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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

私のニライカナイ3

私のニライカナイ3

その日も私は護衛艦「せけんなみ」の艦橋で不審船の行動を確認していた。この艦の副長は幹部候補生学校、1術校の同期だが階級には1つ差がついていた。
指揮所(CSI)の隊員は艦長への報告と同時に私にも情報をくれている。今日も日本の商船が数隻、スエズ運河を抜けてインド洋に向う航路を進んでいるようだ。先週もNATO軍の艦艇がミサイル攻撃を受けて乗員が数名死んでいた。
「マツノ3佐、操艦したいだろう」副長がからかうように声をかけてきた。
「いいよ、俺は海軍陸戦隊士官だからな」「確かにその方が向いているよ」同期である彼は私の適性をよく知っている。
「不審船です」その時、指揮所からの一報が入り、私は副長ともに指揮所に向った。
「この船の国籍は?」「日本の商船です」副長が不審船が向かっている船を指差して国籍を質問すると指揮所要員は即答した。
「この航跡から見ると日本の船を狙っているな」私と副長は顔を見合わせた。

「よし、臨検準備」副長が艦橋に戻って報告すると、艦長は私の顔を見て命令を下した。それは淡々とした、いつもの作業を指示するような口調だった。
「はい、臨検準備、ヨウソロ」私は復唱すると臨検要員の待機室になっているガンルームに向い、横から副長が「頼むぞ」と声をかけた。
「臨検準備」私の指示で、江田島の教え子でもある臨検要員たちは手順通りに服装点検、個人の申告の後、ガンルームから短機関銃を取り出し、弾倉に入れた実弾を配った。
「臨検準備完了」携帯無線で報告すると「不審船はまだ航路を変えない、乗船準備」と艦長が指示を出し、それをモニターしていた臨検要員は顔を見合わせて表情を引き締めた。
「乗船準備ヨウソロ」私たちはドアを開けて甲板に出て後方の臨検用内火艇に向った。
甲板では既に隊員たちが内火艇を点検し、下ろす準備を始めていて、私たちは梯子を使って内火艇に乗り込んだ。
「臨検開始」艦長の命令でクレーンを使って内火艇が海に下ろされた。

前方に商船の船影が見えて来た時、連続した発砲音が聞こえ、ほぼ同時に海面に弾着を示す水飛沫が上がった。
「伏せろ!」私の指示で隊員たちは船体の影に身を伏せた。
「アルファ(A)、こちらデルタ(D)」「こちらアルファ、おくれ」「こちらデルタ、不審船から機銃掃射を受けている。おくれ」私が無線で報告している時、船体に機銃弾が命中して禿げた塗装が舞い散った。
「隊長、応戦しますか?」「待て、こちらは短機関銃だ。射程距離まで接近する」私の指示を聞いて防弾構造になっている操舵室の操舵手は不審船に向かって舵を切った。
「これから短機関銃の射程距離まで接近する。おくれ」「スタンバイ」私の判断に艦橋は即答しなかった。私の胸に幹部候補生学校、1術校の航海課程でも慎重居士だった同期=副長の顔が浮んだ。
「頭を上げるな」我々はヘルメットを被り防弾チョッキを着けているが、機銃弾が直撃すれば無事ではすまない。
隊員たちにはそう指示しておいて私は頭を上げて状況を確認した。不審船はこちらへ発砲を続けながら商船に向って接近しているのが判った。
「商船との間に割り込ませろ」私の指示に操舵手は復唱して舵を操作した。その間に私はハッキリしてきた不審船をデジカメで撮影したが、その時、不審船で一点の閃光が光った。
「ミサイル?頭を上げるなァ」私の直感が働いて隊員に伏せるように指示すると同時に恐怖に固まっている操舵手を抱えて自分も船底に伏せた。
その時、空気を引き裂く不気味な音を立てながら細く白い煙をひいた光が海を越えて内火艇に向かって飛んで来た。
隊員たちの顔が凍りついた瞬間、1発のミサイルが内火艇の船尾のエンジン室に突き刺さり、燃料が爆発を起こし、船底に伏せている私の背中を爆風と炎が焦した。
「退艦ーン、飛び込めェ」爆発の後、私は伏せている隊員たちに命じた。
移乗のため船首付近にいた隊員たちは全員無事で、素早く立ち上がり、海に飛び込んだ。
私は脚を負傷して立ち上がれない操舵手に肩を貸しながら海に投げ込んだ。
彼らが救命胴衣を兼ねている防弾チョッキの浮力で海に浮び上っているのを確認すると、黒煙に包まれた艇内に残っている者がないか確認して飛び込もうとした。
その時、内火艇が大さな爆発を起し、舳先を上に直立し私は振り落とされた。そしてその上に覆いかぶさるように船体が倒れ込んだ。

私は内火艇に閉じ込められていた。
真っ暗な空間から見える海面は赤く染まっており、弾けるような音や振動と共に船体が燃えていることが判る。このままでは酸欠で窒息するだろう。
「脱出しなければ」私は半分沈んでいる船体の縁に辿り着いたが、50センチほど沈んでおり、救命胴衣を着けていては下を潜ることはできない。私は思い切って救命胴衣を脱ぎ、潜って脱出ようとした。
その時、船体に残っている燃料が誘爆し、私を海の底へいざなった。肺の中に残っていた最後の空気を口から吐き出すと大きな気泡が目の前を浮かび上がっていく。遠くなる意識の中、「海は続いているのさァ」と言う直美の声が耳に響き、私は「南無・・・直美」と唱え、そこへ還って往った。

海に飛び込んだ隊員たちは救命胴衣の浮力で海に浮び上ると立ち泳ぎしていた。重く浮力のないヘルメットは全員脱ぎ棄てている。その時、内火艇が小さな爆発を繰り返しながら炎上し始めた。
「指揮官は?」「逃げ遅れたのでは」「最後に確認しておられました」私がいないことを確認し、先任の海曹が一名ずつ異常の有無を点呼したが1名が脚に負傷、2名が火傷した以外は異常はなかった。
「あの中に閉じ込められてるのでは」「うん」「どうしましょう」「うん」海に浮かびながら隊員たちは救助の方法を相談し始めたが、その時、船体が爆発し内火艇は沈没していった。
我々を攻撃した不審船は内火艇の爆発を見届けると逃亡したが、商船団は非難のため自衛隊側から全速で遠ざかるように指示されたため、隊員たちは護衛艦に救助されるまで立ち泳ぎすることになった。「せけんなみ」は搭載ヘリコプターで追跡したが、対空ミサイルを持っていることを考慮して深追いはしなかった。いかにも慎重居士の副長らしいスタッフサポートだった。

「コマリアで海上自衛隊のボートが沈没かァ」直美が市役所に帰り、その日の仕事を記録していると市民用につけっ放しになっているテレビでニュースを覗いていた若い職員が大声で呟いたのが耳に入ってきた。
「コマリアで・・・いつ?」直美が声をかけて歩み寄ると、その職員は振り返って「うん、日本時間の昼頃だって」と教えてくれた。彼も直美が海上自衛官の妻だと言うことは知っている。直美はテレビの画面を見たが、まだ画像は届いていないらしく海上自衛隊の艦隊の出港とコマリア沖でアメリカ海軍のヘリコプターが海賊の船を攻撃している資料映像だけだった。直美はそれを眺めながら夫が出発する時のやり取りを思い出してみた。
出撃を知らせる電話で夫は「仕事だ」と言っていた。それは今回の任務が海軍の仕事=実戦であることを承知していたのだろう。明らかに死を覚悟していたのだ。
「『指揮官たる者、突入は先頭、退避は最後』が口癖の夫はこの船に乗っていたのではないか・・・」と言う不安が胸に広がってくるのを否定できないでいた。
ニュースでは「詳細の発表はない」とアナウンサーが説明し、直美はその顔を見つめながら「被害がない」と言う言葉を自分に言い聞かせた。
その日の昼頃、車を運転していた直美の耳に「直美・・・すまん」と言う夫の声が聞えてきた。それは耳に聞えたと言うよりも胸に直接響く不思議なメッセージだった。
「貴方?」「後を頼む・・・いつも一緒だ」直美の問いかけにも夫は答えた。あれは空耳だったと自分に言いきかせているのだ。
「もしかして旦那さんも行ってるの?」職員は直美の真剣な顔を見て訊いてきたが黙って首を振った。

直美が急いで帰宅すると間もなくタクシーが到着し、白の制服を着た男女の幹部自衛官が下りたのが見えた。玄関へ迎えに出た直美はその姿を見て固まったようになった。
「マツノ3佐の奥さんですね」「はい・・・」「よろしいですか?」「はい、どうぞ」直美は「急遽、民航機で来た」と言う2人を自宅に入れた。
居間の卓机の向うに並んだ2人は帽子を置いた上面に手をついて頭を下げた。
「基地広報の村上2佐です。御主人は現在、行方不明になっています」「それはニュースで言っていたボートの撃沈ですか?」「申し訳ありませんが、その質問にはお答えできません」そう答えて2人はまた頭を下げた。
「マツノ3佐はコマリア派遣艦隊で日本船保護の任務に当たっていますが、臨検隊指揮官として乗船していた内火艇が沈没しました。現在、捜索活動を実施しています」階級が上の村上2佐者が意を決したようにそう説明し、直美の顔を見た。
「夫は生きていますよね。無事に連れて帰って下さい」「救命胴衣は回収されていますが、沈没する内火艇に巻き込まれたようで・・・確認はできていません」もう1人の若い女性自衛官の近藤2尉が説明しかけたが言葉を途中で濁した。直美はそこに「死亡」と言う言葉が入ることを感じ取った。
夫が救命胴衣を外したことが「命を救う」術を失ったことを暗示しているように思われ、直美の胸に先ほど診療所で聞こえた夫の言葉が録音を再生するように甦ってくる。
「直美・・・すまん」「後を頼む・・・いつも一緒だ」女性自衛官の近藤2尉は心配そうに直美の顔を見詰めたが、直美には目の前で繰り広げられている情景は夫が好きだった映画「ライトスタッフ」の一場面に重なるだけだった。
テストパイロットが墜落死すると従軍牧師がそれを知らせに家を訪ねてくる。妻は怯えた顔で我が子を抱きながら「No、No・・・」と呟きやがて叫ぶ、それを自分も演じなければならないのだろうか・・・?

直美は「ホテルで基地からの連絡を待つ」と言う2人を送り出し、テレビのニュースをつけた。どの局も「海上自衛隊の臨検用ボートが沈没」「自衛隊が初の戦闘行動か?」と報じるだけで被害が出ていることは伝えていない。おそらく防衛庁が発表していないのだろう。
直美は立ち上がって窓から海を見た。そこには夏から秋に向かう空が傾きかかった夕日に染まり始めていた。母は老人会の集まりに出掛けている。しかし、日没になれば帰ってくるだろう。その時、チャイムが鳴り、玄関を開けると市役所の課長と同僚の女性が立っていた。
「マツノさん・・・」玄関で立ちすくんだ女性は無表情を装って課長の横で言葉を詰まらせた。課長は制服の海上自衛官が2人、空港で下りたと言う目撃情報と先ほどのニュースを結びつけたと説明した。
「まだ、何の発表もないんだから・・・気をしっかり持って・・・信じて・・・」女性は激励の言葉をつづりながらも涙声になっていった。
「マツノさん、休暇は自由に申請して下さい・・・」課長は女たちの重苦しい空気に堪え切れず、直美の顔を見て声をかけた。
直美は2人に深く頭を下げた。

「直美、テレビ変えるさァ」「うん」間もなく帰ってきた母は直美が見ていたニュースを変えようとリモコンを持って訊いた。
「それで何を見るの?」「うーん、この時間って何をやってたかなァ」そう言って母がリモコンを操作しようとした時、ニュースが防衛庁、海上幕僚監部の記者会見を映し始め、直美は母を止めた。
1等海佐の制服を着た担当者が用意してきた紙を感情を交えず読み始める。
「本日のコマリア沖で日本船籍の商船護衛を遂行していた護衛艦『せけんなみ』から臨検に向かおうとしていた内火艇が爆発・炎上し指揮官が行方不明になっているます。なお現時点で安否は不明です」担当者が状況を読み上げると記者たちが矢継ぎ早に質問を始め、内局の背広の官僚がそれに答えた。
「爆発・炎上したのは不審船からの攻撃を受けたのか?」「現在、調査中です」「臨検は誰の命令か?」「コマリア沖の商船護衛を命ぜられている艦隊には職務権限が付与されており、正当な公務の執行です」官僚はこの質問は予想していたのか淡々と答えている。
「行方不明者の所属、氏名は?」「護衛艦『せけんなみ』乗員、3等海佐、マツノテンジン、45歳」「生存の可能性は?」「状況から言って極めて厳しい事態が予想されます」この回答に記者会見場内が騒がしくなった。
「直美、今、テレビでマツノさんの名前を言ってたさァ。何かあったんねェ?」母もそれに気づいて娘の顔を見る。直美は顔をそむけて肩を震わせ、涙が頬をつたって流れ落ちた。

間もなく愛知県から電話が入り、電話口で義父はいきなり怒鳴った。
「一体、何をやってるんだ!」仕事から帰っても義母は夕食の支度をしていてニュースは見ていない。義父が最初にこれを知ったのだ。直美は黙って受話器を握り直した。
「私もニュースで言っている以上のことは聞いていません」「それじゃあ、まだ行方不明と言うことか?」「はい、自衛隊も捜索しているようです」「だったら見つかる可能性はあるんだな」「そう信じています」この義父も先ほどの会見で非情な質問を投げつけていた記者と変わらないように思った。
「何か判ったことがあればすぐに知らせろ」「はい、そうします」ここで義母と電話を代わったが、義母は完全に取り乱している。
「どう言うこと?、事故なの?」「まだ判りません」「あの子、無事でしょ、生きているよね」「そうです、あの人に何かあるはずありません」「絶対だよね。生きているんでしょ」「はい・・・」義母の質問は直美がすがるように信じている願いに疑問を投げかけるようなものだった。何の情報もない相手にどんな答えを求めているのか?義母は自分だけが当事者であると言っているように思える。しかし、義母は昂ぶる感情をさらに直美にぶつけてきた。
「何かあったら貴女を許さないよ。あの子を返して!」義母にとって素直に育ててきたはずの息子が背いたのはこの嫁との結婚が最初だった。
「親の許さぬ嫁との結婚が今日の事態を招いたのだ」と感情が暴走したのだろう。その余りに非常識な言葉を聞いた義父が受話器を奪い取った。
「兎に角、落ち着いて慎重に対応しなさい。何かあったら言ってくれ」義父はそう言って一方的に電話を切った。直美は受話器を置きながら涙を流し、母は黙ってそれを見ていた。

母が用意してくれた夕食を食べていると今度は光太郎から電話が入った。
「お母さん、ニュースで言っていること本当か?」光太郎のかすれた声は震えている。
「うん、基地の人が説明に来てくれたけどニュース以上のことは判らないって」「だったら行方不明ってことだね」光太郎は電話口でホッと溜め息をついた。しかし、直美は光太郎のように安堵はできない1つの記憶が鮮明になってきた。
「どうしたの?」返事をしない母に光太郎は一息飲んだ後、訊いてきた。
「うん、あの時間、お父さんの声を聞いたのさァ」「声を?」「すまん・・・後をたのむ・・・いつも一緒だって」「・・・それは」光太郎は絶句し、荒い息づかいだけが聞えてくる。
「だから私、お父さんの魂が会いに来たとしか思えないのさァ」「うん・・・」光太郎の返事は涙声になり、鼻をすする音が聞えた。
「そっちへ一緒に行くさァ、落ち着いて待っていてくれよ」「うん」その時、電話の向こうでみるくが泣き始め、ジェニーが黙らせようとしている声が聞こえてきた。夫はまだ初孫の顔を見ていないことを思い出した。

その夜、直美は1人、テレビのニュースを見ていた。
海上自衛隊のニュースは防衛庁が発表を控えているためか夕方の内容に推測が加わっているだけだが、中には「自衛官、戦死か」とアカラサマな見出しを入れている局もある。
アナウンサーが「行方不明になっているマツノ3佐は絶望的」と読み上げるのに耐えられなくなった直美がチャンネルを変えると音楽番組が懐かしのヒット曲を流した。
「・・・貴方 夢のように死んでしまったの・・・貴方約束したじゃない 会いたい」それは沢田知可子の「会いたい」だった。しかし、看護婦である直美はこの歌を耳にすると患者の死を思い出すためラジオで流れるとスィッチを切っていた。
歌を聞きながら直美は額に入れて飾っている家族写真を手に取って見た。その写真でも夫は直美と一緒にいることが嬉しくて仕方ないような笑顔でいる。直美には今までの出来事が遠い昔になって行くように思えた。
「貴方、会いたいよ・・・会いに行ってもいい?」そう言って直美は涙をこぼした。
直美は舞鶴時代、夫の不規則な勤務の合間に「熟睡できるように」と医師から睡眠薬を処方されていた。看護婦である直美には致死量はよく解っていた。
「貴方、待っていて・・・」「今ならまだ夫が遠くへ旅立つ前、追いつけるのだろうか・・・」直美がそんなことばかりを考えている時、耳に夫の声が聞こえてきた。
「直美、もう何時でも一緒にいるよ」「直美、好きだよ、ずっと・・・」驚いたように直美は顔を上げると、誰かが自分を後ろから優しく抱き締めた。その腕も抱き方も間違いなくいつもの夫だった。
「貴方・・・?」「ダーリンと呼んで」「馬鹿・・・」直美は抱き締められている胸を手で押さえ、笑いながら涙をこぼした。
私のニライカナイ・モリノ2尉遺影
翌日、防衛庁は「臨検に向かう内火艇がミサイル攻撃を受け、指揮官が行方不明になった」ことを正式に認めた。一方、私の捜索は継続されていたが救命胴衣が回収された以上、それを脱いだ状態で泳ぎ続けられる時間は限られ、「死亡」と言う事実が公然と語られるようになった。
突然、電話が鳴り、直美が受話器を取ると相手は一方的に話し始めた。
「マツノさんですね。△△テレビの者です。御主人が自衛官として初めて戦死されたことについてコメントをいただきたいのですが」私が「黙って切れ」と言うと直美もそうした。
また電話が鳴り、直美は取った。
「マツノさん、XX新聞です。貴女の夫は平和憲法を踏み躙るようなことをやったんです。それについて何か一言を」そんな電話が鳴り続け、やがて直美は受話器を外しておいた。彼らは電話帳で自宅の電話番号を調べ掛けてくるのだろうが、そこに家族の不安や苦しみを想いやる分別は微塵もなかった。
直美はこれ以上、自宅にいると母が取材を受けるのではないかと心配し、那覇の官舎へ行くことを決めたが、それは的中した。直美が休暇の申請に市役所に向かうと記者らしい男が玄関の案内係に「マツノさんのお宅は?」と訊いている。直美は突き倒したい衝動を感じたが、案内係と目を合わせないように通り過ぎた。
同級生である課長に必要事項を記入した休暇表を渡すと「どうも職員の間で『御主人が悪いことした』って評判でね。困ったことになったよ」と言った。沖縄県の職員労働組合は過激な活動で有名だが同僚の家族の安否不明まで平気で誹謗中傷する態度に直美は怒ると同時に哀しかった。
夫はそんな人たちを守るために命を掛けたのかと思うといたたまれず、市役所を後にして那覇に向かった。

「ネェネ、大丈夫ねェ」那覇空港には昌美が待っていた。実家に電話をして母に教えてもらったと言う。
「うん、何て言ったらいいのか分からないさァ」直美は無表情なままうなづいた。昌美は夜勤のため長くはいられないと申し訳なさそうに頭を下げたが、かえって直美は「忙しいのに悪いさァ」と詫びた。2人でタクシーに乗り、官舎へ向かった。
「自衛隊は何て言ってるねェ」「ニュースよりも少し早いだけ・・・でも、その話はここではまずいのさァ」直美は「自衛隊」と言う単語にこちらを見たルームミラーの運転手の目に気がついて言葉を濁した。
官舎の玄関を開けると、部屋の中はガランとしている。ただ、相変わらず部屋中に直美の写真が飾ってあるのを見て、昌美は呆れたように笑った後、哀しげな顔になった。
「二ィ二って浮気なんて絶対にしないよね」「浮気?そんなこと考えたことないさァ」直美と昌美はテーブルに向かい合って座ると自動販売機で買ってきた缶ジュースの栓を開けた。
「ニィニがネェネを悲しませるようなことする訳ないさァ。そのうちどうもスミマセンって出てくるよ」黙っていると部屋の空気が耐えきれないほど重くなってくるようで、昌美は場違いな軽口を叩き続けた。
「海を泳いで宮古島まで帰ってくるかも・・・」「うん・・・海はつながっているのさァ」直美のつぶやきに昌美は黙ってジュースを飲み、涙をこぼした。

そんな中、青森から光太郎と紀美が駆けつけてきた。
「お母さん!」光太郎はタクシーを下りるとそう叫びながら階段を駆け上がってきて、直美が玄関を開けるとそのまま抱き締めて涙を流し始めた。
「コラコラ、俺んだぞ」私が後ろで文句を言うと直美は肩を振って光太郎の腕を振りほどき、そこへ紀美が両手に荷物を抱えて上ってきた。
「ネェネ・・・少しは落ち着いたみたいで安心したさァ」紀美は姉の顔を見て少し表情を緩めた。直美はあの夜、抱き締められて以来、以前よりも身近に夫の存在を感じるようになっている。こうしていても問えば答えてくれることが実感できていた。
「あの人、ここにいるのさァ」「うん、いるよ」居間で2人を前に説明する直美の隣りで私も返事をする。それは直美を遺して死んでいることに想いが至らない自然な感覚なのだ。
「何言ってるのさ、まだ諦めては駄目」紀美は涙目をしながらも姉をたしなめ、光太郎は隣で腕を組み顔を強張らせている。でも本当にピッタリ寄り添っていた。
「それで部隊はどう言ってるねェ」「毎日、訪ねて来て説明してくれるけどニュースよりも少し早いだけで内容は同じなのさァ」光太郎の問いに直美は少し不満そうに答える。
宮古島まで説明に来た村上2佐と近藤2尉が交代で夕方、その日に判ったことを説明に来てくれるが、テレビを点けると同じことを言っているのが実際なのだ。
その横で私が「何でも訊いてくれ」と口を挟むと直美はうなづいて質問を始めた。
「テンジンさん、私、これからどうしたらいいねェ・・・」これも2人には独り言にしか見えず、怪訝そうな顔で互いを見合っている。
「死ねばずっとそばに、いつも一緒にいられるさァ」私の返事に直美は涙を浮かべる。
「直美が迷惑でなければ24時間、365日ずっとくっついて離れないよ」直美は涙目でもう一度うなづき「迷惑な訳ないじゃない。そばにいて・・・」と呟いたが、2人はむしろ母・姉の精神状態が心配になり顔を見合わせ小声でささやき合った。ただ、直美は私の腕の中で目を閉じて微笑んでいた。

夜、直美は愛知に電話した。
今日、基地から伝達された内容はすでにニュースでも報じており、義父はそれが不満そうだった。その鬱憤を嫁に向かってぶつけてきた。
「何度も電話をしたのに話し中だったぞ、どこに電話していたんだ」「いいえ、新聞社から取材の電話が鳴り続けるので受話器を上げていました・・・」「それじゃあ、ウチからの連絡ができないじゃないか。何とかしろ」「何とかしろと言われてもどうしようも・・・」直美は連日の取材攻勢を思い出し、悔し涙をこぼした。
直美が那覇の官舎に来たことを知った記者たちは取材に押し掛け、電話も鳴りっぱなしになっている。基地は記者の官舎地区への立ち入りを禁じてくれたが、出入りする奥さんや子供に取材を掛けている。最近では「悲劇の妻」として直美個人の情報まで漏れ始めているのだ。
そんな妻の姿が辛く「ごめん」と謝ると直美は「うん」とうなづいて受話器を置いた。

