fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

野草山岳録・托鉢編

 「野草山岳麓(野僧参学録)」托鉢編

托鉢
○エピソード1、ある秋、愛知県岡崎市矢作の農村で托鉢をしていて、玄関の前でお経を上げていると小父さんが納屋から出て来ました。
「おう、坊さん、新米を収穫したところだよ」小父さんはそう言うと野僧を納屋の方へ連れて歩き出しました。ついていきながら野僧は、「新米かァ」と感激していました。
納屋の中で、小父さんは米の空き袋をとりながら大きな木箱を開けました。
「残った古米を欲しいだけやるから持っていきな」小父さんはそう言って、大きな袋に古米を詰めると紐で口を固く縛ってくれました。
野僧が偈文を唱え始めると小父さんは、「車なら全部持ってってもらうんだがな」と言いながら、まだ残っている古米を別の袋に移し、新米を入れる準備を始めました。
その家は駅から2、3キロメートル、袋は20キログラム以上はあったでしょうか。
駅までの道中、肩には袋が食い込んで、足元はふらつき、背中には汗が噴き出ましたが、おかげで暫くは、小庵のお粥も随分濃く、箸が立つくらいになりました。

○エピソード2、愛知県岡崎市の名鉄本宿駅前の旧東海道沿いで托鉢していると、崩れかけた建物に雑然と野菜を並べた八百屋さんがありました。
店先でお経を唱えると、店番をしていたお婆さんが出て来て、「お坊さん、帰りもこの道を通るんだろう」と訊くので、「はずれまで行ったら引き返してきます」と答えますと「帰りにもう一度寄っておくれん」と言って、店の中に引っ込みました。
通りのはずれまで托鉢して休憩をした後、逆側の家々で托鉢しながら戻って来ると、先ほどの店の前でお婆さんが待っていました。
「これ重いから、帰りに渡すことにした」そう言って、お婆さんは野菜や果物から缶詰まで詰め込んだ段ボール箱を野僧に手渡しました。
「財法二施 功徳無量・・・」と偈文を唱えて頭を下げると、そのまま前に倒れそうなくらいその箱は重かったです。

○エピソード3、ある春の天気の良い日、岡崎市矢作の農村で托鉢をしていると、花嫁行列と一緒になりました。
着物を着た女の子が先導で、白無垢の花嫁衣装を着た花嫁さんと紋付き袴の仲人さん、それに礼装の親戚一同が行列を作り、隣りの集落へゆっくり歩いて行くのが、野僧が家々でお経を挙げて回るのと同じ進度になって、花嫁行列を見ようと準備していた小母さんたちからも「ほら、お祝儀だ」と喜捨が沢山いただけました。
やがて隣りの集落に入って数軒目に、その嫁ぎ先の家がありました。
すると、いきなり門前まで花嫁を迎えに出ていた花婿の親戚の小父さんから、「お目出度いお経を上げてくれ」とリクエストを受けました。
御佛の教えは、すべてお目出たいのですが、縁を切る話が多く、縁結びのお経は余りありません。そこで家の御宗旨を伺うと「一向宗」と言うことなので、「阿弥陀如来根本陀羅尼」を唱え、家の御先祖様に回向し、ついで子宝安産の功徳がある「延命地蔵菩薩経偈」に「地蔵十福」を唱えて、御経の趣旨を説明しました。
親戚の小父さんは大喜びをして、「1万円」を出そうとするので、「チャリンで結構」と遠慮をすると、「今時、珍しく欲のない坊さんだなァ、お祝儀は断られると困る」と言って、御札を折りたたんで無理やり野僧の頭鉢の中にねじ込みました。
その時、花嫁さんが到着して、仲人さんからも「坊さんが先に道を浄めて行ってくれて有り難かった」とまた過分の喜捨をいただきました。
この土地は徳川家康が殺されかけた三河一向一揆の舞台だけに、いつもは一日歩いても電車賃にもならないこともあるのですが、その日は出来過ぎでした。

