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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

9月21日・宮沢賢治の命日

1933(昭和8)年の明日9月21日は宮沢賢治くん(宮本顕治さんではない)の命日です。
賢治くんと言うと童話作家、詩人としての顔ばかり有名ですが、実際は農業技術者として農業の近代化に身命を傾注し尽くして果てた人生だったようです。
賢治くんの生きた大正から昭和の初期は現在のように関東大震災以降、冷害や干ばつが打ち続き、東北地方の農村では賢治が「雨ニモマケズ」で「ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ」と詠っているような悲惨な状況で、やがてそれが5・15、2・26事件の引き金になっていったのです。
賢治くんが熱心な法華経信者であったことは有名ですが、それが伝統的な日蓮宗だったため、日蓮正宗系の新興宗教の指導者たちは「日蓮宗と言う誤った教えを信じ、広めようとしたから佛罰として若死にした」と断じています。
まあ、宗祖の日蓮聖人御自身が始めは天台宗を守ろうととして他宗派を口撃し、その過激さ故に天台宗から排斥されると一転、比叡山を批判し始めましたからそれは宗風なのかも知れません。
しかし、野僧が思うに賢治くんが「宇宙は絶えず我らによって変化する。誰が誰よりどうかとか。誰の仕事がどうしたとか、そんなことを言っている暇があるか」と述べている世界観=存在が影響し合う社会を説いているのは妙法蓮華経よりもむしろ華厳経であり、賢治くんがそれに触れることなく排他的、独善的な宗風に染まってしまったことが残念です。
確かに内続く天象気候の不順に悩み苦しんでいた賢治くんが、その童話作家的な感性で妙法蓮華経に描かれている壮大な虚仮威し的メルヘンに共鳴しても不思議はありませんが、信仰が活躍の場を狭めてしまったようで返す返す残念です。
賢治くんの詩としては「雨ニモマケズ」が有名ですが、野僧は「永訣の朝」「春と修羅」なども愛唱しています。
「いかりのにがさ また青さ 4月の気層のいかりの底を唾し はぎしりする。おれは一人の修羅なのだ」如何ですか?これも賢治くんの顔なんです。 
  1. 2012/09/20(木) 09:53:47|
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