そんな1週間が過ぎて紀美が三沢へ帰る前日、直美のもとに先日と同じ村上2佐と近藤2尉が2人で訪ねてきた。
居間の座卓の向うで村上2佐がアタッシュケースから書類を取り出して話を切り出した。
「マツノさん、今日は御主人の死亡手続きについて御説明に伺いました」村上2佐の横で女性自衛官の近藤2尉が心配そうに顔を覗き込むようにしている。
「先ず戸籍法89条の規定により水難、火災、その他の事変によって死亡した者がある場合には、その取り調べ官庁又は公署は死亡地の市長村長に死亡の報告をしなければならないとあり、今回の場合、防衛庁・海上自衛隊がこれに当ります」ここで村上2佐は紀美が出した茶をすすり、近藤2尉もそれに倣った。
「また民法30条第2項には、戦地の臨みたる者、沈没したる船舶に在りたる者、その他死亡の原因たる危難に遭遇したる者の生死が、戦争の止みたる後、船舶の沈没したる後、又はその他の危難の去りたる後、1年間分明ならざる時は失踪の宣告をなし得る。これはマツノ3佐の行方不明の場合、1年が経過した時点でその権利が生じるのですが・・・」ここまでの説明に直美は「権利ですか・・・」と呟いた。
「しかし、御主人は行方不明直後から捜索を実施し、詳細な状況も判明しており、何よりも救命胴衣なしで外洋から陸に泳ぐつくことは不可能と考えざるを得ませんから・・・失踪宣告ではなく事実として認定死亡を報告せざるを得ないのです」村上2佐はあえて感情を交えず事務的に説明した。
家族にとって夫の死を認めないですむのなら永遠に待ち続けると言う選択もあるだろう。これはむしろ手続きを求める周囲の都合なのかも知れなかった。
「もちろん1年を待つことも選択ですが、それでは何も進まないことになり・・・」近藤2尉はそこまで言って女性の気持ちに想いが至ったのか言葉を詰まらせた。自分が将来結婚し、夫が同じことになれば妻として帰還を最後まで待つことを望むかも知れない。その様子を見て村上2佐が言葉を接いだ。
「奥さんのお気持ちも理解できますが、色々な手続きもありますから・・・」公務員にとって遺族手当などの手続きは死亡の認定から始まる。何よりも死亡の認定により区切りをつけなければ、現在の捜索を縮小することはできないのだ。
「判りました。手続きをさせます」黙っている直美に替わり光太郎が答え頭を下げた。
「それでいい?」「うん、仕方ないさァ」独り言の問い掛けに私が答えると直美は少し口元を緩めゆっくりうなづいた。その不思議な表情を見て村上2佐と近藤2尉、妹と息子も顔を見合わせていた。

「いつも一緒にいる」との私の遺志で部隊葬は辞退したが、海軍軍人の作法として水葬が行われた。
直美はその日、看護師の白衣を着て、たまたま沖縄周辺海域で行動していた護衛艦「しろたえ」に乗艦したが、愛知からきた父は「仕事着で何だ」と立腹し、沖縄の家族は「思い出の服だから」と納得していた。しかし、私だけはその真意が判っている。白の喪服は妻の「二夫に嫁さない」=再婚しない覚悟を表しているのだ。私は直美の気持ちは胸に深く受け留めたが、これからの人生を想うと迷っていた。
水葬の遺骸は出動中殉職の2階級特進(通常の殉職は1階級)により1佐の階級章を着けた白の詰襟の第2種夏服の中に毛布で身体を作り、露出部位には包帯を撒いて人間のようにする衛生隊の技法で、棺ではなく布袋に納められ、上には軍艦旗が掛けられた。
ホワイトビーチから沖へ航行する「しろたえ」の後部甲板に関係者が整列し、佐世保音楽隊が儀礼曲「海の防人」を演奏し、参列者が「・・・我らこそ海の防人」と口ずさむ中、儀仗隊員が捧げ銃の後、弔銃を発射し、板に乗せられた遺体袋が海中に投じられた。その時、賀真、岸田と一緒に光太郎が私の遺骸にむかって敬礼をした。
「やっぱり2尉ィニの息子さんだね(もう1佐だよ)」賀真の言葉にその場にいた義父母、父母、5人の義妹たち夫婦も涙した。やはり光太郎はよく出来た息子なのだ。
列席していた「しろたえ」の臨検隊員たちは艦尾の自衛艦旗に向かって「マツノ1尉!」と絶叫を続け、何だか我が海軍の英雄・広瀬武夫中佐のようになってしまった。
しかし、「遺骨は海に」と言う直美が許さなかった希望だけは実現したのだ(後日、某新聞は「海上自衛隊が廃棄物を海上投棄」と皮肉に報じたが)。

官舎に戻った直美は第5航空隊本部に出向き夫の遺品を受け取った。
夫の遺品は意外なほど何もなく、ロッカーや机の引き出しを開けても中はきちんと整理されていて、生前、夫が「軍人たる者、何時死んでも見苦しいことがあってはならない」を口癖にして几帳面な生活態度に努めていたことの意味が哀しいほど解った。
ただ、どこにも直美の写真が入っていて、ロッカーのドアには若い日の恥ずかしいような写真があり、家族は涙をこぼしたが、愛知の父だけは「トロイ」と怒っていた。
段ボール箱に詰めた私物品は求める人には形見として配ったが、「お守りにします」と小物を希望する人が多く、「貴方らしいね・・・」と思いながら直美は手渡した。

その夜、私は沖縄の母と賀真夫婦が泊まっている官舎のベランダで佇んでいた。直美も光太郎も事件以来の緊張から開放されてもう眠っている。私は直美の上の重なり、大好きな寝顔に、そっと口づけをしてみた。
「ここが安心・・・」直美は寝言を呟いた後、涙を一筋流した。

愛知の両親は長男の嫁として地元に来るように言ったが直美はそれを拒んだ。結婚が決まったお通りの夜、夫が言っていた「親が変わるのを待つだけです。変わらなければもう愛知には帰りません」との言葉の意味を今回噛み締めたのだ。
愛知の両親は何も変わっていない。ハッキリ拒絶した直美に愛知の親は「だから沖縄何かで結婚するからだ」と吐き捨てた。そんな直美を責める言葉が私も許せなかった。何よりも私は海軍軍人、シマンチュウなのだ。

愛知の父は帰宅した後、「世間体が立たない」と地元で葬儀をやったが、遺骸も遺骨もなく、遺影は高校時代の写真、何よりも妻子が出席しない葬儀ではかえって世間からあらぬ噂を立てられたらしい。
私としても浄土真宗の坊主に禅宗の坊主から引導を渡され、戒名をつけられては堪ったものでなく、無視したから単なるセレモニー=無駄遣いになったようだ。

官舎を退去する時、厚生隊に戻っていた大下美幸2曹が点検に来た。
「マツノ1佐の奥様ですか?」「はい」「私、マツノ1佐には江田島でもお世話になって・・・」そこまで言って大下2曹は口をつぐんだ。
「そうですか、それは主人が大変お世話になりました」「はい、私・・・」それでも大下2曹は何も言えないでいる。
「スイマセン、誤解しないで下さい。私が勝手に・・・マツノ1佐は奥様のことだけを想っていて私なんかが入り込む隙間はありませんでした」大下2曹は涙をこぼした。これでは誤解が益々深くなってしまう。私は両者に掛ける言葉に悩んでいた。
「マツノ1佐には色々と相談にのっていただいたのですが・・・」ここまでで大下2曹は両手で顔をおおい声を上げて泣き崩れた。
「ねェ、こんなに貴方のことを思っていてくれる人がいるんだよ」「うん、彼女は哀しいことを抱えていたんだ」膝をついて泣いている大下2曹の前で私と直美は会話した。
「私だけじゃなくてこの人も見守ってあげなさいよ」「うん、君が許してくれるなら」話がまとまり直美は大下2曹の肩に手を置いて語りかけた。
「大下さん、ウチの人が貴女も見守っているって」「えッ、マツノ1佐がですか?」大下2曹は怪訝そうな顔を見上げ、直美は自信に満ちた顔で見返した。
「マツノ1佐は『自分にどんなことがあっても奥様とお子さんの幸せだけを願っている』と言っておられました」「それに貴女も一緒にって言うことさァ」大下2曹はようやく立ち上がり、官舎の中の点検を始めた。
「何だかマツノ1佐の匂いがするみたいです。ジバンシーの柑橘系ですよね」大下2曹が妙なことを言い出し、後ろで直美が私を問い詰め始めた。
「貴方、どうしてこの人がそんなことまで知ってるねェ」「それは違う、女の勘だよ」「だってあれは私があげたジバンシーのシ―クワサーさァ」我が家では柑橘系のオーデコロンを沖縄の果実・シ―クワサーと呼んでいたのだ。リアルな独り言に大下2曹は呆れて振り返り、直美と顔を見合わせ、「ひょっとしてハンカチの人?」と言われうなづいた。
大下2曹は「思い出があるから」と私の水泳パンツを形見に希望したため、また疑われてしまったが水泳パンツだけに濡れ衣である。

お宮参りに行くため直美は晩秋・初冬の青森へ出かけた。
「お母さん、いらっしゃい」「光太郎、おめでとう」「出産と間もなくお誕生日さァ」青森空港のロビーで待っていた光太郎に直美は笑顔で声をかけた。私の悲報に駆け付けてくれた光太郎・22歳直前は、この経験を通じてどことなく一皮むけて大人の風格が身についたようだ。
「ジェニーもみるくも元気?」「おかげ様で」こんな挨拶もどこか板についている。青森から三沢に向かう車の中で親子隣り合って坐りながら光太郎は色々な話をした。
「紀美叔母さんには本当にお世話になっているよ、それからお祝いとお悔やみは一緒に出来ないって昌美叔母ちゃん、安美叔母ちゃん、育美叔母ちゃん、賀真叔父さんから送ってもらったさァ」「里美はくれなかったねェ?」「あっ、抜けてたよ」「やっぱりね、ハハハ・・・」直美の7人姉弟には光太郎は未だに手こずるらしい。

「メンソーレ」光太郎がアパートの呼び鈴を鳴らすと、みるくを抱いてジェニーがドアを開けた。ジェニーは光太郎以上に母親の顔になっている。
「みるく、グランドマミィだよ」先に直美がみるくの顔を覗き込みながら声を掛けた。
「イエス、グランドマミィ」ジェニーはみるくを見せながら、直美の言葉を繰り返した。
「この子、ジィジに似てるさァ」直美の意外な指摘にジェニーと光太郎は顔を見合わせた。
「そうかなァ、紀美叔母さんはジェニー似でハンサムだって言ってるよ」「ジィジも若い頃は『私に似て』ハンサムだったのさァ、この子は砂川家の顔なのさァ」そう言いながら直美はみるくの頭を優しく撫でた。
「おトォのひ孫だ・・・」直美はもう一度、嬉しそうに、そして自慢そうに繰り返した。
「砂川家の顔、つまりマツノ家に似ていない」ことに、私も何故か安心していた。
「そうそう、君は綺麗だよ」隣で私が同意すると「でしょ」と直美はうなづいた。
「お父さんも同じ意見だって」「ジィジって砂川賀満さんでしょ・・・」直美の言葉に光太郎は考え込み、ジェニーは母子の顔を見比べて困った顔をしていた。
「どっちにしてもハンサムなのは間違いないのさァ、あまり深く考えないこと」「うん」直美が出した結論にようやく光太郎は安心して微笑んだ。
「そう言えば紀美叔母さんが、お母さんは優等生、お父さんは勉強家だったけど、俺は誰に似たのかって言ってるさァ」光太郎は少し口を尖らせて質問した。光太郎の半分冗談、半分切実なこの質問に、ジェニーも直美の答えを期待半分、心配半分の顔で待っている。直美は愉快そうに笑いながら答えた。
「それは本多光太郎先生さァ、本多先生は大器晩成だったのさァ」「うん」「Yes」直美のいつもの答えに光太郎とジェニーは黙ってうなづいた。
「俺って名前の通りの人間なんだァ」そう言いながら光太郎は沖縄の本尊・ミルクユガフの名前をもらった我が子が、どんな人間になるのか先走った心配を始めた。
「この子は、私たちに似てもジェニーに似ても優等生、アンタに似たら大器晩成なのさァ」直美の言葉にジェニーは大きくうなづいた。

翌日は大安吉日、直美と光太郎、ジェニーとみるくはお宮参りに出かけた。
「お義母さん、マツノ家は佛教徒のはずなのに神社へお参りするんですか?」スーツに着替え、化粧を終えたジェニーが、リビングでみるくを抱いている直美に訊いてきた。
「日本は神も佛もある国なんだって。神様だって八百万柱もいるんだから」よくわからない直美の説明にジェニーは首をかしげた。実は直美自身も夫の請け売りでよく判っていないのだ。
スーツに着替えた光太郎は、そんなことにはお構いなしに隣でカメラの準備をしている。
「ところでどこの神社に行くねェ?」その背中に直美が声をかけた。
「やっぱりサムライらしく八戸の櫛引八幡宮さァ」質問に光太郎が答えた。
「櫛引八幡宮は近いねェ?」「俺の職場に方だけど基地とは反対だなァ」「神主さんのお祓いは受けるねェ」「もちろん、予約済みさァ」「すごーい本格的さァ、私も初めてだよ」直美が感心すると光太郎が訊き返した。
「俺の時は、お祓いはしてもらわなかったの?」「官舎の近所のお宮には普段は神主さんがいないのさァ、だからお父さんがお経をあげてお参りしたのさァ」「それじゃ本当に佛教も神道もゴッチャのお参りだったんだ」今度は光太郎が感心した。
「本当に日本は不思議な国ですね」ジェニーは益々訳が判らなくなったようだ。
「だから神様にも佛様にも守ってもらえるのさァ」この答えが直美式の信心だった。
「ハワイだって島の神様とキリスト教の神様の両方を信じているじゃないかァ」光太郎がそう補足するとジェニーは、ようやく納得した顔でうなづいた。それを見ながら光太郎は今、思いついたような顔で直美に訊いた。
「それとも『みるく』って名前を考えたらお寺にもお参りした方がいいのかなァ」「だったらお寺と梯子すれば好いさァ」今度は直美が珍しく自信なさそうな顔をした。
「本当?」「どう、テンジンさん?」光太郎の確認に直美が私に助けを求めてきた。
「それが好いね」「よかったァ」私の答えにまず直美、次に光太郎とジェニーが安心した顔でうなづいた。しかし、主役のみるくは直美の腕で眠ってしまっている。

お宮参り、お寺参りに家族写真撮影から帰るとジェニーの胸でミルクをもらい満腹になったみるくを直美が受け取って寝かせつけ始めた。
「天からの恵み 受けてこの世界に 生まれたる我が子・・・」直美が「童神」と言う沖縄の子守歌を唄い始めると、それを光太郎とジェニーは並んでジッと聞いていた。
「お母さん、好い歌だねェ」「本当、涙がでそうです」2人が口々に褒めてくれた。
「これはお父さんに習ったのさァ」「へーッ」若夫婦は顔を見合わせた。
「お父さんは子守りが趣味で、いつもアンタを抱いて沖縄の子守唄を唄っていたのさァ」直美の説明にジェニーが羨ましそうに顔を見と光太郎はゆっくりうなづいた。
「俺、覚えてないなァ」「そりゃそうだ」直美は可笑しそうに笑った。
「童神」が終ったところでみるくは目を閉じて眠ったようだ。それを見て光太郎が隣の部屋へ子供布団を敷きに行った。
「うふむらうどゥんぬ かどなかいい みみちりぼうじぬ たっちょんどォ・・・」直美の子守唄は、「耳切り坊主」になった。ジェニーはまた聞き入っている。
「これもお義父さんに習ったんですか?」「そうさァ、これは少し怖い歌さァ」これは沖縄方言の歌でジェニーには少し難しいようだった。
ジェ二―は光太郎が戻ってくると通訳を頼み、「大きな村の御殿の角に、耳切り坊さんが立っている」と言う意味を聞いて大袈裟に「怖いですねェ」と相槌を打った。
「お父さん、どこでこんなに沖縄の歌を習ったのかなァ」「それは謎さァ、ただ沖縄のことは何でも好きでよく勉強していたさァ」「やっぱり勉強家だったんだねェ」光太郎はいつも紀美に言われていることを思い出して言った。
「でも沖縄のモノでは直美が一番好きだよ」私が耳元で呟くと「うん、ありがとう」と直美が嬉しそうに答え、その様子を光太郎とジェニーは呆れた顔で見た。
「お父さん、何だって?」「内緒さァ」光太郎の質問に直美は笑って答えなかった。
突然、直美は思い出したように「アロハオエ」を唄い始めた。
「お義母さん、どうしたんですか?」ジェニーが驚いて訊いてきた。
「お父さんは光太郎に『英語を教える』ってハワイアンを唄うこともあったのさァ」「へーッ」「光太郎はアロハオエも子守唄にしていたんだよ」「何だか、ジェニーと結婚出来たのもお父さんのおかげみたいな気がしてきたよ」ここでジェ二―が代わって現地語のアロハオエを歌い始め、本場の歌に「流石さァ」と言いながら直美と光太郎は聴き惚れていた。
やがてジェニーは、みるくが眠ったのを確かめて直美から受け取り布団へ連れて行った。直美は息子夫婦の連係プレーに感心と安心した表情で母子の背中を見守っていた。

沖縄へ戻った直美は砂川家の隣に作らせてもらった私の墓に参った。碑銘には「海軍大佐 マツノテンジン」と並んで「直美」と刻まれている。遺骨はないので骨壺には夫が朝まで使った歯ブラシと髭剃りが入っていて、直美も「自分が死んだら同じ海に散骨して欲しい」と願っていた。
「テンジンさん、私たちの孫は可愛かったさァ」「君に似てな」「うん、ありがとう」直美の言葉に私が応えると祖父母の会話が始まった。
「貴方と私の命が続いていくんだよ、見守って下さい」そう言うと直美は手を合わせ目を閉じ、唇をキュッとつぶった。その唇に口づけたのが直美には分かるようだ。
墓へは海からの風が吹き抜けていて直美の髪をなびかせている。その時、直美の耳に歌声が聞こえてきた。
「誰もいない海 2人の愛を確かめたくて・・・走る海辺の眩しさ 生きもできないくらい・・・」それは始めてキスをした時、私が口ずさんでいた南沙織の歌だった。
「好きなんだもの 私は今 生きている」直美は続きを口ずさんだ。 

光太郎は曹候補士としてはやや遅れ気味ながら3等海曹に昇任し、横須賀での初任海曹課程を終えて部隊に戻った。
「マツノ3曹、君の今後のことだが」部隊に戻ると光太郎は整備分隊長と先任海曹の面接を受けた。
「沖縄へ転属させて下さい」光太郎は即答した。これはジェニーとも話し合い、入校中にも考え続けていた希望だった。
分隊長と先任海曹は顔を見合わせてうなづき合ったが、部隊としても自衛隊初の戦死者の息子をどう扱うかは難しい問題であり、沖縄へ帰せば未亡人となった母親を守るためと言う大義名分も立つのだ。
「問題は妻の方ですが」「奥さんは米海軍だろう。こちらからお願いはできんな」と分隊長は首を振ったが、ジェニーはすでに嘉手納への転属希望を上げていて、光太郎が実現すれば同時進行で実現する手はずになっているのだ。

出勤前に私の墓を参ることが直美の日課になっていた。
そんなある日、前日に供えた花が抜き取られ、地面に踏み躙ってあった。
さらにある日、墓の前に汚物が撒かれていた。
そしてある日、墓石に赤いペンキがかけられ、「戦争犯罪者を許すな」と書かれた板が立て掛けられていた。
直美には心当たりがあった。それは市役所の職員でも労働組合の活動に積極的な者が島内の公立学校の教員たちと共同で直美の周辺で情報を収集していると言う話を親しい同僚から教えられたのだ。しかし、課長に相談しても「労組には手を出せない」と首を振るばかりだった。
彼らは私の死を「日本が戦争になだれ込む口火を切った戦争犯罪」と糾弾し、その断罪と称して嫌がらせを始めているのだ。
直美はこのような者を守るために私が命を捧げたのかと思うと悔しさと哀しみが抑えられなくなり、墓の前で声を上げて泣いた。私はその背中をさすりながら「俺の骨壺は出しておいた方がいいな」とアドバイスをして直美は墓の前部を開け遺品が入った骨壺を取り出して家に持ち帰った。案の定、次には墓が暴いてあったが中身は無事だった。
やがて直美は市役所を退職することを申し出たが、勧誘したはずの課長は引き止めなかった。

「おカァ、行ってくるさァ」「元気でね、心配いらないよ、チバリヨウ」直美は母に見送られて宮古港からのフェリーに乗り込んだ。あの島の保健師に復帰したのだ。

「マツノさーん、お帰りィ」連絡船が到着すると、島の人たちが出迎えてくれていた。
小父さんはお爺さんに、小母さんはお婆さんになっていたが、20代だった直美も40を過ぎている。あの頃のお爺さん、お婆さんたちは殆んど亡くなっているだろう。
「元気そうさァ」「また来てくれてありがとう」「よろしく」小母さんが次々と手を握ってきた。どの顔にも見覚えがあり名前も呼べそうだ。
「今日は、旦那さんは?」小母さんの1人が連絡船の方を探しながら訊いてきた。
「一緒に来てるさァ」「エッ?」直美がそう返事をすると小母さんたちは顔を見合わせた。
直美が肩にかけていたショルダーバッグから今回作った「海軍大佐 マツノテンジン」の
小さな位牌を取り出して見せると小母さんたちは一瞬、黙った後にかすれた声で訊いた。
「いつねェ?」「もう1年になるさァ、でも息子に孫が生まれたから私もまた頑張ることにしたのさァ」直美の話に小母さんたちは一斉に涙目になった。
「結末、哀しかったね」「ううん、今も一緒さァ」直美がそう言って位牌にキスして見せると小母さんたちはようやく笑ってくれた。
「君の夢なら一緒に見たいのさァ」「うん、がんばろうねェ」私が呟いた台詞に答えて直美は潮風の中で大きく伸びをした。

光太郎とジェニー、みるくが宮古島に帰省して来たのに合わせて直美も休暇を取った。
「お母さん、お帰りィ」「マミィ、お帰りなさい」フェリーターミナルまでは光太郎とジェニー、みるくが義母の車で迎えに来ていた。
身長180センチを超える光太郎は小柄な人が多い沖縄ではよく目立ち、揃いのTシャツとキャップにサングラスをかけて、ジェニーと並んでいると外国人のカップルのようだ。
「オーイ」直美が船の上から声をかけ手を振ると、それを見つけた光太郎が水兵らしくラッタルを一気に駆け登り直美の荷物を受け取った。
「帰ったさァ」直美は光太郎より先に立って下船してジェニーと腕に抱かれたみるくに歩み寄った。直美がミルクに顔を近づけていると光太郎に習ったのかジェニーが「ハイサイ」と沖縄式に挨拶をする。
「ハハハ・・・ハイサイ」直美の笑い声に続けた挨拶に光太郎とジェニーは大笑いした。
「3人とも元気そうさァ」「お母さんは元気ねェ?」「保健師が病気にはなれないさァ」こうして久し振りに会うと光太郎とジェニーは並んで立つ姿も夫婦らしくサマになっている。直美は安心したように笑いながら何度もうなづいた。
「お父さんにも挨拶するさァ」そう言って直美がショルダーバッグから私の携帯位牌を取り出して見せると2人は顔を見合わせた。
「お母さん、相変わらずベッタリ一緒ねェ」光太郎の言葉にジェニーは少し羨ましそうな顔をした。その時、いきなり光太郎が気をつけをしてジェニーも反射的にそれに合わせた。
「お父さん、服務中異常なし」光太郎が敬礼をするとジェニーもそれに倣って敬礼をした。
「やっぱりそうなるかァ、ハハハ・・・」直美は2人の様子を呆れたように見ながら、また可笑しそうに空を見上げ口を開けて笑った。
「カモメの子はカモメさァ」光太郎の上手い造語に直美はさらに大笑いをした。

光太郎とジェニー、みるくは那覇市のスーパーへ子供用品の買い物に出かけた。
「マツノ君?」3人で子供服の棚を除いていると光太郎は突然、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには内田麻子が立っていた
「内田さん?」麻子は同年輩の男性と一緒だった。
「こちら主人です」「仲村です」麻子の紹介に男性は名乗って会釈をした。
「こちらマツノ君、江田島で近所だったの」麻子の紹介に合わせて光太郎も会釈をする。
「マツノ君は海上自衛隊員さァ」麻子の説明に一瞬、夫は顔を強張らせた。
「妻のジェニーです」光太郎がジェニーを紹介すると麻子は少し対抗心の、夫は羨望の表情を見せたが、ジェニーは黙って光太郎の顔を見た。
「奥さん、赤ちゃん・・・」麻子はジェニーが抱いているみるくの顔を見た。
「はい、もう8カ月になります」ジェニーが自然な日本語で答えると2人は一瞬驚いた顔をした。
「内田さん、ゴメン仲村さんかァ、仕事は?」「今は那覇の大学で講師をやってるよ」光太郎は麻子の答えに麻子同様に優等生そうな旦那さんの顔を見て、「教師仲間かなァ」と勝手に納得していた。
「それじゃあ、またね」麻子は小さく手を振ると夫婦で歩き出した。
「あの人、前にビーチで会った人ね」麻子たちの背中を見送りながらジェニーは呟いた。
「ただの幼馴染だよ」光太郎の返事にジェニーは黙ったままうなづいた。

