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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

5月26日・村田清風の命日

明日5月26日は毛利藩中興の臣・村田清風さんの命日です。毛利藩と言うと幕末の志士を育てた吉田松陰先生(今でも先生をつけないと怒られます)が有名ですが、いくら松陰先生が偉くても清風さんの業績がなければ毛利藩は歴史の舞台に華々しく登場することは出来なかったでしょう。
清風さんは天保の大一揆が起こるほどの深刻な政治、特に財政危機の中で藩政に参画し、何度も挫折を繰り返しながら銀8万貫と言う膨大な借財を返済し、後に幕府と戦うほどの経済力を作り上げました。
その政策としては特産品、特に蝋の藩専売を止めて商人による自由な取引を許し、その代わりとして運上銀を課しました。この結果、藩内の流通が活性化し増益を得ることが出来ました。また北前船など西国と北国を結ぶ交通の要所・下関に目をつけ、ここに越荷方(貿易会社)を設置して荷物の一時預かりや荷物を質にしての高利貸しなどを行いました。これで毛利藩は巨万の富を得ることになりました。
何よりも特筆すべきは藩だけでなく家臣も多額の借財を抱えていることを憂慮し、「三十七ヶ年賦皆済仕法」と言う「三十七年かけて借財は返す」=実質的踏み倒しを断行したことです。
同様のことは島津藩の調所笑左衛門さんもやっていますが、清風さんの方が産業育成に力を尽くしてと言う点で一枚上手でしょう。
その清風さんの命日ですが、この日は幕末の志士から明治の元勲になった桂小五郎=木戸孝允の命日でもあります。つまり討幕の基盤を作った方と実行した方が同じ命日の訳で、どちらの法要に参列するかは歴史観のリトマス試験紙かも知れません。
  1. 2012/05/25(金) 21:33:04|
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