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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

5月19日・宮本二天の命日

明日5月19日は宮本二天=武蔵の命日です。二天は身を寄せていた熊本で亡くなりましたが、厚く遇した細川家への恩義に報いんと「甲冑を着せ、参勤交代の道中の傍らに立って埋葬せよ。これを警護せん」の遺言をしています。ただ二天は吉川栄治氏の小説と中村錦之介さんの映画が有名になり過ぎて、虚像と実像が判らなくなっています。特に沢庵和尚との関わりは、沢庵が紫衣事件による出羽国上山への配流を終えて江戸に戻ってから、柳生但馬守宗矩に武道の奥義を説いた「不動智神妙録」を与えたことに基づいた創作で、実際に教えを受けた可能性があるとすれば元幕臣で勇猛禅を説いていた石平道人・鈴木正三の方でしょう。二天が後年に著した奥義書で述べていることは正三の教えに通じる点が多く、また二天が尾張に滞在した時期、正三も三河の自領(現在の豊田市)に住していました。
野僧は若い頃、拳法をやっていたため両手を使って戦うことが出来るのではないかと考え、武道大会の練習で二天一流に取り組んだことがありますが、小太刀二振りなら兎も角、長い竹刀と短竹刀では両者の動きが違い上手くいきませんでした。ちなみに二天一流は熊本県ではなく大分県に伝わっているそうです。
野僧が一つ興味を持っているのは、あの時代、あの場所にいたのですから、若し二天が薩摩に立ち寄り東郷籐兵衛重位の示現流と立ち会っていたら結果はどうであっただろうと言うことです。
一刀の下に碁盤と畳、床板まで両断した示現流に二天一流は抗し得るのか。佐々木厳流のようにはいかないでしょう。
  1. 2012/05/18(金) 21:19:05|
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