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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ652

武力紛争関係法が定める遺骸の処置が終われば私は指揮所に報告をしなければならない。これはPKO法では認められていない集団的自衛権の発動であり、先制的自衛権の行使に他ならない。政治的判断は日本国政府に委ねるしかないが、問い合わせが返ってくる前に群長以下に事態の詳細を知っておいてもらう必要があった。
私はサラートを終えた人々に「エクズキューズ ミー(チョッと好いですか)」と呼び掛けた。これに反応すれば英語が判ると言うことだ。
「イエス サー」すると私と同世代の男性が返事をした。そこで彼に歩み寄ると「遺骸に手を触れないように」「背けばアッラーの罰が当たるぞ」と現地の言葉で注意するように依頼し、ポケットの財布に入っていた200DH(=モロッコ・ディルハム)札を10枚手渡した(約2万円に相当する)。これでも物価が安い北アフリカではかなり高額なので彼は満面の笑顔になって人々を集めて演説のように説明を始めた。
「ヒグマ、ヒグマ、こちらキツネ、キツネ、送れ」「こちらヒグマ、キツネ送れ」指揮所は即答し、その場で副群長に代わった。
「戦闘に巻き込まれたことはオランダ軍から通報があったが、君の消息は不明と言うことだった。銃声がここまで聞こえていたが無事なのか?」副群長の声は安堵のためか幾分、湿っぽく感じる。
「はい、私は異常ありませんが、現地の人間を2名射殺してしまいました」多分、交信内容が指揮所内に放送されているのだろう。マイクの向こうでザワメキが起こったのが伝わってきた。
「オランダ軍もそこまでは掌握していなかったが」「先ほどそちらに報告した帰りにオランダの軍人に向かって射撃準備している男を発見したので発砲しました。我が方は3名を射殺したと思います」「そうか・・・演習で報告を受ける戦果は数字だけだが、今回は実際に人命が失われたんだな」副群長が言葉を詰まらせたので、こちらから報告を続けた。
「ゲリラはオランダ軍の大尉と軍曹がいる場所を包囲して一斉射撃を加えるつもりだったようで、私の発砲音で銃撃戦が始まりました」そこまで話してこの通信機の周波数はUNTANK司令部がモニターしていることを思い出した。
「千光寺書記官、聞いているか?」「はい、無事で安心しました。これから大変だと思いますが・・・」若手外交官も言葉を濁した。この事態が政治問題にならないはずがない。日本国政府と国連との地位協定では現地で自衛官が起こした犯罪の司法権は日本にあり、憲法で特別法廷を認めていない日本では外国軍の軍人のように軍法会議を受けることはできない。つまり武力紛争関係法やROE(交戦規定)ではなく国内法で戦闘行為を裁かれるのだ。
通信を終えて同じ道を帰る頃には周囲は月明かりだけの闇に包まれていた。それにしてもオランダ軍の遺骸収容はどうなっているのか。私は遺骸を置いた場所に来ると2体が辱められていないか確認しようと懐中電灯を点けた。
その瞬間、月明かりが白い影を照らし出した。その手には銀色の刃物が握られている。彼は1歩半ほどの間合いに踏み込むと大きなナイフ=短刀で私の首の高さに斬りつけてきた。
私は短剣格闘の条件反射で身を沈めてかわすと腰に吊ってある短剣を抜き、勢い余って態勢を崩した男の背中に深々と突き立てた。そこは人間を即死させる急所であり、男は倒れるとそのまま痙攣を始めた。3人目は素手だった。しかし、彼らの霊魂も仲間が3人になれば寂しくないだろう。
暗い耕作地で同じ手順を踏んだ後、再び大音声の念佛を始めると阿部さんと同伴者の遺骸が置いてある小屋の前で懐中電灯を振るのが見えた。
「急所は間違いありませんでした」独り言で体育学校の教官に報告しながら足を速めた。
  1. 2016/11/27(日) 09:23:52|
  2. 夜の連続小説8
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