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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

加藤紘一さんが死んだので弔意を表します。

9月9日に我々山形県人の「初の総理大臣」と言う期待を一身に集めておきながら自滅して裏切った加藤紘一さんが亡くなりました。77歳でした。
加藤さんは中曽根内閣で防衛庁長官を務め、内閣改造後も留任したのですが、隊員の間でも「珍しくまともな長官=中曽根首相が防衛を重視している証左」として人望があり、防衛大学校出身の中谷前防衛大臣が制服を脱いで政治屋を志したのも加藤長官に憧れたことが理由だったそうです。
しかし、野僧はある事件を切っ掛けに不信感を抱くようになりました。それは御巣鷹山への日航機墜落事故に関して朝日新聞が現場の実情を全く無視した批判記事を掲載し、それに航空幕僚監部広報室長(鷺坂1佐ではない)が雑誌に反論記事を発表したことに朝日新聞の田岡俊雄論説委員が激怒し、佐藤1佐を内局の記者クラブに呼びつけて侮辱の限りを尽した事件でした。
野僧はその室長(最終的には南西航空混成団司令)から個人的に教えを受けていたのである程度の情報を持っているのですが、朝日新聞の批判記事の事実誤認が明らかになり、田岡氏の傲慢な言動を批判する世論が起き始めた時、加藤長官が仲裁に入り、手打ちにしてしまったのです。
加藤長官としては自分の派閥の宏池会に肯定的な朝日新聞に恩を売っておけば宮沢喜一政権の実現に有益と言う政治判断があったようですが、野僧には化けの皮が剝がれて政治屋の素顔を見た思いでした。
その後も村山富市社会党政権の時に自民党の幹事長として迎えた敗戦50周年の国会決議をやらかすなど、「所詮は元外務官僚」と言う失望のうちに自滅してしまったのです。尤も、野僧は「YKKトリオ」の山崎拓とは直接話をしたことがありますが「とっても馬鹿」で、小泉純一郎を含めこの3人に政権を担わせてはいけませんでした。
放火前に山形県鶴岡市の自宅を見たことがありますが、左翼の過激派ではなく右翼の犯行だったところが加藤さんに対する社会的評価なのでしょう。一応、同県人として冥福を祈ります。元自衛官としてではありません。
  1. 2016/09/12(月) 09:04:40|
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