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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ312

しばらくの雑談の後、私はズッと引っ掛かっていたことを質問した。
「君を初めて抱いた夜、ママさんの店でHawaiian Wedding Songを歌ったろう」「はい」「あれって何か意味があったのかい?」「うん・・・」佳織は私の顔を見詰めながらうなずいた。
「ウチの結婚式の時に歌って欲しいってママさんに頼んであったんや」雑談になると佳織は関西弁になるようだ。
「えッ、そんな大切な歌だったの?」「だから今夜、ウチは貴方の物になるってママさんに伝えたんや」「そうだったのか・・・」そこで私は立ち上がると佳織の手を取った。
「お嬢さん、1曲お願いできますか」「うん、エエよ」そして2人でHawaiian Wedding Songを歌いながら踊った。踊りを終えた時、佳織は私の顔を覗き込みながら呟くように言った。
「モリヤ2尉、もう一つお願いがあるやけど・・・」「何?」「ウチのこと佳織って呼んで欲しいんよ」「えッ?」私は一瞬戸惑った。
今まで何度も逢瀬を重ねてきてまだ「佳織」と呼んだことがなかったのか思い返してみたが確かに記憶はない。そこで顔を見ながら呟くように呼んでみた。
「佳織・・・」「イエス、ダーリン」「ハニー」「マイ ダーリン」これがプロポーズと応諾になり、佳織は嬉しそうに笑うと黙って口づけしてきた。

「ところでワシが伊藤になっちゃあ駄目かな?」「えッ、何言ってんねん」私の具体的な要望に伊藤2尉は真意を測りかねるような顔で質問してきた。
「ワシは昔からモリヤって苗字が嫌いでね。それ以上に親と一族郎党が大嫌いなんだよ」「・・・」これは本当だった。美恵子と結婚した時も玉城姓を名乗りたかったのだが、門衆(モンチュウ)意識が強い沖縄では受け容れらない願いなので諦めたのだ。
「でも、伊藤ってありふれ過ぎていてウチは好きやないねん」「逆に言えば当たり障りがないってことじゃあないの」「でも高校時代、同級生に『素子さん、貢いで』ってからかわれたよ」それは昭和56年に発生した大阪の三和銀行で起きたオンライン詐欺の話だ。犯人の美人銀行員は約2億円を不正に引き出し、全額を愛人に貢いだのだ。
「苗字が変わって影響を受けるのはモリヤが2人、伊藤が1人、多数決でいきまっしょ」「何じゃ、それは」「第1、ウチはモリヤ佳織になるのが夢やったんや。それを奪っちゃああかん」「・・・」やはり論争でこの優秀な同期には勝てそうもない。確かに愛知県内の部隊に転属することが決まっている以上、苗字を維持しておくのも利用価値はありそうだ。
この計算ずくの状況判断も陸上自衛隊の幹部の素養ではある。
「お願いがあるのーよ 貴方の苗字になる私・・・」隣りで佳織は平松愛理の「部屋とワイシャツと私」を口ずさんでいる。守山ではこの歌をカラオケで愛唱しているそうだ。

  1. 2015/12/23(水) 08:49:34|
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