母はそう言って呆れたような声で笑っていた。一方、もう一人のナオミは「英語を勉強しなきゃ」と相変わらずのノリだったらしい。
「テンジンさんもこんな調子でやられていたんだァ」電話を切って直美はため息をついた。夫が実家とは縁を切り、官舎の連絡先を知らせていない理由も納得できた。

「ジェニーのお腹が目立つ前に」と光太郎が21歳の桜の季節に東京で結婚式を行った。それは沖縄の親戚と青森の同僚、来日するジェニーの家族、友人に配慮したのだ。
「貴方、アメリカ人って誰にでも挨拶にキスをするのかな?」結婚式の前夜、ホテルの部屋で直美が訊いてきた。先ほどロビーでジェニーの親戚たちが挨拶にキスをし合っている姿を見て驚いたようだ。
「うーん、確かにそうする人が多いなァ」私は正直に答えた。
「私は絶対に嫌さァ」「エッ?」「私は貴方だけのモノなのさァ」「ありがとう」直美の顔は怯えたように強張り、私は直美が保健婦の国家試験を終え、那覇のホテルで初めて抱いた夜のことを思い出した。
「わかった、俺が直美を守るけど念のため光太郎にも言っておこう」私の答えに直美は安心したようにいつもの笑顔に戻った。

「オ―、何て可愛い女性だろう。俺は絶対にキスするぞ」光太郎から話を聞いたジェニーの父は変に張り切ってしまった。
「NO!お義母さんはバージンみたいな人よ、絶対に駄目ェ」「だったら俺が女にしてやる」ジェニーが注意しても父は耳を貸さなかった。どうやらアメリカ人男性らしい征服欲が燃え上がってしまったようだ。父は1人でどうキスをするかを考え枕を抱き締めて練習まで始めた。そんな様子をジェ二―と母は呆れながら溜め息をついた。
「そうだ、お義父さんは海軍特殊部隊の指揮官だよ。怒らせたら殺されるよ」「ゲッ!」ジェニーの一言で父は急に弱気になり挨拶は握手だけだった。

出席者の待合室は混乱していた。ハワイからの参加者と米軍関係者の英語、沖縄からの参加者の沖縄方言、海上自衛隊関係者の標準語が飛び交い、係も案内に苦労している。それでも時間になり写真撮影からスタートしたが、アメリカではこのような集合写真の習慣がない上、ここでも日本語と英語の説明なので中々撮影にならない。今日の光太郎は海曹候補士の黒の詰襟7つボタンの制服を着ている。それはジェニーのアメリカ海軍の軍服とお揃いにもなっていた。2人はお色直しもしないのだ。
1番前の両親の席で直美と並んで座っていると、こちらが英語を聞き取れないと思ったのかジェニーの父親が大きな声で話していた。
「うーん、お母さんはチャーミングだ」「とてもエレガントだ」「やっぱりキスがしたい」「別れ際に抱き締めてディープキスをしてやる」「抱いてみたい・・・」私と同程度の英会話能力の直美は怯えた顔で私を見た。現在、勉強中の光太郎や英語が苦手な砂川家の面々には特別なリアクションはないが、賀真や岸田も呆れた顔をしている。そこで私は向こうの両親の席に聞こえるよう英語で独り言を言った。
「不心得な話が聞こえてくるな。女房に手を出したら無事じゃすまさんぞ」「半殺しにして東京の病院に入院させるから救急車を呼んでおこう」すると父親は黙ってしまった。
「はい、写しまーす」カメラマンがそう言うと係が英語に通訳したが、それでも父は顔が引きつっている。どうやらよからぬ下心があったらしい。
「お父さん、笑って下さい」何度、カメラマンに言われても父は笑えないでいる。
「これは先制攻撃ねェ」「どっちかと言えば積極的防御だな」私の答えに直美は噴き出した。
「カシャッ」その瞬間、シャッターが下り、こちらは全開の笑顔で写ってしまった。

「直美、基地の盆踊り大会に来ないか?」何度目かの帰省の時、私は直美を誘ってみた。
那覇基地の盆踊り大会は陸海空自衛隊合同で8月上旬の土曜日の夜に航空自衛隊のグランドで実施される。「宮古島から参加しに来なさい」と言うことだ。
「盆踊りかァ。久しぶりだね」直美も乗り気になったようだ。実は先日の本土への出張で直美に新しい浴衣を買ってきたのだった。私が大好きな藍染の浴衣も光太郎が生まれた20代半ばで買ったものなので、「そろそろイメージチェンジを」と考えていた。
「那覇基地の盆踊りは初めてだろう。米軍も来て面白いぞ」「うん、土曜日に那覇へ行って日曜日に帰る日程なら大丈夫だよ」今年の自分への誕生日プレゼントは直美の新たな浴衣姿なのだ。

盆踊りの当日は朝から勤務になり、直美は午後の飛行機で留守の官舎にやってくる。
「直美さん、これを着てみてよ。気に入ったらそれで基地へ来てちょうだい。絶対似合うはずだよ」私は官舎の食卓の上に真新しい浴衣と帯、下駄を置いて、置き手紙をしてきた。新しい浴衣は白地に柄が入ったもので、前の物とは全くイメージが違う。
私は仕事をしながらも直美が気に入るかワクワクしていて大下2曹にも呆れられていた。その時、私の携帯に直美のメールが届いた。
「貴方、ありがとう。気に入りました。夜をお楽しみに」「よっしゃーッ」思わず大声を出してしまい、大下2曹以外の隊員たちを驚かせてしまった。