ある日、宮古島の実家経由で直美の元に妙な手紙が届いた。それは防衛協力会からの「マツノテンジン1佐の靖国神社への合祀について」と言う賛同趣意書だった。
文面には夫の経歴から家族構成、そしてコマリアでの戦死の経緯が詳しく並べられ、戦死者である以上、英霊として靖国神社に合祀されるべきだと結論づけてある。
その時、直美の胸に光太郎の入隊式の帰り、夫と賀真が電車の中で話し合っていた言葉が浮かんだ。
「俺は靖国が嫌いなんだ」日頃、言葉を選んで話す夫には珍しく、あの時は興奮気味に語っていた。それほど靖国に対しては強い嫌悪感を抱いていたのだろう。
「貴方、どうしよう」「勿論、断固拒否」「だよね」直美はうなづいた、
「だけど相手が防衛協力会だからなァ」「手強いの?」「自分たちだけが味方だぞって顔で、勝手なことを押しつけて来るんだ」「これもそうだね」「うん」直美と話をしながら私はかつて山口県在住の殉職自衛官のクリスチャンの妻が、護国神社への合祀を強行され、信仰を理由に告訴したことを思い出した。しかし、光太郎や賀真、岸田が現職でいる以上、手荒なことはしたくない。そこで直美にこの3人に連絡を取ることを指示した。

「お父さん、靖国神社が嫌いだったの?意外だなァ」電話を受けた光太郎は呆気にとられた。確かに「軍神」と仇名されていた生前のイメージから想像できないことだろう。
しかし、生前、父が賀真叔父に語っていた拒否の理由を説明すると光太郎は納得した。

「うん、覚えてるさァ。ニィニは靖国が許せんって怒っていたさァ」次の賀真は即座に納得した。むしろ直美を通して今後の戦術を相談し始め、私の存在を認めたようだった。

「それは困りますね。防衛協力会は自衛隊の支援団体ですから」やはり岸田の反応は自衛隊の常識の枠にはまっていた。これは予想されたことだったので私は直美にこう言わせた。
「あの人が何で靖国が許せなかったと言うと馬関戦争の時、戦死した高杉晋作の長州兵は軍神として祀っても、小倉藩の兵は賊軍として踏みにじっているからだって」「えッ、それはマコトね?それは初耳たい。俺も靖国が許せんばい」これで岸田も同調した。

そして直美は趣意書の記名欄にマツノテンジンの妻として夫が生前、山口県の護国神社訴訟に関連して殉職しても合祀されることは拒否すると明言していたこと。また浄土真宗で得度を受けた僧侶であったこと。さらに遺族としても本人の意志を尊重したいこと。これは親族の総意であることを記して返送した。
続いて直美にむつ市の菩提寺へ「靖国神社への合祀を強制された時には協力を願う」と電話をさせた。あとは相手の出方次第だ。

直美の合祀拒否の回答を受けて防衛協力会は対応に悩んでいた。
趣意書を全国に発送してしまった以上、これを取り下げることはできず、かと言って裁判に持ち込まれることは最近、続いている靖国訴訟へのマスコムの報道を見ても避けたい。
そこで搦め手から攻めてきた。故人(私)の両親が健在であることを確認すると地元の神社を通じて合祀への賛同を申し入れたのだ。
年老いて社会から忘れられていくことを不満に思っていた父親は、地元の名士である宮司の来訪を受けて舞い上がり、その場で賛同趣意書に署名、捺印したが、断絶状態の嫁の説得はやはり無理だった。さらにこの件を嗅ぎつけた麻子の夫・仲村が取材を申し入れてきたことも今回は後押しになった。

光太郎は沖縄に赴任して苦労していた。寒冷な八戸と高温多湿の沖縄では機体にかかる負担が異なり、発生する故障も微妙に違うため今までの経験が活かせないのだ。
「なんだァ、即戦力を期待していたが、外れクジだったな」「軍神・マツノ1佐の息子も鷹がトンビを生んだみたいだ」「親の七光も眩しくないよ」などとベテラン海曹から言われ、家に帰ってジェニーに慰められることが多かった。
「光太郎、貴方は仕事を1人でやろうとしていない?」ジェニーは同じ整備員としてのアドバイスをする。
「1人でって言われても職人は自分の腕で勝負だろ」光太郎は水産高校出身だが、航海科であったため機関科の出身者ほど機械いじりには馴れていない。だから人に負けないよう努力を積み重ねてきたことだけが誇りなのだ。
「結局、整備の仕事はチームプレイよ。チームマネージャーが統制して、その指示通りに各プレイヤーが自分の役割を確実に果たしていくことで航空機が飛べるのよ」光太郎は妻からのアドバイスが説教に聞こえ素直にうなづけなかった。仕方ないのでみるくをあやしながらそれを考えてみた。

そんな3月に砂川3佐=賀真が83空隊検査隊長として那覇へ転属して来た。
賀真は千歳に家を建てたため、日本縦断の単身赴任になっている。
「おーい、元気か?」海上自衛隊と航空自衛隊の格納庫は道路を挟んで隣り合っていて、光太郎が歩いていると会うこともあり、会うとこうして声をかけてくれる。
「御苦労様です」光太郎が真面目に敬礼をすると賀真は「おう」と気軽に答礼した。
「昼飯は弁当か?」「はい、ジェニーが作ります」とは言っても最近のオカズは「健康に良い」「ダイエットに好い」からと野菜中心の日本食で、それを見たベテランたちからは「何だ、ウチと変わらないなァ」と呆れられていた。
「御家族は皆さん、お元気ですか?」「俺にまでそんな喋り方をするなよ」「はい・・・」と言われてもそれは光太郎の性格だから仕方ないだろう。
「こう暑くては北海道に残って正解だよ」「やっぱり」「それに野菜も魚も美味しくないってさ」「やっぱり・・・」賀真は妻の出身地である北海道や青森の海の幸、山の幸に口が馴染んでしまい、やはり沖縄の食材は口に合わないのかも知れないと思いながら光太郎も八戸の頃に食べた美味しい食べ物を思い出して喉を鳴らした。
「その分、子供たちは海で泳ぎたいって言ってくるけどな」「そうですか」賀真の子供は中学生の姉と小学生の弟で、弟は光太郎の父から一字もらって「賀典」と言う。
「宮古島へは?」「ゴールデンウィークには帰るワ」賀真には何年ぶりかの帰省になる。
「たまには航空自衛隊の整備も見てみるかァ、こっちは本格的だぞォ」「いいんですか?」賀真の誘いに光太郎は素直に喜んで、一緒に昼休み中の格納庫へ入っていった。
父が若い頃、航空機整備員としてこの格納庫で頑張っていたことがあり、床のコンクリートの染みが父の汗の跡のように思えた。
「流石に構造が複雑ですね」「そうだろう」光太郎が整備中の機体を覗き込みながら感心すると賀真は自慢そうに答えた。
光太郎は興味深そうに機体の下をくぐりながら見て回り、賀真は横に立って声をかけてきた。
「そう言えば、嫁さんも嘉手納で同じ機体を整備しているんだろう」「はい」「家で仕事の相談なんてするのか?」「うーん、ノーコメントです」「そうだな、米軍も一応は外国軍だから秘密保全もあるしな」「はい」自衛隊以上に秘密保全が厳格な米軍の整備員が口が軽い訳がない。ジェニーは急な残業が入っても具体的な仕事の内容は一切、説明しないのだ。
「それにしても航空自衛隊のパイロットって、よくこんな窮屈なところに座って何時間も飛んでいられますねェ」光太郎はラダ―に登り、コクピットを覗きながら感心した。
「海上みたいな長時間飛行はないからな」「ウチは半日飛びっぱなしです」「航空自衛隊も空中給油機が導入されたから、これからそうなるかなァ」そこまでで光太郎は腕時計を見て、賀真にお礼を言って見学を終了した。
「何だか、父に会えたような気分です」「そうか・・・」格納庫の外まで送って出た賀真に感想を言うと、賀真も光太郎の父が若い頃、ここで勤務していたことに気づいて、シミジミと思い出を噛み締めるような顔をした。

みるくが1歳になり、ジェニーが職場復帰して数カ月がたった頃、政情不安定が続いていたアフリカ中部で地下資源を巡る大規模な戦争が始まって、米国政府はEUとともに軍事介入を決定し、NATO軍と合同軍を編成し、本格投入した。

戦争が始まって数カ月のある日、いつものようにみるくを託児所に迎えに行った光太郎がアパートに帰ると、ジェニーは先に帰っていた。
ジェニーは薄暗くなっている部屋で、明かりも点けずに迷彩服のまま窓辺に立っている。ジェニーに気がついたみるくは最近覚えた「マミィ」と呼びながら腕で喜んで両手を伸ばし、光太郎は大股に妻に歩み寄った。
「光太郎、私に出撃命令が出ました」ジェニーはみるくを抱きとめながらつぶやくように言った。その声はかすれ、少し震えている。
「リアリィ(本当)?」光太郎はまだ信じられないでいた。信じたくはなかった。
「私は戦争に行きます」ジェニーはもう一度繰り返すとみるくを抱き締めて、頬にキスをした。みるくは頬がくすぐったそうにしながら嬉しそうに笑っている。光太郎の胸にはジェニーと出会ってから今日までの思い出と親子3人の生活、そしてテレビや新聞のニュースと部隊での教育で知る戦争の状況が一気に迫って来て、何も考えることすらできないでいた。
今度の戦争では戦争当事国の軍だけではなく、重武装した過激派、強盗海賊団による米軍、NATO軍の基地、兵員へのゲリラ攻撃が多発していて、現地の混乱はピークに達し、最早、安全な米軍、NATO軍基地などはない。それ故に日本政府は米国からの強い要請にも関わらず自衛隊の派遣を躊躇っているのだ。
その時、光太郎は同じくアフリカへ出撃する前、父が「お前はジェニーと生まれてくる子供を守ることを考えろ」と言っていたのを思い出した。光太郎はもう一歩、歩み寄るとジェニーとみるくを一緒に抱き締めた。
「光太郎・・・」ジェニーは一瞬ビクッと体を硬くしたが黙って光太郎の胸に顔をうずめた。ジェニーの髪からは汗と少し航空燃料の匂いがした。
その時、2人の間でみるくが苦しそうに「グエッ」と呻り、父母は心配して我が子の顔をのぞいた後、お互いを見つめ合って涙を流しながら笑った。

「私は合衆国軍人として国家への義務を果たさなければなりません」宮古島の実家で出征することを報告したジェニーは義祖母と義母、島に住む義叔母たちの前でそう言い切った。光太郎は黙ってその決意に満ちた妻の横顔を見詰めていた。
座敷の梁からはジェニーにとっては義曽祖父母と義祖父、そして海上自衛隊の詰襟の夏制服姿の義父=私の写真が見守っている。
「息子じゃあなくて嫁が戦争に行くなんて・・・」義祖母は娘と孫の心を推し量って静かに呟いて首を振った。1歳半になり、よちよち歩きを始めているみるくは、遊び疲れたのか日が当たらないように座敷の隅に並べた座布団の上でよく眠っている。
「何だか、あんたよりジェニーの方がお父さんの娘みたいさァ」直美は意外に落ち着いていた。それは看護師と言う職業以前に「軍神」と仇名された自衛官の妻であり、まだ43歳で夫の死に立ち会った人生が、どこか達観させていたのかも知れない。
「大丈夫、お父さんに海外出張して守ってもらえば安心さァ」ジェニーは義母の言葉に黙ってうなづいた。光太郎が梁の写真を見上げると父がうなづいたように見えた。
「みるくは私たちがついているから心配いらないよ」「はい、お願いします」宮古島の保育所に勤める4女・安美の言葉にジェニーは頭を下げた。
「ネェネの所は光太郎だって私たちで育てたのさァ」「私も子守りをしたさァ」保母の4女・安美と農協勤務の5女・里美が口を挟むと妹たちの言い合いが始まった。
「私は勉強をみたさァ」「光ちゃんの成績が悪かったのはそのせいさァ」「何ねェ、それは」「今日は、止めなさい」妹たちの騒ぎを直美が一喝した。しかし、重苦しい空気が少し軽くなり、ジェニーと光太郎も顔を見合せて笑った。
「大体、男より女の方が強いのさァ、女は無理無茶はしないもん、ジェニーもいいね」直美の締めくくりの言葉にジェニーはもう一度、深くうなづいた。
「女は強い」光太郎は母の人生を想い。その言葉に納得し、信じた。

翌朝、光太郎とジェ二―、みるくは直美と一緒に砂川家と私の墓を参った。花を手向け、沖縄の線香を焚き、水を墓石に掛けた後、4人は手を合わせた。長い祈りの間、みるくは直美に手を引かれて黙って大人たちの様子を見詰めている。
「お父さん、ジェニーを守ってくれるかなァ」祈りの後、顔を上げて光太郎が呟いた。
「お父さんの前世は海軍陸戦隊の中尉で、沖縄戦で住民を逃がすため身代わりになって、戦死したのさァ。きっとジェニーも守ってくれるよ」直美は自信ありげに答えた。
「それは本当ですか?」直美の思いがけない話にジェニーは真顔で訊き返した。
「お父さんと豊見城の街を歩いていて、突然『俺はここで死んだ』って言ったことがあったのさァ。小さい時から何度も同じ夢を見て、その場所なんだって」「ふーん」「住民を逃がすためにわざと反対に走りだしたんだって」直美の話に光太郎とジェニーは真顔で聞いていた。
「あそこには海軍司令部壕があったから本当かも知れないな、うん、間違いない」光太郎が強く言うとジェニーも深くうなづいた。そして、光太郎はジェ二―に眼で合図をして、「アテ―ン ハッ(気をつけ)」と英語で号令をかけた。並んだジェニーも軍人らしく姿勢を正す。
「サルート(敬礼)」光太郎の号令で2人揃って敬礼をした。
「マツノ大佐、妻をよろしくお願いします」光太郎の叫び声は私の心に響いた。みるくは両親の軍人としての姿に興味深そうに見詰めている。
「わかった、任せておけ」私の返事を直美が2人に伝えると、「これで勇気が持てました」とジェニーは無理して笑顔を作った。
ジェニーはみるくを抱きあげて、「次に来る時は、一緒に海へ行こうね」と話しかけた。
「うん、海ィ」みるくは無邪気に答えた。みるくを見詰めるジェニーの長い髪を海からの風がなびかせていた。
森野中尉遺影
嘉手納基地から派遣される兵員の壮行式典に光太郎とみるくも出席した。
三沢、厚木、嘉手納基地の在日米軍及び在韓米軍の要員は、それぞれ別の輸送機で現地に運ばれ編成を執ることになっている。
「Stand Navy out to sea Fight our battle city・・・」アメリカ海軍歌「錨を上げて」が流れる中、すでに米空軍のC‐17輸送機が待つ海軍の駐機場で、どの兵士も家族と抱き合い、わが子を抱き上げ、束の間の時を過ごしていた。
その光景を多くの日米のテレビ局が撮影しているが、光太郎は部隊でインタビューを受けることを禁じられていた。この戦争における日本政府、自衛隊の立場は微妙であり、自衛官の妻が出撃することはマスコミにとっては格好のキャンペーン材料に利用されかねないのだ。
「みるく・・・」やはり女には優先順位は夫よりわが子だった。迷彩服のジェニーはみるくを抱くとキスと頬ずりを繰り返して、白い半袖の3等海曹の制服の光太郎はジェニーの肩に手を置いて黙って2人を見つめていた。その時、光太郎は夫として1人の軍人として妻の代わりに戦場に征きたいと思っていた。
「私もpー3Cの整備が出来ます。英語も解ります。妻の代わりに連れて行って下さい」派遣部隊の指揮官をつかまえて、そう訴えたい衝動を必死に抑えていた。やがてジェニーはみるくを抱いたまま光太郎の顔を見詰めた。
「光太郎、I loved you(愛してた)」ジェニーの言葉が過去形になっていたのは、軍人としての覚悟を意味している。
「Me too(僕もだ), I love you(愛してる)」光太郎がそれを現在形にしたのは夫としての願いだった。2人はしばらく黙って見つめ合っていた。やがて、2人は帽子のひさしを後ろに回し、抱き合って口づけた。
みるくも毎朝、見慣れているはずの両親のキスだったが、今日は特別なものを感じている
ようで、2人の間でジッと見詰めている。光太郎は妻の体の感触、体温を刻みつけようと腰に回した手に力を込めた。
その時、「集合」のアナウンスが広い駐機場に響き、家族たちの悲鳴にも似た声が上がったが、それは飛行前点検を始めた輸送機のジェット音でかき消された。
「いってきます」ジェニーはみるくを光太郎に渡すと頭を撫で、帽子を正しくかぶり直し、気をつけをして敬礼をした。
「待ってるよ」光太郎はみるくを左腕に抱くと敬礼を返した。ジェニーは先に下士官になった光太郎が手を下ろすのを待ってから直った。
その時、ようやく光太郎が米軍ではなく日本人、自衛官であることに気がついた日本のテレビ局がカメラで取り囲んだが、光太郎は彼等に視線を合わさず、一列なって輸送機に向かって行進していく妻とその同僚たちに帽子を振っていた。
みるくは光太郎の腕で家族の前ではあまり見せない自衛官の顔をした父親を不思議そうに見詰めていた。その姿は夕方のニュースで大きく映し出された。

「マツノさーん、テレビ沖縄の者です」嘉手納基地でジェニーを見送ったニュース以来、どのようなルートからか光太郎の名前、住所を知らべたマスコミ関係者が浦添のアパートに連日押しかけるようになった。これは光太郎にとって父が戦死した時の悪夢を思い出させる出来事である。しかし、ここは官舎でない分、朝から夜まで入れ替わりチャイムを鳴らす、ドアを叩いての取材申し込みで、みるくが怯え、眠らない、泣きやまないようになってしまった。
マスコミにとっては戦場に妻を送った自衛官が一言「心配している」「不安である」と言えば、「自衛官が戦争に反対している」とのセンセーションルな報道材料になるのだろう。妻を戦場に送った家族の不安まで自分たちの主張の材料に利用しようとするマスコミに光太郎は言いようのない憤りを感じていた。
「みるくをうちに預けるさァ」翌日の夜、昌美が心配して電話をしてきた。
「そんなんじゃあ、みるくが可哀想さァ」突然の申し出に光太郎は戸惑っていた。
「でも叔母さん、何で知ってるの?」「ネェネから頼まれたのさァ」母には昨夜、取材攻勢のことをこぼしたが相変わらずの対応の早さだった。
「でも、アパートも基地もマスコミに見張られているから、つけられちゃうよ」今もアパートや基地には常にマスコミが待ち伏せして、同僚や近所の人にも迷惑がかかっている。それでも皆、光太郎父子に同情し守ろうとしてくれている。
「大丈夫、アンタが朝、幼稚園に送って、夕方、私が迎えに行って連れて帰るのさァ、後でウチまで会いに来れば好いさァ」「ふーん、なるほど」
「インタビューしたいのはアンタだから私の家までは追っかけてはこないよ」昌美の自信ありそうなこのプランに光太郎は電話口で感心していた。
「ナイスなミッションだけど、叔母さんが立てた作戦ねェ」「アンタのお母さんさァ」「流石、マツノ1佐の妻だね」母の見事な状況分析と作戦に光太郎は感心し直した。
「もう、育美にも頼んであるみたいさァ」「ふーん、予備の避難所も手配済みかァ」母は、すでに本島にいる2人の妹たちに電話で指令を発していた。
「それじゃあ、お願いするワ」こうしてみるくはマスコミが諦めるまで昌美の家に預けられることになり、光太郎は基地とアパート、昌美の家の3ヶ所へ通うことになった。

通信隊の協力で現地部隊と嘉手納基地を結ぶ回線に那覇基地の回線を接続し、米軍の兵員と家族向けの連絡を那覇基地でも見ることが出来るようになり、これを現地との時差の関係で特別に課業時間中に使わせてもらえることになった。
決められた時間に通信隊の画像端末をセットするとジェニーが待っている。
「光太郎、元気?みるくも元気?」2人の会話の出だしは毎回同じだ。戦争は指揮系統すら明確ではない当事国正規軍の混乱した戦闘の間隙をついて強盗や海賊が暗躍し、合同軍地上部隊も過酷な自然環境に苦戦している。ジェニーたち対潜哨戒機部隊は、海賊の監視と空母部隊の安全確保のために行動しているが、それを妨害するため敵は携帯式対空ミサイルまで使用し始めていた。戦争の状況は、軍の秘密に属するのかジェニーも会話では触れないが、そんなニュースや新聞にも出ない戦闘の情報は上官が米軍から仕入れ、そっと教えてくれていた。
光太郎が昌美の家でみるくの写真を撮り、それを自宅でプリントアウトしてジェニーに見せると、「みるく・・・」通信端末の画面の中でジェニーは一瞬遅れて泣き顔になった。
ジェニーが出撃して半年、みるくは2歳になり日に日に成長している。時々、みるくの話し声をテープに録音して聴かせるが、電波状況がよくないのか雑音で上手く伝わらない。しかし、基地通信隊にみるくを連れて来るわけにはいかなかった。
「身体に気をつけろ、頑張るなよ」それが決まって光太郎が口にする終わりの言葉だった。そして、ジェニーがカメラに顔を近づけ光太郎がその画面にキスをする。次は光太郎が・・・。
「マツノ3曹、画面を拭いていって下さいよ」光太郎が帰ろうとすると通信隊の若い隊員が冷やかすように声をかけてくるが、彼等の顔には映画の登場人物を見るかのような憧れの表情がある。
実は光太郎自身もそれがリアリティのない自分たちが出演している映画のストーリーのように思っている部分があった。

「マツノ君、麻子です」取材攻勢が一段落して、みるくをアパートに引き取ることができた頃、突然、内田麻子、今は仲村麻子から電話があった。
「マツノ君、奥さんのことはニュースで知ってるよ。大変だね」麻子の声からは心配と同情してくれているのが伝わってくる。麻子は中学校の同級生からアパートの電話番号を訊いたのだと言った。
「今度、一緒に飲もうよ」そう言うと麻子は携帯の番号を教え訊いてきた。ジェニーへの心配、みるくの育児で疲れていた光太郎は久しぶりに麻子と話し、励まされたことが嬉しく、待ち合わせて一緒に飲む約束をした。

次の金曜日の夜、光太郎はみるくを昌美に預け、麻子が指定した店で待ち合わせた。海上自衛隊の躾で5分前についた周作は、ほかに客がいないカウンターでビールを飲みながら待っていた。やがて、沖縄式に遅刻して麻子と麻子の夫・仲村がやって来た。2人とも仕事帰りなのかスーツ姿だ。
「マツノ君、今日は夫も一緒だけど、いいでしょ?」麻子は夫・仲村を紹介しながらカウンターの光太郎の隣の椅子の坐り、仲村がその向こう側に座った。
「そりゃあ、幼馴染とは言え人妻だもんなァ」光太郎は少し残念だったが、そう納得した。
光太郎がビールを飲み終えたところで仲村と麻子とも顔馴染みらしいマスターがスコッチのキープボトルで持って来て水割りを作って勧めた。
「久しぶりィ。乾パーイ」麻子の音頭でグラスを鳴らした。
麻子と光太郎はグラスを重ねながら中学校の同級生たちの噂話を始めた。話題は「誰が結婚した」「誰は何所で働いている」と言うような取るに足らないものばかりだったが、麻子は自分が沖縄の大学で広島の原爆について教えていると付け加えた。
その間、仲村は黙って聞き役に回っているが光太郎は仲村が発する独特の油断のない雰囲気が気になっていた。「教師じゃあないな」それは光太郎の直感だった。やがて麻子と光太郎の思い出話に区切りがついたのを見計らって仲村が話に加わってきた。
「マツノさん、奥さんが戦争に行かれて大変ですね。御心配でしょう」仲村はそう言いながら名刺を差し出した。そこには国営放送の政治部記者の肩書がある。
「夫とは大学の同級生だったのさァ」麻子は広島の国立大学出のはずだ。
「戦争が早く終わらないとマツノ君も困るでしょう。だからマツノ君もマスコミに協力して戦争に反対するべきよ」麻子は強い口調でそう訴えた。しかし、光太郎の頭には仲村への警戒心から戦争開始以降繰り返し行われている職場での「保全教育(マスコミ対策)」の注意事項が次々と浮かんでいた。
「麻子、そんな言い方したらマツノさんが心配するだろう、今日は美味しい酒を飲んで、苦労話を聞いてあげなきゃあ」仲村が嗜めると麻子は素直にうなづいた。光太郎は、むしろこの仲村の優しい言い方の向こうにあるモノを警戒していた。
「妻は今も戦場にいるのさァ、僕は妻が命がけでやっていることを否定することはできな
いんだ」そう言いながら光太郎の胸に今日も通信回線で会ったジェニーの顔が浮かんでいた。戦争が長引くに連れて、あんなに陽気だったジェニーの顔にも憂いの色が濃くなっているのを感じている。麻子は小・中学校の頃と同じ優等生の眼差しで光太郎の顔を見詰めた。
「奥さんが命をかけないですむように戦争を止めるべきよ」麻子は口調をさらに強める。それは決して悪意からではなく麻子なりに光太郎を心配してのことだと判った。しかし、結局それは「麻子なりに」のことなのだ。光太郎は大きくため息をついた。
「僕も妻と一緒に戦っているのさァ」「マツノ君も戦争に征きたいの?」光太郎の答えに麻子は反論する。光太郎はまた1つため息をついた。
「代われるものなら僕が戦争に征きたい」光太郎はそう言い切ると、しばらく沈黙があった。やはり表情を変えない仲村の横で麻子は悲しみと憤りの色を顔に浮かべた。
「やっぱりマツノ君も軍人なんだね」麻子の声は少しかすれていた。
「昔からそう、マツノ君は素直で従順なお人よしだった、何も変わってないよ」そう言うと麻子はグラスの水割りを一口飲み、グラスの中で氷が鳴った。
「俺は自衛官さァ、軍人じゃないからここで妻を待っているしかないのさァ」この言葉に今度は仲村の表情が一瞬変わったのを光太郎は見逃さなかった。
3人の間に沈黙だけが流れ、店内には有線放送の昔のヒット曲が響いていた。
「さあ、堅い話は終わってカラオケでも歌うさァ」重苦しい場の雰囲気を察したマスターが、3人の前にやって来てカラオケのメニューを差し出した。麻子は森山良子の反戦歌「愛する人に歌わせないで」を唄った。

