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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

アナトリー・コルヌコフ元総司令官が亡くなりました。

ロシア空軍のアナトリー・コルヌコフ元総司令官が1日に亡くなったそうです。72歳でした。コルヌコフ司令官は現在のウクライナ東部のルガンスク州出身なので(現在、揉めている地域)、ソ連が崩壊した後はロシアとは別の国の人間になったのですが、そのままロシアに留まり、亡くなったのもモスクワ郊外の病院だったようです。
野僧がコルヌコフ総司令官の名前を知ったのは、1983年9月1日に起こったサハリン上空での大韓航空機撃墜事件を命じたソ連軍極東軍管区防空軍師団司令官として報じられた時です。
大韓航空機撃墜事件ではKAL007が飛行経路から外れたことを北海道東部のレーダーが探知した時から航空自衛隊は重点監視しており、北部航空方面隊を通じて米軍にも通知したのですが何故か黙視したままだったそうです。
当時、ソ連のレーダーは動いておらず、そのまま千島列島を通過させ、サハリンに近づいたところで戦闘機を上げたことは北海道のオホーツク海側のレーダーが航跡を捉え、米軍と自衛隊が交信を傍受・録音していました。
その時、ソ連のパイロットは「コーションランプを点滅させている」「大型機だ。747だろう」「客室のライトが見える」と地上に報告していたので「民間の旅客機である」ことは認識しており、それを知った上で撃墜したのです。
しかもパイロットは火を噴いた瞬間に「ウラー(万歳)」と歓声を上げ、空中分解しながら落ちていく様子を興奮気味に実況中継していたそうですから、それを聞きながらロシア語を日本語に翻訳した隊員は憤怒すると同時に恐怖したと思います(しました?)。
事件の直後、在日米空軍は嘉手納の戦闘機部隊を三沢に展開させましたが、沖縄のアメリカ領事館では東京の大使館と嘉手納の空軍からの情報や米軍・自衛隊の動向と沖縄県内の反応などの報告、さらに在沖縄の米国企業やマスコミからの問い合わせが殺到し大混乱になったそうです。アメリカも国防総省(ペンタゴン)と国務省(デパートメント=直訳すれば総務省ですが何故か国務省になっている)は別ルートで情報をホワイトハウスへ送るので、現場レベルでは意外に混乱が生じるようです。
このように民間の旅客機を撃墜する命令を下し、多くの文民を殺した司令官をソ連は処罰することなく、むしろ英雄的行為として称賛し、それがロシアでも引き継がれて、コルヌコフ司令官は1998年から2004年までの間、ロシア空軍の軍服のトップ・総司令官の職に就きました。
戦時中なら対馬丸に限らず米独の潜水艦が多くの民間徴用船を撃沈していますが、平時に行われたこの暴挙は犯罪以外の何物でもないでしょう。と言いながらアメリカも中東では民間機を撃墜しています。アメリカの場合は「ヒューマン・エラー」と釈明して責任者を形式的に処罰しますが、結局はウヤムヤにしてしまいますから大差ないのかも知れません。
  1. 2014/07/05(土) 09:36:19|
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