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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ594

年末・年始休暇はアメリカに行って淳之介を除くモリヤ一家で新年を迎える予定だ。ついでにニューヨークの世界貿易センタービルの倒壊現場を見て戦争の真実を考えるつもりでいる。
「8中隊長、大隊長がお呼びです」そんな11月半ばの午後、大隊本部第1部門担当主任から直接電話が入った。私は「また何かお気に召さぬことを仕出かしたか」を反省してみたが思い当たることはない。強いて言えばアメリカ行きの海外渡航申請が気に入らないのかも知れない。
「大隊長に呼ばれましたので行ってきます」「お疲れさまです」事務室に声を掛けると私が一方的に嫌われていることを知っている作野先任は気の毒そうな顔で返事をした。
「モリヤ1尉、入ります」ドアを叩いて入室すると、大隊長は珍しく温和な顔をして出迎えた。それを見て私は気持ちが悪くなった。
「まァ、座ってくれたまえ」ソファーを勧められたので大隊長を待ってから座ると、間髪を入れずにWACがコーヒーを運んできた。第1部門としては準備万端整えていたのだろう。大隊長はWACがコーヒーを配り終えて退室すると唐突に用件を切り出した。
「モリヤ1尉はカンボジアのPKOに参加していたんだよな」「はい、指揮所要員でしたが」年が明ければ9年前になる。十年一昔の一歩手前だ。
「もう一度、似たような任務に行ってもらうことになった」「へッ?」最近は新聞やテレビのニュースでもアフガニスタンでの戦闘ばかりに目が行っていたが、陸上自衛隊が派遣されることになっているとは知らなかった。
「アフガニスタンの特措法に陸上自衛隊の派遣はありませんでしたが」「そちらではない。PKOだ」「ゴラン高原の輸送業務ですか」「違う!」やはり気に入らない人間と話しているのは腹が立ってくるのだろう。大隊長の口調が少し荒くなり始めた。
「アフリカの北キボールにPKOとして施設部隊が派遣されることになった」「北キボールと言えば来年の5月に独立する国ですね」「そうだ」これは新聞の国際欄の記事を覚えていただけなのだが、大隊長は先ほどまでの問答を「とぼけ」と受け取ったようで吐き捨てるように答えた。
「それで年明けから恵庭の第3施設団へ出張してくれ」「中核部隊は?」「岩見沢の第12施設群だ」施設群が派遣されると言うことはカンボジアと同様に戦災の復興とインフラ整備が任務なのだろう。つまり独立前の派遣になるはずだ。
それにしてもカンボジアは最初のPKOだったとは言え半年前に本人の意向確認から始まり、事前教育も十分過ぎるほど行われた(無駄な内容も少なくなかったが)。まだ今回の派遣時期は判らないが、随分と拙速・性急になったものだ。
「ところで私の意思確認はないのですか」私の確認に大隊長は呆気にとられた顔をした。確かに手順としてはそれが第1段階のはずだ。
「命令を拒否すると言うのか」大隊長はこれも手順を省略したことへの当て擦りと受け取ったようだ。どうしてここまで嫌われるのかは判らないが、少年工科学校から防衛大学校へ進んだ大隊長には私のような特例のAコース幹部は存在すること自体が許せないのかも知れない。しかし、カンボジアの一件を考えると小泉政権の間は海外派遣に参加したくないのも事実だった。
「私にも考慮すべき事情はあります」「幹部たる者、何時如何なる命令にも応じられるよう公私を整えておくのが責務だ。それができないのなら退職しろ」ここで「退職します」と答えればPKO要員に指定された幹部が1名欠員になって大隊長も困るのだろうが、私はそこまで悪意は持っていない。ただ、前回のPKOで家庭が崩壊し、今もまた息子が去ろうとしていることは綺麗ごとでは済まない事実なのだ。
「判りました。(武人としての死処を与えて下さった)ご配慮に深く感謝を申し上げます」こう言って立ち上がると大隊長は視線も合わさず黙って冷めたコーヒーを飲んだ。
  1. 2016/09/30(金) 08:47:40|
  2. 夜の連続小説8
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