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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

第1回月刊「宗教」講座・臘月号

第1回月刊「宗教」講座を開始します。
佛教では12月8日は「成道会(じょうどうえ)」と言って、釋尊(釋迦牟尼佛)が悟りに至られた日と言われています。
釋尊はインド北部(ネパール説もあります)の王族の出身ですが、物欲、権勢のみを求め、快楽に溺れる上流階層と、貧苦に沈み、嘆き暮らす庶民の姿に世の虚しさを感じ、王子としての位を捨てて出家し、インド各地の宗教指導者を尋ね巡り、やがて身体を痛めつけることで精神の苦悩を忘れると言う当時盛んだった苦行に入りました。現在、インドで行われているヨーガは苦行が発展したモノとする説もあります。
しかし、釋尊は苦行では苦悩から眼を反らすことはできても、本当の解決にならないことに気づきこれを捨てました。そして、郷に下りて村娘・スジャータから乳粥の供養を受けて体力を回復し、ネランジャラ河の畔(現在のブッダガヤ)の菩提樹の下に坐って瞑想に入り、8日目の明け方、悟りに至られました。
野僧自身の体験から推察すれば、釋尊はその刹那、眼前に輝く暁の明星、身を包む大気と一体になったことを全身全霊で自覚をされたのでしょう。
余談ながらコーヒーミルクの「スジャータ」はこの娘の名前を採ったのだそうです。
また、この菩提樹は一度枯れてしまったのですが、分け木がスリランカに移し植え替えられていて、それからの分け木が現在の菩提樹です。
ところがこの佛教の一大聖地を日本のオウム真理教が踏み躙りました。以前は佛教徒であればあえて柵などを設けなくても踏み入ることはしないだろうと誰でも直接菩提樹に触れられるようになっていたのですが、麻原彰晃は案内の僧侶の制止を無視して菩提樹の下に座って写真を撮り、さらに上佑史浩ら同行の弟子たちにまで同様のことをさせたのです。麻原が逮捕されたと言うニュースを聞いて、南方佛教の僧侶や信者たちが快哉したのは当然ですが、その割に日本の佛教界は無反応で、むしろ関わりたくないと無視を決め込んでいたのは納得できません。オウムの信者たちの家にも菩提寺や佛壇があり、僧侶に接する機会はあったのですから、彼等の菩提心を曳き寄せられなかった力不足を反省するべきです。
野僧も〇ンカ持ち(前科ではない)ですから「悟りは欲望を捨てることだから、もう睡眠欲や食欲はないでしょう」などとカラカイの質問を受けることがあります。しかし、これは「煩悩」と「本能」の読み違いであり、煩悩と言うのは欲望にとらわれて悩み煩うことで、その執着を捨てても光合成する能力が身につく訳ではありませんから飯を食えば眠りもします(腹も立てば恋もする?)。
補足すれば釋尊の悟りは天地一切によって証せられましたが、それ以降は師が弟子の境地を認めて証明する「印可」を与えることで継承されてきました。
また、「悟りを開く」と言う方が多いですが野僧の実感では「至る」でした。ひた向きに道を突き進んでいたら、いつの間にか人間の世界を通り過ぎていたと言う感じです。ですから印可も「人間を止めました」と言う卒業証書か、「マトモじゃない」と言う診断書だと思っています。
ただ、世からはみ出した厄介者を肯定=存在を認めていただけたことは新たな生を授けられた思いでした。
佛教は本来、無神論の宗教だとされ、「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」と「因果応報」の世界観を基盤としています。
日本では「因果応報」と言えば「悪いことをすれば罰が当たる」などと「神佛の目を懼れよ」と言う神懸かった脅し文句として理解されていますが、本来は「悪い結果には悪い原因がある。好い結果を得たければ好い原因を作れ」と言う極めて現実的な、ある意味では無味乾燥した教示なのです。
この南方佛教における「因果応報」の原因と結果は、両者のある一瞬を切り取るのではなく、「諸行無常」と言う時間軸の中で影響を受ける全てを原因とし、変化し続けている事実を結果とします。
ですから現代人が失敗の原因を追及する時にありがちな「あの時が間違いだった」「アイツのせいだ」式の単純な理解とは異なります。
ただ、この「好い・悪い」も「諸法無我」として「自我、世法の尺度にとらわれての評価を離れ、事実は事実として受け容れよ」と言う教えも忘れてはなりません。
さらにつけ加えますと、念佛門(浄土宗、浄土真宗、時宗)では、釋尊の悟りは阿弥陀如来の導きによるものとされており、釋尊は阿弥陀如来を衆生(人間)に紹介し、保証する存在として位置づけられています。
ですから宗門としては成道会を祝うことになっていますが、浄土真宗大谷派などでは11月28八日(本願寺派の本山では1月16日)に宗祖・愚禿親鸞上人の命日である御正忌があって、連日法要が続くためパスしている寺院も多いです。
また、禅宗寺院では釋尊に倣い12月1日から8日まで坐り続ける臘八接心(ろうはつせっしん)を行いますが、最近はこちらもパスしているところが多いです。
ちなみに臘八接心の最終日の夜中には、スジャータの乳粥にちなんで米粒が入った甘酒が修行僧に振る舞われます。小庵では缶かワンカップの甘酒ですが。
以上、第1回通信「宗教」講座でした。                 勉学守護・南無文殊師利菩薩
  1. 2012/12/01(土) 09:02:27|
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