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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ400

私が中隊長になったのはバブルの狂乱景気が崩壊して5年が過ぎ、隊員の服務指導や人事の上では難しい時期だった。バブルの頃は高い給与を得られる民間企業を若者は志向し、アレコレと制限が多い公務員、特に3Kと言われていた自衛隊は全く人気がなく、民間企業も採用しないような低レベルな者や保護観察処分を逃れるための非行歴を有する者が殆どだった。
ところがバブルが崩壊し、民間企業にリストラの嵐が吹き荒れると一転、安定した公務員の人気が沸騰し、さらにPKOで注目を集めた自衛隊は花形になって優秀な若者が続々と入隊してくるようになったのだ。
ただ、そこで問題になったのはバブルの頃に3曹に昇任した陸曹よりも新入隊員の方が頭脳は優秀であり、中卒や高校中退が多い陸曹に比べ新隊員には大卒者も少なくなかった。つまり陸曹の権威が揺らぎだしたのだ。ある日、私は陸曹たちを集めてこう訓示した。
「プロシアの軍事哲学者・カルル・フィーリップ・ゴ―トリ―ブ・フォン・クラウゼヴィッツは『軍人の能力と学問上の成績は必ずしも一致しない。むしろ戦場では熟練した古参兵の直観の方が危機を切り抜ける力となることが多い』と言っている」ここまでで言葉の意味を理解した陸曹は少なく、そろって「また中隊長の小難しい話が始まった」と言う顔をしている。私は1つ息を飲むと話を続けた。
「つまり学歴がどうであれ、勉強がどうであれ、自衛官として厳しい訓練で鍛えられ、災害や危険な任務を潜り抜けてきた経験に勝る知識はないと言うことだ」陸曹たちはようやくうなずいたが、やはり弁が立つ陸士を指導するにはある程度の知識は必要であり、それがなければ旧軍の鉄拳制裁になってしまう。私はその注意を言い添えることを忘れなかったが、元々勉強嫌いな連中にやる気を起させるのは訓練で体を鍛える以上に難しかった。
一方、陸士についても問題があり、バブルの頃、生徒を入隊させてくれた低レベルの高校に対する恩義がある募集担当者が、不況下の人気職種として希望してくる生徒を受け入れざるを得ず、新入隊員の中でも能力格差が目立つようになっている。
そして現場の陸曹たちは、仕事はできる者にやらせながら小難しい理屈を言う優等生よりも素直な馬鹿を可愛がり、陸士の中でも不満がくすぶり続けていた。
おまけに阪神大震災の災害派遣に感動して入隊してきた隊員は、体力練成や日常の作業には真剣に取り組むが、射撃や格闘などの戦技には「人殺しの訓練を受けるつもりはありません」とあからさまな拒絶反応を示している。
演習でも陣地構築は「これで土砂を片付けるんだ」と喜んで励むが、歩哨勤務は「宿営地の警備かァ」と仕方なし、最後の攻撃となると嫌々なのが見え見えなので始末に悪い。
この問題は連隊の幹部会同でも度々問題になっているが、どの中隊長も「理屈っぽい小難しい陸士などいらん」とお手上げ状態で、磨けば光る玉をそのまま転がしておくつもりのようだった。
  1. 2016/03/20(日) 08:52:33|
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コメント

祝400回

長期連載ですな、、、、
  1. 2016/03/20(日) 10:02:57 |
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  3. ST生 #-
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