夕方、事務室で直美を待っていると大下2曹も浴衣姿になってきた。
「マツノ3佐、奥さんはまだですか?」「うん、こんな時はシマ時間なんだなァ」私は浴衣ではなく、灰色の着物の上に僧侶の略衣を羽織っている。
「大下くんの浴衣も素敵だね」「またァ、奥さんの浴衣姿が待ち遠しいくせに」私の誉め言葉に大下2曹は本心をズバリ指摘した。
「でも本当に綺麗だよ。着付けは誰がやったんだい?」「基地盆踊り大会に何回も参加していれば嫌でも覚えますよ」大下2曹はそう言って肩をすくめた。
「そうかァ、WAVEに講習会をやらなければいけなかったな」「でも、最近は法被にすることも多いですから」言われてみれば江田島や舞鶴でも若いWAVEには法被が配られ、中年オヤジの目には彼女らの白い胸元とむき出しの足が眩しかった。
「法被は20代前半まで、小母さんは浴衣でしょう」「いや、それも煩悩がくすぐられるよ」私の坊主らしい誉め言葉に今度は大下2曹も笑った。
「それじゃあ、お先に会場へ行きます」「うん、盆踊りは死者の霊を慰めるために踊った一遍上人の踊り念佛が起源だから沖縄戦の犠牲者の慰霊のためにも踊りましょう」最近、口から出る台詞がドンドン坊主になってきているような気がする。それを感じたのか大下2曹も呆れた顔をして出ていったが、廊下、階段からは軽やかな下駄の音が響いてきた。

直美は大分、遅刻してきたが、「官舎の前でひろったタクシーが基地前道路の渋滞で近づけず慣れない浴衣姿で歩いて来た」と事情を説明した。それでも私は新しい浴衣を着た直美に見惚れてしまい説明をボーと聞いていた。
「どう似合う?」そんな私の顔を見て直美は初めて浴衣を着た時のようにクルリと回って見せ、それに煩悩がくすぐられた(当然、職場では何もできないが)。
「うん、似合うよ。素敵だ。綺麗だ。チュラカ―ギだ・・・」「はいはい、どうもありがとう」愛妻が何歳になってもこのパターンは変わらない。ただ、年齢を重ねた分、シットリとした色気を醸し出しているように感じた。
「さて行こうかァ」そう言って隊舎から出ると、もうすっかり暗くなっている基地をかなり遠い航空自衛隊のグランドに向って下駄を鳴らして歩き出した。
海上自衛隊のエリアでは角々に立つ隊員たちが「御苦労様です」と敬礼をしてきて、それに私が合掌して礼を返すと、後ろから彼らが「今のはマツノ3佐だろう」「坊さんか?」などと言い合っているのが聞こえた。
「貴方のこと、坊さんだって」「うん、認識は間違っていないな」「そうだよね。ハハハ・・・」そんなことを言いながら私たちは顔を見合せて笑った。
「ところで前の浴衣は持ってきたのか?」「うん、言っておいてくれれば荷物は半分だったのに」直美は少し不満そうな顔をしたが、私の気持ちを察してそれ以上何も言わなかった。
「あの浴衣はジェニーに送ってやろうか」「三沢でも盆踊りってあるのかなァ?」「もう、光太郎が買ってるかも知れないな」「貴方の息子だからね」そんな話をしながら私たちはハワイアンのジェニーの浴衣姿を思い浮かべた。
「そう言えば昔、高知の播磨屋橋で坊さんがかんざしを買って大騒動になったって昔話があるけど、坊主と娘が歩いていたらどうなったのかなァ」「そうかァ、坊さんの貴方と歩くのは初めてだよね」直美はあらためて私の法衣姿を見たが、私のように見惚れはしなかった。
やがて私たちは航空自衛隊のエリアに入り、そこで私は突然思いついたことを言った。
「直美、腕を組もう」「エーッ、本当にいいのォ?」私の提案に直美はためらいながらも腕に手を差し込んできた。
「土佐ァのォ 高ォ知の 播磨屋橋で 坊さんカンザシ 買うを見た・・・」そんな民謡を唄いながら坊主と浴衣の女性が腕組んで歩いている姿に航空自衛隊の警備の隊員たちは驚いた後、羨ましそうに見ていた。
私の二ライカナイ・直美
那覇基地の盆踊り大会は航空自衛隊以来だが相変わらず盛大だった。会場には陸海空のテントが張られ、あの頃とは違い県知事、那覇市長などの来賓も席について接待を受けているが、それは航空自衛隊の担当だ。
海上自衛隊のテントには嘉手納の海軍航空隊やホワイトビーチの米海軍関係者がいたが、大下2曹たちWAVEも浴衣や法被姿で、お盆にビールや露店から持ってきた焼き鳥やタコ焼きをのせて、テーブルを歩き回っている。
私はウッカリ知り合いにつかまると折角の直美との時間を不意にすると考え、「君子危うきに近づかず」で、いい匂いを漂わせている露店をのぞくことにした。
「直美、晩飯は食べたのか?」「ううん、まださァ。貴方は?」「俺は基地で軽くな」と答えながら、焼きソバの香ばしいソースの匂いを嗅いで急に腹が空いてきた。
露店には隊員よりも地元の親子連れが多かった。私たちは混み合っている露店から少し離れたところで立ち止まって相談を始めた。
「何を食べよう?」「うーん、焼きソバにしようか、お好み焼きにしようか迷ってるのさ」私の確認に直美は店を見比べながら首を傾げた。
「お好み焼きとタコ焼きは直美の方が本場のプロ直伝だろう」「そりゃあ、そうだね」と言う私の意見で焼きソバにすることにした。
焼きソバのテントでは鉄板の前で隊員が汗をかきながらソバを焼いている。材料はあらかじめ刻んであって、ソバが解れるとそれを鷲掴みにして鉄板に乗せて焼くだけ、したがって調理はドンドン進んでいた。
焼きソバ2つとビール2本を頼んで受け取り、会計しようとすると、そのベテランの隊員は航空自衛隊時代の知り合いだった。
「あれッ、マツノくん?」「おっ、堺くんかァ、久しぶりだね」彼は同じ修理隊のエンジン整備員で、私が防府に転属した翌年に3曹に昇任して冬の初任空曹課程に入校してきた。
「うん、沖縄も2度目だよ」「俺も同じく2度目なんだ」あの頃はお互い20歳代で若かったが、どちらも40歳を過ぎたオッサンになっている。私は頭を短く刈っているが、彼も帽子の裾の髪は少し白くなっていた。
「奥さんか?」「うん、愛妻さァ」「確か、離島の看護婦さんだったよな」「うん」彼の記憶力に感心しながらも、それ以上に昔の思い出が胸に甦った。直美も同様だったのだろう、私の隣りで軽く会釈をして微笑んだ。
「それにしてもどこの所属なんだ。同じ基地でも全く会わないなァ」彼は不思議そうな顔で私の顔を見た。
「5空群だよ」「5高群?ミサイル屋になったのか?」今度は呆気にとられた顔をしたが、私はそれに追い打ちをかけた。
「海上自衛隊第5航空群ですわ」「海上自衛隊?」「群本部の訓練担当幹部ですよ」「へーッ、幹部さんかァ」私の説明にも彼は理解不能の顔でさらなる説明を求めていたが、後ろにお客が並んだので話を切り上げて会計を済ませた。
「それじゃあ、また里帰りしに来てよ」「うん、そっちも遊びに来てね」私と直美が背を向けると「境1曹、お知り合いですか?」と若い隊員が彼に声をかけていた。
「それで坊さん何ですか?」「お寺の孫だから跡を継いだんだろう」この友人とはアチラコチラへ遊び歩いた仲だったが、ここまで記憶されていると言うことは余程印象が強かったのだろう。そう言えば直美の離島に会いに行った石垣島の野外訓練でも一緒だったはずだ。

