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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ549

今年の課程教育の終盤は佳織の米国留学、志織の同行、何よりも淳之介の沖縄行きに悩みながらになっている。そんな中、沖縄から元義父の玉城松栄さんと元妻の美恵子から淳之介宛の手紙が届いた。松栄さんの手紙は難しかったようで淳之介が見せたため、美恵子の手紙も一緒に読むことにした。
「淳之介くん、お手紙を嬉しく読みました。変わらず私たちの孫でいてくれて有り難う。だけど淳之介くんが沖縄に来ることには賛成できません。何故なら今の沖縄は私たちの世代が社会から退くに従って、復帰の時に本土から来た活動家たちが広めた日本を敵視する考え方が強くなっているのです。特に学校の先生は酷くて授業でも嘘ばかりを教えています。だから淳之介くんが沖縄へ来れば『自衛官の息子』として先生から苛められるでしょう。今の沖縄は本土に行けない負け犬の集まりです。淳之介くんには立派なお父さんがいるのですから、本土で頑張って下さい」元義父の手紙はやはり「頭が痛くなるまで」孫のことを考えた深い思索の跡がうかがえる(本人の口癖)。本当であれば孫が「沖縄に来たい」と言ってくれば手放しで歓迎したいはずだ。それを拒絶できる元義父はやはり尊敬と信頼に値する人物なのだ。それにしても元義父は戦時中、鉄血勤皇隊として戦った兄から教えを受け、復帰前から自分のタクシーに愛国心を表す日の丸を掲げていたような人物だけに、現在の沖縄の学校教育には強い危機感を抱いているらしい。次は元妻の手紙だ。
「淳之介、お母さんは大喜びだよ。やっぱり本当のお母さんが好きなんだよね。淳之介が来たら今のアパートでは狭いから少し大きなアパートを探します。淳之介が好きだった食べ物を思い出して作っています。メンソーレさ」こちらは元義弟の松真以上の能天気振りだった。私に手紙を渡す時、淳之介が妙に嬉しそうだったのは美恵子の手紙だけを受け止めたのかも知れない。この軽薄さも母親の血のように思えて溜め息が出た。おそらく美恵子は淳之介の転校や進学にまでは考えが及んではいないだろう。
「お祖父さんの手紙をよく読んでどうするべきかしっかり考えろ。自分が決めたことの責任は自分が負うしかないんだからな」そう言って手紙を返したが、どこまで通じたかは判らない。しかし、私自身は親が決めた人生の責任を私が負っている。そう思うと自分の言葉に説得力を感じられなかった。

夏の高級幹部の異動情報を取材に来た新聞記者が第10師団司令部で妙な話を持ち出した。
「自衛隊には恐ろしい人がいますね」「恐ろしい?何かありましたか」記者の大げさな怯えぶりに師団司令部の広報担当者は怪訝そうな顔をして訊き返した。
「先日、知り合いの教師が娘をレイプした自衛官を告発するから取材しないかって声を掛けてきて、自宅で両者の対話を聞いていたんですがね」「来たのは本人ですか?」「その上司の幹部でした」この記者の説明は事実を伝えていないが、これでも情報は提供される。
「先ず我々のマイクの存在を察知してからかってきたり」「からかって?」「本日は晴天なりなんてね」広報担当者は「この幹部自衛官の不誠実な態度は問題だ」と思い始めた。
「おまけに両親にショックを与えるような事実を次々と暴露しまして・・・」「具体的にどんな?」「何でも相手の隊員が撮った娘さんのエロ写真を見せたようです」隊員の犯罪行為を告発しようとする民間人に向かってこの対応は許し難い暴挙である。相手の心証を害して事態を悪化させる危険性は大であろう。広報担当者はその幹部自衛官の所属と氏名、階級を確認した。
「確か久居の教育隊の中隊長でモリヤマ1尉だったかな。名刺を渡さなかったそうなので確かではありません」久居の第116教育大隊は第10師団の管内ではない。しかし、処罰を前提に事実確認する必要を感じながら本題の取材に応じ始めた。
  1. 2016/08/16(火) 08:53:34|
  2. 夜の連続小説8
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