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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月24日・B-29による空爆が始まった日

1944(昭和19)年の明日11月24日にBー29が東京を初爆撃しました。
ここでBー29と機種を限定しているのは東京への初爆撃は、昭和17年4月19日に空母「ホーネット」から発進した双発のB―25攻撃機16機によって京浜地区(13機)と名古屋(2機)、神戸(1機)が攻撃されたからですが、これは戦果よりも敗戦が続いていたアメリカ軍の国内向けの宣伝が目的だったと言われています。ただ、これを受けて山本五十六連合艦隊司令長官が「御宸襟(天皇)を悩ませた」としてミッドウェイ作戦を決意し、結果戦勢が逆転したのですから、思いがけない結果を招きました。
この爆撃には前章があって6月15日にアメリカ軍がサイパン島へ上陸し、7月7日には日本軍が全滅したため東京が最新鋭機・Bー29の航続距離に入り、滑走路などの整備が完了するのを待っていたのです。
「戦士の戦史」でも述べましたが、日本軍首脳は離島守備の戦略的な意味を理解せず、「散り際の美学」と言うマスターべションで万歳突撃を命じ、戦闘を早々に集結させてきた結果がイヨイヨ本土に及んだのです。
また、野僧の高校の先輩である大場栄大尉はサイパン島で住民を保護しながら敗戦後までゲリラ戦を続け、「太平洋の奇跡・フォックスと呼ばれた男」と言う映画にもなりましたが、野僧(モリノ中尉)が同様の部隊を率いていれば、大型の爆撃機が多数飛び立つことを見れば、その目的が日本本土への爆撃であることを洞察し、滑走路付近に狙撃兵を潜伏させ、飛び立つ爆撃機のタイヤを射って妨害したでしょう。
その後、硫黄島が陥落し、護衛戦闘機も本土へ届くようになりますが、何にしろ都市部への無差別爆撃は戦時国際法違反であり、その後もアメリカ軍が繰り返している戦争犯罪として決して許されるものではありません。
  1. 2012/11/23(金) 09:34:26|
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