2人で腰を下ろして食べられる場所を探していると、別の知り合いに会った。
「ありゃ、マツノ3曹かァ」「あれッ、さっき境クンに会ったよ」「ああ、堺1曹は総括班の訓練係ですよ」あの頃、空士だった彼も随分貫禄がついていて、声を掛けられても一瞬誰か判らなかった。
「竹内くんは?」「竹内2曹です。オウパイ(オウトパイロット=自動操縦装置)のショップ長です」「そうかァ、あの頃は1士だったけどな」「はい、お世話になりました」私が談笑していると直美は後ろから袖を引っ張った。おそらく「先に行くからユックリどうぞ」と言う合図だろう。すると竹内1曹が直美に声をかけた。
「奥さんですか?」「はい、主人がお世話になりました」「私は内務班で奥さんの写真を見たことがありますよ。額に入れて部屋中に飾ってありましたよね」「うん、確かに飾ってたよ」意外な昔話に直美は恥しそうに笑って私の顔を見た。私は直美と遠距離恋愛の頃、写真を大きく引き伸ばして額に入れ、自分の部屋の全周に並べてあったのだ。本当は時々、抱いた記憶でマスターベーションにも使っていたが。
竹内2曹と話し込んでいると通りがかった海上自衛隊の隊員が挨拶してきた。
「マツノ3佐、御苦労様です」「おう、こんばんは」「こんばんは」彼の呼び掛けに2人で返事をすると、竹内2曹は一瞬顔を強張らせながら姿勢を正した。
「3佐なんですか?」「うん、3等海佐だがね」先ほどの堺曹長に続き、また身元を明かしてしまい、航空自衛隊の知り合いの間に広まることは覚悟しなければならないと1人うなづいた。

体育館のコンクリートの階段に並んで腰を下ろすと、私が袋に下げていた焼きソバとビー
ルを分けた。しかし、焼きソバは冷め、ビールはかなり温くなっている。
「ごめん、話が長くなって」「ううん、久しぶりだったんでしょ」直美はビニール製の焼きソバの容器のゴムを外し、ふたを開けながら首を振った。
ビールの栓に指を掛けた時、直美は「泡を吹くかも」と心配したが大丈夫だった。そして、そのまま乾杯をして1口飲んだ。
「あの頃、公園デートじゃあ、いつも自販機の缶ジュースを飲んだよな」「うん、乾パ―イってね」私の思い出話に直美も懐かしそうにうなづいた。それからしばらくは看護学生から離島までの思い出話に花が咲いた。
「でも、私の写真をそんなに一杯飾ってたの?」「うん、どこを向いても直美の顔が目に入るようにね」私の説明に直美は照れたように笑った。私は現在の単身赴任生活が、あの頃の想いを蘇らせる効果があることを自覚していた。
「あれ、辛い」突然、直美は焼きソバを噛みながらビールを飲んだ。
「コショウの固まりがあったみたいさァ」ビールでおさまったのか直美が説明する。
「ふーん、修理隊の連中なってないなァ。今度、堺曹長に文句を言ってやろう」「そんなのいいよォ、折角再会したのに」私の軽い冗談に直美は真面目に受け答えする。どうやら熱愛夫婦でも単身赴任をすると意思疎通が鈍くなるようだ。
腹ごしらえが終った後は直美の本土仕込みの盆踊りを鑑賞し、テントでビールを勧められてほろ酔い気分になり、官舎の布団では直美に泥酔した。

