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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月20日・イギリスが生んだ天才=狂人・ニュートンの命日

1727年の明日3月20日は天才と狂人の境界線を行ったり来たりしたアイザック・ニュートンの命日です。
ニュートンと言えば林檎が落ちるのを見て引力を発見した逸話が有名で、大半の人はそれしか知らないのですが、実際は野僧を散々に苦しめ、未だに理解できない微分積分学を確立したのもニュートンであり、反射式天体望遠鏡を発明したのもニュートンです。
一方、林檎の逸話の方は創作・虚構の可能性が高いことになっているようですが、その割にイギリスのニュートンが所有していた農園には問題の林檎の木が大切に保存されており、日本にも東京の小石川植物園に枝分けされた木が植えられています。
そんなニュートンは1642年のクリスマスにイギリス東部の寒村で生まれました。豪農だった父親は生まれる3カ月前に亡くなっており、母親もニュートンが3歳の時に近郊の街の牧師と再婚したため祖母に育てられることになったのです。
再婚した母親の援助で13歳から文法学校(グラマー・スクール=ラテン語などを学ぶ中等学校)に通い始めますが、2年後に母親の再婚相手が死去して義弟3人を連れて祖母の家に帰ってきたためニュートンは学校を止めて、父親が残した農園の仕事に励むことになりました。
ところが学究肌のニュートンは農園仕事を放棄して、学校時代に下宿していた薬屋=薬草園へ行っては薬学や化学の専門書を読み耽り、工学の研究として水車を作ったりしていました。
このため母親は息子の才能を発揮させる道を親戚や知人と相談し、ケンブリッジ大学に入学させることにしたのです。ただし、学費を免除される教授の小間使いを兼ねた学生であり、本人はそれを負い目に感じていたようです。
しかし、天才は場を得られれば類まれなる能力を発揮するもので数学、自然科学などの学才を認めた恩師の引き立てによって学位を授与されるのと同時に教授の地位を得ました。
こうして順風満帆に進み出した学究生活に更なる幸運が訪れました。それはヨーロッパの全人口の3分の1が死亡したペストの大流行で、ニュートンはロンドンを離れて実家がある東部の寒村に疎開したのです。そこで時間と仕事に余裕ができたため林檎を眺める暇を見つけ、微分積分の考察に没頭することになりました。
ただし、万有引力の発見については友人のロバート・フックが先に提唱しており、後年、その先陣争いの中でニュートンが発見のエピソードとして創作したとの説が有力になっているようです。
その後、ニュートンは反射式望遠鏡を発明し、太陽系の惑星の軌道を確立して天文学にも踏み込み、数学、自然科学、物理学などと合わせて天才ぶりを発揮していきますが、それらの論文の著述によって次第に疲れ、精神に変調を来すことになりました。
突然、権力欲に取り憑かれ政治的地位を求めるようになると、教え子の推挙で王立造幣局長官に就任しますが、そこでは通貨の偽造犯の摘発に成功しながら自分は金を作る錬金術の研究に血道を上げていたのです。これが原因なのかニュートンの遺髪からは高濃度の水銀が検出されたそうですから、やはり天才と狂人は紙一重なのでしょう。
Olivia NewtonJohnなぜかオリビア・「ニュートン」ジョン
  1. 2016/03/19(土) 09:21:26|
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