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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ243

年明けの寒稽古で徒手格闘が行われた。私は区隊長に呼ばれ、「汚名(=美恵子の件)返上のため助教の助手をしろ」と特命を受けていた。昨年、体育学校で格闘指導官の資格を取得したばかりなので、まだ更新検定は必要ないのだ。
「上級指導官、よろしくお願いします」「今年は本当に助かりますワ」打ち合わせをする前、あらためて挨拶をしたが、助教の胸の格闘徽章は中央が金の上級指導官、私の徽章は銀の部隊指導官だ。区隊長は腕組みして2人の顔を見比べている。
「先日の銃剣道の刺突を見て何で上級指導官になれなかったと思っていたが、こっちの腕前はどうだ?」「教官からは少林寺拳法の癖が抜け切れていないと言われました」私の答えに区隊長は「全自衛隊大会の優勝者だからなァ」と相槌を打った。
「大学で空手やボクシングをやっていた連中は癖が抜けない上、指導をしても自分の方が強いって素直に従わないから困ります」助教は具体的な注意点を雑談的に説明した。
「試合になると教えたことはどこかに飛んでしまって、ただの殴り合いですワ」「それでは上級指導官が叩き伏せないといけませんね」「それは部隊指導官に任せます」と言う訳で私も課業外にサンドバッグを相手に猛訓練に励む羽目になった。

「モリヤ候補生、自主トレですか?」その日も体育館でサンドバッグを叩いていると突然、後ろから声をかけられた。手を止めて振り返るとそこには伊藤候補生が立っている。
「うん、伊藤候補生こそ自主トレかい?」「はい、効果がないダイエットです」ハワイからの帰国子女である伊藤候補生はアメリカ的なジョークで答えた。
「俺は自主トレをしておかないと試合で負けてしまいそうだからね」「さっきから見ていたんですけど、あんまり真剣なので声が掛けられませんでした」「そりゃすまん。それにしても注意力が足らんなァ。背後から襲われたらやられてしまうよ」私がそう言って汗を拭うと伊藤候補生は安心したように笑い一歩近づいた。
「徒手格闘って護身術に好いですよね」「護身って言っても戦場用だけどね」「だったら個人レッスンして下さい。戦場でも身を守れるくらい」伊藤候補生は真顔になって私の正面に立ち、習ったばかりの徒手格闘の構えをとった。寒稽古では私が展示要員を務め、助教が指導している。他の中隊では部内課程の候補生が一般課程の候補生に色々と教え込んでいるようだが、ウチの区隊では格闘指導官の資格を持つ私がいるためそれはないようだ。
「それじゃ復習から始めようか」「はい、お願いします」私もこの同期の熱心さに感心しながら構えの復習から始め、明日やる動作の予習を教えた。

その後も伊藤候補生は体育館にやってきて個人レッスンを受けたが、そのおかげかWACではただ1人、検定で2級になった。
  1. 2015/10/15(木) 09:24:15|
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