夏の休暇で私たちが八戸へ出かけ、岸田の幹部官舎で光太郎とジェニーに合流した。ジェニーはハワイから届いたマタニティ―を着ている。
「沖縄では子供の名前は親から1字取るんだよね」夕食の後、岸田・紀美夫婦を交えた6人での茶飲み話の席で光太郎が言い出した。もう子供の名前を考えているらしい。
「うん、そうだね」紀美がうなづきながら答えた。
「大ジィジは賀慶、ジィジは賀満で、叔父さんは賀真さァ」隣で直美が補足したが、「でも、お父さんと俺はつながってないさァ」と光太郎は首を傾げた。
「アンタは一応、本土の家の子供だからね」直美がまた補足した。
「俺の名前は、生まれた時にお父さんの小学校の先輩の名前をもらったんだったよね」「そうだよ、俺は小学校の時から本多光太郎先生の生き方が好きだったんだよ」「フーン」光太郎は私の説明にゆっくりうなづき、直美も懐かしそうな顔で息子の顔を見つめていた。
「私、仙台の東北大学で本多光太郎先生の資料を見ました」「すごいさァ、どう想ったねェ」
親子の会話にジェニーも加わってきた。光太郎は父からもらった本多光太郎博士の伝記を読んで一緒に仙台の東北大学を訪ねたらしい。
「金属研究の第1人者ですから私の仕事にも関係があります」「ジェニーは勉強家さァ、俺なんか資料館に行っても退屈だよ」「お前は江田島の教育参考館でも同じこと言ってたなァ」ジェニーと光太郎の話に私が加わって直美は笑った。
「この子の名前はどうしたらいいのかなァ」光太郎がジェニーの腹に手を伸ばし、撫でながら話を変えたので、そんな姿を両親と叔母夫婦は嬉しそうに見つめた。
「お父さん、はじめは女の子って決めていて、女の子の名前しか考えていなかったのさァ」「へーッ、どんな?」意外な話に光太郎は身を乗り出して直美の顔を見る。
「みるくって名前さァ」「みるく?」隣でジェニーも「メルク?」と英語での発音で訊き返
し、光太郎は首を傾げた。
「違うよ、弥勒菩薩のことだよ。沖縄のニライカナイ浄土の佛様はミルクユガフって言うんだ」私の説明をジェニーは光太郎に質問したが流石に宗教の話は難しいらしく、答えに苦労しているので仕方なく私が英語で説明した。
「深くて、沖縄らしくて、可愛くて、覚え易くて好い名前さァ、それもらった」光太郎はジェニーと顔を見つめ合い、うなづき合いながらそう言った。
「あんたも女の子って決めてるねェ」「男でも好い名前さァ」光太郎は直美の台詞に反論しながら、もう一度ジェニーの顔を見た。
「みるく・・・」ジェニーは幸せそうに自分の腹を優しく擦りながら呼びかけていた。本当なら光太郎に妹ができればつけるつもりの名前が孫に命名されることになりそうだ。

「マツノ3佐、空自の方がお見えです」ある日、木下2曹が部屋に入ってきながら声をかけ、後ろから水色の制服を着た堺1曹が少し緊張した顔をのぞかせた。
「ありゃ、堺1曹じゃないか」「マツノ3佐、御苦労様です」「どうぞお入り下さい」堺1曹は入り口で礼式通りの挨拶をしようか迷っていたので私が声をかけて招き入れた。
「今日はワザワザ?」「これはどうも・・・」堺1曹は大下2曹が私の正面に出した椅子に腰を掛けたが、私の質問にも大下2曹が出したコーヒーのお礼を先に言う。そんな態度は旧友としては心外に感じた。
「堺ちゃんらしくないなァ。用件は何ねェ」「実は・・・」私の口調が強くなり堺曹長は姿勢を正した。
「実は、ウチの隊員教育で防衛講話をお願いしたいんですよ」「防衛講話?」これは思いがけない申し出だった。私は空自時代、海自の幹部の講話を聞いたのは曹候学生の後期課程で行った江田島研修であったくらいだろう。
「はい、マツノ3佐が海上警備行動の出動で不審船に乗り込む現場にいたことを聞きまして、これは是非にと思いまして・・・」堺1曹は妙に緊張した顔で話を区切った。
「エライさんは知ってるのかね」「勿論、隊長からの指示です」隊員たちの間で元修理隊の海自幹部がいることが話題になり、それを聞いたエンジン小隊長が防衛大学校の同期に訊いて海上警備行動のことを知ったとのことだ。
「ふーん、でも海上警備行動なんて航空自衛隊の参考になるのかなァ」「北朝鮮の拉致の話題ですから隊員も何かを感じるでしょう」考えてみれば私は海上自衛隊でも1術校以外では海上警備行動の経験を話したことがない、それは政治的なタブーとして暗黙のうちに封印されているのだ。海自内でも許されていないことが空自で認められるとも思えないが、一応、確認してみることにした。
「用件は判りました。こちらの担当者と相談して返事します」「はい、講話の予定は総演前を考えています」要するに演習前の気合を入れるネタにしようと言うことのようだ。しかし、その時期は私も各種訓練で多忙なのでそちらの方が心配になった。

「お知り合いですか?」堺1曹が帰った後、木下2層が訊いてきた。
「うん、空自時代の友人だよ」「それじゃあ、同じ歳なんですか?」木下2曹の訊き方は少し戸惑いがあるように感じ、堺1曹の顔と自分のそれを想い比べてみたが、確かに私の方が老けているようだ。
「うん、確か同じ歳だったはずだよ。向こうは何時までも若いけどね」「マツノ3佐は歳よりも老けていますからねェ」そこで同室の海曹が話に加わってきた。
「そう言う君だって彼よりも年下だろう、かなりベテランに見えるけど」私がやりかえすと本人は黙り、木下2曹は愉快そうに笑った。
こんな幹部と海曹との自由な会話が「この部屋は海上自衛隊らしくない」と言われる由縁だが、それは私が航空自衛隊で身につけた自由討議の気風かも知れない。

