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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ651

戦闘が終わり、私は敵の遺骸をオランダ軍に引き渡す準備をすることにした。先ずは目の前で倒れている男からだ。私は土手から上がって歩み寄ると自分が殺した男の遺骸を見た。
それはまだ髭も生え揃っていない20代前半の若者で、銃弾は胸部に集中しているため顔には傷がついておらず両目を大きく見開き、瞳孔が開いて黒くなっている瞳に空の色が映っていた。
先ずは現場写真を撮影しなければならない。私は雑納からデジタルカメラを取り出すと上からを含む全方向から遠・近距離の画像を撮影した。
続いて西から迎えに来るアッラーに会えるよう頭を東に向け、瞼の上に手を置き(体温で筋肉を緩めて)目を閉じさせてから本人のゴトラで顔を蔽い、足を揃え、胸の上で手を組ませた。
次は溝の中で最初に殺した男だ。彼も仲間と並べて寝かせてやりたい。そこで溝に下りて歩いて行くと遺骸が頭を下にして倒れていた。こちらも薄い髭を伸ばしている若者だ。
銃弾は脇から胸に命中しており、白いソーブは傷から上だけが赤く染まっている。私は背負って上ることは困難であると判断し、ソーブを脱がして体を縛り、土手の上から引き揚げた。そこからは遺骸の腕を肩に回し、背中が血で濡れる感覚を感じながらも背負い、仲間の隣に寝かせてからソーブを着せ、あとは同じ手順で横たわらせた。
すると銃声が止んだことで戦闘が終結したことを察したらしい現地の人たちが姿を見せ始めた。彼らは顔が隠してあることが不満そうに手ではがそうとするが、私が身体で遮ると後退って遠巻きにした。
私はイスラム教徒の葬儀は知らないのでアッラーと同じ西方におわす阿弥陀如来に彼らの迎えを願うことにした(「アッラーさんを誘ってきてくれ」と依頼しながら)。
先ず雑納から線香を入れた筒を取り出し、1本に火を点けると2体の頭の手前に立てた。そして数珠を揉み、戒尺を打ち鳴らして暗記している阿弥陀如来根本陀羅尼を唱え始めた。
「なうぼうあらたんなう・たらやぁやぁ・なうまく・ありやぁみたばぁやぁ・たたぎゃたや・あらかてい・さんみゃく・さんぼだやぁ。たにゃた・おん・あみりてい・あみりとう・どばんべい・あみりた・さんばむべい・あみりた・ぎゃらべい・あみりた・しっでい・あみりた・ていぜい・あみりた・びきらんでい・あみりた・びきらんだぁ・ぎゃみねい・あみりた・ぎゃぎゃなう・きちきゃれい・あみりた・どんどびそばれい・さらば・あらたさだねい・さらばきゃらま・きれいしゃ・きしゃやう・ぎゃれい・さぉわぁかぁ」これを3回繰り返した後、念佛を唱える。それも村田和上式に「西方浄土へ届け」とばかりの大音声だ。
「ナーマーンダーブ、ナーマーンダーブ ナーマーンダーブ・・・」すると周囲で眺めていた人々もイスラム式に祈りを捧げ始めた。やがてそれは念佛と合唱になり、線香が燃え尽きるまで続いた。その時、太陽が沈む前の光を放ち、大空を真っ赤に染め、2人の遺骸を包むように大地も輝きが覆った。旧約聖書では「カミの姿を見た者は死ぬ」とされているため、この光景に人々は感激よりも恐怖を感じているようだ。
「アッラーフ アクパル(アッラーは偉大である)」最長老と思われる男性が詠唱を始め、人々はその場で日没前後のサラート(礼拜)を始めた。ただしメッカは東側にあるので太陽と遺骸には尻を向けている。これもメッカを優先することによる自衛処置なのだろう。
私はサラートをしているイスラムの人々と背中合わせに自分が命を奪った若者の遺骸に向かって手を合わせ、邪魔にならないよう小声で念佛を続けた。
ところでオランダ軍の2人が射殺したもう1名の遺骸はどうしたのだろうか。武力紛争関係法では会戦終了後には負傷者の収容・処置と遺骸の収容・宗教儀礼・埋葬を実施することが義務付けられている。念佛を唱えながら見てみたが2人が動いている様子はなかった。
「私たちも忘れないで」念佛の息継ぎの時、何故か阿部さんの声が胸に響いた。
  1. 2016/11/26(土) 09:00:51|
  2. 夜の連続小説8
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