fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月12日・「礼服には洋装を採用する」太政官布告が出された日

1872(明治5)年の明日11月12日に「大礼服通常礼服の制を定む(礼服には洋服を採用する)」の太政官布告がだされ、我が国に於いては洋服が正装になりました。
このため宮中の祭祀などは公的行事とは分けられて古式の束帯で行われますが、神殿で行われた大葬の礼での天皇・皇后は洋装でした。この太政官布告が効力をもっていた間、坊主が法衣、神職が束帯を着ていては礼を失することになっていた訳で、どうしていたのか知りたいものです。
日本人の場合、同年に出された太陽暦の採用や昭和26年の計量法による尺貫法の禁止を見ても、お上のお達しが出されると一切例外を認めない偏狭さがあり、紋付き袴で冠婚葬祭に出ようとすると入場を拒否されたりしたのではないかとしたのではないでしょうか。
これは野僧の地元の成人式が女子の和服を禁止していて、それを知らずに晴着で出席しようした転入者が会場で入場を拒否されたことがあったので思うのです。
確かに武家諸法度では「法を以て理を破るも理を以て法を破るを許さず」と謳っていますが、やがては粗探しに陥るのが日本人の病癖です。
ところで野僧は現役時代、航空幕僚長閣下と飲んでいて、「将来は在外公館警備官になれ」と言われたことに「自衛隊の礼装は大相撲の行司のような和装にするべきだ」と申し上げたことがあります。すると閣下には「相変わらずの冗談だなァ」と笑われてしまいましたが、横で聞いていた人事総務幕僚が真顔で「あれは高いんだろう」と言うので神主の装束の価格を調べたところ坊主の法衣よりもはるかに安いので驚きました。ちなみに坊主の法衣は「ベンツ」「クラウン」「マークⅡ」などと車で価格を表すくらいです。尤も野僧の場合は「ママチャリ(安物の自転車)」「三輪車」で、法衣屋からも「今時、こんな安物を買う坊さんがいるんだ」と呆れられますけど。
現在なら「日本の伝統文化を守るため成人式と結婚式、葬儀は男女とも和装とせよ」と逆の指導を発令していただきたいものです。そして中学校の授業で簡単な着付けくらいは教えてもらいたいものです=山口県下では夏に浴衣の着付けをやっている学校があります
  1. 2012/11/11(日) 00:06:45|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<11月14日・浜松基地航空祭でのブルーインパルス墜落事故 | ホーム | 11月7日・からくり儀右衛門=田中久重の命日>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/330-90038732
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)