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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

9月13日・乃木希典の命日

明日9月13日は乃木希典大将の命日です。
乃木と言えば明治天皇の大葬の令の当日に夫婦でともに殉死したことで有名ですが、遺書に「後のことは妻に」とあることなどから奥さんの方は倒れている乃木を見つけ跡を追ったと言うのが真相のようです。
東京赤坂の乃木神社にはこの自決の部屋が残っていて、畳に広がる血痕も見ることができます。
野僧は現役時代から軍人としての乃木は全く認めていないのですが、最近は司馬遼太郎先生の「坂の上の雲」が放映されたことで、独自の研究成果が請け売りのようになってしまい残念です。少し自惚れれば野僧の自衛官としての研究レベルは司馬先生並みと言うことにもなりますが。
軍人としての乃木は西南の役で大失態を演じたように少佐もまともに務まっていなかったのですから、そこで退役して教育者か文学者にでもなっていた方が「世にも」本人にも幸いだったのでしょうけれど、上を目指して突き進む山口県の土地柄と陸軍閥の形成に躍起になっていた山県一派の事情が許さなかったのでしょう。
日露戦争の時、乃木が第3軍司令官になっていなければ奥保鞏第2軍司令官ほどの名将とまではいかなくても将たる器を持った人材が登用され、伊地知以下の参謀たちもあそこまで手前味噌な作戦指導をせず、あらん限りの知恵を絞って犠牲を少なく出来たのではないかと思われてなりません。
さらに言えば乃木が軍神になったおかげであの愚かな銃剣突撃が日本陸軍の美学になってしまい、第2次大戦どころか陸上自衛隊にまでその遺物が受け継がれています。
その意味では乃木は死に方まで誤りました。
辞世「うつし世を 神さりましし 大君の みあとしたひて 我はゆくなり」ああそうですか、お好きなように。
  1. 2012/09/12(水) 12:32:07|
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