冬の休暇に光太郎がみるくを連れて直美の島までやって来た。
「これがお母さんの島かァ」みるくの手をひいて連絡船から下りた光太郎は島への第一歩と同時に辺りを見回しながら大声を出した。
「みるく、グランドマミィさァ、メンソーレ」直美は身を屈めて顔を近づけ話しかけると、みるくは元気に「ハイサイ」と挨拶をした。直美はマツノ家の伝統のようになったこの挨拶に可笑しそうに空を見上げながら笑った。
「みるく、船酔いしなかった?」「はい、大丈夫です」父子家庭生活で心配していたみるくの言葉は随分達者になっている。
「水兵の子は水兵さ」光太郎は自慢そうにみるくの頭を撫でた。
「ここからは自転車さァ」直美は自転車の荷台に光太郎の荷物を積むと船着き場から宿舎がある集落への道をハンドルを押しだして、光太郎はみるくと手をつないで後をついてきた。
「やっぱり、八重山は暖ったかいねェ」光太郎は八重山の大陽を見上げながら呟いている。直美はずっと前に、この台詞を夫から聞いたような気がした。
「みるく、歩くのが上手になったさァ」「イエス」直美が声をかけるとみるくは英語で返事をした。みるくも2歳半になり、随分、色々な事が達者になっているようだ。直美には、こんな我が子の成長を一緒に楽しめないジェニーが哀しかった。
「もうすぐ、ジェニーがアフリカに行って1年さァ」「うん、もうすぐ交代のはずだよ」嬉しそうな顔でそう答えて光太郎は「今のは秘密ね」と慌てて口に人差指を当てた。
「わかってるよ、私も自衛官の妻だもん」直美が答えると光太郎は安心した顔でうなづいた。
この島には自動車は農作業用の小型トラックが数台だけで、だから交通は安全なのだが、逆に子供たちがほかの土地へ行った時が心配だとも言われている。
「最近、お父さんは?」「アフリカへ行きっぱなしさァ」光太郎の質問に直美は最近、夫の気配を感じないことを伝えた。
「フーン、戦争も激しくなっているみたいだからなァ。アッ、これも秘密ね」また、光太郎が念を押すと直美は「自衛官のくせに口が軽いなァ」と笑って答えた。
「グランドマミィ、海に行っても好い?」「あとで行くさァ」みるくにも本島よりも八重山は暖かく、暑く感じているらしい。そう言えば父子とも随分薄着なのに気がついた。
「お母さん、水着は?」「やっぱり、お父さんの子だねェ、ハハハ・・・」夫の口癖だった台詞を光太郎の口から聞いて直美は愉快そうにのけ反って全開に笑った。
Jenny (2)
その日もジェニーは、早朝の対潜哨戒機の飛行前点検で、機体の下周りの確認をしていた。同僚の整備員たちはそれぞれ自分の担当の点検を行っている。今日も中部アフリカの高温多湿の空に2機並んだ対潜哨戒機の4発のターボフロップのエンジン音とプロペラが空気を切る音が響いていた。ジェニーがアフリカに派遣されて一年、アフリカの風景もそろそろ見飽きていた。
「海で泳ぎたいなァ」そう呟いたジェニーの頭に浮かんだのは同じサンゴ礁の海でも故郷のハワイの海ではなく夫の実家から見える宮古島の海だった。そして隣には光太郎が、腕にはみるくがいる。
「イケナイ・・・」ジェニーは点検中に考えごとをしている自分に気がついて頭を振って点検を再開した。私はそんなジェニーのすぐ後ろについて見守っていた。
その時、滑走路の向こうに広がるサバンナで一点の閃光が光った。
「危険?」私の軍人の直感が働き、とっさに後ろからジェニーに抱きついて、そのまま押し倒した。抱きつかれた時、ジェニーは「ダディ(お義父さん)?」と呟いた。
「ジェ二―、何を転んでいるんだ?」何もないコンクリートの駐機場でいきなり転んでうつ伏せになったジェニーを仲間たちが笑ったその時、細く白い煙をひいた光が滑走路を越えて点検中の対潜哨戒機に向かって飛んできた。整備員たちの顔が凍りついた瞬間、1発のミサイルが手前の機体の真ん中に突き刺さり、航空燃料と対艦用の兵器を満載した2機の対潜哨戒機は大爆発を起こし炎上した。ジェニーに覆いかぶさっている私の背中を爆風と炎が焦している。
「・・・推落大火抗 念彼観音力・・・」私はひたすら観音経を唱えていた。数度の爆発の後、ジェニーが顔を上げると目の前には先輩の白人兵士の千切れた首が転がっていた。自分を向いているその虚ろな眼を見てジェニーは気を失った。米軍が誇る最新の科学警備機材も野生動物がうろつくサバンナでは用をなさずゲリラの侵入を許してしまったのだ。
この攻撃で対潜哨戒機2機が破壊され、1名を除き乗員、整備員の全員が戦死した。生き残ったジェニー・ナラニ・マツノ3等兵曹は無傷だった。ただし肉体のみは・・・。 

「強度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)、回復不能」と診断されたジェニーは任務満了よりも3週間早く、傷病兵として帰還した。
嘉手納基地で出迎えた光太郎は、空軍の輸送機ターミナルに迷彩服で車椅子の乗せられて連れてこられたジェニーに目を疑った。光太郎が愛したあの大きな目は一切の表情を失い、呼びかけにも何の反応も示さない。
ジェニーが「天然ソバージュ」と呼んでいた長い黒髪は男性兵士のように短く刈り込まれている。流動食のみの栄養補給のためか随分痩せ、顎が尖っていた。ジェニーはそのまま嘉手納基地に隣接する軍病院に入院した。
「身体は無傷ですが、精神は戦死・・・重傷を負ったと思って下さい」軍人でもある医官は感情を挟まずに事実を伝えた。
「あとは再び神の、いやブッダの奇跡があることを祈ることです」医官はカルテの宗教欄に「ブディスト(佛教徒)」と書いてあることに気がついて言い直した。しかし、それは光太郎にとってはどうでもいいことだった。
「妻を救ってくれるなら神でも佛でも、悪魔にでも祈ってやる」と光太郎は心の中で叫んだ。

ジェニーは病室のベッドで無表情に壁を見ながら座って1日を過ごしている。
「マミィ、みるくだよ」ジェニーが帰る日を待って、一生懸命練習していたみるくの呼びかけにもジェニーは無表情なままだった。
「マミィ・・・」みるくは寂しそうに繰り返すと光太郎の腕で泣きじゃくった。付き添って来た昌美も黙って涙を浮かべながら優しくみるくの頭を撫でていた。

「ジェニー・・・」1人で見舞いに来た光太郎は病室のベッドの脇の椅子に座り、ベッドで無表情に壁を見ている妻の横顔を見詰めていた。

光太郎とジェニーが出会ったのは。八戸の海上自衛隊航空隊と三沢の米海軍航空隊の協同訓練の後、八戸基地の隊員クラブで行われた交歓会でのことだった。
光太郎は白人の女性兵士とばかり話したがる自衛官と、日本の女性隊員に声をかける米軍の水兵たちの群れから離れて、ポツンと壁際に1人でいる若い黒人女性の2等水兵を見つけた。光太郎はグラスの水割りを飲み干すとその子に歩み寄った。 
光太郎に気がついたその子ははにかんだように笑った。大きな黒目がちの目と天真爛漫な笑顔が不思議に懐かしい。光太郎の胸はときめいた。しかし、話しかけようとした時、光太郎は自分が英語が全く駄目なことに気がついた。
「マイ ネーム イズ コウタロウ マツノ」光太郎の英語はここまでだ。
「はじめまして、ジェニーです」その子は片言だが日本語で答えた。若い2人は光太郎の超初級英語とジェニーの片言の日本語で話し始めた。
「コッタッロ?」「NO、コウタロウ」「コーターロゥ?」「NO、コウタロウ」光太郎の名前を覚えてもらうだけでも会話は弾んだ。ジェニーはハワイ出身で、ハイスクールの時、リゾートホテルでアルバイトをしていて日本語を覚えたのだと言う。光太郎が水産高校の航海実習でハワイに行ったことを話すとジェニーはとても喜んだ。ただし、「船乗りの高校へ行っていたのに、なぜ地上勤務をしているのか?」と言う質問には答えられない。まさか「先生から船乗りに不向きと言われた」「水産の科目が(とても)苦手だった」とは、(英語力がなくて?)とても言えなかったのだ。
こうして沖縄の血を持つ光太郎とハワイ育ちのジェニーは波長が絡み合って、つき合い始めたのだった。

あの時のジェニーの笑顔を思い出すと、光太郎は救いようのない悲しみに胸が張り裂けそうだった。見舞いに行っても自分が判らない母にみるくも傷ついている。
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つき合い始めて何カ月が過ぎた頃、いつものようにデートをした夜だった。三沢基地の米海軍女性兵士の兵舎の前まで送るとジェニーは振り返って立ち止り、光太郎の顔をジッと見詰めた。大きな目には兵舎から漏れてくる明かりが映っている。
ジェニーに見つめられて光太郎の鼓動は早まり、呼吸が苦しくなった(母なら「あっ、心拍数が上がってる」と言うところだが)。
「光太郎、Kiss me, please(キスして)」ジェニーは光太郎の胸に顔を持たれさせかけてきた。
「はいッ」光太郎は、いきなり「気をつけ」をした。そんな生真面目な態度をジェニーは愛おしそうに見詰め、光太郎は両腕で力任せに抱き締めた。ジェニーの体の弾力が腕に心地好く、髪が顎に触れている。
「苦しいよ」とジェニーは腕の中でもがいた後、「Relax(リラックス)」と耳元で囁いた。
そして、「Clause your eye(目を閉じて)」と言って光太郎の首に腕を回し、背伸びをしながらそっと口づけしてきた。ジェニーの唇は夕食に食べたチーズバーガーとコーラの味がした。
「あ・・・ありがとうございました」キスを終えて光太郎がお辞儀をすると2人の額と額がぶつかり、ゴツンと音がして目から火花が散った。
「Ouch! chchch(イタタタ)・・・」ジェニーは片手で額を押さえながら優しく微笑んだ。光太郎は心臓が喉から飛び出しそう、息が止まりそうだった。
「good night(おやすみ)、I love you」ジェニーは玄関の扉の前に立ち手を振った。
「good night, I love you」そう答えて光太郎は教練通りに回れ右をすると一気に駈け出した。
「やった、やった、やったァ」光太郎は踊るように飛び跳ねながら八戸へ帰って行った。
その夜、光太郎は隊舎のベッドで枕を相手にキスの練習を繰り返したのだった。

「ジェニー、Kiss me, please」光太郎は椅子から立ち上がるとベッドに座ったままのジェニーの肩に手を置いてみたが、ジェニーは無表情のまま何の反応も示さない。
光太郎は子供の頃に読んだ外国の童話のようにキスで妻が目覚めることを願った。
そのまま顔を近づけたが、やはり何の反応もない。ただ、ジェニーの吐息を頬に感じた。そして、ゆっくり唇を重ねた。ジェニーは目も閉じずに人形のようにキスをされているだけだった。

ある日、光太郎は分隊長に呼ばれ面接を受けた。分隊長室のソファーには白い制服の幹部たちと先任海曹が囲むように並び、青の作業服は光太郎1人だった。
「君は米軍を怨んでいるか?」正面に座った分隊長が膝の上に手を組んで話を始めた。幹部たちはジェニーの入院が長引くにつれ、父を戦闘で失った光太郎が「反米」「反戦」に走ることを心配し、前例がない今回の状況と、この部下の取り扱いに苦慮しているのだ。
「いいえ」光太郎は首を振ったが、この質問は許せなかった。
「俺を信じてくれていないのか・・・」それは怒りよりも残念だった。
「お父さんが分隊長だったら、何て言うのかな・・・」そんなことを考えた。そう言えば最近、部内紙で父の同期たちが将官になり始めていることを知った。
「どうせなら仇を討ちたいかと訊いて欲しいですね」光太郎の皮肉を込めた台詞に、幹部たちは一瞬呆気にとられた後、無理に笑った。
光太郎は、その後も続く建前の話を上の空で聞きながら、「怒?」「悠?」と「怨み」と言う漢字を思い出していた。ふと光太郎は麻子の携帯の番号を「まだ」消していないことに気がついた。

そんなある日、麻子から「また飲もう」と携帯にメールが入った。それには「奥さんの病気はどうですか?」とメッセージが添えられている。
ジェニーがPTSDで帰還し、沖縄の病院に入院していることは軍の秘密のはずだ。やはり、報道記者の仲村はそれを掴んでいるのだ。

ジェニーが帰還して2ヶ月が過ぎた頃、直美がようやく仕事の休職許可が下りて光太郎のアパートへやって来た。
2女・昌美と6女・育美の姉妹も光太郎、みるく父子と一緒に空港まで迎えに出た。
「昌美にも、育美にも本当に色々お世話になったさァ」ジェニーの見舞いからアパートに戻って、直美はリビングの床に手をついて頭を下げ、妹たちは姉のあらたまった態度に困ったように互いの顔を見合わせた。
「私じゃあなくて、昌美ネェネさァ。私はチョットだけ・・・」育美は照れたように笑ったが、「私が夜勤の時は、育美がやってくれたのさァ」とそれを昌美がフォローした。
「どちらにもお世話になりました」今度は光太郎が頭を下げた。
「ネェネ、いっそ退職して本島の病院に就職すればいいのに」ベテラン看護師の昌美はジェニーの病状から入院が長期化することを予測してるようだった。
「私もそう思うさァ、ネェネが来れば私たちも心強いしィ」育美も単純な理由で同調した。
「今更、大勢の中の勤務は疲れるのさァ」直美は首を振った。
「ネェネも、島暮らしが好きだもんねェ」「でも、こっちの方が条件もいいでしょう」「ネェネは定年まであと何年?」「だって2つ違いさァ、昌美ネェネももうすぐ定年ねェ」「何ねェ、それは」昌美と観光ホテルのフロント勤務の育美が勝手なことを言い合うのを直美は笑いながら聞いていたが、みるくは目の前の騒ぎを驚いた顔で見ていた。
「あの島での仕事は旦那さんの夢でもあったのさァ。最後まで頑張るさァ」妹たちの話が一段落したところで直美が静かに言った。
「やっぱり旦那さんが最優先ねェ」昌美は呆れたように笑い育美と顔を見合わせた。

昌美と育美が帰り、夕食を食べ、直美に風呂に入れてもらうとハシャギ疲れたのかみるくは今夜は早目に眠った。光太郎がみるくを寝かせつけている間に直美はリビングで土産の泡盛を用意している。
「石垣島の『宮之鶴』かァ、珍しいさァ」光太郎は座卓に坐ると、ボトルを取ってラベルを眺めた後、グラスに自分の水割りを作った。
しばらく直美はジェニーの病状、みるくの成長、何よりも光太郎の苦労話を聞いていた。話に区切りがついたところで直美は座り直した。
「光太郎、お父さんは何度も日本海で危険な任務を経験した後、アフリカの海で戦死したけど、一度だって仕事を恨んだり悔やんだりはしなかったよ」そう言うと直美は息子の顔をジッと見詰めた。
「今のあんたの顔を見ていると少し不安になるのさァ」そう言って直美は黙ってグラスの泡盛を一口ふくみ、光太郎もそれに倣った。
「お父さんは、自分の死を任務のせいにしたら、自分がやってきたこと、私とやってきたことが間違っていたことになる。そう考えていたのさァ」母の言葉に光太郎は黙って考え込んだ。最近の生活が光太郎を随分思慮深くしている。しばらくの沈黙の後、今度は光太郎が真顔で訊いた。
「お母さんは恨まなかった?」「私はどんなことでもお父さんに賛成さァ」直美は答えながら小さくうなづきを繰り返し、そんな様子を光太郎は黙って見ていた。
「お父さんなら多分、ジェニーを誉めてあげると思うよ」「誉める?」光太郎は怪訝そうな顔で直美の顔を見詰め直した。
「よく生きて帰ってくれたってさ」直美の言葉に光太郎の表情が変わった。
「お父さんは死んじゃったけど、ジェニーは生きている。『命どォ宝(命こそ宝物)』さァ」「何だか、お父さんの台詞みたいさァ」「当たり前さ、私とお父さんはいつも一緒だもん」光太郎の尊敬の気持ちを込めたからかいに直美は笑いながら答えた。
「お母さん、お父さんの位牌は?一緒に飲もう」光太郎の提案に直美は私の携帯位牌を鞄から取り出して座卓に置いた。その間に光太郎は台所からグラスをもう1つ持って来た。
「お父さんはストレートさァ」「へー?それってどんなお酒、どなん60度でもねェ?」グラスに泡盛を注ぎながら光太郎はおどけた声を出した。
杯を重ね、酔いが回るうちに次第に光太郎の口数が減って表情が暗くなってきた。突然、光太郎が位牌に向かって泣き叫ぶように話し出した。
「お父さん、あんたは俺を遺して死んじゃったんだ。今度は何とかしてくれよ」その心の中の悲しみ、苦しみ、怒り、悔しさをすべて絞り出すような叫びを隣で聞きながらも、私にはどうすることもできない、それが死ぬほど(死んではいるが)辛い。
直美が隣に歩み寄って座ると光太郎は膝にすがりついて声をあげて泣きだした。直美は光太郎の背中を優しくさすった。
「そばにいてあげなくて、ごめんね・・・」そう言って直美も涙をこぼした。

その夜、酔った光太郎を寝かせた直美は布団で仰向けになって私に話し始めた。
「ねェ、私、前から考えていたんだけど」「うん?」「あなたは、こうして私と話し合えるでしょ」「うん」「あなたなら、ジェニーと話せるんじゃあないの」「エッ?」直美は隣に寝ている私の方に寝がえりを打った。直美の息からは少し泡盛が匂う。
「やってみる価値はあるな」「でしょ」直美は自慢そうな顔をした。
「頑張ってみて・・・」そう言いかけて直美は眠りに落ちた。やはり大分酔っているようだった。私は直美の寝顔にキスをした。

私はジェニーが入院している軍病院へ飛んだ。普通、病院は死者の霊が多くたむろしているものだが、この軍病院では患者の多くは若く体力がある軍人か、その家族なので静かなものである。
私が病室に入ると暗い部屋で催眠剤を注射されてジェニーはベッドに寝かされていた。暗い部屋にはジェニーの静かな寝息の音だけが響いている。
「ジェニー」私は枕元で声をかけてみた。しかし、返事はない。
「ジェニー」もう一度、耳元で声をかけてみたがやはり返事はなかった。それを何度も繰り返したがジェニーは人形、否、死体のように横たわり、ただ静かな寝息を立てている。それが生きていることの唯一の証でもあった。
「駄目かァ・・・」私が諦めかけた時、心に直接響く囁き声が聞こえた。
「助けて・・・」その消え入りそうな声は確かにジェニーのものだった。
「ジェニーか?」「助けて・・・」私の呼びかけに返事はしないが声は続いている。
「ジェニー、大丈夫だよ、安心しなさい」私の呼びかけに呟き声が止まった。
「ジェニー、光太郎もいる、みるくもいる」「ジェニー、傍にいるよ、こっちに来なさい」「ジェニー、お前は沖縄に帰ったんだよ」私はジェニーを励ますように繰り返した。
「ダディ?」突然、ジェニーの声が私を呼んだ。
「イエス」私はジェ二―の耳に顔を近づけ呼びかけた。
「ダディ、助けて」ジェニーの声が叫び声になった。無表情だった顔が歪んでいる。
「ジェニー、大丈夫だ!俺がついている」私はジェニーの肩を抱いて呼びかけた。
「ダディ、助けて」「ジェニー、大丈夫だ」その会話が何度も、何時間も続いた。
やがて夜明けが近づいて外の光がカーテン越しに差し込み始めた。
「ダディ、有難う・・・」ジェニーはそう言うと微笑んで眠りについた。

朝から光太郎が見舞いにやって来たが、ジェニーはまだ眠っていた。光太郎はいつものようにジェニーの寝顔にキスをした。
昨夜、母が済ませてくれた洗濯物を手提げ袋から出してロッカーに納めようとドアを開けると、そのわずかな音でジェニーが目を開けた。光太郎は何気なくタオルをロッカーに納めながらジェニーの顔を見た。するとジェニーも顔を向けて真っ直ぐに見返している。視線が合ったのに気がついて光太郎はそのままの姿勢で固まってしまった。
次第にジェニーの顔に微笑が浮かんでくる。目には力があり光太郎の表情を読み取ろうとしているかのようだ。唇が何か言おうと動いているように見える。
「おはよう・・・」光太郎は声をかけてみた。
「おはよう・・・」ジェニーもかすれた声で答えた。光太郎の手からタオルが落ちて、ジェニーの目がそれを追ったのが判った。
「おはよう」光太郎がもう一度繰り返すと「おはよう」ジェニーもはっきり返事をした。
「ジェニー・・・」そこから先の言葉は出てこない。光太郎の目からは涙が溢れ出した。ジェニーはそんな光太郎を不思議そうに見ていた。光太郎は部屋を飛び出して廊下をナースステーションに駈け出した。

光太郎の知らせで駆けつけた医官と看護師は「ミラクル」「OH, my God」を連発しながらジェニーを診察した。ジェニーはなぜ自分が病院にいるのかも判らないようだった。
「君は何か特別なことをしたのか?」診察を終えた医官が振り返り訊いたので、「ブッダに祈りました」光太郎は昨夜のことをそう説明した。
「OH, my Buddha(ブッダ)」光太郎の答えに医官はそう言って看護師と顔を見合わせた。 

お母さん、ジェニーが治った。みるくを連れて来てくれ」「やっぱり」病棟のロビーの公衆電話から自宅に電話をし(病棟内は携帯禁止)、光太郎は直美の返事も聞かずに電話を切りジェニーの病室に戻った。
病室では医官がまだジェニーと何かを話をしている。病室に入ってきた光太郎をジェニーは嬉しそうに微笑んで迎えた。
「光太郎、私は・・・」ジェニーの記憶は、ところどころ欠落していて、戦争に行ったこと自体が夢なのか現実なのか判っていなかった。
「私は怖い夢を見ていた。貴方とみるくを残して戦争に行って戦死しました」光太郎は戦争のことをどう伝えるべきか迷って医官の顔を見た。戦争の記憶がPTSDを再発させないとは限らない、医官は黙って首を振った。
光太郎はジェニーの手を握り医官の顔を見ながら言葉を選んで質問に答え始めた。そんなことがしばらく続いた後、光太郎は思いついて窓のカーテンを開けてみた。
「海・・・何だかずっと海を見たかったような気がする」ジェニーは窓から見える東シナ海を眺めて懐かしそうに微笑んだ。窓際に立った光太郎はそんな妻の顔を「これが夢でないこと」を祈りながら見詰めていた。
「ジェニー!」その時、みるくの手を引いた直美が慌ただしく病室に入って来た。
「お義母さん・・・」「イエス」自分に視線を合わせたジェニーに、直美はドアの前で立ったまま黙って頷いた。ここまで来るタクシーの中で夫から説明は受けていたが、今、奇蹟を目の当たりにすると頬をつねりたい気分だった。
直美の隣には手を引かれたみるくが隠れるように立ち母の顔を見詰めていた。母子はお互い、信じられないモノを見るような顔をしている。
「みるく?」ジェニーが出征した時、みるくはまだ1歳半、足元も覚束ない幼児だった。みるくは帰還して以来、自分が判らない母に哀しい思いをさせられ続けていたのだ。
「マミィ・・・」みるくが恐る恐る呼びかけるとジェニーは、「YES、YES・・・」と驚く程大きな声で繰り返し叫び両手を伸ばした。
「マミィ!」みるくが駈け出して母の胸に飛び込んだがジェニーはその姿がまだ信じられないような顔をしていた。ただ直美は冷静な顔で繰り返しうなづき、光太郎は感激して泣き出していた
直美は窓辺に立つ息子の横に歩み寄り、泣きながらみるくを抱くジェニーと母に甘えるみるくを見守待りながら、「やっぱり私のテンジンさんさァ」とつぶやいた。そして「うん」とうなづく光太郎に「やっぱり私の光太郎さァ」ともう一度繰り返して、すっかり頼もしくなった息子の顔を見上げた。
「休職じゃなくて、休暇でよかったなァ」「そうだね」直美の現実的なボヤキに光太郎は素直に同意した。

