fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ654

「先任、今日は天気が良いので中隊長の官舎の換気に行ってきます」久居では中村昌代3曹が私の官舎と私有車の鍵を預かっている。ゴールデンウィークも無事に終わり(他中隊では飲酒運転に同乗した服務事故があった)、新隊員教育が佳境に入れば梅雨にも入る。その前に留守宅の喚起をしてくれるようだ。
「中村、中隊長は交代されたのだからモリヤ1尉と呼ばなければいかんな」「はい、モリヤ1尉の官舎です」私は9ヶ月間の臨時勤務なので人事異動はなく、第328共通教育中隊長は大隊本部の第2担当主任が兼務している。ただし、9月に帰隊した先はどうなるか判らない。
「それにしてもモリヤ1尉は凄いんですよ」「何が?」「掃除は完璧、片付けも完璧、何時でも転属できるように荷造りまでしてあるんです」「お前は花嫁修業の教官をしてもらえば良かったな」素直に感心している中村3曹を訓練係の北村1曹が冷やかした。
「まァ、モリヤ1尉は国と家庭を防衛するプロだから普通の嫁はあそこまでやらなくても良いんだよ」作野先任は中村3曹がモリヤ1尉に恋心を抱いていることを知っている。だからこの不在が冷却期間になり、臨時勤務に来ている区隊長や班長と交際が始まることを期待しているのだが、今回は彼女持ちばかりで、先日の駐屯地開庁記念日にも呼んでいた。
「ところで北キボールのPKOも中々大変みたいだな」「うん、この間は反自衛隊のデモがあったよな」「その前の技術教育ってのは粗探し以外の何物でもなかったがね」「それでも『軍事教練を始める危険がある』何て書いている新聞があったぞ」中村3曹は出かけようとしたところに北キボールの話題が始まって足が止まってしまった。
「だったらモリヤ1尉は適任じゃないか」「逆に言えば『モリヤ1尉がその担当者だ』て書かれなくて良かったよ」「武力戦争関連法の権威だからな」「武力闘争関連法だったろう」「武力紛争関係法です」各陸曹の記憶違いを中村3曹が訂正した。

中村3曹にはモリヤ1尉の留守宅に来ると実施する習慣があった。それはテーブルの上に置いてある家族写真の額を伏せるのだ。この写真でもモリヤ1尉は奥さんのモリヤ3佐を抱き寄せ、モリヤ3佐はモリヤ1尉に寄り添い自分が立ち入る隙間がないことが思い知らされる。
「こんなに愛し合っているのにどうして単身赴任何かするんだろう。専業主婦になれば良いじゃない」中村3曹にとっては夫であるモリヤ1尉に子供を託して入校を繰り返している妻のモリヤ3佐が許せなかった。作野先任は2人が結婚するまでの経緯を知っているようだが何も教えてくれない。ただモリヤ1尉が「×1(バツイチ)らしい」と言うことは守山の同期のWACから聞いている。ただ「モリヤ1尉がどうして3佐になれないのか」と言う謎の答えは誰も知らなかった。

「北キボールで日本人ジャーナリストが拉致されたらしいな」「男女2人だってよ」「自衛隊から連絡員が派遣されたってさ」翌朝、陸曹食堂ではこの話題で持ち切りだった。テレビのニュースもこの話題の繰り返しだが陸曹たちも何時になく真顔で見ているようだ。
隊員食堂の隅で売っている新聞も今日は多めに置いてあった。確かに普段はスポーツ新聞くらいしか買わない新隊員まで見出しが大きい新聞を選んで買っていく。WAC隊舎には当直が定期購読分を受け取って来ているが、先任順に回し読みするため新米3曹では出勤に間に合わない。そこで中村3曹も中部読売新聞を買って行くことにした。
中隊事務室でコーヒーとお湯をセットしてから自分の机で開くと拘束されたジャーナリストの紹介と事件の詳細状況ばかりで自衛隊の連絡要員に関しては「防衛秘密に属するため政府は姓名官職等を伏せている」としか書いていなかった。
  1. 2016/11/29(火) 09:08:22|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<写真家・ハミルトンさんとカストロ議長の逝去を悼む。 | ホーム | 11月29日・大韓航空機爆破事件が起きた。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/3546-ca3d0759
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)