○エピソード4、岡崎市の康生通り(旧東海道)で托鉢をしていると、珍しく佛具店の御主人が出て来ました(佛具店と葬儀屋は大概出て来ない)。
「托鉢の坊主なんて大抵は、偽物のオモライばかりだけど、あんたのお経は本職だな」御主人はそう言うと、笠の下を覗きこみ、野僧の顔を確認して、「うん、痩せとる、ワシは太った坊主は信用せんのだ」と言いました。
当時の野僧の家では、食べ物があれば先ず子供に食べさせ、子供たちは「僕は給食を食べているからお父さんが食べて下さい」と言う状態でしたから、実際、骨と皮に痩せ細っていました(後年、栄養失調で托鉢中に前歯が2本抜けました)。
「久しぶりに本物の坊さんに会ったよ」御主人はそう言うと、4つ折りにして半紙に包んだ喜捨を頭鉢に入れてくれました。後で確認するとそれは1万円でした。

○エピソード5、JR岡崎駅前通りで托鉢している時、ある薬局の前で医事守護の薬師瑠璃光如来のお経を上げていると中から若い白衣を着た女性が出てきました。
そしてニヤニヤと笑いながら1円玉を1つ、野僧の差し出した頭鉢に入れました。
それを受けて野僧は、「財法二施 功徳無量・・・」と作法通りに笠が地面に触れるほど頭を下げ、大声で偈文を唱えました。
すると女性は驚いた顔をして、慌てて店に戻り、店主と大声で話し始めました。
「1円であんなに丁寧にお礼をされたら・・・」「怒って帰るかと思ったのになァ」
そう言うと店主は栄養ドリンクを1本手渡し、女性はそれもくれました。
「財法二施 功徳無量・・・」もう一度頭を下げて偈文を唱え直すと、今度は女性も店の中で店主も手を合わせていました。

○エピソード6、愛知県のJR安城駅前通りで托鉢をしていると、大きな呉服店がありました(ここも親鸞聖人ゆかりの一大一向宗王国です)。
店先でお経を唱えていると和服をキチンと着こなした老齢の奥さんが1万円札を持って出てきて、野僧に差し出しました。野僧が「チャリンで結構」と遠慮をすると、奥さんは自分の財布から百円玉を取り出して頭鉢に入れてくれました。
ところがその通りを回り終えて、次の通りに移って托鉢していくと、また大きな呉服店がありました。そこでまたお経を唱えていると、今度はお腹が大きな若い奥さんが出てきて5百円玉を鉢に入れてくれましたが、その時、若い奥さんは「さっきとはお経が違いますね」と言いました。
その店は表から裏まで、2軒分の奥行きがあって、先ほどは表側で托鉢して店主さんに喜捨をしていただき、今度は裏側で若嫁さんが出てきて下さったのだそうです。
流石の野僧も恐縮し、そこで安産を祈願して地蔵菩薩のお経をお勤めし直しました。
すると先ほどの店主さんも出てきて若嫁さんと一緒に手を合わせ、「今日は2度もお参りしてもらったから好いことがあるよ」と話し合っていました。

○エピソード7、競艇場や競輪場がある駅で托鉢をしていると、よく「今日のレースで勝てるようにお経をあげてくれ」とリクエストされました。
そんな時、野僧は「佛教には欲を捨てろ言うお経はあるが、欲を叶えるお経はない(実は真言宗にはある)」と言って断りました。
すると小父さんたちは、「負けた時に怒るなってお経だな」と納得して、差し出していたお札を引っ込めて小銭を喜捨していってくれました。

