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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

9月6日・ミグ25亡命事件

1976(昭和51)年の9月6日、ソ連軍のヴィクトル・ベレンコ中尉がミグ25で函館空港へ亡命しました。
この時、野僧は中学3年でしたが、社会科の授業で日本の産業が海外からの輸入によって成り立っていることを学び船乗りになりたいと思っていたところ、この事件を通じて日本の周辺に軍事的脅威が存在することを知り海上輸送路(シーレーン)の防衛を担う海上自衛隊を目指すようになりました。
後年、航空自衛隊に入り百里基地でミグ25を解体する作業にあたった航空実験団の人から詳しく話を聞きましたが、ミグ25は商品でもある米国の戦闘機とは全く異なる設計思想で作られており、極端に目的に特化されていたようです。
ミグ25は超音速で飛来する米軍の新型爆撃機・XBー70ヴァルキリーを迎撃する目的で開発されたため、高速度と上昇力のみを追求し、空中戦をするための運動性は度外視され、機関砲すら積まれていませんでした。
結局、XBー70の開発計画は試作機の墜落事故もあって頓挫したため存在理由がなくなったのですが、超音速偵察機SRー71に目標を変更することで生き残りました。
ただし、SRー71では速度が違い過ぎて役には立たなかったらしいですが。
あの頃の軍事評論家たちはミグ25の斜めに切った空気吸入口や二枚の垂直尾翼の外観が米国の開発したFー15に似ていることから同程度の性能があるのではないかと言っていましたが、機体の材質にしてもチタニウム合金を多用するFー15とは異なってかなり重く、エンジンもタービンブレード(圧縮機の羽)が8枚程度しかなく、ターボジェットではなくラムジェット(吸入する空気の圧力で圧縮する)ではないかと言われたそうです。
ちなみにFー15のエンジンはターボジェットよりもさらに進んだターボファンエンジン(吸入する空気をファンで安定供給し圧縮効率を上げる)です。
自衛隊員たちは散々にバラしてテストを繰り返した後、ソ連に送り返す時、梱包に「時代遅れ」「粗悪品注意」「次はもっと良い機体で来な」などと書きなぐったそうですが、ロシア女を寄ってたかって散々に姦りまくった気分だったそうです(下品でスミマセン)。この時、米軍から支援に来ていたミグ屋はテスト飛行までしたいと言ったらしいですが、日本政府が許しませんでした。こんな所は今も変わりません。
ところでこの事件を切っ掛けに自衛官になった野僧が、この事件を切っ掛けとして津軽海峡防衛を目的に作られた第6高射群で自衛官の幕を引くことになったのも不思議な因縁です。
しかし、ミグ25が低高度で飛んでレーダーから逃れたことの対策に高々度用の地対空ミサイル・ナイキを配備してどうするつもりだったのか訳が分かりません。
  1. 2012/09/05(水) 10:08:39|
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