それからジェニーは、衰えた筋力回復のためのリハビリに励み、持ち前の生真面目さで医官の見積もり以上の早さで回復し、やがて自宅療養が許された。
「お母さんは、Nurse(看護師)だそうですね」自宅へ戻る前の診察に立ち会った直美に、医官は微笑みかけた。私はそれを直美の耳元で通訳した。
「イエス サー」通訳なしでの直美の英語の返事に医官は驚いた顔をした。
「もう、特にお母さんの手を煩わすことはないけれど朝夕の血圧測定はお願いします」「イエス サー」また、通訳なしで直美は看護師の顔をして答えた。
「このマツノ3等兵曹は奇蹟の人としてわが米軍の伝説になっています。どうかよろしく」「イエス サー」直美も調子が出てきたようだった。
「お母さんは英語が判るんですか?」「いつも同時通訳がついていますから」医官の質問に直美は日本語で答え、光太郎がそれを通訳した。すると医官は「OH, My Buddha」と呟き、「まったく、この一家は・・・」と独り言を言って首を振った。要するにマツノ家のことは彼の理解を超えているらしい。
その夜、直美は夕方の血圧測定を終えると育美の家に泊まりに出かけた。親子3人、と言うよりも夫婦2人の久しぶりの夜を邪魔するほど野暮ではないのだ。

朝、光太郎は台所からの物音と人の気配で目が覚めた。入れ立てのコーヒーの匂いがする。
「おはよう」光太郎が目覚めた気配を感じたのか、台所からジェニーが顔を出した。
「起きちゃったのかァ、目覚めのキスでもしようかと思ったのになァ」ジェニーは、そう言って悪戯っぽく笑った。
「もう一度、寝ます」光太郎がわざと布団をかぶると、「総員、起こしッ(英語)」とはしゃいだ声で布団の上から覆いかぶさってきた。
光太郎は昨夜、久しぶりにジェニーを愛して全身が疲労気味だったが、自宅療養中のはずのジェニーの方は元気だった。
「あッ、スクランブルエッグが焦げてる」そう言うとジェニーは慌てて台所へ戻っていき、「アチチ・・・」と台所から元気な声が聞こえてきた。光太郎はジェニーの枕を抱き締めて幸せな気分と昨夜の余韻に浸っていた。
「お父さん、マミィは?」その時、両親の悪ふざけの声でみるくが起きてきた。
「Good morning(おはよう)、みるく」台所からジェニーが声をかけると、みるくは満面の笑顔になり、「Good morning、マミィ」と答えた。結局、目覚めのキスはみるくに先を越されてしまった。

「マミィのbreakfast(朝食)、nice taste(美味しい)」ジェニーが作った朝食にみるくは大喜びだった。ただ、あまりみるくが「nice taste」を連発したため、ジェ二―は光太郎の料理が「不味い」、若しくは「手抜き」だったのではと疑いの眼で見た。
「ダディの料理も美味かっただろう」光太郎が質問すると、みるくは「イエス、だけどマミィの方が好きィ」と答えた。
「それは俺も同じさァ」そう答えた光太郎の顔をジェニーは愛おしそうに見詰めた。

自宅療養1カ月でジェニーは全快し、仕事に復帰した。そして、直美もまた島に戻った、それからしばらくしたある夜、光太郎から電話が入った。
「お母さん、ジェニーが妊娠したみたいだ。大丈夫かなァ?」光太郎の声は妙に不安げだ。
「また早いねェ、退院してすぐの子ねェ?」「自宅療養中の子さァ」今度は急に照れたような声になり、直美も思わず噴き出した。
「まったく、自宅療養中に何をやってるのさァ」「はい、すみません。溜まってましたから」電話の向こうで反省をしている光太郎の顔が目に見えるようだった。
「医官に怒られるかなァ?」「それはイカンって医官に言われるさァ・・・冗談だよ」直美のオヤジ、オバサンギャグに光太郎は電話口でホッとため息をついた。
「ジェニーの体力が回復していれば大丈夫だと思うよ、正直に相談すること」「はい」「でも折角、職場復帰したジェニーがまた産休になったら、医官よりもジェニーの上官に怒られるんじゃあないの?」直美は、相変わらず冷静に状況分析をしている。
「そうかァ、それはジェニーは言ってなかったなァ」「奇蹟の人だそうだからねェ」米軍らしい過剰な演出を思って直美はクスッと悪戯っぽく笑った。
「どっちにしろおめでたい話さァ、ありがとう」「うん」電話を切った直美は私を振り返ったが、その幸せそうな笑顔は愛おしかった。
「2人目の孫だなァ」「うん、8人の孫の2番目さァ」直美の返事に私の胸が少し痛んだ。それでも私たちは、しみじみと抱き合った。

戦争が長期化する中、国民世論を喚起するため、「奇蹟の人」と言うジェニーの米軍の伝説作りはマスコミを使って積極的に進められた。
手始めにジェニーに対して「勇気ある兵士」として、そして、何故か周作にも「米国への貢献」として勲章が授与された。
嘉手納基地で行われた授与式にはハワイからジェ二―の家族も招待された。
「沖縄もハワイと変わらないなァ。少し雑然としているけど」米軍人とその家族専用便のフライングタイガーで嘉手納基地に到着したジェニーの家族たちは、基地からアパートへの光太郎の車中から見える南洋の風景に口々に言い合った。
「コタロー、メルクは大きくなっただろうね」助手席の義母の心配はまずそれだった。
「もう、歩きまわっているだろう」「英語も話せるかい」「悪戯もするだろう」後席の家族たちは口々に質問を並べる。この乗りは砂川家と同じだった。
「はい、でもみるくの子育てが米国への貢献になるとは思いませんでしたよ」光太郎の半分呆れてのジョークがうけて、車内は沸いた。
「いや、君の協力があったからジェニーは任務を遂行出来たんだ」義兄はそう言ってくれるが、日本人の光太郎は自分たち家族のことに「国家」が割り込んでくることを気分的にはあまり歓迎はしていない。
「君の可愛いお母さんは来るのか?」結婚式のキス騒動以来、直美のファンになってしまった義父は後席から身を乗り出して嬉しそうに訊いてきた。
「いえ、仕事の都合がつかなくて、そのかわり叔母2人と叔父が出席します」「そうか、今度こそキスをしてやろうと思ったのになァ」義父は残念そうに呟いてウィンクをして、隣で義母が呆れた顔でため息をついた。
「そう言えば叔母さんたちもチャーミングだったな、代わりにキスしてやろう」「きっと殴られますよ」義父のジョークに光太郎は真剣に心配しながら言い返した。

授与式はアメリカ式に屋外で行われた。
芝生のグランドには、低いステージが作られていて、その上に横須賀からの米海軍の司令官だけでなく光太郎の上官である海上自衛隊のエライさん=群司令も列席している。
グランドの家族席にはジェニーの家族に並んで沖縄本島在住叔母2人、昌美がみるくを、育美は私の遺影を抱き、那覇の83空隊に勤務している砂川賀真3佐も航空自衛隊の青い制服姿で座っていた。
ジェニーは米海軍の白いスーツ式の妊婦服、周作は海上自衛隊の詰襟の制服を着ていた。
その様子は米軍放送のFENをはじめ、幾つかの米国内のテレビ局が中継し、新聞も取材に来ていて、遠慮なく家族の映像、写真まで取りまわっている。
やがて、米海軍の軍楽隊が「錨を上げて」を演奏して式は始まった。式の流れは自衛隊と大差はないが演出はスケールが大きい。
ジェニーと光太郎が並んでステージに上がり、司令官に敬礼をして女性であるジェニーの胸には女性士官が勲章を付け、光太郎には司令官自らつけてくれた。同時に家族の後ろに整列している部隊から盛大な拍手が上がった。
その後、司令官の祝辞を受け、ジェニーの勇気と活躍を褒め称え、光太郎の貢献に感謝するスピーチに、ジェニーの家族は感激して涙をハンカチで拭っているが、昌美と育美には賀真が通訳しているもののピンとこないようだった。
それが終ったところで、空の向こうから航空機の編隊の音が聞こえてきた。
ジェニーの視線に合わせて光太郎もそちらを見ると、対潜哨戒機が3機編隊で接近し、真上を通過し、それと同時にまた軍楽隊が祝賀演奏を始めた。

「ジェニー、光太郎、おめでとう」基地クラブでの祝賀ガーデン・パーティー会場で砂川3佐=賀真がジェニーと光太郎、光太郎に手を引かれたみるくに声をかけた。
「メジャー・スナガワ、有難うございます」ジェ二―と光太郎は口を揃えてお礼を言って敬礼をし、みるくもそれに倣って手を額にかざした。
「私が光太郎さんと結婚できたのはメジャーのアドバイスのおかげです」「こっちこそ甥が最高の嫁さんをもらえてハッピーだよ」ジェニーは照れ笑いをした。
「本当、叔父さんが言ってた通り沖縄とハワイには共通する精神風土があります」光太郎がジェニーの手を握りながら言葉を継ぐと賀真は驚いたように光太郎の顔を見た。
「お前、しばらく会わないうちにお父さんみたいな話をするようになったなァ」国際結婚を悩む光太郎に賀真は「俺たちみたいなシマンチュウと道産子の結婚よりも風土が近い」と激励したのだ。賀真には八戸にいた頃、素直なお人好しだったが、どこか頼りなかった光太郎が急に大人びて、年齢以上に頼もしくなり、何よりもこの若い夫婦が、今回の困難を乗り越えた強固な絆で結ばれていることが嬉しく、誇らしくあった。
「メジャー、三沢では娘がお世話になったね」ジェニーの家族が話に加わってきた。
「君はまだ三沢にいるのかね?」「私は今は沖縄で勤務していますから、また遊びに来て下さい」賀真の話に、ジェニーの家族は顔を見合わせた。
「メジャーも里帰りかァ。ならばまた遊びに来るよ」「次の孫にも会いにね」「可愛いお母さんに会いに来るぞ」義父の台詞に、その場にいた全員(みるくを除く)が呆れてため息をついた。
「可愛いお母さんって、直美ネェネね?」ジェニーの父の台詞に賀真が訊いたので、「うん、お義父さんは結婚式以来のファンなのさァ」と光太郎は諦めたように答えた。
その時、料理を一通り味わい終えてグラスを持った昌美と育美も話に入ってきた。
「ところで賀真、メジャーって何ねェ?」昌美がピンボケな質問をしてきた。
「あんた、何か測りの仕事をしてるのねェ?」育美がボケに追い打ちをかける。
「はァ?」賀真は、この姉たちにどう説明すればよいのか判らない様子だった。
「メジャーって階級のことさァ、賀真叔父さんは自衛隊では偉いさんなのさァ」「へーッ」光太郎の説明に2人の姉は意外そうに顔を見合わせた。
「賀真が偉いさん?」「駄目ジャーじゃあないねェ?」昌美と育美の姉2人が失礼なことを言うと賀真と光太郎、ジェニーの3人は「ゴホン」と咳払いをした。

「マツノ3曹、君はマツノ1佐の息子さんだって?」パーテイー会場で光太郎とジェニーがお礼を言いに行くと群司令が話しかけてきた。
「はい、父を御存知なんですか?」「江田島の同期だよ」群司令は意外な話をした。
「マツノ1佐は空自上がりのくせに海自の部内組よりも帝国海軍に詳しくて、帝国海軍の生き残りみたいな不思議な人だったよ」「そうですか」「でも、海上自衛隊の制服はあまり似合わなかったなァ」「とよく言われています」「そうか、ハハハ…」確かにこの台詞は賀真叔父や岸田義叔父、さらに父を知る人たちからよく言われていた。
「それから何故か水泳が得意で遠泳でも甲組だったなァ」「空自の頃から水難救助員だったそうです」「道理でな」群司令は長年の謎が解けたような顔でうなづいた。
「それで成績は良かったんですか?」「彼の凄さは成績じゃあ量れないよ。まさか真っ先にカレーライスを食べるとは思わなかったがな」カレーライスと言うのは2佐以上の幹部の正帽のひさしに入っている刺繍のことで「2佐に昇進すること」を意味する隠語である。確かに父は3佐で止まってしまい、昇任レースからは完全に外れていた。
「それにしても今こそ彼が必要なのに惜しい人を失った」光太郎は父の知られざる一面を聞けて嬉しくなり、子供頃から父が壁に貼っていた辞世の歌をそらんじた。
「父の辞世は『いざ死なん我が屍(しかばね)を踏み越えて 征(ゆ)ける 戦友(とも)たに道を 標(四目)して』でした」群司令も「あの人らしい」とうなづいた。
「そう言えば沢口靖子似の奥さん、君のお母さんは元気かな?」「はい」「俺は入校式で会って以来、ファンだったんだ」「えっ、群司令もですか?」義父に続いて群司令まで母のファンだと知り光太郎は呆気にとられた。
「『も』とはどう言う意味だ?」「妻の父も母のファンでして、今度、挨拶にキスをするって張り切ってるんです」「何い!」突然、群司令の目が戦闘モードになる。
「でも母は、セカンドキスは嫌だって逃げているんです」「セカンドキス?」「母は父以外の人とキスをしたことがないそうです」「そうか、そうだったのかア・・・」隊司令は、しみじみと感激を噛み締めているようだった。
「江田島のプールでマツノ一家が泳いでいた時には、みんなで外出をやめてお母さんの水着姿を見にいったんだぜ」群司令はまるで青春の思い出を語るような顔になった。
「その時、私もいました」「ウーン、覚えていないなァ。奥さんに夢中で」群司令の思わぬスケベ話に今度はジェニーが呆れた顔をしていた。
「母の今の顔を見ますか?」「今でもキュートか?」「それはどうだか・・・」そう言って光太郎がポケットから携帯を取り出して登録画面の直美の近影を見せると、群司令は少年のように期待半分、不安半分の顔で写真を覗き込んだ。
「うん、変わらないなァ、やっぱり沢口靖子だ」群司令は嬉しそうに写真を眺めていた。
「母は今、八重山の離島で保健師をしています」「そうか、流石は軍神・マツノの妻だね」群司令はそう言うと光太郎の肩に手を掛けた。
「君もお父さんの後を継いで幹部にならんとな」「そればかりはチョッと・・・」群司令の励ましに隣でジェニーもうなづいているが光太郎にはまだその自信がなかった。

それからしばらして嘉手納の部隊のジェニー宛に知らない女性から手紙が届いた。差出人はシンシア・T・テイラー、米空軍の少佐だった。
「私は米空軍アラスカ州アンカレッジ基地に所属する者です。この度は困難な任務の遂行、奇蹟の生還、快復しての職場復帰をお祝い致します。大学時代、私は沖縄で勤務していた両親と暮らしていて、貴女の御主人のお父様と知り合いました。今回のニュースで貴女の御主人がお義父様のお子さんであることを知って驚き、お義父様が既に亡くなっていることを知り、とても残念に思っています。貴方のお義父様は、とても素敵な人で、優しく私を愛してくれ、私も心から愛していましたがましたが、彼は両親の反対で私との結婚を諦め、私は両親と一緒にアラスカへ転居しました。でも彼の息子である貴方の御主人はアメリカ人である貴女との愛を貫いて結婚をした。そして、可愛いお子さんもいる、それを知って私も救われた気持ちになれました。これからも御主人を大切に、お幸せにお暮らし下さい。そして、立派な軍人になって下さい」手紙には若き日の義父との写真も添えられていた。
「この手紙、お母さんに教えた方がいいのかなァ?」「うーん、難しいね・・・」手紙を読み終えて光太郎が「女性の見解」を訊くとジェニーも腕組みして首を傾げていた。

その頃、患者がいない診療室で書類を整理している直美と私は雑談をしていた。
「今度の孫は何て名前にするのかなァ」「ジェニーの意見も聞いてみないとね」「うん」「うん」私と直美はお互いに相槌を打ち合った。
「みるくは沖縄の名前だから、今度はハワイの言葉がいいかなァ」「そうだね」直美の提案に私も同感だ。でも流石にどちらもハワイの言葉は知らない。
「アロハなんてどうかなァ」「それじゃあ、ハイサイって意味さァ」「そうか、ハハハ・・・」直美の提案に私が反論すると、うけて天井を見上げて笑った。
「ミルクユガフの次はハワイの神様かなァ」「王様って言う線もあるね」「カメハメハ大王っていたっけな」「それじゃあ、ドラゴンボールだよ、ハハハ・・・」直美は嬉しくって仕方ないようだった。
「貴方のアメリカ人の彼女ってシンシアって言ったんだよね」「えっ?」突然の質問に私は返事ができない。しかし、直美の顔を見ると優しい眼をしている。
「結婚した頃、酔っぱらうと寝言で呼んでたよ」「ごめん」「何、謝ってるのさァ」私の真面目な謝罪に直美は可笑しそうに笑った。
「シンシアって月の女神の名前で、ダイアナと同じ意味なんだよね」「すごいなァ、俺より詳しいなァ」「それから南沙織の名前さァ」直美は何にしても勉強家なのだ。私は素直に感心した。
「女の子だったら、光太郎に頼んでシンシアにしてもらおうかァ」「ダメだ、却下!」私の即答に直美は悪戯っぽく笑いながら肩をすくめた。
「言っただろう、これからは直美だけだって」「うん、ありがとう」私はそっと(幽霊には「そっと」しか出来ないが)直美を抱き締めた。

「奇蹟の生還」と言うタイトルで米海軍全面協力のジェニーのドキュメンタリー番組が作られることになって、出演、協力するようにと言う指示が出された。
「夫は米軍人ではありません」命令を伝える先任下士官にジェニーは反論した。
ジェニーは自分がアフリカに行っている間に周作とみるくがマスコミに追い回され、大変な苦労をしていたことを後から知ったのだ。
「日本海軍は同盟軍だ、もう調整済みだから心配ない」先任下士官はマツノ家の事情には無頓着にそう言った。むしろ、先任下士官は自分の部隊に全国、全軍でスポットライトが当たることを名誉だと喜んでいるようだ。
「でも・・・」「何か事情があるのか?」先任下士官は初めて心配そうな顔をする。いつもは従順なこの部下がみせた想定外の反論に戸惑っているようだった。
「はい、私は妊娠していますから」ジェニーはそこに理由を持っていった。
「取材はインタビューが中心だから大丈夫だろう、何かあれば早目に言ってくれ」そう言って先任下士官は父親の顔で、膨らみ始めているジェニーの腹を眺めた。
「広報活動を通じての国民世論の喚起も重要な任務のうちだぞ」まだ迷った顔をしているジェニーにもう一度、先任下士官は命令の念を押した。

「そう言われてもなァ、お父さんのことはどう説明するんだ?」その夜、ジェニーから説明を受けた光太郎は困惑していた。部隊からまだ話はなかった。
「オカルト物じゃあないんだから幽霊に助けられたなんて・・・」「でも事実は事実だしね」そう答えてジェニーは珍しくため息をついた。
「お母さんの通訳でお父さんにインタビューなんてな」「まさかァ」ジェニーは光太郎の心配とは別に家族に迷惑がかかることを心配しているようだ。
「お義母さんや叔母さんにもインタビューを頼むことになるかも知れない・・・」「そうか、お母さんに言っておかないとな」そう言って光太郎は立ち上がり、部屋の隅の電話で母の宿舎に電話を掛けた。

「それじゃあ、まるで映画の『ゴースト』さァ」それが母の反応だった。
母は父と光太郎の親子3人で江田島から呉の映画館へこの映画を観に行ったことがあって、今では、そのストーリが自分と夫の人生を予言していたようにも思っていた。そう言えば、主演したパトリック・スウェイジは癌で亡くなったはずだ。
「そうかァ、実話の『ゴースト』かァ」母の言葉に光太郎は電話口で納得した。
「それもジェニーの仕事なら協力するしかないさァ、あとは米海軍がどうするかだね」結局、母は日頃の生活通り、事実は事実と別に隠す必要もないと言う考えのようだった。
「それじゃあ、お母さんがお父さんへのインタビューを通訳するんだね」光太郎は先ほどジェニーと話したことを母にも訊いてみた。
「それは面白いね」「うん」光太郎の話に母と父は一緒に返事をした(と伝えた)。
「この調子でいくさァ」「それを聞いて安心したよ」光太郎が母の返事を電話の横に座って聞いているジェニーに伝えると、ジェニーは「流石はお義母さん」と感心した。
「それより、ジェニーは順調ねェ」「うん、おかげ様で大分腹も目立つようになってきたよ」やはり母も心配をしていることを聞き、ジェニーはその心配が嬉しそうに微笑んだ。
「名前はもう考えているねェ?」「うん・・・」光太郎ははっきり返事をしない。
「お父さんがみるくは沖縄の名前だから、今度はハワイの言葉から考えれば好いって言ってるよ」「うん、そのつもりだよ」光太郎は母の言葉にホッと安心のため息をついた。
「マナ」「えッ?」光太郎は考えている名前を言った。
「どう言う意味ねェ?」「ハワイ語で『自然を超えた力』さァ」光太郎は「どうだァ、参ったか」と言わんばかりに自信ありげに答えた。
「ミルクユガフの次はマナかァ、すごい名前の子供ばかりだねェ」「だっからよう」「だけど女の子の名前には意味が強すぎるかもね」「なるほどォ」母の意見に光太郎とジェニーは納得してうなづいた。
「それより親が負けそうさァ」「あんたは兎も角、ジェニーは大丈夫さァ」「何ねェ、それは」「だってジェニーは奇蹟の人でしょ」光太郎の文句に母はその上をいく反論をして、後ろで私は「直美の勝ちィ」と手を叩いた。
「それでも8人の子供の名前にはネタ切れにならないように勉強しておかないとね」母は突然、トンデモナイことを言いだした。
「俺、8人の子持ちになるの?」「それが砂川家の跡取りの使命さァ」光太郎の頭に砂川家の母の妹弟の7人の強烈なキャラクターが次々と浮かんだ。と同時に「自衛隊の定年までに子供を成人させるには」と相変わらずの計算を始めた。

「こんなの一体どうするんだ?」ジェニー一家をはじめ関係者への取材を終えたテレビ局プロデューサーと担当の米海軍の広報士官は頭を抱えていた。
「これじゃあ、映画ゴーストの海軍版だよ」「それじゃあ、ドラマ化するかね」プロデューサーの皮肉な台詞に米海軍の広報部士官は皮肉で返した。
「医官まで『奇蹟だ』何て同調するんだから、どうしようもないよ」「まったくだ」プロデューサーと広報士官は顔を見合わせて一緒に深くため息をついた。
「マツノ3等兵曹が我が海軍で新興宗教の教祖になったら、海軍の水兵はみんな信者になってしまうよ」「奇蹟が現実に起きているんだからなァ」広報士官の苦し紛れのジョークにプロデューサーも同調した。
「ただ、テレビ局的には別企画で番組化する価値はあるな」「それは困るな」プロデューサーの商売的な感覚は鋭い、また、軍人の現実的な感覚は固い。
「どっちにしろウチ(海軍)の上層部にどう報告をするか一緒に考えてくれよ」広報士官の泣きごとに、プロデューサーは同情するようにうなづいた。
谷口3曹
「マツノ3曹、奥さんがオメデタなんですか?」今は整備補給隊に所属している光太郎が作業を終えてソファーで一休みしていると職場の女性自衛官から声をかけられた。
「うん、妻は事務室へ配置換えで産休待ちになっちゃってさァ」ジェ二―は整備作業の母体への影響を考慮して事務室勤務になっていた。
「やっぱり米軍って行き届いてますよねェ」「うん、全てマニュアル通りさァ」そう答えながら光太郎は最近、ジェニーが着始めたマタニティーの制服姿を思い浮かべた。
「米軍が妊娠、出産したWAVESの勤務をどうしているか、色々教えて下さい」女性自衛官は顔を覗き込んだが光太郎はすぐには返事ができなかった。
「そりゃあ、好いけど自衛隊でも同じことをやれなんて申し入れるんじゃないだろうね」光太郎の心配そうな顔を女性自衛官は「意外に小心者だな」と呆れたように見返した。
「これから出産を控えて職場には色々と迷惑をかけることもある、上司に睨まれるようなことはしたくない」と光太郎なりに色々と考えてはいたのだ。
「大丈夫、上の人と女性自衛官の懇談会の時の参考にするだけです」と光太郎を安心させるために微笑みながら説明をした。
「マツノ3曹のお父さんって海自の幹部だったんですよね」「うん、5年も前に戦死しちゃったけどね」光太郎は思わぬ話の展開に戸惑った。
「お父さん、すごく思いやりのある素敵な方だったらしいですよ」「えッ?」「厚生隊の宮城1曹は大下さんだった頃、江田島と那覇でお世話になったんだそうです。その頃、悩んでいたことを真身に相談に乗ってくれて、優しく励ましてくれたんですって」「へーッ」「宮城1曹、今でもマツノ3佐のおかげで結婚できた・・・本当は好きだったって言ってますよ」「ふーん」「いつまでも思い続けられるなんて、私も会ってみたかったなァ」「その息子なら目の前にいるけど・・・」光太郎の返事に女性自衛官は呆れた顔で首を振って歩いて行った。

