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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月7日・からくり儀右衛門=田中久重の命日

1881(明治14)年の明日11月7日は田中儀右衛門・久重さんの命日です。
野僧が子供の頃、NHKが夕方に「からくりぎえもん」と言う番組を放映していて、影絵の映像に「からくりからくり作っては ころりしくじりぎえもんどん」と言う主題歌が流れるとワクワクしたものでした。その後、平賀源内さんが主人公の「天下御免」もあって全国屈指の理科教育校だった岡崎市立矢作南小学校(文部省から優秀教育校の表彰を何度も受けていた)では男子児童の間で「からくり」ブームが起り、4年生からの部活動では科学部が大人気だったのですが、実験・観察中心の理科は文科系の素養しかない野僧にも面白かったです(これも中学校になって嫌いになりましたが)。
からくり儀衛門さんに再会したのは平成10年にTBS系で放映された「Jin・仁」の後篇で、見ている本人そのままに幼い儀衛門さんから味のある老齢の田中久重さんに変わっていました。
あのドラマは前年の「龍馬伝」を完全に喰っていて「民放もやるな」と感心しましたが、その中で南方仁先生を支える橘咲役を好演した綾瀬はるかさんが来年の大河ドラマ「八重の桜」の主人公になるのは妙な気分です。多分、見ないですけれど。
「からくりぎえもん」では久留米絣を織るお姉さん(お母さん?)を助けるためハタ織り機を改良する話がありましたが、トヨタ・グループの創始者・豊田佐吉さんもハタ織り機を改良することから自動織機に発展し、その機械開発の技術が自動車メーカーに飛躍したのですから、幕末から明治期ではハタ織り機が身近にある尤も高度で精密な機械だったのでしょう。ちなみに儀衛門さんは東芝の創始者です。
それにしても歴史番組などで未だに儀衛門さんのことを「東洋のエジソン」と呼ぶことがありますが、それを敬称だと思うのは「西洋が最高峰であって東洋レベルでは」と言う劣等感が根底にあるからで、すでに西洋を凌駕している現在では適切ではありません。
  1. 2012/11/06(火) 00:58:50|
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