早速、カリサ(管理幕僚)に相談を持ち掛けるとあからさまに「多忙な時期に迷惑な」と言う顔をした。
「部内と言えば部内ですが、海自外と言えば海自外です」「そうだなァ」このカリサの2佐は江田島では私よりも後輩で、年齢もかなり若くやりにくいらしい。その割に向こうは席に座ったまま机越しに立っている私を見上げている。私は航空自衛隊時代から公務員的常識の塊である監理、人事職種の人間は苦手だった。
カリサは私が説明する今回の経緯をメモしながら聞いていたが話の区切りで顔を上げた。その顔には「余計な仕事」と言う気持ちが見て取れる。
「海幕に訊いてみた方がいいかも知れんが、その前に司令に伺いを立てんとな・・・」「どうもスミマセン、あちらも隊長の指示だそうですから無下に断ることも出来ませんので」私はこの若造の煮え切らない態度に腹が立っていたが丁重にお願いをした。
「それじゃあ、司令室に一緒に行こう」「クンサ(訓練幕僚)は好いですか?」クンサは私の直属上司であるが、この話は業務に当らないので雑談程度で済ませている。
「話は通してあるんだろう」「一応は」「私に話を持ってくることは?」「これも一応は」私の曖昧な返事にカリサは呆れたようで不満そうな2色染めの顔をした。そもそもカリサに話したのも意見を求める相談であって、結論を出そうとした訳ではない。どうやらこの若造にとって私は「何をやらかすか判らない要注意人物」のようだ。何にしろ結論が出るならばそれに越したことではないだろう。

「それは面白い、是非やれ」「えッ?」「はッ!」カリサからの報告と私の説明を聞いて隊司令は胸の前に手を組み大きくうなづいた。
「しかし、海上警備行動の詳細を海自外に漏らすことは問題があるのでは」結局、これがカリサの認識である。私は隣りから彼の横顔を見つめた。
「マツノ3佐だからリアルな体験談が語れるんだろう。それの何が問題なんだ?」司令は椅子で体を起こすとカリサの顔を直視した。カリサにとって私は「空自から紛れ込んだ厄介者」と言う評価なのだろう。
「政治的判断って奴は東京に任せておけ。相手はマツノ3佐の古巣の航空自衛隊だ。その人脈で頼んできたんだから悪いようにはせんだろう」「それで海幕には?」「部内での教育の実施の可否を訊く必要があるのか」司令も対潜哨戒機の歴戦のパイロットである。カリサとは認識が違うようだった。黙りこんだカリサから私へ視線を移し、司令は笑いながら声をかけた。
「たとえ問題になってもマツノ3佐には『何を今更』だよな」「はい、ごもっとも」「本当ならウチでやってもらいたいんだがな、面白そうだし」「下手すると講談の類になりそうです」「確かに血沸き肉躍るな」最後は司令と私の談笑になって終った。
隊司令の出した結論を聞いて退室した廊下でカリサは忌々しげな顔で私を見た。
「内容には十分注意するように・・・部内秘にするように念を押してな」「はい、気をつけます」私の返事も聞かずカリサは廊下を自室に戻っていった。

講話はエンジン小隊の整備格納庫に椅子を並べ、ホワイトボードを置いた会場に修理隊の
隊員を集めて行われたが、何故か整備補給群の幹部も数人混じっている。これを見て私としては念を押したはずの「部内秘」に少し不安を感じた。
会場には大下2曹もついて来て、後でカリサに講話内容を報告するように言われていると教えてくれたが、その前にFー15を見学させてもらって喜んでいた。
開会にあたり先ず修理隊長の3佐が私への礼を含む短い挨拶を行い、その後、エンジン小隊長の若い1尉が私を紹介した。
「講師のマツノ3等海佐を紹介します。マツノ3佐は昭和57年に第7期一般空曹候補学生として・・・」私は隊員たちの中に知り合いがいないか探していたが、案の定、1曹、2曹になった教え子たちと目が合い彼等は嬉しそうに笑って会釈した。
「一般幹部候補生として海上自衛隊に転換され・・・」この辺りから説明が怪しくなり小隊長も履歴書のコピーの棒読みになる。確かに空自の頃、大湊、舞鶴、江田島と言われてもあまりピンとは来なかっただろう。講話はあくまでも海上警備行動の臨検準備だけの予定で、その原稿はクンサとカリサの確認を受けている、しかし、質問次第で話がどのようになるかは自信がなかった。
「以上、講師の紹介を終わります」小隊長は隊員に「気をつけ」の号令をかけて隊長に報告し、修理隊長が「それではマツノ3佐、お願いします」と私に声をかけた。私はホワイトボードの斜め前の講師の台に立つと「休め」と指示した。
「自己紹介はもうやっていただきましたから省略します。質問はその都度にドンドンやって下さい。ただし、部内秘ですから飲み屋で話さないようにお願いします」「飲み屋で」と言う例えで少し笑いが起り私の講話が始まった。

講話は中学生の時の社会の授業で「日本は資源の殆どを輸入している」と学び、「海上輸送路が生命線だ」と言う思いから海上自衛官を目指すようになったが、父親の反対で断念し航空自衛隊を受験した入隊動機から始まり、航空自衛隊時代の駄目整備員として悪戦苦闘していた思い出話、航空教育隊の裏話、そして江田島から舞鶴での不審船対処とその訓練臨検課程の教官になった話へと入っていった。
駄目整備員時代の思い出話では堺1曹は笑ってうなづいていたが、私が在隊した頃の第83航空隊はリタイア直前のFー104Jと共に生きてきた古手整備員たちが最後の花を咲かせていた職人の時代でもあった。それが当時の最新鋭戦闘機だったFー15が配備されていることを思うと遠い昔話のような気がした。ただ、最後列に坐った大下2曹が手を上げたそうにしていたのが判った。
航空教育隊の裏話はそこで教育を受けてきた隊員たちにはショックだったようで、根掘り葉掘りの質問が続いたが、勿論、十年以上昔の話だと言い訳も忘れなかった。
海上自衛隊一般幹部候補生として江田島へ入校した話は「何故ワザワザきつい海上自衛隊
に入ったのか?」や「家族は賛成したのか」と言う質問があったが初志貫徹と言うことで
納得してもらった。ただ「航空自衛隊は嫌々だったのか」と言う教え子からの質問には答えに困った。
不審船対処の話は大下2曹もノートを取り出してメモを始めた。しかし、、拉致問題が未解決なのでワイドショー的に大いに盛り上がったが、臨検時の職務権限についての質問には「海の上は治外法権」と言うジョークで誤魔化した。
「若し、敵を射殺することになったら引金が引けますか?」この質問をしてきた若い隊員の目は真剣だった。これが航空自衛隊が私に語らせたいことなのだろう。私は1つ息を飲むと言葉を選んで答えた。
「それはスクランブル発進したパイロットも悩んでいる問題でしょう。ただ私は最初に射殺されて正当防衛の要件を成立させるつもりだったので考えていませんでした」私の答えに会場の空気が凍りついたの判った。これは予定以上の重みがあったようで修理隊長の顔も強張っている。私も話の続きが始められなくなった。
しばらく沈黙が続いた後、それを収めるためか堺1曹が手を上げた。
「マツノ3佐は可愛い奥さんと熱愛の末に結婚したはずですが、その奥さんを遺すことにためらいはありませんか?」この質問で盆踊り大会の時、焼きそばの露店で会った隊員たちが小声でささやき合い、それに聞き耳を立てながら答えを考えた。
「勿論、妻とは今も熱愛中ですから死んでも離す訳がありません。ズッととり憑いているつもりです」この答えでようやく会場は和んだが、大下2曹だけは黙ってうなづいていた。

