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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

9月26日・小泉八雲の命日

明治37(1904)年の明日9月26日に「怪談」の作者である小泉八雲さんの命日です。
教科書などでは「本名はラフカディオ・ハーン」と紹介していましたが、「小泉八雲」も日本国籍を取得した時に登録した本名なのです(ペンネームではありません)。
むしろ「ラフカディオ」と言うのは出身地のエーゲ海に浮かぶレフカダ島から採ったセカンドネームで、フルネームは「パトリック・ラフカディオ・ハーン(Patrick・Lafcadio・Hearn)」です。ちなみに本人は姓の「ハーン」を「ヘルン」と呼ばれるのを好んだようです。
「八雲」と言う名前は、暮らしていた島根県の国名「出雲」の(古事記・万葉集にもある)枕詞「八雲立つ」から採ったと言われ、明治期の外国人とは思えない深い日本への理解ですが、本人は輪廻転生を信じていて「前世は日本人だった」と言っていたそうです。
父はアイルランド出身のイギリスの軍医で当時はイギリス領だったレフカダ島に赴任している時、現地の名士であったギリシャ人の娘と結婚し、小泉さんが生れました。
生まれて間もなくアイルランドへ戻りますが、4歳の時に母が精神を病んでギリシャに帰国したため父方の親族に預けられました。アイルランドはイギリス国教会に帰属することを嫌い分離・独立した宗教意識が強い国のため、小泉さんも厳格なカトリック教徒としての生活・教育を強いられ、キリスト教嫌いになったようです。
やがて父が病没し、親族も破産したため19歳の小泉さんは移民船でアメリカへ渡り、新聞記者になり次第に有名になっていきました。24歳の頃、当時は違法だったアフリカ系の女性と結婚しますが3年後に離婚しています。
明治23(1890)年に出版社の特派員として来日しますが、間もなく契約を破棄して英語教員となり、翌年には赴任先の松江で出雲大社国造(=宮司)の血を引く日本人女性と結婚しました。
著書「怪談」は小学校の図書室で借りて読んだものの(あの頃は心霊ブームだった)、夏休みで祖父の寺に泊っている時、「耳なし芳一」を思い出して夜中に便所へ行けず、縁側で放尿して怒られたことがありました。その地元に住むことになるとは・・・。
「雪女」には青森県の車力で勤務していた時、厳寒の雪道を徒歩通勤していて、残業で遅くなった夜に会いました。つむじ風が白い着物と長い髪の女性に代わり、手招きしているのです。稲森いずみさんか加藤あいさん風の美女だったので、抱き締めて口づけしようと思ったのですが、うっかり念佛を唱えたため消えてしまいました。
「むじな(ノッペラボウ)」や「ろくろ首」は三遊円朝が落語の題材にしていますが、小泉さんの方にはオチがありません(円朝の「ろくろ首」では家出して婿入りした与太郎が、初夜に嫁の首が伸びるのを見て仲人の家へ逃げ帰り、「母の家へ帰る」と言うと「お母さんも首を長くしているだろう」と言われるのがオチです)。
野僧は重病になった許嫁が「すぐに生まれ代わるから15年後に結婚してくれ」と言い遺して死ぬ「お貞さんの話」が一番好きです。お貞さんのように亡き嫁が今世で生まれ変わって再会できることを待ち望んでいます。再会は野僧が死ぬ方が手取り早そうですが。
  1. 2014/09/25(木) 09:14:10|
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