○エピソード8、愚息は「高校生になったらアルバイトを始める」と言い、学校に内諾まで受けておきながら、中々、求人を探しもしませんでした。
そこで野僧は、「延命十句観音経」なら暗唱で詠める愚息に、「托鉢に来い」と法衣に手甲に脚絆をつけさせ、網代笠を持たせて、豊川市内へ連れ出しました。
始めの五軒で一緒にお経を唱え、移動の車中で教えた「財法二施・・・・」の施財偈を唱え、頭を下げる練習をさせてから、別々に托鉢して回りました。
始めは声が小さく返事もしてもらえなかった愚息でしたが、慣れるに従って若い声で必死にお経を唱えたためか、学費と小遣いには十分な喜捨を受けていました。
父子で托鉢
○エピソード9、浜松市で托鉢していると、不思議に静まり返った家がありました。
玄関前で御経をあげても御経がそのまま吸い込まれていくようでした。
すると中から泣き腫らした目をした中年の女性が出て来ました。
「今、主人の遺体を病院から連れて来たばかりなんです。葬儀屋さんが帰って入れ代わりにお坊さんに御経を詠んでいただけるなんて思いませんでした」
そこで御宗旨をうかがうと門徒さんと言うことだったので、野僧は「阿弥陀如来根本陀羅尼」と「歎異抄・悪人正機」を唱え、喜捨をいただくに偲びず、その女性が取りに家に入ったすきに、そのまま立ち去りました。
ところが帰りにその家の前を通りがかると、その女性が家の前で待っていて、香典袋に入れた喜捨を手渡され、そして、悔しそうな顔をしてこう訴えられました。
「さっき、お寺さんに枕経をお勤めしてもらったけど、御通夜と葬儀でいくら、法号(戒名)代はいくら、車代はいくら、通夜振る舞いは遠慮するから膳部料がいくらってお金の話ばかりして行ったんですよ。本当ならお坊さんに頼みたいくらいです」
私はあらためて蓮如聖人の「白骨の御文」を唱え、心から冥福を祈り帰りました。

○エピソード10、静岡県のJR鷲津駅前通りで托鉢していた時、駄菓子屋さんの前でお経を唱えていると、小父さんが「声を出すから喉が渇くだろう」と言って、袋に入った飴をくれました。その袋には「幽霊飴」と書いてあります。
三重県桑名市には死んだ妊婦が埋葬された墓の中で出産し、幽霊になって飴を買いに来て子供を養ったと言う昔話があり、テレビの「まんが日本昔ばなし」でも紹介されましたが、それとほとんど同じ話が、鷲津にもあるとのことでした。
「幽霊のおかげで商売をしているから、供養をしないとな」小父さんの言葉に野僧は、そのお墓があるお寺を訊き、やや遠回りをして供養のお経を詠んで帰りました。

○エピソード11、静岡県新居町で托鉢している時、玄関先でお経を唱え始めると、建物の横から小さな女の子が出て来ました。
「お坊さん、金魚が死んじゃったの」女の子は、哀しそうな顔でそう言いました。
「お墓は造ったの?」「うん、こっちだよ」女の子について行くと、庭の隅に小さく盛った土饅頭の上に小石を乗せたお墓がありました。
そこで野僧は女の子に手を合わせさせて、お経と供養の回向を唱えました。
すると家の中から若い母親が飛び出して来て、「あのう、御布施は?」と訊きました。
「頼んだのはお嬢さんですから、お嬢さんの気持ちだけで十分です」
そう言って野僧が頭を撫でると女の子は「ありがとう」と笑顔を見せてくれました。
その時は、それで別れたのですが、托鉢を終えて帰ろうとJR新居町駅へ行くと、先ほどの母と子が待っていました(電車のたびに駅へ来ていたそうです)。
「これ食べて下さい」と言って、いきなり母親は、手作りの弁当を差し出しました。
「托鉢は食べ物を上げるモノだと聞いたことがありましたから、お弁当にしました」と母親は何故か心配半分、得意半分の顔をしていました。
「お坊さん、有り難うごじゃいました」隣で女の子は、またお辞儀をしました。
新居町は野僧の先祖が住んでいた土地でもあり、有り難くて涙が出そうでした。

○エピソード12、静岡県磐田市内で托鉢している時、家の玄関先で急に下北半島は恐山の御詠歌「西院河原幼児和讃」が詠いたくなり、この長い御詠歌を唄ってみました(「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため・・・」のフレーズは有名)。
するといきなり中から、初老の小母さんが出てきて、「和尚さん、今のお経いいね、もう一度、やってちょうだい」とリクエストして来ました。
そこでもう一度、西院河原幼児和讃をゆっくり詠い始めると、小母さんは奥に引っ込み、「覚えたいから、録音させて」とラジカセを持ってきました。
そこで、さらにもう一度唄い直すと、「うちには子供の佛さんがいるから、これから毎朝歌ってやろう」、そう言って叔母さんは過分の喜捨をして下さいました。
後日、その街へ托鉢に行った時、あいにく留守だったその家の郵便ポストへ、歌詞カードを入れてきました。