「ジェニーのお腹が目立つようになってきた」と言う電話で初孫の話題が嬉しくなってきた頃、アフリカ近海に出没する海賊に対処するため、国連は加盟各国に関隊の派遣を要請し、これに日本も歩調を合わせ、相変わらず不毛の国会審議の末、自国の商船保護の名目で海上自衛隊の護衛艦、補給艦を投入することを決定した。

その夜、電話をかけると私はいつもの前置きはなしで用件を切り出した。その声は自分でも意外なほど穏やかだった。
「直美さん、俺に出撃命令が出たよ」「えッ、アフリカねェ?」電話の向こうで直美が受話器を握り直したのが判った。
「本当?」直美はまだ信じられないような声で問い返す。
「俺は戦いに行く、いよいよ仕事だ」「うん・・・」私はもう一度繰り返したが直美はハッキリ返事をしなかった。私の胸には出会ってから今日までの思い出と親子3人の生活が甦ってくる。直美の荒い息遣いだけが受話器から聞こえてきたきた。
「艦に乗るんだね」「うん、昔取った杵柄をもう一度握るみたいだな」海上自衛隊に派遣には毎度繰り返されるマスコミの反対報道が飛び交い、細部は防衛秘密に属し、防衛省も神経質になっているので夫婦の会話にも気をつけなければならない。
「今回は見送り行事なんかもあるみたいだけど来られるか?」「うん、勿論いくさァ」現時点で確認出来たのは横須賀で編成を取り、艦艇で出港し、現地に向かうと言うことだけだった。
「いつ行くの?」「それも判らんが、そんなに遠くないよ」電話の向こうで直美が溜息をついた。
「私、休暇を取ってそっちへ行くから」その言葉で直美が単身赴任させていることを後悔していることが判った。
「今までと違って君が1人で待ってるんじゃないからかえって安心だよ」大湊、舞鶴でも直美は仕事をしながら独りで光太郎と留守を守っていた。それを思えば生まれた家で母親と一緒にいることは大いに安心ではある。
「うん・・・わかった」一呼吸置いて直美はようやく納得してくれた。私は子供を得た幸せの中にいる我が子が派遣される代わりなれるのならと思っていた。

空港からタクシーで駆けつけた直美を玄関に出迎え、私は強く抱き締めた。
「貴方・・・」直美は一瞬ビクッと体を硬くしたが、黙って私の胸に顔をうずめてくる。直美の髪からは汗と少し潮風の匂いがした。

「俺は海軍軍人としてこの機会を得たことを喜んでいる」私は直美の到着を待って今回の出撃を八戸の光太郎に電話で伝えた。我が子は言葉を失って返事をしなかった。
「俺じゃあなくてお父さんが戦争に行くなんて・・・」ようやく絞り出すように周作が呟いた言葉に私はこちらで首を振った。
「お前はジェニーと生まれてくる子供を守ることを第一に考え、お母さんにも気を配ってやってくれ」私の言葉に直美は立ち上がると、黙って背中にもたれかかってきた。背中に直美の頬が温かく感じる。吐息が重なっているのが判った。
その時、光太郎が「お母さんに代わって」と言ったので受話器を渡した。
「大丈夫、お父さんに何かある訳ないさァ」直美は意外に落ち着いていた。それは看護師と言う職業以前に、「軍神」と仇名された自衛官の妻であり、今まで軍人の妻
として夫と共に生きて来た人生が、どこか達観させていたのかも知れない。
「大丈夫、お父さんにアンタの分まで頑張ってきてもらえばいいのさァ」直美の言葉に私は光太郎が自分も征くこと訴っているのを察した。
振り返ると結婚式で光太郎、ジェニーと一緒に撮った写真が梁の上から見下ろしていた。
「アンタは何よりもジェニーとお腹の子を守ることを考えなさい」直美の言葉はやはり母親のモノだった。直美の言葉に私はもう一度、深くうなづいた。

その夜、布団の中でいつものように腕枕で寝ていたが、眠れない者同士で話をした。
「ねえ、昔、一緒に豊見城の街を歩いていて、『俺はここで死んだ』って言ったことがあったよね。前世は海軍陸戦隊の中尉で、沖縄戦で住民を逃がすため身代わりになって戦死したって」「うん」私がゆっくりうなづくと、顎が直美の髪に触れた。
「住民を逃がすためにわざと反対に走りだしたって」薄暗い部屋で直美が真顔で見詰めている。
「でも今度は身代わりになんかなっちゃ駄目だよ」直美は強い口調になった。
「絶対に駄目だよ」「うん」直美の声が少し震えていた。
「貴方は私のために生きて帰って来て・・・私、貴方が迎えに来てくれるのをずっと待ってたんだから」「うん」私は直美を抱き締めて体温を確かめ、すべてを愛した。

