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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ644

「UNTANK司令部の千光寺です」ある日の朝、指揮所に緊迫した電話が入った。それは在モロッコ日本大使館からUNTANK司令部に派遣されている千光寺書記官からだった。
「トバラ市内で日本人ジャーナリスト2名が拉致されたとの情報が入りました」興奮気味に説明する若手外交官・千光寺書記官の電話は情報担当の2科長に回された。
「それで氏名などは判っていますか」「今のところはオランダ軍からの第1報だけなので不明です」「それでは我々にできることはありませんね」「そんなァ・・・」2科長の冷淡な回答に若手外交官は言葉を失った。しかし、PKO法の所管は外務省であり、宮沢政権下で自衛隊の任務を極限して成立させたまま手をつけることなく放置してきたのは外務官僚に他ならない。
「兎に角、オランダ軍からの協力要請があれば対応して下さい」「それは君の一存なのか?我々としては責任の所在が明らかにならなければ動く訳にはいかないぞ」指揮所内の人間には2科長の強弁しか聞こえてこないが若手外交官の言っていることは想像できた。それは群長も同様だったようで、電話を切って報告を始めた2科長に黙ってうなずいていた。
「千光寺です。外務省からも連絡要員を差し出す許可を得ました」1時間後、再び若手外交官から電話が入った。時差を考えれば日本は退庁時間を過ぎている。当直要員を通じて許可を得たとしても誰の判断なのかを確認しなければ迂闊に動くことはできない。
「外務大臣の許可なのか?」「はい、そのはずです」「自衛隊の派遣命令権者は総理大臣だ。超法規的処置は総理の許可がなければ対応できないぞ」「向こうで上司の許可を進めてくれていますから最終的には総理大臣にまで届くはずです」「我々としては総理を通じた防衛庁長官の命令が届いてからしか動けないんだ」電話では冷たくあしらっているが、我々としても異境の地で同胞が危険に晒されていることを思うと超法規でも違法でも独断専行でも良いから動き始めたいのだ。しかし、そうすることができないのが陸上自衛隊と帝国陸軍の違いだろう。
総理大臣まで話が届き、折り返しに防衛庁長官に超法規的処置の許可が下りるのとオランダ軍が2人を発見するのではどちらが早くなるかは判らないが、下手すれば国防会議を緊急招集しての判断になるかも知れない。
「それから拉致されたのは阿部真理さんと相手の男性ジャーナリストのようです」続いて千光寺書記官は女性の方だけ名前を報告した。おそらくオランダ軍からの報告は「男女」だけのもので、それに自分の知識を被せたのだろう。これも戦場での報告としては落第だ。
「しかし、阿部さんが拉致されたとなると拙いな」「はい、若い女性ですから・・・」電話を受けていた指揮所長=副群長が群長に報告すると周囲では小声で最悪の事態が語られ始めた。男性であれば身代金の要求などが目的として考えられるが、若い女性であれば話が変わってくる。拉致した犯人の情報は全くないが粗暴な連中であることは想像に難くない以上、一緒に拉致された同伴相手の奮闘に期待するのも虚しいだけだ。
「日本から緊急電です。機密文書です」宿営地の外では影が身長の倍になる時間の礼拜になる頃、通信員が通信文を手提げ金庫に入れて持ってきた。金庫の取っ手と通信員の腕は手錠でつながっているところを見ると間違いなく「機密」だろう。入口を見ると2名の警護隊員が小銃を持って立っていた。
通信員が2科長の前で金庫を開けA4版用バインダーに挟んだ文章を手渡したが、表紙には「機密」と言う赤いスタンプが2つ押してある。2科長は表紙に記載してある紙面の枚数と文書のページ数を確認すると通信員が差し出したバインダーに署名した後、受領印を押した。
「要するに朝のニュースまでに対応を決定したと言うことだな」淡々と文書に目を通した群長はバインダーを副群長に手渡しながら所見を述べた。バインダーが回ってこなくても内容は想像できる。今となってはオランダ軍からの派遣要請が日没前であることだけが願いだった。
  1. 2016/11/19(土) 08:34:08|
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