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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ557

2年に及ぶ入校を終えて帰宅した佳織との生活は新たな旅立ちの支度になっている。佳織と志織をアメリカに送り出すだけでなく淳之介も沖縄に引き渡すことになりそうだ。
志織のアメリカへの転校は佳織との話し合いで決定してから小学校に伝えてあるが、淳之介については中学校に全く話していない。部活動も淳之介自身が顧問に参加できないことを申し出ただけだった。
「貴方、淳之介から連絡は?」「それが全くないんだよ」佳織は8月中の移動期間は荷造り(アメリカの借家は家具つきなので中身だけ)や色々な手続きなどの引っ越し準備に当たっているが、淳之介については連絡がこないため手がつけられないでいる。
「あちらの家に電話をする訳にはいかないの?」「とりあえず義弟にしてみるよ」そう説明してから玉城家の本土窓口である松真の自宅へ電話をしてみた。
「あッ、どうもすみません」電話を取った松真は私の声を聞いていきなり謝った。私はその様子から余程不味い事態になったのかと心配になった。
「淳之介は沖縄へ転校したいって言ってるんですけど、おトゥとおカァが沖縄をよく見てから決めろって言うのさァ」「うん、そうだろうな」「それを2尉ニに伝えるのを忘れていました」要するに松真の航空機整備員とは思えないポカミスのようなので安堵の溜め息をついた。
「しかし、淳之介は中学2年だから転校するにも早く手続きをしないと受験の準備が始まってしまうだろう」本当はこんな心配はしたくないのだが、最終決定を本人にまかせた以上、必要な確認だ。
「そうだよね。そろそろ結論を出すように俺から電話してみるさァ」「その結果を忘れずに教えてくれよ」「はい、判りました」そう言って受話器を置き、振り返ると佳織が立っていた。
「貴方って本当に無理ばっかりしてるね」「やっぱり君に隠し事はできないな」「本当は淳之介に早く帰って来いって言いたいんでしょ」「「うん、そうなんだ」「私にだって行くなって・・・」そこまで言うと佳織が抱きついてきた。2年間の不在で忘れかけていた夫婦の呼吸が甦ってくる。この掛け替えのない妻を送り出して私は自分を保てるのだろうか。そう思うと志織が見ている前で強く抱き締め熱く口づけをしてしまった。

結局、淳之介は私たちが佳織の家の墓参りを終えた夏季休暇明けに、玉城家の義父母と一緒に帰ってきた。課程教育を担当していないとは言え出勤しなければならない私に代わり、佳織が初対面の義父母を接遇した。しかし、義父母にとって佳織は娘の夫を奪った女でもある。
「淳之介がご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」そう言って床に手をついた佳織の態度に義父母は戸惑ったように顔を見合わせた。
「こちらこそ長い間、引き留めまして・・・」「僕が帰りたくないって言ったんです」義父の挨拶を遮って淳之介が訴えた。すると佳織の顔が3等陸佐になった。
「お父さんが自分で決めろって言ったのは、そんな風に楽しいことだけを見て流されることじゃあないよ。沖縄で何ができるのか、何を諦めなければならないのか。そう言うことを地元の人に確かめて決めろと言うことなの」おそらく淳之介が佳織からこのようなことを言われたのは初めてだろう。義父母は黙って孫の横顔を見ていたが、表情を引き締めて反論を始めた。
「僕は毎日笑いながら楽しく暮らしたいんです。沖縄ならそれができます」「だったらこの家に貴方の居場所はないわ。出ていきなさい」これが母として、何よりも私の妻として佳織が下した結論だった。佳織は3等陸佐の顔のまま義父母に再び手をついて深く頭を下げた。
「不束な息子ですが謹んでお返しします。どうかよろしくお願いします」その肩が小刻み震えているのを義父母は見逃さなかった。
ま・モリヤ佳織イメージ画像
  1. 2016/08/24(水) 08:46:17|
  2. 夜の連続小説8
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