○エピソード13、ある夏、静岡県浜北市の農村を托鉢している時、畑で農作業をしている小父さんから声をかけられました。
「オッサン、暑かろう」小父さんはそう言って、一輪車に積んであった大きなスイカを1つ取ると「味は保証せんがね」と野僧に抱かせました。
「財法二施 功徳無量・・・」野僧は偈文を唱えて作法通り頭を下げましたが、スイカが転がり落ちそうで気が気ではありませんでした。
ところがスイカを抱えて歩く野僧に気がついた他の農家の小父さん、小母さんたちが瓜や大根、冬瓜や人参をくれて、それらを携帯していた風呂敷を使って背中にくくりつけ、両手でスイカを抱えて、大変な思いで駅まで辿り着きました(途中の商店で段ボール箱をもらって助かりましたが)。おかげで随分、オカズが賑やかになりました。

○エピソード14、ある時、浜松市で托鉢している時、猫が道路を渡ろうとしていましたが、中々車が途切れません。猫は痺れを切らして、道路へ飛び出そうとしました。
そこで野僧は、猫に「危ないから横断歩道を渡れ」と声をかけ、先に立って横断歩道へ歩いて行きました。すると猫も後をついて来て、一緒に横断歩道を渡りました。
横断歩道の渡った側にあった店の小母さんが、その一部始終を見ていて、感心ながら過分の喜捨をしてくれました。
猫には冬に坐禅をしていると膝の上に寝て温めてくれたり、不思議に縁があります。

○エピソード15、野僧が浜松市内で托鉢している時、眼の前で自転車の小母さんが、停車するトレーラ―の荷台の後部にひっかけられました。
野僧はそれを見ていましたが、小母さんは上手い具合いに転倒し、頭などは打たなかったものの、一回転したまま道路脇にへたり込んで、茫然自失していました。
「大丈夫ですか」野僧が駆け寄り声をかけると、小母さんはこちらを見て、「わっ、坊さんが来たァ」と急に泣き顔になりました。
「大丈夫、頭は打ってませんよ」と状況説明をすると、小母さんはやっと落ち着いて、今度は「お坊さんのおかげで命拾いをした」と現金な事を言い出しました。
すぐに救急車が来ましたが、小母さんに付き添っている野僧を見た救急隊員まで、「随分と手回しがいいな、坊さんも呼んでらァ」と感心していました。

○エピソード16、浜松駅の裏通りを通って帰ろうとすると、たむろしていた一見して柄の悪そうな若者たちが、「坊さん、金あるか?」と声をかけて来ました。
「あったら乞食なんかやってるかい」と答えると「そりゃあそうだな」と若者たちはニヤニヤと顔を見合わせました。
「でも、坊主丸儲けって言うじゃあないか」と別の若者が言ったので、「乞食坊主だァ」と答えて飛び跳ねて見せると、乞鉢袋のなかで小銭がチャリチャリ音をたてました。
「まったくミミッチイなァ、1日歩いていくらになるんだ?」「三食分ぐらいかな」「それでよく我慢出来るねェ」「元手は掛かっておらんぞ、これぞ坊主丸儲け」野僧の答えに若者たちは顔を見合わせて笑い、逆の方向へ歩いて行きました。
これと同様の経験は何度もしていますが、名鉄の東岡崎駅では、同じように声をかけて来た若者が、野僧の答えに「これで何か食えよ」と喜捨してくれました。

○エピソード17、ある夏、山口県防府市郊外の集落で托鉢している時、玄関先でお経を唱えると、奥からお婆さんが出て来ました。
お婆さんは、笠の下から野僧の顔をのぞくと、「坊さん、暑いかね」と訊きました。
野僧が黙ってうなづいて作法通り頭鉢を差し出すと、「喉も乾いたろう」と言って、いきなり背中に隠していた缶ビールを開けて頭鉢に注ぎました。
野僧が呆気にとられていると、お婆さんはニヤリと笑っていました。
戒律で僧侶は酒は飲めない、されど布施は拒めない、「さてどうする?」野僧は、師僧から「公案」を投げ掛けられた時と同じ思いでいました。
若し、それを知ってビールを注いだとすれば、公案「婆子焼庵」に出てくる、若いお坊さんの境地を試したお婆さんみたいでもあり、ならば大したものです。
野僧がどうしたかは内緒です。

