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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ640

翌々日から白一日上等兵の軍法会議=軍事法廷が始まった。通常、軍法会議は判事役の法務士官、検察役の憲兵士官と弁護役の法務士官で構成されることが多いのだが、この派遣先では法務士官が1名しかいないため、国防省の承認を受けて特例の法廷になった。
「本件の起訴事由は2002年5月××日午前11時56分頃に衛生隊診療所に警備用として備えつけられている小銃M2、大宇精工社製造、固有番号5番を強奪したこと。同じく小銃用5・56ミリ弾30発並びに弾倉1本を強奪したこと。及び強奪時に小銃用銃架と弾薬保管箱の鍵を破損したことであります」この起訴事由を聞いて弁護役になっている衛生隊長は深く安堵の溜め息をついた。今回の事件では罪状を銃器と弾薬の強奪とするか、それを用いての殺害未遂とするかで刑罰の重さは全く違う。少なくとも憲兵隊は情状酌量を認めたようだ。
「それでは罪状認否に移る。白一日上等兵、起立して中央へ」通常、判事役には大佐クラスの法務士官が当たるのだが今回は少佐が務めている。このため進行には不慣れなのか頻りに憲兵隊長の顔を見ていた。
「はい、その通りです。間違いありません」このような軍法会議での作法は弁護役の法務士官が教えるのだが今回は判事役になっているため弁護役の衛生隊長に助言を与え、それを白上等兵に教え込んだのだ。つまり出演者は完全な馴れ合いだった。
結局、白上等兵は本国へ強制送還の上、矯正労働1カ月(階級章を外し、草刈やペンキ塗りなど駐屯地内の雑務を実施する)と言う軽い量刑で済んだ。

「問題なのは診療所の入院患者への処遇です」軍法会議が終わった後、判事役、検事役、弁護役の3人は反省会を持ったが、その席で法務士官が衛生隊長に事件の本質を告げた。
「入院患者のですか?」衛生隊長は咄嗟に思い当たることがなく訊き返した。
「田上等兵をレイプした男たちを逮捕すればイスラム法で裁くことになるのですが、ウラマー(聖職者)は診療所で入院患者たちがイスラム法に背くような生活を強要されていると言うのです」「私はクリスチャンですから詳しくないのですが具体的にどのような」この衛生隊長の返事は問題意識が欠落していることの証左であり、法務士官と憲兵隊長は顔を見合わせた。
「例えば食事に出している肉は・・・」「米軍から提供されている物をそのまま出していますから栄養価や衛生面の問題はありません」「その肉はハラールではないでしょう」反論の前に衛生隊長は「ハラール」と言う単語が判らなかった。
「それから男女同室の病室で女性に薄着をさせている」「あれは我が国の病院と同じ入院衣です。衛生的で治療する上でも最適の服装です」衛生隊長の態度は次第に頑なになってきた。
「何よりも礼拜を許していない」「入院患者は安静第一です。無理な姿勢を取らせることは治療に悪影響があります」衛生隊長の抗弁は高中尉と共通しているが、それは衛生士官としての常識なのだろう。すると法務士官は想像以上に詳細な苦情を聞いていることを披露した。
「それではメッカの方向の柱にロザリオを掛けてあるのは衛生上、何か効果があるのですか?」「それは・・・」2人の問答を聞いていて憲兵隊長は「この法務士官が弁護役に当たっている軍法会議には出たくない」と考えていた。
「これだけの問題がある以上、犯人が逮捕されてイスラム法廷が開かれることになれば、貴方や診療所の責任者である高中尉も出廷して尋問を受けることになるかも知れません」「状況によってはそのまま被告人になる可能性もありますね」憲兵隊長も加わった2人からの反復・集中攻撃に衛生隊長の中佐は返事をしなかった。
「おそらく田上等兵も本国送還になるでしょう。そのまま白上等兵と結婚させるように仕向ければ全て丸く収まります」「軍の名誉と貴方の安泰のためにはそれが最善の策ですよ」やはり判事役と検察役の方が弁護役よりも密接に通じ合っていることを衛生隊長は噛み締めた。
  1. 2016/11/15(火) 09:23:57|
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