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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ646

「私とモールス大尉が下車して確認しよう」私の提案にオランダ軍の2人は両側から驚きと怯えの視線を浴びせる。これが自衛隊では当たり前の判断だと思ったもののオランダ軍では危険な場所へは下士官が向い指揮官たる士官は全般状況を監督するのが役割分担のようだ。普通、ヨーロッパでも王制が維持されている国では騎士道精神を受け継いでいる士官が危険の矢面に立つのが常識なのだがオランダ王家はヒトラーの脅威が迫ると国民を捨ててイギリスへ亡命した。これでは騎士道が残っているはずがなかった。
「最低速度で接近して横から車内を確認しよう」モールス大尉の命令にノールデルメール軍曹はうなずいて車を発進させた。その間、モールス大尉は無線で「不審車両を発見した。確認を実施する」と報告していた。
「車内は空のようです」農道の路側帯に放置されている不審車両の中を運転席から確認したノールデルメール軍曹が報告した。その時も防弾ガラスの窓は開けない。この臆病とも言える慎重さがオランダ軍の身上なのだろう。
「仕方ない。周辺を捜索しよう」モールス大尉の指示にノールデルメール軍曹は座席の後ろからH&K(ヘッケラー・ウント・コック=ドイツのモーゼル社の後継メーカー)・MP5短機関銃を取り出した。私はガンマニアの小椋1尉から「人間工学に基づいて設計された最新の銃器」と聞いているFN(ベルギーのブローニング系の旧国営銃器メーカー)・P90を期待したのだが当てが外れた。
「それでは3名で手分けして探しましょう」準備を終えたノールデルメール軍曹に命令を下せないでいるモールス大尉に私が声をかけた。私としては連絡要員としての立場から指揮権を侵害するような態度は採りたくなかったのだが、大尉と1尉の2名が安全な車両内に残り、軍曹が単独で捜索するのでは自衛隊の美学に反する。しかし、軍曹は困惑した顔で私たちの顔を見比べた。
「捜索の時間も限られている。3名で探そう」一瞬、間をおいてモールス大尉も座席の後ろからMP5短機関銃を取り出した。考えてみればP90短機関銃の弾丸は5・7ミリのライフル弾のため私のMー6短機関銃の9ミリNATO拳銃弾との互換性がなく、戦闘に巻き込まれた時にはMP5の方が助かるのは間違いない。
「これから3名で捜索に出ます。車両は留守になりますから連絡は携帯式無線で実施します」モールス大尉は捜索隊本部に連絡してから自衛隊の85式野外無線機よりも少し大きく、昔懐かしいJRT・F32よりは小さ目の無線機を背負った。
車両を出ると周囲は広い耕作地だが土の栄養分や水理が良くないのか作物はあまり育っていない。それでも家畜の糞を砂に混ぜた畑には野菜の緑の葉が伸びていた。
「溝がありますから底を確認しましょう」「うん、軍曹とキャプテン(1尉)で頼む」おそらく雨期になれば用水路の役目を果たすのだろう溝が畑の中央に掘られており、砂と石の底を晒している。私と軍曹の2人は底の岩や窪みに銃を向けながら確認していった。一方、大尉は上を歩きながら周辺を警戒している。
「山羊が水を求めて入ったのでしょう。ところどころに骨が転がっていますね」「これは野犬にでも喰われたようだね。骨が噛み砕かれている」前を進む軍曹の意見に私は答えているが、オランダ訛りの英語は通じない言葉も多く半分は推理だった。
「あの建物は何だ!」突然、土手の上を歩いている大尉が大声を上げた。車両を離れて1キロ近く歩いて来ているだろう。砂っぽい風に晒されている耕作地の視界は良好とは言えない。
私は足場が悪い土手を急いで登り、大尉が指差す方向を見た。そこには木の柱にムシロのようなものを掛けた掘っ立て小屋があった。
  1. 2016/11/21(月) 08:43:32|
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