○エピソード18、ある冬、山口県の新幹線の新下関駅へ人の迎えに行った時、しばらく時間があったので、駅の外でむしろを敷いて坐禅を組んで待っていました。
すると何故か通りがかる人たちが、「寒いのに修行をして有り難い」と言いながら膝の上に、小銭を置いていってくれました。
「今日は托鉢じゃあないのになァ」と思いながら坐っていると、やがて小銭は膝に乗り切らなくなり、仕方ないので頭陀袋を組んだ膝の前に広げておくと、小銭だけではなく、「寒いじゃろう」と肉まん、餡まんやらワンカップ大関、携帯懐炉まで集まりだして、中には「お地じょうちゃん(お地蔵さん)、これあげる」とお菓子をくれて、小さな手を合わせていく子供もいました。
坐禅をしていても、野僧からは托鉢僧、乞食坊主と言うオーラが出ている、と言うよりも匂いが漂っているようです。

○エピソード19、ある春、山口県下関駅前で托鉢をしていると、高校の推薦入試を受験する女生徒たちがやって来て、その中の1人が野僧に気がついて財布の中から10円を取り出して喜捨すると、何故か柏手を打って「合格するように」と祈りました。すると別の女生徒たちもそれに倣って喜捨して祈って行きました。
1ヶ月後、同じように下関駅前で托鉢をしていると今度は一般入試の受験生たちが大勢やって来ました。
彼女らは、野僧を見つけると「よかったァ、居た居た」と言って取り囲みました。
そして「友達から、お坊さんに祈ったら合格したって聞きましたよ。私も願いします」と言って、10円を喜捨し、そろって真剣に祈って行きました。
高校の合格発表の後、駅で托鉢していると女の子たちが、「有り難うございました」と言って喜捨してくれるようになりましたから、みんな無事合格したのでしょう。

○エピソード20、山口県下関市の田舎で托鉢していると饅頭屋さんがありました。
店先でお経を始めると店内の若い店員さんは、托鉢が珍しいのかこちらを指差して笑っていました。すると奥から和服の老齢の奥さんが出て来て、半紙に包んだ喜捨を乞鉢袋(首から胸の前に下げる托鉢用の袋=やっと買えた)に入れてくれました。
そして乞鉢袋を覗き込んで、「まだ何か入りそうだね」と言いながら、「饅頭をもっておいで」と店員さんに声をかけました。
「どれですかァ?」と訊く店員さんに、「一番の大きいやつ」と答えて持って来させると、売り物の饅頭の、それも一番大きなモノを自分で乞鉢袋に突っ込んで、「これで一杯になった」と満足そうに笑いました。

  おまけエピソード「佛罰編」
●エピソード1、浜松駅前で托鉢をしている時、若い人向けの衣料品店の前でお経を唱え始めると、中から若い店主が飛び出して来て、「ウルセ―」と怒鳴りました。
そこで野僧がその言葉に、(途中で止められた=無駄な仕事をしなかった)御礼の偈文を唱え始めると、「目障りだ、とっとと失せろ」と更に罵声を浴びせました。
後日、その街へ托鉢に行くと、その店主は覚せい剤所持容疑で逮捕され、店は別の経営者になっていました(とそれを覚えていた隣りの店の小母さんが言っていました)。

●エピソード2、静岡県掛川市内で托鉢している時、ある電気店で托鉢をしました。
ところがすぐに同世代の男性店主が出て来て、無表情な顔で「騒音を立てられると迷惑です」と言いました。
「騒音?」野僧が店主の言う事を理解出来ないでいると、店主は「お経なんて、意味も判らずわめきたてる騒音だろう」と御丁寧に補足説明をしてくれました。
次回の托鉢時、その店にはトラックが突っ込んだとかでシャッターが閉まっていました。

