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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

写真家・ハミルトンさんとカストロ議長の逝去を悼む。

写真家・デーヴィット・ハミルトンさんの逝去を悼む
イギリスの写真家・デーヴィット・ハミルトンさんが11月25日に亡くなったそうです。83歳でした。死因は心臓発作であったとも服毒自死であったとも言われています。
野僧はかつて写真小僧でしたが、同好者たちの間で人気があったカメラマンと言えば大御所の秋山庄太郎さんは別格として篠山紀信さんと立木義浩さんが双璧、それにマニヤックな奴はアラーキー(荒木経惟)さんぐらいで、アイドルや女優の写真集を手掛けていた野村誠一さんや人気女優だった竹下恵子さんと結婚した関口照生さんなどは研究の対象にもなっていませんでした。そんな中、野僧はデーヴィット・ハミルトンさんにはまっていたのです。
秋山さんのライトを駆使して光沢を強調した作品、篠山さんの太陽光を使って日本人女性の肌の美しさと自然体の姿を魅せる激写、逆にストロボで女性の意外な一瞬の表情=個性を強調する立木義浩さん、カメラで視姦するアラーキーさんに対して夕暮れ時のようなモノトーンにソフトフォーカスと用いたハミルトンさんの写真は野僧の根暗な性格にピッタリだったのです。
ただし、当時、発売されたハミルトンさんの写真集の日本人モデルは風吹ジュンさんと美保純さんだったので購入しませんでした(「じゅん」と言う名前が好きなのかと思いました)。
当然、野僧も茶色のレンズフィルターを購入して被写界深度を絞って撮影するようになりましたが(ピントが合う範囲を狭め、モデルだけを強調する手法)、これはワインダーによる連写ではピンぼけになる可能性が高く、フィルムの浪費にもなりました。
そんな器材先行、技術後発の撮影でも聖美はハーフだったこともあり、会心の作はプロのモデルを撮影したようでした。またシンティアは金髪が美しかったものの顔や胸元はそばかすだらけで腕も茶色の体毛が濃く、ハミルトンさんが篠山さんのように太陽光を採用しなかったのはヨーロッパ人の女性には観賞に堪えるほどの肌のキメ細かさがないことが理由だったのではないかと推察したのです。
最近、ハミルトンさんは数十年前には少女だったモデルに「性的暴行を受けた」と告発されていますが、それが事実であったとしても時効は成立しているはずで、殊更に高齢者を鞭打とうとする元モデルの意図が判りません。
篠山紀信さんは1940年生まれの75歳、立木義浩さんは1937年生まれの79歳、荒木経惟さんは1940年生まれの75歳ですがまだ現役です。2003年に亡くなった秋山庄太郎さんと同じ83歳で創作が途絶えてしまったのは残念です。あのソフトフォーカスで人生の落日を表現して欲しかった。冥福を祈ります。

カストロさんの逝去を悼むべきか・・・?
11月25日にキューバのフィデル・アレハンドロ・カストロ・ルス前国家評議会議長が亡くなりました。カストロさんと言えば野僧の大学の革命闘士たち(大半は普通のノンポリ学生でしたが野僧は類が朋を呼んでいたようです)の憧れの的で、チェ・ゲバラさんと人気を2分していました。同志・毛沢東については完全に神格化されていたので文化大革命中の学内では批判は一切できなったのですが、この2人については好き勝手に論評し合い、現実の政治を取るか革命闘争を貫くかで賛否が分かれていました。
野僧はこの議論では傍聴者だったのですがカストロさんはスターリンや毛沢東とは違い健康的なスポーツマンであり、クリスチャンとして信仰は保っていたことにも魅力は感じていました。
そんなところがソ連や中国、それ以上に似たような国力の北朝鮮に比べ、キューバの革命政権に明るく開放的なイメージを与えているのでしょう。
実際は社会主義国家の常で反対派の弾圧を行っており、海外の革命勢力に支援を与えていますが、それが暗く見えないのはカストロさんの人間性の賜物かも知れません。その点だけは敬意を表し、冥福を祈ります。アーメン。
  1. 2016/11/29(火) 09:10:56|
  2. 追悼・告別・永訣文
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