出発の朝、私たちは早く起きて車で海まで行った。直美は波打ち際まで行って海の水に手を浸していた。
「海はアフリカまで続いているのさァ、こうしていると貴方に体温が伝わるかなァ」「そんなこと天橋立でも言ってたなァ」私は舞鶴から行った天橋立で直美が言った台詞を思い出して答えた。
「これは私の島で言ったのさァ」直美もその場面を思い出したようだ。
「貴方が海を見る時、私を感じてね」「うん、会いたくなったら直美さーんって叫ぶよ」直美の言葉に涙ぐみそうになり、ワザと茶化した。私は周りに人影がないことを確かめて直美を抱き締めた。
「直美さん、結婚してくれて有り難う」私の言葉に直美は首を振った。
「これからもずっと一緒さァ。私は貴方の妻だよ・・・」直美は無理して笑顔を作った。
「うん・・・」出撃のキスをここでした。

横須賀基地で行われた派遣隊員の壮行式典に直美と光太郎、ジェニーも出席した。大湊、舞鶴、呉、佐世保基地から出港する隊員は現地で、横須賀からの艦艇に乗り組む者は海上自衛隊の輸送機で厚木基地に運ばれ、ここで編成を執ることになっていた。
家族はそれぞれの基地で見送ったため、横須賀の式典へ出席するのは個人資格になった。海上自衛隊音楽隊の「軍艦」とアメリカ海軍軍楽隊の「錨を上げて」が流れる中、式が始まるまでの束の間の時間、どの隊員も家族と記念写真を撮り、わが子を抱き上げ、名残を惜しんで過ごしていたが、ほぼ全隊員の家族が出席しているのが判った。
その光景を日米のテレビ局が撮影しているが、隊員はインタビューを受けることを禁じられている。この戦争における日本政府、自衛隊の立場は微妙であり、海上自衛隊の派遣はあくまでも国連決議には関係なく自国の商船保護が目的であった。
「光太郎、遠い所まで悪いなァ」「流石に休暇許可はすぐ下りたよ」「私もです」私が声をかけると光太郎とジェニーは日米の内輪ネタを答えた。今日のジェニーはマタニティー式の軍服を着ているが、黒の詰め襟7つボタンの制服を着た光太郎と2人、一般隊員の制服の集団の中では目立っている。軍の作法をわきまえて冷静な態度でいるジェニーの横で、光太郎の顔には「俺もいきたい」と書いてあり、直美はそんな2人を見詰めていた。
「光太郎、今はジェニーと生まれてくる子供を守ることを考えなさい。命令が出たら家族の願いとは関係なしに行かなければならないのがアンタとお父さんの仕事なんだから」直美の言葉は軍人の妻としての覚悟を意味している。
「自分から手を上げるようなことはするなよ。戦争に行くのは一家に1人で十分だ」戦争に行くことを「軍人の本懐」と言っていた私の言葉に光太郎が意外そうな顔をした。
任務に殉ずることに迷いはない、しかし、「死ぬのが勿体ない」と言う気持ちも間違いない
のだ。私は今、それを切実に噛み締めていた。やがて、壮行式典への集合がアナウンスされた。

式典が終わり、隊員たちは関係者、家族の列の前を敬礼しながら歩いてそれぞれの艦に乗り組んだ。その情景は江田島の遠洋航海の時と同じだった。直美は私が前を通り過ぎた時、あの時と同じ「チバリヨ―」と言う言葉を叫んだ。私もあの時と同じように小さく敬礼の手を振って答えた。違うのは、あの時、祖母の腕に抱かれていた光太郎が、直美の隣で曹候補士の制服を着て、妻とともに敬礼をして見送っていることだ。
出撃していく海上自衛隊の艦に向って光太郎も水産高校の遠洋航海の時、私から習った「帽振れ」をして見送っていた。

東北の晩秋の晴れた朝、ジェニーは陣痛が来て三沢の軍病院に入院した。病室のベッドで陣痛に耐えている妻の背中を光太郎はさすりながら励ましていた。
「大丈夫か?」「これは日米協同作戦よ、大丈夫・・・」ジェニーはそんな強がりを言いながら無理に笑顔を作って見せるが、額には汗がにじんでいる。
午後、陣痛の間隔が短くなり、ジェニーは分娩室へ連れられて行った。分娩室ではマッサージは看護師に代わられて、光太郎は廊下で待つように促された。
「お願いします」とスタッフにお辞儀をしてから、「頑張れ」と声をかけると、ベッドに横になっているジェ二―は「Good luck」と親指を立てて笑って見せた。
何を思ったのか光太郎は廊下の飲み物の自動販売機でパックの牛乳を買ってきた。どうやらミルクを飲んでいる時に生まれたから「みるく」のつもりのようだ。その間にも「ウーン」分娩室からジェニーの悲鳴にも似た、いきむ声が聞こえてくる。光太郎は落ち着かない様子だが禁煙が厳しい病院ではタバコで気を紛らわすことは出来ない。飲み終えたパック牛乳のストローを煙草代わりにくわえ始めた。
「ウン、ウン・・・」ジェニーの声の間隔が短く、祈りのように響いてきた。光太郎は額に汗を滲ませながら両手で拳を作って一緒に耐えていた。
「アーッ」ジェニーの叫び声とともに「OH」と言う歓声が分娩室から聞こえてきた。光太郎が顔を上げ分娩室のドアを見た瞬間、「オギャーッ」と言う赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「英語でも発音は同じだなァ」光太郎は相変わらず変なことを感心している。
「男の子だよ、元気だね」分娩室から聞こえる赤ん坊の大きな鳴き声とジェニーとスタッ
フの英語の会話にホッとため息をついた後、涙をこぼした。光太郎はゆっくりと立ち上がると分娩室のドアの前に行き、中での会話をジッと聞いた。
「指の数、1、2、3、4、5。OK」「体重8ポンド(約3623グラム)」看護師たちは手際良く、ジェニーに赤ん坊の体を確認させている。それを光太郎も一々頷きながら確認し、感激を味わっていた。
やがて赤ん坊が看護師に抱かれて出てきた。髪は黒色、目鼻立ちはジェニーに似てハッキリしており、肌は色黒の日本人と言う感じだ。
「元気なしっかりした赤ちゃんですよ」看護師の説明に光太郎は黙ってうなづき、我が子の顔を見詰めながら「ウェルカム」と呟いた。つづいてベッドに寝かされたジェニーが出てきた。光太郎がジェニーの額にキスをして、「Thank you」と声を掛けると、うっすら目を開けたジェ二―は「Me too(こちらこそ)」と答えた。
ジェニーに付添いながら光太郎は「お父さん、お母さん、俺も親父になったよ」と呟いた。

