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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ593

11月、今年は佳織の母=典子さんの命日が土曜日になったので、早朝に久居を出発して伊丹まで墓参に出かけた。墓参の読経で木魚の効果音をやってくれる淳之介はいない。仕方ないので市内の佛具店で戒尺と呼ばれる小型の拍子木を買ってBGMにすることにした。
淳之介は沖縄に行かせてから2カ月になるが連絡もないのだ。私としては親権をどうするのか先方の意向を確認したいのだが、こちらから「どうぞ差し上げます」と言うのも変なので放置している。
そんな1人旅は昼過ぎに墓苑についた。苑内で花や線香を売っている売店は盆や彼岸の時期以外は閉まっているので、花屋の前でタクシーを止めて買ってきた。
バケツ2杯に水を汲んで片方に雑巾を入れ、伊藤家の墓の前に来ると見覚えがある女性が手を合わせている。それはスナックのママさんだった。
「こんにちは」「あら、モリヤさん」祈りが終わったところ声をかけるとママさんは驚いたように振り返った。足音に気づかないほど真剣に祈っていたようだ。
「佳織ちゃんがアメリカに行っちゃってるから典子さんも寂しいだろうと思ってお参りに来たのよ」「それは有り難うございます」「でも余計なお世話だったみたいやね」ママさんは肩をすくめながら立ち上がると墓前を譲ってくれた。しかし、私には作務がある。
雑巾を絞って墓石を拭き、ママさんが献じてくれた花を抜いて水を変え、私が買ってきた花を加える。ママさんの線香が燃え尽きていないので水はかけなかった。
こうして私も線香を立てると手鞄から戒尺を取り出した。ママさんは帰らずにつき合ってくれているので、一緒に手を合わせ頭を下げる。
「カチッ、カチッ、カチッ」と戒尺を鳴らしてお経を勤め始めるとママさんは隣りで「なむあみだぶつ」と浄土宗の念佛を唱えていた。考えてみれば法然上人は兵庫県人だ。

墓参りを終えるとママさんが店に誘ったので寄ることにした。
「今日は日帰りなの?」「はい、夜中には佳織から電話が入りますから」私の返事を聞いてママさんはキープ・ボトルではなくコーヒーを落とす準備を始めた。
「佳織は典子さんが日本に連れて帰ってきてから本当に苦労したのよ」「あまり苦労話はしないからよく知りませんが、中学校で苛められたことは少し聞いています」しかし、ママさんは顔を強張らせて唇を噛んだ。
「佳織ちゃん、バージンやなかったやろ」「はい、大卒の女の子ですから・・・」バブルの頃の女子大生は受験勉強を終えた解放感から都会で派手に遊び回っているイメージだった。佳織がそうだとは言わないが、男性との肉体関係があっても不思議はないと納得している。
「あの子は中学生の時、信頼していた教師に裏切られて酷い目にあったんや。それから男性とはつき合ったことないのよ」「・・・」思いがけない話に私は言葉が出なかった。
「だから日本の学校教育には不信感を抱いていて、そのまま日本には帰ってこないつもりで留学したんやけど、お母さんが癌で入院して、続いてお祖父さんが倒れて、後は貴方も知っている通りや」私の胸に前川原で出会った頃の佳織が浮かんでくる。あの時、こんな私に形振り構わずすがるような接近の仕方をした理由が判ったような気がした。
「だからあの子が『結婚したら歌って』って言っていたハワイアン・ウェディング・ソングを本当に歌う日が来るなんて思っていなかった」ここまで話してママさんが涙をこぼし、当然のように私もつき合ってしまった。
「モリヤさん、典子さんの代わりに私からお願いします。佳織を永遠によろしく」そう言ってママさんが入れてくれたコーヒーを飲んだが、苦味と甘味が織りなす深い味がした。
む・JunJiHyunイメージ画像
  1. 2016/09/29(木) 09:08:47|
  2. 夜の連続小説8
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