●エピソード3、浜松市内に創□学会佛具専門店がありました。
托鉢は「街は残しても家は残すな」と言う決まりがあり、行かない街はあってもいいが、行かない家を作ってはいけません(病院などは除く)。
したがってその店を飛ばす訳にはいかず、一計を案じて創□学会も日蓮聖人の宗門だからと「妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈」を唱えました。
するといきなり若い女性が飛び出してきて、「うちは看板の通り創□学会の専門店です、迷惑ですから帰って下さい」と喧嘩腰で言ってきました。
そこで野僧が「今のは妙法蓮華経です、それならお好みでしょう」と答えますと女性は返事に詰まり、暫く黙った後で、「いくら払えば立ち退いてくれるんですか?」と不貞腐れた顔で訊きました。
野僧は「今の言葉で結構ですよ」と言って頭を下げ、次の家に移動しました。
次回、その店は火事になったとかで、更地になっていました(よく燃えたそうです)。

●エピソード4、下関市の農村を托鉢していると此処は、愛知県の三河一向宗と並ぶ全国有数の門徒帝国であるだけに、托鉢=禅宗と言うことで、無視されるのはまだいい方で、石を投げられたり、水をかけられたりすることもありました。
そんなある日、大きな台風が二度、続けざまに山口県を通過しました。
その後、その村を通ってみると、野僧に石を投げ、水をかけ、罵声を浴びせた家々は屋根が飛び、倉庫が壊れ、逆に喜捨をしてくれた家は無事でした。
そのパーセンテージが一〇〇パーセントだったのには愕然としましたが。

●エピソード5、ある日、【JR西日本】の下関駅前で托鉢をしていると、駅員さんが歩道を箒で掃き掃除をして来ました。
すると彼はいきなり、お経を唱えている野僧に向って塵を掃きかけました。それでも野僧が動かないと、今度は上役らしき職員を連れて来ました。
「ここで商売をされては困る」と上役は言い放ちました。
「商売はしていない、強いて言えば法施ですな」と野僧が答えると上役は「お金を取ってるじゃあないか」と反論しました。
「これは捨てていって下さっているお金で、こちらからは強制も要求もしていない」
しかし、彼らは野僧の「喜捨」の説明にも納得せず、「ここでは演説や勧誘、募金も禁止されている、どれにも抵触するから立ち退きを勧告する」と言い捨てると二人で駅の構内に戻って行きました。
その数日後、【JR西日本】の福知山線で列車衝突事故が発生し、死者、重軽傷者が多数出る大惨事になりました。

●エピソード6、冬のある日、下関市内へ托鉢に出た帰り、強風で電車が遅れていました。そこで野僧は、駅前の歩道で坐禅を組んで待つことにしました。
ところが坐っていても通りがかりの人が喜捨をしてくれるのは相変わらずでした。
すると、また駅員が歩道の履き掃除をしながら近づいてきました。
流石に駅員も坐っている野僧に塵は履きかけませんでしたが、すぐに上役を連れて来ました。二人は坐っている野僧の前に立つと見下ろしながら「また、あんたか」と言うので、「列車の時間待ちに坐っているだけだ」と今度は野僧の方から先に言いました。
すると上役は「切符は買ってあるのか」と疑った口ぶりで訊いてきたので、野僧は頭陀袋の財布から切符を出して見せました。
上役と駅員は、「お金を取らないように、通行人の邪魔をしないように」と高圧的に注意をして戻ろうとしたので、今度は野僧が反撃に出ました。
「それが客に対する態度か?前回、ワシを追い払った直後に福知山線の事故があったじゃろう。そんな無礼な態度を改めないようではまた悪いことが起こるぞ」
すると上役は嘲笑するような顔で、「それは失礼しました」とだけ言って、返って行きました。
その二日後に下関駅は、駅舎に放火されて、シンボルだった三角屋根をはじめとする主要部分が消失しました。

このほかにも語るも恐ろしい実話が沢山ありますが、野僧は別に呪いのお経は上げていませんので暮々も誤解のないように。
  1. 2012/05/04(金) 17:28:24|
  2. 宗教(参学録)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<野草山岳録・師僧編 | ホーム | 野草山岳録>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/2-827d0f9d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)