「光太郎、破水したみたい。これから病院に行きます」当直室にジェニーから電話が入った。予定日よりも2週間早く、当直勤務を外したのが裏目に出た。
「みるくは?」「育美叔母さんが来てくれるって」「下番したらすぐに帰るから待ってろ」「昌美叔母さんが連れて行ってくれるって」結局、今回も両叔母の支援を受けることになり、光太郎はホッとしながらもため息をついた。
光太郎は当直を下番して、上司に申し出て休暇をもらい家に帰った。みるくは育美と一緒にテレビを見て待っていた。
「今回は早かったさァ」「うん、予定よりも2週間も早くって俺も驚いたさァ」「ジェニーは2度目だから落ち着いていたよ」育美は玄関まで出迎えて靴を脱いでいる制服姿の光太郎に話しかけてきた。
「昌美叔母さんがついて行ってくれたんだって?」「昌美ネェネが私に連絡して来たのさァ」育美は出勤前だったのかホテルの制服のブラウスの上にカーデガンを羽織っている。
「ダディ、お帰りィ」みるくも光太郎の声を聞きテレビを見るのを止めて歩み寄ってきた。
「それじゃあ、私は仕事に行くわ、みるくバイバイ」育美はみるくに向かって手を振った。
光太郎は育美に礼を言いながらみるくに話しかけた。
「みるく、保育園にこう」「僕もマミィの病院に行く」みるくが光太郎の顔を見上げながら言ったので、玄関で育美も立ち止って振り返った。
「でも、これから何時間かかるか分からないんだよね」「そうだね」「僕、お兄ちゃんだよ。病院に行く」光太郎が育美と顔を見合せながら話していると、みるくは2人の顔を見比べて、もう一度繰り返した。
「大人しく待てるか?」「うん」みるくは力強くうなづいた。
「よし、それじゃあ、お父さんと赤ちゃんを待っていよう」そう言って頭を撫でるとみるくは満面の笑顔になった。

病院に行くと、もうジェニーは分娩室に入っていて廊下で昌美が待っていた。分娩室からはジェニーの悲鳴に似た声が聞こえてくる。
「赤ちゃん、マミィを苛めちゃあ駄目だよ」分娩室のドアの前でみるくが叱るように言うと「赤ちゃんはお母さんのドアを開けようと頑張ってるんだよ」と昌美が答えた。
その言葉にみるくは納得したようになづき、お兄さんの顔で応援を始めた。
「赤ちゃん、頑張れ、マミィ、頑張れ・・・」光太郎も口の中でみるくに合わせて応援すると、やがて「オギャーッ」と言う声とともに子供が生まれた。光太郎と昌美は顔を見合わせ、みるくは光太郎の胸に飛び込んできた。
やがて分娩室から日本人の看護師が赤ん坊を抱いて見せに来てくれた。看護師は身を屈めて「ニィニになったね」と声をかけながらみるくにも見せた。2820グラムの女の子、ジェニー似の美人だ(と昌美が言っていた)。
しばらくするとベッドに乗せられたジェニーが出てきた。
「ありがとう」光太郎とみるくが両側から手を握るとジェニーはうっすらと目を開けて「女の子、マナだね」と微笑んだ。それを見て、みるくは涙ぐんだ。みるくは意外に祖父=私似の感激屋なのかも知れない。
その時、光太郎は頭の中で連絡のためにハワイとの時差を計算し始めていた。

「今度は女の子だ。2820グラム」「美人だった?」「直美似の美人さァ」私の第一報に昼休み中でテレビのお昼のニュースを見ていた直美は、嬉しそうに笑った。
「貴方のニュースはテレビよりも早いね」「うん、リアルタイムさァ」直美は返事をしながら、次にかかって来るだろう光太郎の電話を取る準備で受話器に手を伸ばしたが今回は中々かかって来ない。
「光太郎も俺が知らせるのが判ってるから後回しにしたな」「そうかもね」そう答えて直美は手を引っ込め、机の上のコーヒーを1口飲んだ。
「名前はやっぱりマナにするってさ」「マナかァ、確か『自然を超えた力』って言う意味だったよね」「そうだっけ?」私よりも直美の方が記憶は確かだった。
「ねえ」「うん?」「私と貴方がこうして話すのって自然を超えた力なの?」直美は時々、こんな咄嗟には答えられないような質問をしてくることがる。
「俺が君のそばにいるのは自然のうちさァ、それを言うなら人間の理解を超えた力だね」「そうかァ、それを奇跡って言うんだね」「そうだろうね」直美は納得した顔でうなづくとコーヒーを飲み終えた。
「でも、女の子でそんな名前にするとユタさんになっちゃいそうだね」「そうかァ、宮古島は本場だもんなァ」「相変わらず詳しいなァ」ユタもノロも青森のイタコのような沖縄の女性の霊能者で、予言、占い、お告げから人生相談、祖先供養、お祓いまで一手に引き受けている。宮古島にはそんな霊場が多いのだ。
「奇跡の人の娘なら、すごいユタさんになるぞォ」「新興宗教の教祖さんになったりしたら困るけどね」こんな冗談のような、でも現実にありそうな話で盛り上がっていると電話が鳴った。
「お母さん、子供が生まれた」「うん、おめでとう。マナちゃんだってね」直美の返事に光太郎は「やっぱり」と言って電話口でため息をついた。
「だからハワイに先に電話したんだ。マナって名前にするって言ったら感激してたよ」「ふーん」直美は結婚式以来会っていない向うの家族の顔を思い出した。
「それから今回も昌美叔母ちゃんと育美叔母ちゃんにお世話になったさァ」光太郎は「申し訳ない」「どうしましょう」と言う口調で報告してきた。
「沖縄ではモンチュウは家族だからそれは好いのさァ。アンタやジェニーの出来ることで昌美や育美に恩返しをすることさァ」「はい」光太郎は安心したように返事をした。
「またお宮参りに行くさァ」そう言って直美は電話を切った。

その日の夕方、仕事帰りの昌美がやって来た。
「病室を訊くのに英語じゃなくちゃあイケナイから困ったさァ」病室に入ってくるなり昌美は文句を言い始めた。
「叔母さんは英語が苦手ねェ?」「私はネェネみたいに優等生ではないのさ」昌美の答えに光太郎は母以上に鋭いと評判のこの叔母に「なのにアンタは」と話を振られる前に話題を変えた。
「でも、今日の受付の看護師さんは日本人だったはずさァ」「多分、そうだね、日本語が判らないような振りをしてたさァ」光太郎の言葉に昌美はもう一度怒り直した。
「沖縄の看護師なら、お爺やお婆にはシマグチさァ、相手が判ることが一番だよ」一通り怒ると昌美は、ジェニーの胸で母乳を飲んでいる赤ん坊の顔を覗んだ。
「これがさっきの赤ちゃんねェ」昌美は愛おしそうに赤ん坊の顔を見つめた。
「私がお父さんの叔母ちゃんさァ、おバァじゃあないよ」昌美の呼びかけにジェニーと光太郎は顔を見合せて笑った。
「ジェニーに似てハンサムで好かったさァ、頭も似なさいよ」結局、昌美はそちらに話を振ってきた。ジェニーは可笑しそうに光太郎は困った顔でまた見合って笑った。
昌美はジェニーに首が据わる前の赤ん坊の抱き方、授乳の仕方の説明を始めた。昌美の日本式のやり方は軍病院の看護師のアメリカ式とは少し違うようだった。ジェニーと光太郎は2人ともメモでも取り始めそうなぐらい真剣な顔をしている。1通り説明を終えると昌美は光太郎を振り返りながら聞いてきた。
「もう、名前は考えているねェ?」「マナさァ」「愛娘(まなむすめ)だからマナねェ」昌美の勘違いに光太郎とジェニーは今度は困った顔を見合わせた。
「ハワイ語で自然を越えた力って意味さァ」「あんたにしては難しい名前を考えたね」光太郎が説明すると、今度は褒めてくれた。
「ジェニーのアイディアでしょう」「はい、そうです」「やっぱり」この叔母の鋭さは相変わらずだった。光太郎は子供時代から喧嘩、失恋、成績不振について何も言わなくても全てお見通しで、隠し事ができなかったことを思い出していた。
「マナ、ミルクを飲んだら叔母ちゃんにおいでェ。そうかァ、ニィ二はみるくだったね」昌美の洒落にジェニーも笑った時、マナの授乳が終わった。
「授乳が終わったら、こうやってゲップをさせないとミルクを吐いて危ないのさァ」昌美は手慣れた手つきでマナを胸に抱き背中を擦ってゲップを吐かせた。
「気をつけないと吐いたミルクが服につくよ」昌美のアドバイスは実用的だ。ジェニーと光太郎は今度も真面目な顔でうなづきながら聞いていた。
マナは昌美の腕で安心して眠りについたが、みるくは何度も名前が出てきて戸惑った顔をしていた。

宮参りに行くため、ようやく直美は休暇をもらって本島にやって来た。
「お母さん、メンソーレ」南西航空の空港ロビーで待っていた光太郎は笑顔で声をかけると、歩み寄って直美の鞄を取った。しばらくぶりで会う光太郎は、どことなく父親の貫禄がついてきたようだった。
「ジェニーもみるくも元気?」「おかげ様で」こんな挨拶も、どこか板についてきている。空港から浦添市のアパートに向かう車内で、運転をしながら光太郎と色々な話をした。
「昌美叔母さんには本当にお世話になっているよ、それから紀美叔母ちゃん、安美叔母ちゃん、里美叔母ちゃん、育美叔母ちゃん、賀真叔父さんからお祝いを送ってもらったさァ」「今回はよくできました」「うん、練習しておいたのさァ」「やっぱりね、ハハハ・・・」直美の七人姉弟には光太郎は未だに手こずるらしい。
夫の死後、宮古島に帰り、そこから八重山へ行った直美には久しぶりの那覇から浦添までの風景が初めて見る場所のように見える。
「テンジンさん、この道を自転車で通って来てたんだ・・・」「エッ?」直美の独り言に光太郎が前を向いたまま訊きかえした。
「お父さん、私が看護学生だった頃、那覇から胡座まで自転車で通って来たのさァ」「車は?」「あの頃は、自衛隊はベテランにならないと持たせてもらえなかったのさァ」「バスは?」「時間が自由にならないから嫌なんだって」「ふーん」光太郎は深くうなづいた。
「いつも、何処へ行くのも2人乗りだったのさァ」「それってまずくない?」光太郎は自衛官らしく交通規則のことを心配した。
「どっちも若かったからねェ」直美は遠くを見る様な目をして懐かしそうに微笑んだ。その言葉に光太郎はまたゆっくりうなづいた。

翌日は大安吉日、マナのお宮参りに出かける。
「お母さん、お父さんは靖国神社が嫌いでしたけど神社へお参りしても良いんですか?」スーツに着替え、化粧を終えたジェニーが、ミルクやオムツをバスケットに詰めながら、リビングでマナを抱いて待っている直美に訊いてきた。
「貴方、どう?」「うーん、沖縄のお寺には坊さんがいないからなァ・・・」「そうだよねェ」義父母が聞こえない会話で相談を始め、ジェニーは首をかしげた。実は沖縄にも坊さんがいる寺はあるのだが、戦後に創建された新しい寺ばかりで、孫の無事生育を願うには頼りないのだ。スーツに着替えた光太郎は、そんなことにはお構いなしでカメラの準備をしていて、みるくも覗き込んでいる。
「ところで波の上宮に行くねェ?」その背中に直美が声をかけた。
「まだ決めてないけど護国神社は駄目だろう」質問に光太郎が答えた。確かに護国神社は「戦死した英霊として合祀したい」と言う申し出を拒否した靖国の末社であるから駄目であろう。そこで私は思っていることを直美に言ってみた。
「神社なんかに行かないで、首里の円覚寺と御嶽(うたき)に参りなさい」「えーッ?」突然の意見に直美も戸惑って大き目の声を上げ、光太郎とジェニーは驚いて母の顔を覗き込んだ。
「何だって?」「お父さんが神社はやめて首里の円覚寺と御嶽に参れってさ」「でも俺、円覚寺や御嶽がどこにあるか知らないさァ」首を振った光太郎の横で直美もうなづいている。宮古島出身で中部の看護学校だった直美はあまり那覇の地理には詳しくないのだ。
「竜譚池の畔だ。これはお告げだぞ」「本当にマツノ家は不思議な家ですね」直美を通じて私のお告げを聞き、ジェニーは益々訳が判らなくなったようだ。
「ハワイの神様だって同じ太平洋の守り神かも知れないじゃないかァ」私がそう補足するとジェニーは、ようやく納得した顔でうなづいた。それを見ながら光太郎は心配そうな顔で直美に訊いた。
「でも、御嶽ではどうやって祈るの?」「お父さんがやったみたいにアンタが祈るのさァ」今度は直美の意見だ。
「本当?」「どう、テンジンさん?」光太郎の確認に直美が私に助けを求めてくる。
「それが好いね」「よかったァ」直美の返事を聞いてジェニーは嬉しそうな顔で光太郎を見たが、光太郎はみるくに「一緒にやそうな」と助けを求めていた。
結局、御嶽と円覚寺では私の指導で家族が揃って手を合わせ、「南無ミルクユガフ」を合唱した。これなら兄のみるくにも加護があるだろう。

3月11日、公立の診療所だけに直美も年度末の本年度の報告書の作成に追われている時期、東北で大きな地震があり、沖縄にまで津波が押し寄せ、その大きさが推測された。
私はテレビをつけっ放しにした直美の後ろから声をかけた。
「よし、俺が一足先に行って現地を見てくるさァ」「お願いね。、様子を聞かせて」「うん、大変そうだけど、ちばるさァ(頑張る)」私は東北に向かって飛び立った。

私は宙を舞いながら三陸海岸の上空で高度を下げたが、家族でドライブしたリアス式海岸の美しい漁村は津波によって跡形もなく破壊され瓦礫が積もった平地になっており、海面には多くの瓦礫が流れ込み覆い尽くされていた。
「これは想像以上だなァ。長期戦を覚悟しないと・・・」そんな独り言を呟いていると、背後=西の方から目を覆いたくなるほどの強烈な光を放つ3人が乗った金色の巨大な雲が追い抜いて行った。
「あれは阿弥陀如来と観世音菩薩、勢至菩薩だァ」佛画では見たことがある阿弥陀三尊を目の当たりにして、私は思わず手を合わせ「南無阿弥陀佛・・・」と念佛を唱えてしまった。それは浄土真宗の坊主だった時の習慣なのだがこれは失敗だった。雲は急停止し、阿弥陀如来と観世音菩薩、勢至菩薩が振り返って声をかけた。
「お主はワシを呼んだのか?」「西方浄土へ往生したいのかな」「ニライカナイへ往生しているはずだが」私は空中で拜礼しながら説明した。
「いいえ、ミルクユガフ(弥勒世果報=ニライカナイの本尊)のお使いで被災者の救済に向かう途上でございます」「そうだろう。忙しいのだから呼び止めるな」「はい、申し訳ありません」ひたすら恐縮している私に有り難い言葉を掛けると阿弥陀三尊を乗せた雲は前へ動き始めようとしたが、そこに正面から薬師瑠璃光如来が日光菩薩、月光(がっこう)菩薩や十二支の十二神将を連れて到着し、両者は向かい合って止まった。
「おう、阿弥陀ちゃん、10万億土から遠路はるばる御苦労さん」「やあ、薬師くん、君こそ10劫伽沙から大変だったね」「それじゃあ、ワシたちは地球を何周回ったことになるんだ」「まったくだ」阿弥陀如来と薬師瑠璃光如来は経典で説いている互いの浄土までの距離の過剰な表現に呆れている。そこで阿弥陀如来が薬師瑠璃光如来の顔を見ながら訊いた。
「ところでこの辺りにも君の信者がいるのかね?」「真言宗なんかの寺があるからワシが本尊になっていることもあるんだよ」「それじゃあ、全て西へ往かせれば良い訳じゃあないのかァ」「うん、そこんとこヨロシク」佛様同士の話し合いが終わって、2つの雲は被災地に向かって高度を下げていった。

被災地に下りてみるとアチラコチラに霊魂が救いを待っていた。
一見すると山のように積もった瓦礫に、どこが道なのかさえ判らないのだが、霊魂は遺骸が埋もれている場所の上に浮かんでいるのだ。
私は不安そうな顔で迎えを待っている老人の霊魂に「お婆さん、念佛を唱えながら待っていれば大丈夫ですよ」「お爺さん、これだけ亡くなった方がいると佛さまも忙しいんですよ」などと声を掛けて回るが、阿弥陀如来の手足として観世音菩薩と勢至菩薩、薬師瑠璃光如来の方は日光・月光両菩薩と12神将が死者の霊魂の救済に励んでいる。おまけに被災地以外の死者の迎えもキッチリとこなしているのだ。
大震災の当日は即死した犠牲者の霊魂を集め、阿弥陀如来の前で西方浄土へ往く意思を確認させると西に向かって送り出した。それは被災地から西への行列だった。
そんな時も阿弥陀如来や両菩薩は家族が逝き別れにならぬよう目配りをし、特に我が子が見つからぬ親を待たせて「大丈夫」「必ず見つけてくる」と声を掛け落ち着かせていた。
一方、念佛が唱えられない幼児の霊魂は地蔵菩薩が守っている。知らずに冥界へ迷い込んでしまうと三途の川を渡られず賽ノ河原の石で回向塔を積んで過ごすことになり、夕暮れ時になると地獄の鬼がやってきては積んだ石の押し崩し、「お前は何の孝養も尽くさず、悲しみだけを与えた罪がある」と責めるのだ。
地蔵菩薩はそうならないように幼児を護り、阿弥陀如来の下へ連れて行き、口伝えで南無阿弥陀佛の念佛を唱えさせ、傍で待っていた親に引き合わせている。
そんな地蔵菩薩に阿弥陀如来は「平泉の中尊寺ではワシが本尊、お主が脇侍になっておる。東北ではワシらがタッグを組むのが本来なのかも知れんな」と声を掛けていた。
ところで観世音菩薩には負傷して動けない人や家畜を救済する現世利益の仕事もあり、被災地の上空を高速度で飛び回っている。地蔵菩薩は地面に在って黙っている霊魂を見つけては救い上げている。そんな姿には思わず手を合わせてしまう。しかし、うっかり「南無阿弥陀佛」「南無観世音菩薩」などと唱えると邪魔になるから気をつけていた。
これが都会では信仰心のない死者の霊魂がさまよい、それを狙った悪鬼が群がってくるのだろう。やはり信仰心が篤い東北では救いの手も行き届いているようだった。
私には自ら救うほどの法力はないので、自分が死んだことが受け入れられない霊魂を見つけると悪鬼・魔物に誘われぬよう守りながら、救急車のように飛び回っている観世音菩薩を呼び、駐在さんのように巡回している地蔵菩薩に知らせて過ごしている。
そんな霊魂からは時折、「アンタは西方浄土へは往かんのか?」と声をかけられるが、「私はニライカナイに往っている」と答えている。しかし、「そこは好いとこだべか?」と訊かれても私のニライカナイは直美のことなので答えに困ってしまった。

大震災2日目の朝、出勤した直美は同じ建物にある町役場の支所に呼ばれた。直美が席の前に立つと支所長は見ていた書類を机に置いて顔を上げた。
「マツノさん、県の被災者支援に加わって東北へ行ってもらいたいのさァ」「東北にですか?」直美は支所長の顔を真っ直ぐ見返した。
「マツノさんは青森にいたことがあるから冬物も準備できるでしょう、ウチの職員じゃあ冬物の衣類なんて持っていないのさァ」支所長の説明はもっともだった。
「分かりました。出発はいつですか?行き先は何処ですか?」八重山の役所でこんな反応をする職員はいないのだろう、矢継ぎ早の質問に支所長は書類を手渡して、直美はそれを確認した。
「出発は石垣発の今夜の最終便、行き先は県が決めるけど岩手県の予定さァ」支所長は念を押すように口頭で説明した。ただ冬物は宮古島に置いてあるため母に頼んで那覇の県庁に送ってもらわなければならない。
「診療所はどうしましょう」「八重山病院に交代を頼むことになるね」直美の心配に対する支所長の答えは予想通りだった。終了予定日はあえて確認しない、やはり直美は自衛官の妻であり自衛官の母なのだ。
「分りました。宿舎に戻って準備をさせて下さい」「うん、頼みます」直美の言葉に支所長はうなづいた。

「おカァ、私も東北へ行くことになったさァ」宿舎に戻った直美は母に電話をかけた。
「やっぱり行くねェ」昨夜からテレビではどの局も大震災に関するニュースばかりを流している。それを見ていた母は意外と落ち着いた返事をした。
「うん、だけど東北では雪が降っているみたいだよ」「だから急いで私の部屋の衣装ケースを開けて、セーターやジャンバーや手袋を那覇の県庁に送って欲しいのさァ」宿舎のテレビをつけると中継している現地の場面でも雪が舞っているのが判った。
「分かった。迷う物は全部送るからね」母の返事を聞いて直美は宿舎の荷物をまとめ始めたが、そんな自分に夫が航海に出る準備をしていた姿を重ねてしまった。

直美は派遣される石垣市の職員たちと一緒に南西航空の最終便に乗ったが、那覇空港には宮古島空港から荷物が届いていた。本来ならこのようなサービスはないのだが、テレビ繰り返される大震災のニュースで、そこへ派遣される職員への支援を特例として請け負ってくれたのだ。
「貴方、私も那覇へ着いたさァ」直美は手を胸の前で組むと念を送ってみた。
「そうか、頑張ろう」東北でそれを感じた私が返事を返すと直美は素直に受け止めた。
「寒い?」「うん、スバレテるだよ」私は被災地に来て2日で東北弁に戻っている。そんな独り言に一緒にバスに乗っていた離島からの派遣要員たちが驚いた顔をした。

那覇市の県庁では派遣用の作業服に着替えたがジャンバーは薄手の物しかなかった。
沖縄県では予算を節約するため防寒用の厚手のジャンバーは揃えていないらしい。この衣類を配る前、県の担当者から行き先は岩手県の三陸沿岸のどこかだと説明があった。
「きっとあっちは寒いよ」「ニュースでは雪が降っていたさァ」周囲の女性職員たちはジャンバーを手に取りながら不安そうに言い合っていたが、その雪を知っている者がどれ程いるかも判らなかった。
海開き間近の沖縄から雪が舞い暖房も不十分な被災地へ行くのだから、職員たちの健康も心配しなければいけないと直美は考えた。

直美たち看護要員は青森空港で待っていた岩手県職員により各地区に分けられ、直美は岩手県宮古市の避難所に配置されることになり、そのままバスで現地に向かった。
青森県内は津波の被害を受けた八戸市を除き大きな被害はなかったが東北電力の停電は深刻で、もうすっかり暗くなっている市街地にも電灯はなく信号機まで消えていた。交通規制が行われているのか私有車の通行も全くない。
青森空港から青森市内を抜け、陸奥湾沿いに八戸市に向かうとバスの車窓から見えるはずのむつ市の街灯りもなかった。
直美は車窓から家族で暮らした大湊の方を眺めながら夫に「青森に着いたよ」と念を送ると、少し強く「メンソーレ(ようこそ)、チバリヨウ(頑張れ)」と返事が返ってきた。

