fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月22日・いい夫婦の日

明日11月22日は昭和63(1989)年に競輪の売り上げを元手に通商産業省が立ち上げた財団法人・余暇開発センターが決めた「いい夫婦の日」です。
この時期は昭和の陛下の病状芳しからず日本は自粛ムードに包まれていたはずですが、そんな中で単なる語呂合わせでこのような日を提唱した通商産業省はナントモハヤな役所です。
その10年後には桂文珍師匠を名誉会長とする「いい夫婦の日をすすめる会」が設立され、有名人からパートナー・オブ・ザ・イヤーを表彰するようになりました。ちなみに離婚訴訟で世間を騒がした年の差カップルの高橋ジョージさんと三船美佳さん元夫婦も受賞者です。
自分で見つけた女性と「いい夫婦」となることを親に否定された野僧はこの話題とは縁がないのですが、大好きな古古典落語には夫婦の情愛を描いた名作が数多くあり、亡き妻との人生の続きを重ねる夢を見ることができます。
(会長・桂文珍師匠の提唱で)「いい夫婦の日」の行事として古典落語「夫婦噺」の人気投票を実施すればやはり「芝浜」が選ばれるでしょう。
「芝浜」は、腕は良いが大変に酒好きな魚屋の勝五郎が師走のある日、朝の仕入れ前に芝浜を歩いていて50両もの小判が詰まった財布を拾い慌てて家に持ち帰ります。そしてその金で昼日中から近所の住人を集めて大宴会を開きました。ところが酔い潰れて寝込んでいた夕方に女房のタツが起こし、「今日は昼過ぎまで寝ていてほろ酔い加減で出掛け、近所の住人を連れ帰って宴会を始めた。年を越す金もないのに宴会代はどうするのか」と言いました。勝五郎が拾った50両の話をすると「酔って見た夢と現実の見分けがつかないところまで落ちぶれた夫には愛想が尽きた」と離別で告げました。どんなに貧乏をさせても健気に家を守っていたタツに出ていくと言われて勝五郎も目が醒め、それからは酒を止めて真面目に働き始め、元来は腕が良いだけに3年後には表通りに店を構える程になりました。
そんな大晦日の夜、タツが勝五郎に小判が詰まった財布を差し出し、芝浜で財布を拾った話が事実だったことを告げたのです。あの日、思い余ったタツが長屋の大家に相談すると「財布の金を横領すれば罪に問われ、仮に発覚しなくても堕落した人間になってしまう。ならば夢だったことにしろ」と言われ財布は大家が奉行所に届けたのでした。その財布の年季が明けて返ってきたのです。詫びるタツに勝五郎は心の底から感謝し、2人の耳に除夜の鐘が響きました。そこでタツが熱燗を勧めると勝五郎は久しぶりの酒を飲もうとしながら止めました。そして「よそう。また夢になるといけねェ」と言うのが落ちになっています。
一方、夫婦の本音を描いた噺としては「厩火事(うまやかじ)」があります。これは髪結いで稼いでいる年上で不細工な女房のサキと働かずに家で遊んでいる男前の亭主のハン公と夫婦喧嘩の仲裁をする仲人の話です。
日頃の不平不満を並びたてるサキに仲裁をしながら仲人は亭主の性根=本心を確かめる知恵を与えます。それは中国の孔子が大切にしている白馬が厩の火事で焼け死んだ時、日頃は馬の面倒に口喧しいのに「お前たちに怪我はなかった」とだけ問うたことを例に引いて、亭主が一番大切にしている骨董の丼ぶりを叩き割ってその時に何を言うかを確かめろと助言したのです。
それで実行すると亭主は「怪我はしていないか。指に怪我をしていないか」と心配したので、感激したサキが「お前さん、そんなに私の体が心配かい?」と問うと「当たり前だ。お前に怪我されてみろ。遊んでいて酒が飲めねェじゃないか」と答えました。
昔の男性にとっては「芝浜」のタツのような賢く陰から夫を支える女房が理想だったのでしょう。しかし、現代の男性は「厩火事」のサキのようにシッカリ稼いで自分は遊んでいられるやり手女房のサキの方を選ぶかも知れません。
  1. 2016/11/21(月) 08:44:34|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ647 | ホーム | 振り向けばイエスタディ646>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/3530-9570a08d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)