fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ65

次の日、私は新原ビーチ行きのバスに乗った。去年の夏、美恵子と一緒に乗った時よりもバスは混んでいる。
「白い夏帽子 膝の上に置いて・・・」やはり岩崎良美の「涼風」が口に出た。しかし、「少林寺のBGM」と笑ってくれる美恵子は隣りにいなかった。

「こんにちは」美恵子の家のいつも開けてある玄関で声をかけた。
「ハーイ」と言う母親の返事と同時に右手の庭から「少林寺」と言う美恵子の声がした。見ると美恵子は私と選んだ麦わら帽子をかぶって庭の隅にある狭い花壇にホースで水をやっていた。
「少林寺、どうしたさァ」と言いながら庭の隅にある水道の蛇口に水を止めに行く美恵子と入れ替わる形で私が庭に入った、
この庭にも思い出がある。2度、3度目に美恵子の家に来た時、私は弟の松真(ショウシン)にせがまれて少林寺拳法を教えた。地元の空手を習ったことがある松真はそれが癖になって中々少林寺拳法の剛法(突き蹴り)は要領がつかめなかったが、柔法(関節技)には興味を持ち、私に手を捻られて「痛い、痛い」と喜んでいた。
「モリヤニィニ、美恵子ネェネとケンカした時も関節技を使うねェ?」松真の質問に私が笑って答えないと、「それってSMって言うさァ」とマセタことを言った。
水道の水を止めた美恵子が戻ってきて開けっ放しの縁側に並んで座った。2人ともしばらく何も言わなかったが、やがて美恵子が前に見える海を見ながら話し始め、私はその横顔を見つめていた。
「私、1人で少林寺が来るのを待っているの寂しかった・・・」「すぐに帰っちゃう少林寺を見送るの悲しかった・・・」「私、もっと一緒にいたかった・・・」独り言のようにここまで話して美恵子は一呼吸置いた。
「早く一緒に暮らしたかったのさァ」少しの沈黙の後、今度は私が話し始めた。
「大丈夫、結婚すれば一緒に暮らせるさ」私がこう言った時、縁側の奥の方で母親が鼻をすする音が聞こえてきた。どこかでソッと聞いているのだろう。
「駄目さァ」そう言うと美恵子は真っ直ぐに私の顔を見る。
「今、少林寺といると私、嫌な女になっちゃう」私たちは黙って互いを見つめ合った。
「貴方のこと愛してた・・・」これは美恵子が初めて使った「愛」と言う言葉だった。でもそれは過去形、それが結論だった。美恵子はまた海を見た。
ち・岡田奈々イメージ画像
  1. 2015/04/20(月) 08:23:58|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ66 | ホーム | 閏4月20日・山口県が生んだ悪鬼・世良修蔵が誅殺された。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/2322-750a12aa
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)