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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ655

「北キボールで日本人が拘束されたのかァ」玉城家では本土の新聞が夕方に届くため淳之介も朝の部活動の練習に出かける前の朝食を食べながら朝のニュースを見ることが許されていた。今日のトップ・ニュースは父が行っているアフリカの話題なので少し身構えている。
「政府が自衛官を捜索に当たるオランダ軍に派遣したって・・・お父さんじゃあないよね」淳之介の問い掛けに祖父は返事をしない。モリヤの立場から考えて否定はできないが孫に不安を与えるわけにもいかずテレビに夢中になっている振りをするしかなかったのだ。
「自衛隊は領土だけでなく国民を守ることも任務なんだ。外国で危険な目に遭った日本人を捜索して救出するのは自衛隊でなければいけないのさァ」祖父の意見に今度は淳之介が反応しなかった。学校では毎朝のように担任の教師から「政府は自衛隊をアフガニスタンに派遣したがっている。北キボールで国民を慣らしておいて次の戦争には参加して敵と戦わせるに違いない」と聞かされており、最近では自衛官の息子である淳之介が「戦争反対」「自衛隊反対」の意見を述べると大袈裟に称賛してくれるようになっている。淳之介も受験の調査票を考えればこのまま自衛隊反対を主張した方が得ではないかと考え始めていた。
「自衛隊は道路工事に行っているんでしょう。アフリカで日本人を守るのは仕事じゃないよ。海外に出ていくことだって戦争の準備って思われているんだからやっぱりまずいさァ」「それを誰が思っているんだ」祖父の口調が厳しくなったので祖母が淳之介に「部活に遅刻するよ」と声をかけた。

「政府は海外で自衛隊に戦争をさせる絶好の口実を見つけたね」朝のホームルームで担任の教師は予想通りの話を始めた。
「行方不明になったのは男と女のジャーナリストだから自衛官が派遣されてもマスコミは文句を言えない。捜索して発見すれば取り返すのに戦闘になる。その時、自衛官が危険な目に遭えば反撃しても問題にはならない」教師は自分の推理にかなり自信があるようでしたり顔でうなずいている。そして教室を見回すと淳之介のところで視線を止めた。
「モリヤくん、君は自衛隊が人殺しをすることをどう思うねェ」教師は淳之介の父が幹部自衛官であることは知っているが、最近はなついてきた野良犬のように思っているようだ。
「自衛隊が人を殺せば相手も自衛隊を殺そうとします。そうなるとそれがドンドン広がって戦争になってしまいます。だから自衛隊は道路工事以外はやってはいけないと思います」淳之介の意見に教師は満足そうにうなずいたが、別の生徒が異論を挟んだ。
「外国で日本人が危険な目に遭ったら、そこに自衛隊がいれば自衛隊に守ってもらいたいはずさァ」この生徒の父親は知念分屯基地の航空自衛隊に食料品を納入いる関係で自衛官とも交流しており、マスコミの偏向報道や教師の洗脳教育を鵜呑みにはしていないようだ。
「君は『外国に自衛隊がいれば』と言ったがそこに自衛隊がいなければ良いんだろう。だから自衛隊が海外に行ってはいけないんだ」教師の援護で淳之介が勝ったが嬉しくはない。教師としても「自衛隊がなくなれば良い」と言う本音まで届かず不満が残るホームルームになった。
教師は生徒指導簿に何かを記入して教室を出ていった。
「淳之介、お前は本当に自衛官の息子ねェ」「うん・・・昔はね」1時間目の放課の時間、朝の討論の相手が声をかけてきた。この同級生がテストの点の割に成績が振るわないのは教師の意見に反論を繰り返しているからだ。
「それなのにお父さんが命を賭けてやっている仕事を否定しても良いのか?」「親が命を賭けないで済むように戦争反対なんだよ」「本当はお前が親に捨てられたんだろう」淳之介は自分の綺麗事に対する痛烈な一言に何も反論できなかった。
  1. 2016/11/30(水) 08:54:43|
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