直美が事務室でその日の巡回医療の記録を書いている時、机の上の携帯電話が鳴った。
「生まれたよ、男だァ。8ポンドで元気だよ(グラム換算は出来なかった)」直美の声を聞くなり光太郎は興奮して一気に報告した。直美は受話器を握り直して「本当ォ!」と大声で答えた。直美の突然の台詞といきなりの全開の笑顔に、それぞれの仕事をしていた同僚たちも驚いて顔を見合わせた。
「どうしたのさァ?」「私に孫が生まれたァ、息子が知らせてくれたのさァ」直美の答えに同僚たちは同時に呆気にとられた後、顔を見合わせた。光太郎はこの感動を母に伝えたくて仕方ないようで子供が生まれるまでのドラマを報告しようとしたが、そこは職場だった。
「それじゃあ、仕事があるから、夜、家にもう一度かけてくるさァ」「う・・・ん」「ジェニーに『御苦労さん』って伝えてね」直美は、まだ何か話したそうにしている光太郎に、そう言って電話を切った。
「オメデトウ」「マツノさんもお祖母ちゃんかァ」直美に同僚たちが声をかけてくれた。奥の椅子に座った課長も嬉しそうに笑っている。
「ううん、ウチはグランド・マミィさァ」直美の返事に同僚たちは、また呆気にとられたが、「そうか、お嫁さん、アメリカ人だったねェ」と課長が思い出した。光太郎の嫁がアメリカ人なのは巡回医療で訊かれる度の説明で知られている。
仕事を再開させながら直美は「貴方もグランド・ダディになったよ」と笑って呟いた。

光太郎は母に続いてジェニーの実家へ電話した。しかし、感激で興奮していた光太郎は時差でハワイがまだ早朝なのを忘れていた。
「ハローッ」長い呼び出しの後、義父が怒ったような声で電話に出た。
「ハロー、アイ アム コウタロウ。コール フロム ジャパン アオモリ・・・」「OH、コーターロ」一呼吸置いて義父はいつもの陽気な声に戻り、不思議なアクセントで名前を呼んだ。
電話の向こうで「日本の光太郎からだ(英語で)」と義母に話しているのが聞こえてきた。
「先ほどジェニーが子供を産みました。男の子です。ジェニーも子供も元気です(英語)」最近は自然に同時通訳出来るはずの英語が、今日はどうもギコチナイ説明になってしまう。義父が返事をしないので光太郎は心配になり、もう一度言い直そうかと思った。
「OH、マイ ゴッド」その時、突然、義父が電話口で絶叫した。同時に「OH,マイ ベービー」と言う義母の声も聞こえてきた。義父母が電話そっちのけで感激して抱き合ってキスしているのが判った。ジェニーの兄も弟も独身なので、この子は義父母にとって初孫になるのだ。
「ハロー、ハロー、ハローハロー・・・」光太郎は相手が出ない国際電話の料金が気になって仕方ない、相変わらずセコイ奴でもあった。

夕方、直美の仕事が終わった頃を見計らって光太郎がもう一度電話を掛けてきた。
「お母さん、初七日ってどうやるねェ」光太郎は前置きなしで用件を切り出した。
「マツノ家は一応本土の家だから本土式にやった方がいいかと思ってさァ」直美は光太郎の質問には答えず電話口で首をかしげていた。
「初七日?なんか変だねェ」「生まれてすぐにやる儀式さァ」「うん・・・」光太郎の説明にも、直美はまだ考えている。突然、直美が大声を出した。
「アンタ馬鹿だねェ、それを言うならお七夜さァ、初七日はお悔やみさァ」「ヘッ?」謎が光太郎の勘違いと解って、直美は大笑いをした。
「そうか、お七夜かァ」光太郎も我が子の御祝いをお悔やみと間違えた自分に呆れた。それにしてもジェニーが傍にいなくてよかった。気真面目なジェニーが聞いていれば出産直後に怒らせかねない。一方、直美は夫の帰国後に笑うネタができたと喜んでいた。
「アンタの時はお父さんと2人だったから判ることだけ、できることだけをやったのさァ」「お七夜は?」「パスしたから、どうやるか知らないさァ」直美があっさりと答えたので、光太郎も安心したのかホッとため息をついた。
「お宮参りは一緒に行ったけど、アンタは寒い時に生まれたから心配だったのさァ」直美は説明をしながら小春日和に恵まれた午後、天満宮は混んでいるからと親子3人で出かけた近所のお宮を思い出していた。
「嫁さんとよく話して、日米と沖縄の儀式でできることをすればいいさァ」「うん」光太郎は病室で目覚め、みるくに母乳をやりながら、もう母親の顔になっているジェニーの顔を思い浮かべていた。
「判らないことは愛知に訊きなさい」「俺、あそこ苦手さァ」「やっぱり、ハハハ・・・」光太郎の真剣に嫌そうな口調に直美は愉快そうに大笑いした。


  1. 2014/04/19(土) 09:29:59|
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