fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

9月29日・狐狸庵先生の命日

1996(平成8)年の明日9月29日は雲谷斉(うんこくさい)狐狸庵・遠藤周作先生の命日です。
野僧は愚息にその名前をいただいたほど孤狸庵先生を敬愛していて、中学時代からその著書を常に傍に置いてきました。特に「沈黙」や「深い河」はボロボロになってしまい現在の文庫本は4冊目です。
さらに英語版を友人のアメリカ人牧師やスペイン人神父に送ったりもしています。
「沈黙」で先生が問いかけた日本人の信仰を否定する形で宣教されたキリスト教の問題は、野僧が日本で活動している外国人の宗教者と必ず話し合う命題であり、来庵するキリスト教系の新興宗教の人に直面させる難題でもあります。
「イエスの生涯」「キリストの誕生」「聖書のなかの女性たち」は新約聖書を物語として読むことができ、理解を大いに助けてくれました。
「深い河」では最終章で佛説阿弥陀経が唱えられ一つの答えになっています。
これはアメリカの神学者が主張している「日本の念佛信仰は佛教よりもキリスト教に共通する点が多い」と言う学説を踏まえたものなのか、それとも長年にわたり「日本人のキリスト教」を探求され続けた遠藤先生自身が至られた見識なのかを確かめたいのですが、どなたかお教えいただければシアワセマス。
余談ながら、この物語で繰り広げられる複雑な人間模様の中でも、映画で奥田映二さんと秋吉久美子さんが演じていた過ぎるほど不器用でひたむきな修道士・大津と「人を愛せない女」成瀬美津子の人間性は野僧と(親が命じた)同居人に非常に似ています。
ただ、原作と少しストーリーが違う映画では、成瀬美津子が最後に大津の死に立ち会い、本当の自分の気持ちを確かめて号泣しますが、ウチではそれはないでしょう。
  1. 2012/09/28(金) 10:05:47|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<10月1日・厳島の戦い | ホーム | 9月下旬・九戸城が落城>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/256-9dd67e10
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)