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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ244

卒業前、幹部候補生は草創期以来の伝統である80キロ行軍の山岳徒歩行進訓練に出る。太刀洗の陸軍では「百里行軍」と言って長崎や熊本、大分まで往復の400キロを踏破したそうだが、こちらは山道を歩くので厳しさは変わらないだろう。
おまけに背納の中に通常の荷物のほかに「根性」と書いたレンガ、「ど根性」と書いたコンクリートブロックを入れて自分に試練を課し、蛮勇を競わさせられるのだ。
私は陸上自衛隊の出身ではないが航空教育隊の班長出身の格闘指導官と言うことで部内部外組に準ずる扱いを受けている。つまり特に気合を入れなければならなかった。ところが出発する前日、私には区隊長から特別メニューが言い渡された。
「モリヤ候補生、お前は坊さんだろう、だったら道端のお地蔵さんに訓練の安全祈願をしろ」「はァ、それは業務命令ですか?」「そんなもんだ」何故か区隊長の頬は緩んでいる。
結局、私はど根性ブロック1個とお地蔵さんへの安全祈願をすることになった。

翌日の午後、我々は80キロ行軍訓練に出発した。
駐屯地から背振山系の出発地点までの移動はトラックなので特別なことはないが、荷台に座っていても3泊4日分の食料、衣類などのほかにど根性ブロックが入っている背納はズッシリと重かった。
行軍が始まると私に課せられた特別メニューの意味が判ってくる。脊振山系には山岳信仰の歴史があり、行者たちが建てた石佛が難所に鎮座しているのだ。
「モリヤ候補生、お地蔵さんだ!」小隊の前を歩く警戒員から声がかかると私は一気に駆け出して石地蔵の前に立ち手を合わせ、延命地蔵菩薩経偈という短いお経を唱え、頭を下げる(観音なら延命十句観音経)。その間に自分の小隊は通過しているのでまた駆け出して自分の位置に戻らなければならない。そんなことが数キロに1回は繰り返された。
「しまったァ、線香も持たせればよかったな」そんな私の姿を見ながら区隊長は笑っていたが、線香に火を点けて具えていてはさらに時間がかかってしまう。私は心の中で「冗談じゃあない」ときっぱり拒否していた。

部隊はやがて筑紫山系の山道に入り、最初の宿営地である山林に着いた。
野営と言っても2人用の天幕では相棒と話す以外にやることはなく、みな夕食後には早目に眠りについたようだ。ところが私の相棒は眠ると同時に大イビキをかき始め、耳にティシュで栓をしても眠られず、仕方ないので外で星空を眺めていた。冬の夜空には星が輝いて美しいが我々の天幕からはイビキが聞えてくる。
「流石に冷えるなァ」そう言った自分の白い息に寒さが余計に身に染みた。その時、月明りの中、懐中電灯を点けてこちらへ歩いて来る人影があった。
「モリヤ候補生も眠れませんか」その声は伊藤候補生だ。
「うん、この音聞こえるだろう」私がイビキの音を示すと伊藤候補生の影が笑った。
  1. 2015/10/16(金) 09:19:17|
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