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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月21日・一休宗純禅師の入涅槃の日

1481(文明13)年の明日11月21日に一休宗純禅師が遷化(死去)されました。
アニメでは可愛い一休さんが主人公になっていますが、安国寺の小坊主だった頃は「周建」と言う名前だったので、史実では子供の一休さんは存在しません。
一休は近江国堅田の禅興庵に参じていた25歳の頃、公案・洞山三頓の答えに「有漏路より 無漏路へ帰る 一休(ひとやすみ) 雨ふらばふれ 風吹かば吹け」の歌を添えたことで師の華叟から与えられた道号です。
また、アニメに限らず一休さんと言えば頓知を効かせて大人をやっつける痛快なイメージがありますが、安国寺の像外和尚の下を出て参じた師・謙翁宗為を亡くした時には思い悩んだ末、琵琶湖に身を投じて入水自死を図ったほど直向きな若者だったようです。
一休さんの悟りは、琵琶湖に浮かべた小舟の上でコモを被って坐禅をしている時、闇の中を鴉(からず)が鳴きながら飛んでいった。これを「悟りを求める自分を鴉が笑って行った」と了知したと言うのですが、これでは鴉と自己が対立して存在し、未だ不徹底です。鴉が鳴けば自分も鳴く、鴉が飛べば自分も飛ぶ、やがて鴉を追うことも忘れ、無心に「カァ」と鳴いて座っている。こういかなければ野僧の法は譲れません。
一休さんには秀逸な道歌が沢山あって、いくつか紹介します。
先ずは有名な正月を詠んだ「門松は 冥土の旅の 一里塚 馬駕籠もなく 泊り家もなし」ですが、一里塚が作られ始めたのは戦国時代の末期からで、本格的に整備されたのは江戸時代と言うのが定説ですから本人の作なのか真偽のほどはどうでしょう。
もう一つ有名なのが「女をば 法(のり)の御蔵(みくら)と 言うぞげに 釋迦も達磨も ひょいひょいと産む」で、実際、一休さんは多くの女性を愛し、晩年には森(しん)侍者と言う盲目の美女と暮らし、臨終の時には森の手を握り「死にとうない、死ぬのが勿体ない」と言ったそうです。この森侍者が「さよちゃん」だったのかは判りません。
「世の中は くうてかせいで ねておきて さてそのあとは 死ぬるばかりぞ」は確かにその通りなんですが、超高齢化社会の最近では流動食、点滴になって寝たまま死ぬ人も多いですから「さてそのあと」が長過ぎると言うことでしょうか。
「生まれては 死ぬるなりけり おしなべて 釋迦も達摩も 猫も杓子も」と言う作もありますが、「死」とは老若男女、貴賎貧富に関わりなく平等に訪れる事実であり、差がつくのは苦楽、美醜、早遅くらいなので、これはどうしようもありません。
一休さんは浄土真宗の中興である蓮如聖人と仲が良く、ある時、蓮如聖人を訪ねると留守だったので阿弥陀如来像を枕にして昼寝を始め、そこに帰ってきた聖人が「ワシの米櫃をひっくり返したな」と言って笑い合ったと言う逸話があります。また、親鸞聖人の頂相(肖像画)に賛を頼まれて「襟巻きが 暖かそうな 黒坊主 こいつが法が 天下一なり」と書きました。実に肝胆相照らす関係だったようです。
一休さんは「死んだら念佛で葬儀をやって欲しい」と頼んでいたそうですが、大徳寺が貫主の葬儀を他宗にさせる訳がありませんから、それは果たせなかったのでしょう。  合掌
  1. 2012/11/20(火) 00:11:36|
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