ジェニーは「オペレーション(作戦)・トモダチ」要員として三沢に展開してきた。
ただし、それは海兵隊や空母乗員のような救援活動ではなく、大震災以降、活動を活発化させているロシア海軍に対する牽制が主任務だった。
一方、光太郎は育児休暇中だったが出勤し、同じく尖閣諸島周辺海域への中国の動きに対処するため、沖縄を離れることができないでいた。
被災地で死者の西方浄土への往生を手伝う父(私)、実際に医療活動に励む母(直美)、国防の任務に当たる息子夫婦、それぞれこの大震災に対応して、懸命に頑張っているのだ。

夕方近くなり、直美が勤務している学校の体育館に行ってみた。体育館内に設置されている診療所を訪ねる前に直美が外に出てきた。
「おーい、直美ィ」「あっ、貴方ァ」直美は化粧っけのない素顔で風呂にも入っていないのか髪も乱れている。この状況ではいつもの抱擁をすることはできず、夕食が近づいて慌ただしくなった人の出入りを避けて玄関の脇で立ち話をした。
「今は何をしてるねェ?」「うん、力尽きて亡くなった人を観音さんや地蔵さんに案内する仕事だよ」「ふーん、やっぱり頑張ってるんだァ」誉めてはくれたがやはり、直美の大変そうな現場に比べるとお気楽に思えて申し訳なくなった。
その時、夕方の冷気が風になって吹きつけてきた。
「寒いけど大丈夫か?」「私は防寒具を持って来たけど、みんなはそれもなくて風邪をひきそうだよ」直美はそう言うとチャックを下ろし中に着ている厚手のセーターを見せた。
「今夜はここに泊まるよ」「そう、夢枕に来てね」直美は手を小さく振ると人波をよけながら倉庫に向って走り出した。

直美の寝床は救護所になっている体育器材倉庫の手前だった。救援用に配られた寝袋と数枚の毛布と枕だけで、電気が来ていないので体育館は日暮れとともに暗くなる。特にこの出入り口に近い場所は、かなり冷え込むため毛布1枚ではジャンバーを脱ぐこともできなかった。
患者たちが一段落した後、片づけや記録などを終えると直美たちが就寝するのは日付が変わってからだった
「貴方?」「うん、お疲れさま」寝袋に入った直美の上に重なると小声でささやき合った。
「貴方が重なってくれると抱かれているよりも一体感があって安心なのさァ」「そりゃあ、身体全体が1つになるんだからね」「うん、1つになって・・・きて」何だか色っぽい会話だが真っ暗な体育館ではイビキ以外の雑音がないため気をつけなければいけない。ただ、私たちの会話は本来、心と心のテレパシーなので音声は生前からの習慣のようなもので不要なのだ。
「貴方から見ると、この被災地はどんな感じなの」「風景は同じだけど亡くなった人の霊魂が浮かんでいるのが見えるから遺体のいる場所は判るな」「ふーん、まだ大勢の霊魂が浮かんでいるんだァ」「いいや、佛様や菩薩さんが大忙しで救っておられるから、どんどん浄土へ旅立ってるよ」「そうかァ、だったら安心だね・・・」気がつくと直美は寝息を立てている。そして夢の中で肩を揉み、全身をマッサージした。

「直美、出発するよ。チバリヨ―」「・・・」翌朝、声を掛けて出かけたが、直美は負傷者の処置に集中しているようで返事がもらえなかった。

遺体の発見、回収は遅々として進まないが、殆どの霊魂が西・東の浄土(日蓮宗は霊山浄土)へ往生した頃、私は遺体安置所になっている中学校の体育館に行ってみた。家屋が破壊され瓦礫になっている中、鉄筋コンクリートの校舎はよく目立つ。
体育館の中に入ると棺が2メートル間隔に並べられていてホールのほぼ半分は埋まっていて、ステージの前には砂を入れた香炉があるものの線香はなく死臭が漂っていた。
私の姿を見てそこに留まっている霊魂たちが歩み寄り、揃って手を合わせてくれた。
「ここでは誰も念佛を唱えてくれねェんだよ」「公務員は宗教行為ができないんだとさ」挨拶が終わると霊魂たちは口々に不満を訴え始めた。
「政教分離」の一線を踏み越えられない地方公共団体の頑なさが、慰霊という市民の要望、社会常識を無視させていて、霊魂たちは黙って待っているしかないようだ。
「それで佛様や菩薩様も素通りしてしまうのですね」「んだ、困ってしまうだよ」「早く、浄土で落ち着きたいのに」また不満の声が始まったので私は昔取った杵柄で読経を始めた。
「帰命無量寿如来 南無不可思議光・・・」それは浄土真宗の正信念佛偈だった。むつ市の寺で暗唱させられ、節回しも若手の坊さんに習って練習に励んだものだ。
「それ人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそ儚きものは・・・」続いて蓮如聖人の「白骨の御文」を唱えた。
確かにこれは浄土真宗の法要の定番ではあるが、それ以上に何の心の準備もなく亡くなった人々の霊魂を安心させるためには一番良いと思ったのだ。
最後に大声で念佛を唱え始めるとやがてそれは大合唱になり、その声が外まで響いたのだろう、すぐに眩い光が体育館を覆った。

この土地は浄土真宗の門徒さんが多いようで、薬師瑠璃光如来樣御一行は数日で引き上げていった。ところがヤヤコシイのは日蓮宗の霊魂だ。
その日も沖合で水死した漁師さんの霊魂に会ったのだが、念佛を唱えようとすると「俺は日蓮宗だ。お題目を上げろ」と大声を出した。
確かに日蓮聖人自身が安房国の漁師の息子なので漁師には日蓮宗徒が多い。そして日蓮宗徒は聖人が念佛を厳しく批判したことを受けて毛嫌いしていることが少なくないのだ。
「それじゃあ、妙法蓮華経でも勤めますか」「おう、そうしてくれ」私は手も合さず腕組みしている小父さんの横で、唯一暗記している妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈を唱え始めた。
「世尊妙相具 我今重聞彼 佛子何因縁・・・」リクエストで法華経を唱えていても小父さんは黙って睨んでいるだけなので私は途中で声を掛けた。
「黙っていないで手を合わせてお題目でも唱えたらどうですか?」「そうか、しかたないな」手持無沙汰にしていた小父さんは手を合わせてドスの利いた声で「南無妙法蓮華経」と唱え始めた。するとすぐに顔見知りになった観世音菩薩がやってきた。
「何だ?今日は海の上かい」「私も元はウミンチュウですからね」「そうだったな」観世音菩薩は納得したように笑った後、真顔になって隣りで呆気にとられている小父さんを見た。
「今日はこの人かァ、お題目を唱えているところを見ると法華宗かい」「日蓮宗だよ」この小父さんは遠慮を知らぬようで観世音菩薩にも反論をした。
「と言うことは阿弥陀様の下へ連れていっても仕方ないな。霊山浄土かァ・・・」「西方浄土じゃあ、ないのか?」「あそこはお前が嫌っている念佛の人が往く浄土で、法華宗では霊山って言う天竺の浄土へ往くんだよ」「天竺ってインドか?俺は暑いのは苦手だ」「仕方ないだろう。そう決まっているんだから」そう言うと観世音菩薩は小父さんを救い上げ、インドに向かって飛び立った。

「南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛・・・」その日も体育館で新たに運び込まれた遺体が納められた棺に向って念佛を唱えていると外でトラックが停車する音が聞えた。
しばらくして2名の陸上自衛官が担架に毛布をかけた遺体を乗せてきた。遺体の上には老婆の霊魂がついている。担架からはかなり強い死臭が漂ってくるが、肉体を失っている私の五感は特別な反応をしなかった。
玄関から付いてきた市の職員は死臭に顔をしかめながら自衛官に話しかけている。
「2週間も経っていると佛さんも傷んでるべ」「はい、腐敗も始まっています」それだけ答えると自衛官は担架を体育館の隅に置き、同時に市の職員が2人で棺を運んできて担架の横に並べて置いた。私は自分の遺体を注視している老婆の傍に寄り添った。
自衛官と職員が目で合図すると1番年長らしい自衛官が毛布をはがした。そこには老婆らしい遺骸が横たわっていて、顔は土色に変色し形も崩れていた。
「取りあえず棺に納めましょう」「うん」職員が声をかけると4人はビニール手袋をはめて老婆の脚と肩に手を添えて持ち上げた。
「えらく軽いなァ」「海に浸かっていた佛さんは重いけどな」そんな他愛のない雑談も、この悲惨な現実に正面から向き合うことを避けて、少しでも気持ちを軽くするために彼等が身につけた手立てなのかも知れなかった。
「お婆さん、どうしたの?」「・・・」「念佛を唱えなかったの?」「・・・」老婆は私の呼び掛けにも耳を閉ざしているように反応しなかった。
私は霊魂も難聴になったり、認知症が始まるのかを考えてみたが、死んで肉体を離れれば病苦や衰退から解放されるのでそんなことはないはずだ。
「このままじゃあ、迷ってしまいますよ」「・・・ワシは神も佛も頼まん」老婆は無表情にそれだけを吐き捨てた。
「でも、どうして?」「オラは夫が出征した時、無事に帰ってくれることを毎日毎日、近所の神社や家の佛壇に祈っただ。ところが夫は南方に送られる途中で船が沈められて死んでしまった・・・」老婆の言葉には怒りがこもっている。
「それだけならどこも同じじゃが、夫は靖国神社に祀られたって言うんで、オラも死んですぐに会いに行ったんだァ」「それで会えましたか?」「いいや、神社に霊魂は入れねェって、門前払いされただよ」これで老婆が神も佛も頼まないと言った理由が分かった。
夫の無事を願っても叶えられず、自分が死んで再会を果たそうと思っても邪魔されては、怒りしか感じないのも当然だろう。
「実は私も戦死者なんですよ」「えっ?だって若いベ」「数年前、海上自衛隊で戦死したんです」「そうけェ・・・奥さんも寂しかろうに」「いいえ、死んだおかげでいつも一緒にいられるようになりました」「やっぱ、オラも夫に傍にいてもらいたかっただなァ」その時、私は自分が戦死した時の状況を思い出し、ある可能性を考えた。
「お婆さん、チョッとつき合って下さい」「へッ?」私は老婆を連れて体育館を出ると上を通過する勢至菩薩の雲に手を上げた。

阿弥陀如来の前に出ると私は老婆の事情と考えている可能性を説明した。
「私が戦死して最後の息が出ていく時、念佛を唱えたんです。こちらの旦那さんも死ぬ前に念佛を唱えていれば靖国に入れられる前に西方浄土へ往生しているんではないですか?」隣りで説明を聞いていた老婆は驚いた顔で私と阿弥陀如来を見比べた。
阿弥陀如来もうなづいて脇にいる勢至菩薩に過去帳を持ってこさせた。
「あの時は今回以上に多くの者が亡くなっていたから太平洋中を駆け回ってテンテコ舞いでしたからね」勢至菩薩は老婆から夫の戦死した日付を聞くと、分厚い過去帳の中から太平洋戦争の戦死者のページを開いて調べ始めた。
「うん、確かにその日、太平洋のサイパン島沖で沈没した船から菊池雄三と言う者を往生させているぞ」勢至菩薩は阿弥陀如来に過去帳を見せ、老婆に声を掛けた。
「では靖国に祀られたと言うのは?」「単なるお役所仕事、事務処理と言うことだ」私の質問に勢至菩薩は呆れたように答え、自分が戦死した後の合祀騒動の顛末を思い出してしまった。すると阿弥陀如来は下を向いたままの老婆に声を掛けた。
「それでは特別サービスに夫に迎えに来させてやろう」すると老婆はなぜか首を振った。
「どうした?佛様のお計らいにお礼を申さぬか」勢至菩薩の注意にも老婆は首を振る。
私が顔を覗き込んでみると老婆は涙をこぼしていた。
「ウチの人は25歳で戦死しただよ。でも今のオラは80を過ぎたババアだ。会ってガッカリさせたくないだよ・・・」老婆は再会が実現することになって急に色々なことを考えてしまったのだろう。そんな老婆の小さな背中を見詰めながら阿弥陀如来が言葉を掛けた。
「大丈夫、お前が夫の死後、家を守り、親に仕え、子供を育ててきたことは西方浄土にも伝わっている。夫はお前の年老いた姿に感謝をしても、嫌うことなどはない」この慈愛に満ちた言葉に老婆は泣き崩れ、それを勢至菩薩が抱き上げると、そこへ若く凛々しい軍人はやってきた。軍人は労わるように老婆を抱き締めると2人は西に向かって旅立っていった。しかし、その後ろ姿は観世音菩薩で、これが相手の求めに応じて姿を変える化身の技だった。
2人を見送って私は急に直美が恋しくなり、仕事場へ向かおうとすると観世音菩薩と勢至菩薩が、「お主も浄土へ往生するのか?」「近くていいな」とからかってきた。

大震災から2週間が経ち、直美たち被災者支援チームは沖縄へ帰ることになった。
大半の霊魂は浄土に往生しているので私も沖縄へ帰りたいと思っていた。
その日、体育館に見送りに行くと直美は出発準備をしていた。
「直美、御苦労さん」「あっ貴方」「今日、帰るって?」「うん、もうすぐ出発さァ」そう言って直美は足下のカバンに目をやった。
「貴方も帰る?」「うん、そろそろ仕事も終わったからな」「貴方は自分で飛んで行くんでしょ」「一緒に飛行機に乗ろうかな」「うん、出会った時みたいに隣りにいて・・・」そんな内輪ネタを話しているうちに青森空港に向かう山形ナンバーのバスが到着した。バスは他の避難所を回ってきたのか、既にかなりの沖縄県職員が乗っている。
「沖縄県職員の皆さん、集合して下さい」バスのドアが開くと中から岩手県の職員が下りてメガホンで声をかけた。
「じゃあ、その前に佛様に挨拶してくるよ」「うん、追いついてね」私はそう言うと直美の肩を抱き寄せて頬にキスをした。

大震災の派遣から戻った直美には1週間の休暇が与えられた。
ある日、直美は縁側に私の携帯位牌と泡盛が入ったグラスを置き、夜風に吹かれながら酒を飲んで話をしていた。
「貴方、前に宮古島を襲った津波の話をしたでしょう」「うん、60メートルって言う大津波だろう」「それで島からハブがいなくなったんだよね」直美の話は俗説で、実際には海面上昇の度に高い山がない島は全体が没んだためハブが死滅したと言われている。
「でも実際は30メートルくらいだって言うからな」「30メートルだったら今回の宮古市と同じくらいだったんだ」「そうなるね」ただ宮古市は三陸のリアス式海岸の奥に位置するため津波が狭められて水位が上がったのだが、宮古島は直接、大津波が襲ったことになり、地震の規模は桁外れだろう。
「宮古って地名は津波に縁があるのかなァ」「うーん、全国各地にありそうな地名だけどね」そう答えながら私は思い出してみたが、他に浮かばなかった。
「今回、初めて貴方と一緒に働いたよ」「一緒に?」「だって、傷病者は私の担当、死んでしまった人は貴方の担当。どちらも救急の仕事だったさァ」私は直美が存在をそこまでリアルに認めてくれていることに感激した。
「貴方と一緒って安心だったさァ」そう言って直美は眼を閉じた。その顔を月明かりが照らし浮かび上がらせている。私には生きたミルクユガフに見え、キスよりも合掌をしてしまった。

「砂川さん、こんにちは」直美の診療所に微かに見覚えがある女性が訊ねて来た。
復職以来、自分のことを「砂川さん」と旧姓で呼ぶ人はいない。直美は懐かしさと共に一瞬、戸惑ってしまった。直美はその女性の顔を見詰めて記憶を呼び起こそうと努めた。
「御無沙汰しています。30年ぶりですゥ」それは夫が初めてこの島に泊まった朝に会って、「私が保健婦になるから」と言った少女だった。
あの時、小学生だったあの子も、もうすっかり大人、40代にはなっているのだろうか。ただ、好奇心一杯の賢そうな大きな目は変わらなかった。
直美は少女が中学生になる頃に退職し、復職したのは20年後だったので、彼女のその後は知らない。島に残った祖父母から希望通り看護師になったと言う噂だけは聞いている。
「西大浜さんだっけね」「わァ、思い出してくれたんですかァ、沙織です」直美が自分を思い出すと自己紹介をしながら沙織は嬉しそうに明るく笑った。
「沙織さん、今は?」「今は東京の病院で看護師をしています」沙織は「憧れの先輩」を見るような目で見詰め、直美は夫と一緒に沙織と出会った時の「勉強しなくちゃ」の会話を思い出して、1人「クスッ」と小声で笑った。
「家族で本土へ行ったんだよね」「はい、あれから父が東京で仕事を見つけまして」沙織の説明に直美はうなづいた。東京にいたのでは三重離島のこの島へは帰省もままならず、数年前に亡くなった祖父母の葬儀を含めて、今まで会わなかったのも仕方ない。ここで沙織は意外な話をした。
「私、今度、八重山病院に来ることになって祖父母の墓参りを兼ねて挨拶に来ました」「貴方の家族は?」「主人は九州の人なんですが・・・」沙織はここまでで言葉を濁し、直美はその表情に何か事情があることを察した。
「砂川さんだから言いますが、主人は都会生活で精神を病んでしまって、沖縄でゆっくり暮らそうと帰ることにしたんです」沙織は胸の内に溜まったものを少しずつ溢れさせるように話した。沙織の夫は九州の田舎から東京に就職して知り合い結婚したらしかった。
「それじゃあ、私の交代が出来るかも知れないんだ」直美は沙織を励ますように言った。
「沙織さん、ウチの旦那さんに『私が保健婦になるからお嫁にしても好いよ』って言ってくれたの覚えてる?」「ウンウン」と私が隣で相槌を打つと「だよね」と直美が言った。
「はい、覚えていますよ」沙織は直美の態度を不思議そうに見ながら返事をした。
「それで砂川さんの旦那さんは?」「もう、10年も前に亡くなったのさァ」直美の返事に沙織は顔を強張らせ直美は机の上に飾ってある私の写真に目をやった。
「旦那さんは生きてくれている、大事にしなきゃ」「はい」直美の言葉に沙織はうなづきながら涙ぐんで鼻をすすった。
「私も定年まであと10年ないから時々、引き継ぎを兼ねて手伝いに来てね」「はい」もう、次へのステップを考えている直美に沙織はあらためて「憧れの先輩」と言う目をして見詰め直した。

「光太郎、転属のプランニングをどうしよう」ある日、家でジェニーが訊いてきた。ジェニーも長女・マナを産んで職場復帰している。
「沖縄なら昌美叔母さんや育美叔母さんもいて何かと楽だけどなァ」「アンツ(叔母)やカズン(従妹)も、みるくとマナを可愛がってくれるしね」光太郎とジェニーは沖縄的な家族制度の有り難さを噛み締めていた。
「貴方と一緒に勤務出来る部隊だとすれば、厚木か三沢だよね」「でも日本国内に3つもあってよかったさァ」どうやらジェニーは専業主婦になるつもりはないようだった。
確かに、あのテレビドラマが頓挫して以来、ジェニーを「奇跡の人」にする米軍の伝説作りの話は聞かなくなったが、今では階級を追い抜かれて、若し、ジェニーが海外に転属になれば、光太郎が専業主夫になってついて行ってもいい気がしていた。
「厚木なら同じ基地だけど、やっぱりUS NavyとJMSDFでは別だからね」ジェニーの言葉に光太郎はうなづいた。同業者同士が同じ基地に居ながら、やはり米軍と自衛隊の間には越えられない一線があり、その意味ではあまりメリットは感じられない
「それに都会って言うのはどうも苦手だな」「うん、やっぱり水平線の上に広がった大きな空の下じゃあないとね」光太郎とジェニーは波長が合い、嬉しそうに見つめ合った。
「また三沢、八戸へ帰ろうよ」「うん、みるくとマナにスキーを覚えさせたいしね」光太郎の胸にハワイ育ちで雪も見たことがなかったジェニーにスキーを教えに通った若い日の思い出が甦った。その夜、ジェニーは3人目の子供を妊娠した。

「更年期かも知れない・・・」シャワーを浴びている直美の後ろに立っていると顔で話しかけてきた。
「えッ、だってまだ56だろう」「もう56さァ」私は男であり、親とも同居していないのであまり知識はないが、更年期は初老の女性が迎える身体の変化だと思っている。
「ううん、平均すれば50代前半だから、私は遅いくらいだよ」私は必死になってベテラン隊員の奥さんが更年期になった話を思い出してみた。イライラや無気力などの精神的不安定と腹部の痛みや発熱、動悸などの体調不良がよく聞く症状だが、言うまでもなくこれは直美の方が専門だろう。
「それで身体の方は大丈夫か?」「うん、だけど今は貴方に近づきたくないのさァ」「ふーん、そうだろうね」女性の生理とは逆の変化が起きているのだからこれも当然だ。私も心配になり何か気をつけることはないかを訊いた。
「更年期と更年期障害は違うんだよ」「へーッ、そうなんだ」「うん、自律神経失調症的な症状が重いと医者がそう診断するのさァ」「女性は大変だなァ」「仕方ないさァ。女だもん」女性の身体の強さと共に繊細さも直美から学んでいる気がした。
「それじゃあ、あまり話しかけない方がいいな」「うん、何となく貴方に接するのが怖いんだ」これは意外な反応だった。閉経ともに直美が女性も止めてしまうのかと馬鹿な心配をしてしまう。
「更年期になれば避妊をしないでいい」と馬鹿なことを言った奴もいたが、私は女性の肉体と精神の奥深さに思わず手が合わさってしまった。
「黙って何をしてるのさァ」「うん、直美の身体が有り難くて拜んでいるんだ」本気で合掌している私を察して直美が何故か怒った顔をしたが、そのまま深く頭を下げた。
蓮如聖人の友人である一休宗純禅師は「女をば 法の御蔵と 言うぞげに」と謳ったように股間を拝んで頭を下げたと言うが、そんな気分だった。ただ、心の中では「直美が1人しか生めなかった分、孫は大勢欲しい」と別のことも祈っていたが。

「ネェネ、おカァの調子があまり良くないさァ」ある時、宮古島に残っている安美から連絡が入った。それは意外だった。賀真が北海道へ出発する前に宮古島に帰省したのに合わせ、本土にいる紀美を除く姉妹、直美、昌美、安美、聡美、育美、それに光太郎が家族連れで集合したのだった。
「この間は元気そうだったけどねェ」「賀真がまた北海道へ行ってしまってがっかりしたのかも」安美の説明では、急激に血圧が下がり、何度か倒れて救急車で運ばれたらしい。
「血圧は高いよりも低い方が心配なのさァ」「ってお医者さんも言ってるさァ」どうやら医者には掛かっているらしく、直美はホッと溜息をついた。
「検査入院は?」「おカァは、大丈夫だって言って入院を嫌がってるのさァ」考えてみれば母も75歳、19歳で自分を生んで以来、11年間で7人を生み育ててきた。体力が落ちてくれば、今までの無理が出ても不思議ではない。
「昌美は?」「師長さんになって病院が忙しくて、まとまった休暇は取れないないって」昌美は最近、那覇の病院の病棟看護師長になった。管理職も現場では忙しいのだろう。
「それじゃあ、安美と里美に面倒を見てもらわないといけないねェ」「それはいいけど、私たちは子沢山の上、子供が中学、高校でしょう、中々思うように動けないのさァ」宮古島に残っている4女・安美と5女・里美は4人の子持ちで、それぞれ何人かは中学生、高校生にかかっている。結局、子供も独り立ちした直美が母についているしかないようだ。
「ふーん、このタイミングだと休職じゃあなくて退職になっちゃうけど、相談してみるワ」「私たちはやっぱり最後はネェネが頼りなのさァ」直美の言葉に安美は申し訳なさそうな口調で答えた。電話を切りながら直美は今は八重山病院にいて島にも時々顔を出す沙織の顔を思い浮かべていた。
「貴方、ゴメン。離島医療はここまでで終わりみたい」「当然さァ、親孝行しましょう」直美は看護学生の頃から一緒に追求してきた夢・「離島医療」が終わることを謝った。私は宮古島へ飛んで様子を見てこようと思った。

