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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ649

携帯電話の動画を見終わってモールス大尉は背中(正しくは腰)の無線機で報告を始めた。ところがそれはオランダ語でUNTANK司令部や陸上自衛隊の指揮所に伝えることは想定していないようだった。
「こちらの無線機の周波数は車載のモノとは別なのか?」「はい、我が軍独自のものです」私の質問にノールデルメール軍曹は平然と答えた。しかし、それでは連絡員としての任務が遂行できない。私は車両まで戻って連絡しなければならないようだ。
「今、遺骸を収容するための車両を呼んだ」「それよりもワシも自分の指揮所に報告をしなければならない。車両まで戻るからキーを貸してくれ」説明に反論するように要望するとモールス大尉は少し困惑した顔をした。それでも無残な遺骸を見て茫然自失になっていた自分たちに比べて平然と立ち振る舞っていた私に3歩ほど引いたような態度になっている。
「日本陸軍の周波数が判れば合わせるが」「それは判らないよ。いつも通信員が合わせて渡されるからな」私の返事にオランダ軍も同様なのかモールス大尉はうなずいた。
「それでは軍曹と2人で行くから・・・」「これがキーです。通信機の電源は判りますか?」私が軍曹を同行させる許可を求めると、それを遮るようにノールデルメール軍曹が答えた。これでは自慢のフェネックや通信機の保全よりも事件現場の確保が大切だと言うことになるが、本音では無残な遺骸の傍に1人で残る度胸がないのかも知れない。
「どうせ赤い丸みたいなシンボルマークが入ったスイッチだろう」「はい、赤い丸です。その前に車両のパワーをオンにして下さい」私の推理に軍曹がうなずいてキーを渡した。どうやら本当に私1人で行かせるつもりのようだ。

「ヒグマ、ヒグマ、こちらキツネ、キツネ、カンメイ(感度・明瞭度)送れ」「こちらヒグマ、キツネ送れ」「こちらキツネ、カンメイ数値の5」オランダ軍の無線機も使い方は似たようなものだったので、私も自衛隊の指揮所向けに日本語で交信した。
「モリヤ1尉か?」「はい、報告が遅れて申し訳ありません」「否、オランダ軍の交信はモニターしていたから不審車両を発見したところまでは知っている」指揮所の通信機では24時間態勢で通信員が傍受しているが、今回は情報担当の2科長に代わった。
「実は阿部さんともう1人の男性の遺骸を発見しました」「そうか・・・」最悪の報告に無線機の向こうで2科長の声が沈んだ。
「殺害の模様を撮影した携帯電話を入手しましたが、朝の時間帯に郊外の農場の資材を収納する倉庫内での集団レイプの末の殺害でした」報告は5W1Hを踏まえるため日本語としておかしくなるところがあるがそれは仕方ないだろう。私の報告を聞きながら2科長は通信員に交信内容をスピーカーで指揮所内に流すように指示している。
「これからオランダ軍の車両が遺骸を収容に来るそうですが、2人は日本人なので自衛隊が収容した方が良くありませんか?」「待て・・・」無線機の向こうで群長、副群長と各科長たちが相談を始めた声が聞こえてくる。海外で死亡した邦人の遺骸は大使館などの自国の公的機関の手に委ねられるのが慣例だが、我々の担当業務に定められていないことを独断で実施することはできない。政府からの命令を待っている間にオランダ軍が収容してしまうだろう。
オランダ軍としても治安維持を担当している以上、検屍する必要があり、遺骸を収容する必然性はある。問題は遺族の引き渡し要求に外務省が適切に対応できるかだ。
「遺骸についてはオランダ軍に収容させて政府の指示を仰いでから移管を要求することに決まった」今度は指揮所長が出たが、これが極めて常識的な落とし所のようだ。犠牲者は我々の手足を縛ってきた当事者=自業自得・因果応報とは言えやはり残念な常識であった。
  1. 2016/11/24(木) 09:12:36|
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