義母の病状は想っていたよりも重篤だった。
あれほどキチンとしていた母が身の回りの片付けさえもままならず、安美と里美が自分たちの生活の合間を見つけて来ているのか庭の草は伸び、家の中は雑然としている。義母は、そんな家の自分の部屋で万年床を敷いて寝ていた。
「おう、マツノさん」義母の枕もとには義父がつき添っている。
「如何ですか?」「これももういい年だからなァ」私の質問に義父は首を振った。そう言う義父は死んだ時のまま50代の顔をしている。
「それに大分、無理をさせてきたから・・・」義父は申し訳なさそうに顔を曇らせた。
「直美が仕事を辞めて家に帰るって言っていますよ」「そうかァ、それなら安心だが」私の言葉に義父はホッとした顔になった。
「紀美も里美も家があるから、これも遠慮して気を病んでいるんだ」義父は「沖縄のモンチュウの流儀で遠慮なく甘えろ」と言いたげだったが、その沖縄もゆっくりと時代が変わっているのだろう。
「しかし、直美は定年まであと5年を切りましたから」「直美が定年?」私の説明に義父は驚いた顔をした。義父にとって娘はいつまでたっても娘なのだ。
「何もしてやれないのが辛いよ」「見守っていることも愛情ですよ」義父の嘆きに、そう励まして私は直美の島へ帰った。
「お義母さん、ハッキリ言って悪いね」「そう・・・」覚悟をしていたのか直美は感情を挟まずにうなづいた。
「お義父さんがついていたけど、何もできないって落ち込んでいたよ」「それじゃあ、早く帰らないといけないね」「うん」直美は、深くため息をついた。

直美は、保健師の仕事を辞め、後任はやはり沙織がなった。
沙織は家族とともに空き家になっていた祖父母の家に移って来て、夫は農業を手伝うことになっている。
「マツノさんはキチンとしているから、後釜の私は大変さァ」退職までの1週間、業務の引き継ぎを受けながら沙織がぼやいた。確かにここに来て十年、直美は老人の生活相談や子供の生活指導にまで取り組んできて、高齢化が進んだ割には患者数は減少している。
「何を言ってるのさァ、大丈夫だよ」「私はこの島の子で大雑把だから・・・」確かにこの島の住人には無頓着と言うか、いい加減と言うか、大らかな人が多い。
「1つ注意をしておくと・・・」「はい」真顔になった直美に気づいて沙織も椅子に座り直した。
「昔からのつき合いだからって、公私のけじめには気をつけてね」「はい」直美もこの島での勤務が長くなり親しくなるにしたがって、島民から薬品の流用や私的な依頼を受けることがあった。
島民も生真面目な直美の性格は若い頃、この島にいた時から判っているので無理は言わないが、幼い頃から知っている沙織となると話は別だろう。
「確かにそれは心配さァ」「私以上に沙織さんは難しいかも知れないから心配なのさァ」直美の言葉に沙織は口を結んでうなづいた。

宮古島の実家に帰った直美は、門の前で立ち止まり草がのびた庭を眺めていた。
この家は、直美が中学生の時に父が建てて以来、祖母から母へと女によって守られてきた。19で父に嫁いできた母は直美同様に、この家の娘のようなものなのだ。今、母にそれが出来なくなったのは自分がやる順番になっただけのこと。直美の胸に砂川家の長女としての、やる気が湧いてきた。
「おカァ、帰ったさァ」直美は、玄関で大声を出した。いつも小ざっぱりとしていた家の中も、雑然として埃が溜まっている。
「直美ねェ・・・」奥から母の弱々しい返事が返ってきた。直美は靴を脱いで家に上がると廊下を歩いて母の寝室の襖を開けた。
朝、安美か里美が来て窓は開けてくれてはあるが、それでも部屋の中は蒸し暑く、母は敷きっぱなしの布団で、タオルケットを胸までかけて寝ていた。
母は焦点がよく定まらない目で直美の顔を見上げている。いつも身綺麗にしていて、「それが女の嗜みだ」と娘たちに教えていた母は、完全に寝たきりの病人の姿になっている。
「おカァ、帰ったさァ」直美は、母の枕もとに坐るともう一度、話しかけた。
「直美、仕事を辞めたねェ」「うん、スパッと辞めたさァ」母の詫び言を遮るように直美は気合を込めて言い切った。
「でも、島の仕事はマツノさんとの夢だったんだろう・・・」母は直美が島の保健師に再就職する時、語っていた話を思い出したように呟いた。
「いいのさァ、旦那さんもそうしろって言ってくれたから、これからはプロが住み込みで、おカァの専属になるのさァ」直美の返事に母はまだ顔をこわばらせた。
「でも島の人たちが困るだろう・・・」「大丈夫、交代で島出身の子が来たから」私はこの遣り取りを聞いていて、直美同様にどこまでも前向きでクヨクヨしない性格だった義母は心まで病んでしまっているように思えた。
「鬱なんだ、抗鬱剤ももらっている」横で義父が説明した。
「そうでしょうね、病らしい病もしたことが無くて、何でも自分でやっていた人が、何もできなくなって、娘の世話になるんじゃあ・・・」私の話に義父はゆっくりうなづいた。それを伝えると直美は「わかった」と独り言のように返事をした。
鬱病の患者には激励は禁物だ。ただ、患者の気持ちを受け入れるしかない。直美はプロらしく態度を切り替えた。
「おバァにおカァが守って来た家を今度は私が守るのさ、順番さァ」直美は、そう言って立ち上がると自分たちが使っていた部屋へ行き、窓を開けて換気をし、ポロシャツにGパンの普段着に着替えた。
「それじゃあ、おカァ、先ずは掃除から始めるさァ、何かあったら呼ぶさ」母に声をかけて、直美は仕事に掛かった。1年分の汚れは手強そうだが、遣り甲斐もある。
掃除を始めた直美は、家族で行った福井旅行の「永平寺」で掃除を巡って珍しく夫と言い合いになったことを思い出して、「クスッ」と小さく笑った。しかし、隣で私は「直美の次はジェニーがやるのだろうか」を考えていた。夫婦そろって海軍軍人では宮古島に帰って来るのは、まだ随分先になりそうだ。
光太郎とジェニーは「みるく」「マナ」「てぃだ(太陽)」「ラニカイ(天国の海)」と男女男女の4人の子持ちになっている。子供たちの名前は沖縄とハワイの言葉から交互にとった。
「そのうち光太郎夫婦にも見舞いに帰省させなければいけないなァ」と私は仕事に汗を流している直美に話しかけたが、「先ずは掃除をしないと泊るところもないさァ」と直美は手を休めることなく答えただけだった。

流石にお墓までは手が回りそうもなかったが、直美は先ず佛壇の掃除から始めた。それは祖母から母、母から直美に伝えられた美しい作法なのだ。
「おジィ、おバァ、おトォ、貴方、チョットどいてね」直美は手を合わせてから、佛壇に並んでいる位牌を取り出すと手早く埃を払い、汚れを布巾で拭きとった。
母が元気な頃は、花と供物が絶えたことが無い砂川家の佛壇だったが、妹たちはそこまでは気が回らなかったようだ。
「これじゃあ、お墓も草ボウボウだな・・・」「うん、ボウボウだよ」「ゴメンね、後廻しになって」私の答えに直美は謝ったが、それに義祖父母と義父は笑ってうなづいていた。
佛壇が綺麗になったところで乾いた布で位牌を拭き始める。
「テンジンさん、気持ちいい?」「うん、気持ちいい」直美が訊いてくるので私も素直に答えるとその隣で義父も笑った。
直美の仕事の手順が砂川家の作法に叶っていることに義祖母は安心と感心をしていた。
「お供物は土産でいいかなァ」「うん、カッチーサビタン(いただきます)」直美は庭で見つけてきた花を立て、自分が石垣島で買ってきたお菓子を供えることにした。
しかし、その前に賞味期限を確かめるところはやはり直美だ。線香を焚いて手を合わせると、いよいよ作業は本番だ。

「おカァ、布団を干すさァ、少し座っていられる?」「うん・・・」直美は隣の部屋の掃除を終えたところで、母の部屋にかかる前に移動させようとした。
「座っているとキツイのさァ」母は弱音を吐く、しかし、直美は「それじゃあ、もたれていればいい」と言って隣室に畳んだ布団を積んで母を抱えて連れて行った。
直美は母の布団と自分の布団を庭の塀に並べて干した。長い間、干していなかったのだろう布団からはカビと汗の臭いがする。布団が敷いてあった畳は色が変わっていた。
直美はハタキをかけた後。掃除機をかけ、雑巾で念入りに拭いていった。
「直美、そろそろ昼時だぞ」仕事に熱中している直美に声をかけた。
「そうかァ、おカァの分も作らなくちゃいけなかった」直美は仕事に熱中すると食事を抜くことがある。そんな生活を十年以上も続けて来たから、中々、母と一緒の生活リズムには戻らないだろうと思い声をかけたのだ。
掃除を中断して直美は手を念入りに洗った。この辺りもやはり保健師だ。
「何か材料はあるかなァ」直美は台所の冷蔵庫を覗いたが安美か里美が作っておいたオカズが古くなってそのまま残っているだけだ。そこで近所の店に材料を買いに行くことにした。
「おカァ、買い物に行って来るさァ、何か食べたい物は?」直美は鞄から財布を取り出すと自分の部屋に戻った母に声をかけた。
「食欲ないさァ、直美の好きなものを食べればいいよ」母は弱々しく答えた。
「まあ、何か探してくるさァ」「うん・・・」母は曖昧にうなづいた。
「血圧が低い方だからなァ」直美は靴を履きながらオカズを考えていた。
「食べろ」とプレッシャーをかけることも撃の患者にはタブーである。しかし、考えて見ると島では高血圧の予防に塩分を控えるように指導はしていたが、低血圧はいなかった。医学書を見ても、低血圧患者の食事は書かれていない。
「まあ、食欲が出るように好きなものを食べるさァ」直美は母の好物を思い出しながら玄関を開けた。
「テンジンさん、よろしくねェ」と声をかけて家を出た直美に、「はーい」と私が返事をして、それに直美が手を上げて答えたのを義父が呆れて見ていた。
「アンタラは生きている時よりも近くにいるみたいだなァ」「そうですよ」私たちは、この調子で死んで以来20年以上やってきたのだ。
「俺も、アイツと出来ないかなァ」「訓練すればできますよ」私は気楽にけしかけて見たが、隣で義父は真面目に考えていた。

直美が宮古島に帰って1カ月後、光太郎一家が帰省して来た。
光太郎一家は夫婦に子供が4人、それも上から中学生、小学校の高学年、低学年が2人ではタクシー1台には乗り切れない。仕方ないので直美が安美に頼んで自家用ワゴン車で空港まで迎えに行ってもらった。
「おバァ、おカァ、帰ったさァ」「グランド・マミィ、ハロー」「こんちわァ」「ハイサイ」と玄関に着いた一家6人が勝手な挨拶をしたが、これは砂川家の作法だ。そんな様子に運転席で安美は呆れていた。
その時、直美は干した家族の布団を交換していた。庭から玄関に回って来た直美を見つけて孫たちが取り囲んだ。
「ハハハ・・・、ハイサイ」みるく以外の孫たちは賀真が那覇にいた間は帰省を遠慮していたから久しぶりだが、どの孫も大きく、元気に育っているようだ。
「お母さん、お帰りなさい。長い間御苦労様でした」最初に光太郎が挨拶をする。しかし、それはどことなく自衛隊的で、直美は黙ってうなづいた。
「マミィ、ハウ・ドゥ・ユゥ・ドゥ?」次にジェニーが挨拶してきた。
「サンキュー、ハゥ・アー・ユゥ?」直美が英語で返すと孫たちが感心して直美を見た。
「おバァ、こんにちわ」と横から2番目の孫・マナが挨拶したのを直美は「私はグランド・マミィさァ」と訂正して頭を撫でた。
「だよね、グラマミ、ハイサイ」そう言って長男のみるくが言い直した。
「グラマミ、ハイサーイ」兄の言葉を聞いて、2男・てぃだと2女・ラニカイが声を揃えて挨拶し、その後ろで周作とジェニー、車の窓から安美も微笑んでいた。
「さあ、上がるさ」用事があるからと帰った安美を見送った後、直美にうながされて家族6人は久しぶりの砂川家に上がった。

「光太郎、ジェニー、孫たちも来なさい」家に上がった一家を直美が呼び集めた。
「グラマミ、何?」孫たちは好奇心旺盛な顔で直美の周りに集まった。その後ろに光太郎とジェニーは立っている。直美は1つ咳払いをすると話し始めた。
「家に帰ったら、先ず御先祖様に挨拶するんだよ」直美の言葉に周作とジェニーは顔を見合わせてうなづいた。
直美が先に立って歩き出すと光太郎一家もゾロゾロとついて来た。
「はい、お土産を上げなさい」佛壇の前に孫たちを並ばせると直美はロウソクに火を点け、線香をたいて、1番年長のみるくに土産を供えさせた。
「はい、手を合わせて」続きは光太郎が声をかけた。それを聞いて孫たちは一斉に手を合わせる。光太郎は子供たちが正しく手を合わせたことを確認してから手を合わせた。
「はい、お祈りしましょう」ジェニーの音頭で全員目を閉じて祈った。その様子を義祖父母、義父も嬉しそうに見ている。
「光太郎には私が仕込んだのさァ」義祖母は死んだ人たちの顔を見渡して自慢げ説明した。
光太郎は高校までは夏休みに帰省すると曽祖母が面倒をみてくれたのだ。
「多分、明日は墓参りも行くでしょう」私の説明に皆はうなづいた。
直美は家に帰って2日目、墓の草を抜き、墓石の雑巾がけもやっていた。毎日、掃除と草刈りを続けたおかげで、島にいた時よりも直美は日に焼けて、少し痩せたようにも見える。しかし、そのおかげでようやく砂川家は元の姿に戻ったのだ。
お参りを終えて光太郎が梁に飾っている遺影の説明を始めた。
「これがお父さんの大おジィ、こちらが大おバァ、こっちがお父さんのおジィでグラマミのお父さん、そしてこの自衛隊さんがお父さんのお父さん、お前たちのおジィさァ」
「おジィじゃないぞ、グラダディだ」光太郎の説明に私が文句を言うと、直美が言う前にマナがそれを口にした。
「お父さん、おジィじゃあないって」「エッ?」その言葉に光太郎とジェニーは勿論、直美や死んだ人たちまで驚いた。
「おジィじゃあなくて、グラダディだって」「うん、そう言ってた」マナの言葉に直美が補足すると光太郎とジェニーは顔を見合わせた。
「お母さん、お父さんがそう言ったの?」「うん、マナには聞こえたんだね」直美の言葉にそこにいる人たちは一斉にマナの顔を見たが、マナは別に不思議でもないような顔をしている。一応、その場は「そう言うこともあるのか」でおさまった。
「御先祖様が終わったら、おバァに挨拶さァ」直美に言われて孫たちは一斉に義母の部屋へ駆け出して、ジェニーから「静かに」と注意された。

予想通り、翌日は朝からお墓参りだった。
直美は孫たちに指示して墓参りグッズを準備し、その間にジェニーが庭の花を切って来た。
「光太郎もやるねェ」直美はいつのまにか砂川家の作法が身についているジェニーと孫たち、それを躾けた光太郎に感心していた。
「うん、大したもんだ」私も直美の横で感心した。
「お父さん、グラダディが『大したもんだ』って誉めてくれたよ」また直美より先にマナがそれを伝えた。直美はマナが生まれた時、夫が言っていた「ユタになるかも知れない」という予感を思い出していた。
「マナ、グラダディの声が聞こえるの?」「ううん、耳に聞こえるんじゃなくて胸に響いてくるの」直美の問いかけにマナは首を振って答えた。
光太郎とジェニーは少し不安そうな顔で直美を見ている。親の理解を超えた能力を娘が見せ始めたことに両親は不安を隠せないようだった。しかし、直美は自分もそれを当たり前にしていることもあり、別段、気にもしていない。そこで直美はマナが生まれた時の話をこの両親にした。
「マナって名前は、『自然を超えた力』と言う意味だって聞いた時、私がお父さんに訊いたのさ」直美の話を光太郎とジェニーは真顔で聞いている。
「こうしてお父さんと私が話す事も自然を超えた力かって?」「それでお父さん、何だって?」立ったまま光太郎は身を乗り出して訊いた。
「お父さんが私のそばにいるのは自然のうちで、話をするのは人間の理解を超えた力だってさ」直美の話に光太郎とジェニーは顔を見合わせた。
「だからマナには普通の人とは違う能力があるってことだけさァ」直美はそう言うとマナの頭を撫でた。両親の様子に不安げな顔をしていたマナもようやく微笑んだ。
「でも、子供の間は変な霊が近づかないように気をつけないとなァ」私が心配をすると横から祖父母が「大丈夫、私たちが守ってるさァ」と手を挙げてくれた。
「今、おジイとおバアが私たちが守ってるっていったよ」マナの言葉に今度はおジイとおバアが驚いた。
「今のは砂川家のおジイとおバアさァ」と私が説明すると、直美も「私よりすごいさァ」と感心したが、それ以上にマナの両親は驚いていた。
「どっちにしろ、あまりみんなに言わない方がいいな」「そうだね」「うん、わかった」私と直美とマナで話し合っているのを、光太郎とジェニーとみるくは狐につままれたような顔で見ていた。
マナ
この一家にはお墓参りも楽しい遊びのようだった。子供たちもはしゃぎながら石畳を掃き、墓石を水拭きしている。その横でジェニーは御供物の準備をしていた。
「お父さん、どうして朝からお墓掃除なの」墓石を水拭きしながらみるくが光太郎に訊いた。この質問は光太郎も中学生の時、祖母にしたことがあった。
「御先祖様が一番偉いから、先ずお墓から始めるのさ」光太郎の答えは祖母の請け売りで、祖母はそれを自慢そうにうなづきながら聞いていた。
「マミィ、ハワイでもお墓参りするの?」直美が私の墓を掃除しながら子供たちの会話を聞いていると、マナが一緒に墓石を拭いているジェニーに訊いていた。光太郎は男の子供たちと墓の周りの草を抜いている。
「ううん、命日や誕生日なんかにお墓へ花を持っていくくらいだよ。でも・・・」ジェニーは返事の途中で、雑巾をバケツでゆすいだ。
「沖縄のお墓参りは、ハワイの人が日曜日に教会へ行くような感じだね」雑巾がけを再開しながら、ジェニーは話を続けた。
「うん、その通りだね」直美はジェニーの沖縄文化への理解が随分深化していることに感心しながら、男の子と草を抜いている光太郎を振り返った。
「グラマミ、おジイとおバアが有り難うだって」その時、マナが直美に報告した。しかし、直美にも祖父母や父の声は聞こえない。そこで直美は私に確認してきた。
「うん、みんな嬉しそうにしているよ」私の返事に直美はあらためて感心し直した。
「それからおジイが家に帰ったらおバアと話をしたいから頼むって」祖父・賀満さんのお願いをマナが報告すると、直美も「お願いね」と微笑んでうなづいた。
「さあ、終わったさァ、みんなでやると早いさァ」直美はそう言ったが、私はこれも日頃から直美が手入れをしているおかげだと知っていた。
掃除が終わったところで、光太郎一家は墓の前に整列した。
「気をつけ」「右へならえ」光太郎の号令で、子供たちは自衛隊式に横一列に並んだ。
その後ろで直美はジェニーと線香と花を用意している。
「休め」光太郎の号令を待って、ジェニーは子供たちを呼び集めた。そこでジェニーは男の子に線香、女の子に花を手渡して、光太郎が持って来た土産を御供物に供えている直美の所へ行くように促した。これで準備は完了、最後に全員で手を合わせて祈ったが、マナが「おジイとおバアが御苦労様だって」と祖父母の言葉を伝えた。義祖父母、義父と私はマナの能力に感心しながらも、この霊的能力がおかしなことに関わらぬように注意することを確かめあっていた。
お参りを終えて、家に帰る準備をしながら、直美は子供たちの顔を見渡しながら、沖縄の祖先供養の作法を1つ補足した。
「おバアが元気なら、ここでお弁当を食べるんだけどね」「エッ、弁当?」「やったァ、遠足だ!」この一言に子供たちは一斉に笑顔を爆発させたが、それは家族の発展と融和を先祖の見せる意味がある。多分、次に一家が帰省して来る時にはそれもできるだろう。                

ある休日、光太郎から電話が入った。
「お母さん、俺とジェニーが転属になったさァ」「えっ、どこへ?」直美は十年以上移動がなかったため光太郎たちに転属があることさえ忘れていた。
「今度は2人一緒に厚木さァ」「厚木って神奈川県だね」「うん」直美は忘れかけている自衛隊の知識を頭の中で組み立て始めた。厚木基地は米海軍と海上自衛隊が同居していたはずだった。
「なら今度はジェニーと一緒に通えるんだ」「うん、勤務が合えばね」最初は光太郎が八戸、ジェニーは三沢、次は光太郎が那覇、ジェニーは嘉手納で隣接した別の基地だった。だから2人は両方の基地の中間地点にアパート借りてきたのだ。
「でも、都会だから子供たちが心配なのさァ」光太郎の声が急に深刻になった。
「特にみるくは向うで受験さァ、沖縄とはレベルが違うだろう、大丈夫かなァ」みるくもいつの間にか中学生だ。確かにノンビリした沖縄の中学校と都会の中学校ではレベルと言うよりも受験に対する気構えが違うのだろう。
「だったら、ウチに下宿させて平良高校へ入れたらいいさァ」「それはジェニーが許さないさァ」直美の助け船は光太郎の方が否定した。
ジェニーはアメリカ人らしく家族が一緒にいることを何よりも大切にしている。それはアフリカの戦場へ派遣された経験で、より強まっているようだ。そこで突然、光太郎が話題を変えた。
「ところでおバァはどうね?」「ウン、すっかり元気だよ」直美の返事を聞いて光太郎がホッと溜息をついたのが判った。
「それを聞いて1つ心配事は減ったさァ」「有り難う、アンタは孝行者だね」母親に誉められて受話器の向こうで光太郎が笑った。
「やっぱりプロがついているからね」「そうさァ」今度は光太郎が母親を誉め、親子は互いに誉め合って電話口で笑い始めた。その時、電話口でマナのハシャイだような叫び声が聞えてきた。
「大ジイと大バアが内地に行ったこともないのに東京何て大都会は心配だってェ」「だってよ」光太郎も心配そうに相槌を打った。
「迷子にならないようしっかりついて行かないとね」直美のオカルトなのか現実なのか判らない答えに電話の向こうで光太郎が笑った。
マナの話を切っ掛けに家族の討論会が始まったようだ。
「東京って那覇よりも大きいの?」「東京ディズニーランドへ行ける?」「宮古島とどっちが遠いの?」「雪が降るの?」「スキーは出来る?」子供たちの勝手な質問にジェニーとみるくがテンテコ舞いしている様子が伝わってくる。
「都会に住んだ経験も無駄にはならないさァ、行く前からあれこれ心配しないこと、親が心配すると子供にも伝わるからね」「はい、そのうちみんなで島に帰るさァ」それが話しの終わりに直美が光太郎に与えたアドバイスだった。
「と言う訳で家族は歓んでいるみたいさァ」そう言って光太郎は電話を切った。

受話器を握ったまま直美が訊いてきた。
「ところで光太郎は定年まであと何年あるんねェ?」「20年はないなァ」私の答えに直美は驚いたような顔をした。いつの間にか光太郎は35歳を過ぎている。自衛隊の定年が54歳のままだとすれば、あと20年はない。それは直美もそれだけ歳をとったと言うことだった。
「ジェニーには定年はないけどね」「へー」私の説明に直美は驚いた顔をした。
「米軍は健康で体力が続けば何歳までも勤務できるのさァ」「それは保険師も同じさァ」直美も就職しなくても生涯看護師、保健師のつもりだった。私は隣りでそんな妻の顔を誇らしく見ながら声をかけた。
「君はやっぱり看護師になるために生まれてきた人だね」「うん」その言葉に直美はうなづきながら微笑んだ。
私は受話器を置こうとして見せた直美の背中が少し寂しそうなのを感じた。以前の直美なら光太郎一家の旅立ちを悦び、新しい可能性を一緒にワクワクしながら期待しただろう。これは直美が迎えた「老い」と言うものだろうか。私は直美の横顔を眺めながら、目尻に刻まれた皺を数えてみた。
受話器を置くと直美は私の方を真っ直ぐ見て訊いてきた。
「貴方はどうするの・・・東京について行く?」その大きな目はハッキリ私の姿を捉えているかのようだった。私はその目に私の姿が映っているか確かめてみた。
「俺は直美から離れるわけないじゃないか」そう答えて抱き締めると直美はそれを感じて腕を手で押さえた。
「いつも一緒にいて」「うん、離しはしないよ」私は腕で直美の胸の鼓動と吐息を感じていた。

直美と離れながらも互いを求め合い心を強く結びあった5年の日々、共に過ごした20年の生活、そして肉体は失ったがかえって精神=魂は一体になった20年の暮らし。それが光太郎とジェニーにより受け継がれて永遠になっていく。
出会った時、場所が嵐を越える飛行機であったように、直美と私は一緒に困難を乗り越え、一体感を確かめ、強固なモノにしてきた。それは運命と言うにはあまりに強烈過ぎる出会いだった。

直美、愛している。いつも一緒だ。俺は君と言うニライカナイ(沖縄の浄土)に往生したのだから。
  1. 2014/04/20(日) 00:11:11|
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